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WORLD HAND  作者: 9
13/13

第13話:ディストピア東京

「はっ」

 雄輝は目を覚ますと、真っ白な天井が目に入ってきた。

 胸に手を当てると、心臓が脈打っていた。


「生きてる」

 今度は、自分の両腕を見ると酷いもので人間の部分の方が少なかった。雄輝の体全体に竜の鱗が広がっていた。

 だが、それは命を拾った今となっては、雄輝にとってたいした問題ではなかった。

 自分が生きている理由を雄輝は考える。そして、それは直ぐに分かった。


 雄輝の寝ているベットのすぐ近くで、天馬が寝息をたてていた。また救われたのかと思う反面、これからの未来を思うと不安しかなかった。

 心臓が上手く機能していないのか、動悸がどんどん早くなっていく。頭の中に浮かぶのは最悪の結末だけだ。


「雄輝」

 雄輝が荒い息を吐いていると、扉が開き良く見知った顔が入ってきた。


「……銀河。生きてたんだな。他の人たちはどうなった」

「止めろ。動くな」

 雄輝が動こうとすると、体に取り付けられた点滴などの医療器具が無理やり引っ張られ、雄輝自身も体力がないため、体制を崩す。それを銀河によって支えられた。


「今はゆっくり体を休めろ」

 銀河は、そう言って雄輝をベットに寝かせようと手に力を込める。


「頼む。教えてくれ」

 泣きそうな顔になりながら、銀河の手を抑えて雄輝は悲痛な声を上げた。


「……分かっているのは、ここにいる3人だけだ。後はどうなったか分からない」

「…………」

 顔を下にして、表情を隠し、雄輝は声にならない音を発した。


「あれから、何があったんだ」

「……何も覚えてないんだな。お前が俺たちを助けたんだ」

「俺が」

「そうだ。急にお前が立ち上がったと思ったら、俺たちは別の場所にいた」

 無意識に瞬間移動を使った?もしくは、ミラが助けてくれたのか?と考察しながら、雄輝は次の質問を考える。分からないことだらけだった。


「じゃあ、ここは何処なんだ。俺はどれくらい寝てた」

「ここは……」

 

「ここは、三門家の地下シェルターだ」

「……ジジイ」

 銀河に続き、杖をつきながら老人が入ってきた。それは雄輝の祖父であり、三門家当主である三門裕司であった。白いスーツをトレードマークにしており、今日も白いスーツで決めていた。


「外してくれ」

「……しかし」

「しかしも糞もない。孫と2人きりにしてくれ。そして、あの子も連れていくんだ銀河」

 渋っていた銀河だったが、三門家当主の言葉に逆らえるはずもなく、雄輝のいた病室から天馬を背おって出ていった。


「よっこいしょ」

 裕司は、部屋にあった椅子に深々と座り、雄輝を見つめた。


「始めに行っておく、お前の両親も弟も消息不明じゃ」

「…………」

 その言葉に、雄輝は絶句する。


「どうしてという顔をしているな。日本は終わったんじゃ。まるでゾンビ映画のワンシーンのようじゃったぞ。体内に金色の蠅が侵入した人間は、有無を言わさず自我を失った。拘束しようとすると爆発する。地上は火の海になり大混乱、正に世紀末と言ったところじゃ……まあ、儂には地下シェルターがあったから、何も問題なかったがな」

 そう言って、裕司は笑った。

 何が可笑しいのかと、雄輝は祖父を睨みつけた。


「三門家の人間は。儂とお前以外は生死不明じゃ。これで三門家の当主はお前じゃよ。良かったな雄輝」

「俺が喜ぶとでも……」

「いや、死んだような目をしているから、からかいたくなってな」

「あんたの道楽に付き合ってやる気はない。どこかに消えろ」

「ふっ、全く覇気がない」

 裕司は、雄輝の見て失笑した。


「死んだ方が良かったな。お前」

 雄輝は、祖父の言葉に胸倉を掴んで自分の方に引き寄せた。

 興奮した瞳で、雄輝は祖父を睨んだ。


「どうしてそんな顔をしている?」

「はっ、こんな状況でどんな顔をすれば良いと言うんだ」

「笑えば良いんじゃないか」

「笑えだ。皆死んだんだろ。笑えるわけない」

「……何故決めつける。死んだところを見たわけでもなし。儂は生死不明だと言っただけじゃ。死んだとは言ってない」

「家族はそうかもな。でも、俺の友達は俺の……目の前で死んだんだ。俺は何もできなかった」

 雄輝は祖父から手を離すと、涙のあふれてくる目を閉じて嗚咽を漏らした。


「話は銀河から聞いているから、何が起きたのか全て把握している。だからこそ言う、お前は皆を救いたかったようだが、お前は救世主になれるような男ではない。銀河の馬鹿はお前に期待しているようじゃが、お前には無理だ」

「…………」

 雄輝は何も言い返せずにいた。その通りだからだ。誰も結局救えなかったし、今でも戦いの恐怖を引きずっていた。圧倒的強者の前で意地を張ってみたが、常に怯えていた。失いたくないから、仕方なく戦っていたのが自分だ。とても皆を救える救世主になれるような人間じゃないのは分かっていた。


「だが、戦え」

「何を……」

「今度は誰かのためじゃない。自分の夢のために戦え」

「夢だと……」

「そうじゃ。この馬鹿孫が。お前はずっと未知の世界に憧れていたろ。外には未確認生物がいると言うのに、ちょっと世紀末だからとビビっているんじゃない。2、3回死にかけたくらいで自分を見失うな」

 裕司はここで一呼吸置いた。そして、宣言する。


「お前の敵は外にいる未確認生物じゃない。お前自身だ。お前はUMA好きの変態野郎だろ。ビビって敵を間違えるな。信念を持て」

 それだけ言うと、裕司は立ち上がった。


「儂はお前の母親じゃない。お前を殴って立ちなおさせるようなことは出来ん。家族として言いたいことを言うだけじゃ、以上」

 裕司は嵐のように病室から出ていってしまう。雄輝には言い返す暇もなかった。


「……信念」

 雄輝は一言呟いた。


「あの当主様、雄輝は」

 外で待っていた銀河が、裕司に質問する。


「知らん」

 そう言い残すと、裕司は上機嫌で歩いていった。

 銀河は急いで雄輝の病室に入る。

 銀河が見たのは、病室で枕を殴っている雄輝の姿だった。


「俺がビビっているだと、ふざけんな。誰でもビビるわ。俺が自分を見失っていたって、見失うはまともだったら、最初からいかれた奴だろうが、糞、糞、糞、糞ジジイ、言いたいことだけ言いやがって、変態はお前だろうが、妻が何人もいる好色変態ジジイだろうが」

 日本を一夫多妻にした男、それが三門裕司である。

 ゆえに、三門家は女系一族であった。


「銀河、飯だ」

 雄輝は銀河を見ると大声で叫んだ。


「俺は死んだって良いから外に出るぞ」

「……戦うのか」

「いや、昆虫採集に行く。あの虫野郎を半殺しにして捕まえるんだ」

 そう言って、雄輝は笑った。

 銀河はそれが作り笑いでないのが分かった。


「正気か、捕まえるって、お前の魔法って力なら出来るかもしれないが、あいつは俊太郎を殺したんだぞ。それで良いのか」

「分かってる。もうハッピーエンドなんてないのは、分かってる。大事な人たちがもっと死んでいるかもしれないことも分かってる。でも、憎いから戦うのは俺のやり方じゃない」

「そういう問題じゃないだろ」

「……俺は最近戦ってばかりで、自分を見失っていた。俺は戦うために生まれて来たんじゃない。俺は未知の世界を冒険するために生まれて来たんだ。俺はもっと魔法のことや悪魔のことを知りたい、最初からそうしてれば良かったのに、いつの間にか魔法は戦うための手段になっていた」

「……夢みたいなこと言ってるんじゃない。現実を見ろ」

「夢を追いかけて死ねるのなら、例えハッピーエンドじゃなかったとしても、、俺には一片の悔いもない。でも、正義のためだとか、世界のためなんかで死んだから、死ぬ前にきっと後悔する。……馬鹿みたいだ」

 雄輝は銀河に殴られた。


「こんな時に言うセリフじゃないだろ、今、そうやって犠牲になっている人がいるんだぞ。お前は死にかけて混乱してるんだ。目を覚ませ」

 銀河は悲痛な叫びをあげた。元々おかしな奴だと言うことは分かっていたが、ここまでおかしいとは信じたくなかった。

 何より、銀河は希望を持っていた、三門雄輝ならこの状況をひっくり返してくれるんじゃないかと、そう期待していたのだ。

 だが、その期待は他でもない雄輝の手によって崩れ去ろうとしていると銀河には感じられた。戦う気力が感じられなかったのだ。


 雄輝は銀河の胸倉を掴んで自分の方に引き寄せた。

「目を覚ます気はない。俺は盲目に夢だけ追いかけると決めたんだ。お前もいい加減覚悟を決めろ。どうせ死ぬなら、自分の好きなように馬鹿やって死のうぜ。その方が人間らしい」

「はっ、ははは……」

 銀河は笑うしかなかった。期待していた自分が馬鹿だったことを思い知る。思えば期待したところで、雄輝がその期待に応えてくれたことは一度もなかった。いつも、斜め上か斜め下を突き抜けていくのである。


「お前の考え方は、世紀末の人間の考え方だ。人間の本質かもしれないが人間性を失っている」

 力なく銀河がそう呟いた。


「今がその世紀末だ。まともな奴は生きていけないさ。俺は本能の赴くまま好きにやる。お前はどうする」

 目の前にいる人間は、きっとこれから自分では予想のつかないことをするのだろうと、長い付き合いの銀河には分かっていた。いつもそうなのだ。

 何を間違えたのか、三門家で一番まとめな奴だと思って付いてきたが、今になって思うのは、相手の身分を気にしなかっただけで、一番まともじゃなかったということである。


「俺の夢は、今でも三門家で上に行くことだ。黒木の家と言う従者の家に生まれたが、それで上下関係が決まる何て冗談じゃない。俺は絶対にビックになるんだ。そのためにはお前が必要なんだ。俺も協力する。目には目を歯に歯をだ。あの悪魔に悪魔らしいやり方で目にもの見せてやる。人間の悪意ってやつを思い知らせてやるんだ」

 銀河は吹っ切れたように、そう宣言した。銀河は何やかんや雄輝と心中することにしたのだ。どうせ死ぬなら、自分の信じた人間を……例え間違いだったとしても信じて付いて行こうと思ったのである。


「良いね。悪魔らしいやり方でやろう。今から考える」

 雄輝は不敵に笑った。銀河もつられて笑う。


「そうと決まれば食料制限何て関係ない、食って食って食いまくろう」

「そうだ、そうしよう」

 銀河に肩を借りながら、2人は食堂まで移動を開始した。


地下シェルター。VIP食堂


 VIP専用の食堂では、もともと使える人間が少なかったが、三門裕司が人払いをしたために、雄輝と銀河以外の人間はいなかった。

 代わりに、『食え』という短いメモとともに、焼肉の用意がなされていた。

 煙を吸い込む空調設備も万全に整えられ、まるでこうなることを察していたようであった。


「気に食わない」

 雄輝はそれを見て、そう発言する。

 銀河はそれが照れ隠しだということが分かっていた。


 雄輝は食事が終わると疲れた体を癒すために深い眠りについた。たっぷりの栄養と深い睡眠により、雄輝の体には魔力がチャージされていく。

 10時間は寝ただろうか、大けがをした後なのにすっきりとした感覚。体には力が戻っていた。魔力の回復とともに雄輝の体に出来ていた竜の鱗も消えさる。度重なる戦闘によって減っていた雄輝の魔力はMAXまで回復していたのだ。


「そこにいたんだな、ミラ」

 雄輝が目を覚ますとそこにはミラがいた。否、実際は違う。魔力を消費した雄輝にはミラを見るだけの力がなかったのだ。ゆえに、ミラはいなくなったのではなくずっといたのである。一度雄輝とリンクして肉体を失ったミラには、雄輝の魔力が回復するまでコミュニケーションをとる手段はなかった。

雄輝が禍津竜王を封印した影響で、ミラが雄輝から押し出され、元に戻ることは既に叶わなかったのだ。ミラはミイラである、既に死人である彼女に力は残されていない。

それゆえに、ミラは幽霊のように薄くなって宙に漂っていた。


「お前が私を見れなくなっただけだ……ずっとお前を見ていたよ。お前は馬鹿な男だな。何度も死にかけて、まだ立ち上がり向かっていくのか?」 

「うん、もう迷わない、俺は立ち止まらないよ」

「お前はこのまま道を突き進めば、魔法の恐ろしさを知ることになる。魔法を使えば人は神にでもなれるだろう。昔から人は魔法を使って神となって世界に君臨してきた。人間の歴史の中にたくさんある神話は、魔術師達による実話が多数ある」

「……神様になって、他の生物を虐げてきたんだけよね?」

 雄輝は禍津竜王を封印した際に、その記憶の断片を見ていた。平和に暮らしていたドラゴンたちを、ただ危険という理由で殺している魔術師の姿を見たのだ。それはUMA好きの雄輝には許せない光景だった。


「そうだ。魔術師たちはその欲望を満たすために魔法を使った。だが、私が言いたいのはそういうことではない。彼らが神だと言うことだ。駆け出しの何も知らないお前に勝機はない。今回は相手が悪い、お前は禍津竜王に勝てて調子に乗っているかもしれないが、やつを封印したリングを持っていたから、偶々勝てただけだ。しかし、バエルは違う。やつのリングは他の魔術師の手にあり、その魔術師を奴が操っている。勝てるわけがないんだ」

 そう言って、ミラは雄輝の見つめた。しかし、その瞳に迷いを与えることはできていないのが分かった。


「……お前は天才だ。お前は生きろ。数年すればバエルにでも勝てるだろう。異世界転移魔法と言うのがある。数年間、異世界に行って生きる伸びて帰ってこい。そして、世界を救え」

「…………」

 それは雄輝にとって魅力的な提案だった。ゆえに一瞬言葉を失い固まってしまう。けれども雄輝の答えは決まっていた。ミラの必死の願いも雄輝には届かない。

「俺は逃げない。今だ、今戦う」

「何故だ、お前の夢は知らない世界を知ることだろ。異世界に行ければお前の夢は叶うんだ。それにお前生きられる。禍津竜王の時とは違う、今回はお前に責任はないんだ。意地を張って死ぬな、現実を見ろ」

 雄輝は悲しそうに首を振った。


「俺は異世界に行きたい。異世界転移魔法というのがあるなら、是非教えて欲しい。でも、逃げることはやっぱり出来ないんだよ」

「……意味が分からない。何なんだ?何がお前をそうさせる?」

「……俺は夢を叶えるために生きてきた。そのために他人に迷惑もかけた。それでも後悔したことは一度もない。それは自分の心に従って生きてきたからだ。自分に嘘を吐いたことは一度もない。俺は自分の正しいと思ったことをして生きて来たんだ。だから、今回も俺は正しいと思ったことをやる」

「後先考えず犬死するのが正しいのか?」

「違うよ……圧倒的強者に道をふさがれようと、自分の道を貫くことが正しいんだ。相手が強いからと言って、それは道を変える理由にはならない」

「長い物には巻かれろと言う言葉もあるぞ」

 それはか細い声だった。ミラも雄輝が曲がらないことは分かっていた。だから、それは最後の確認だった。


「ここで自分の信念を曲げて、自分の道をあきらめたら俺は俺じゃなくなる。それじゃ、例え夢が叶ったとしても意味はないんだ。俺は俺の道を行ってそのうえで夢を叶える。……それに数年後って何だよ。数年修行して地球に戻って来たって人間が残っているとは思えないぞ。戦うなら今しかないだろ」

 強い意思のこもった目に、強固な覚悟。それはミラがかつて見たものだった。デジャブを感じながら、ミラは決心が固まり笑った。やはりこの男で良かったのだろうと再び思ったのだ。


「私の生きていた時代からだいぶたって、科学というものが発達したこの現代においても、魔法はそれらを上回っていく、先ほども言ったが魔術師はまさに神と呼ばれる存在だった。望めば全てが思いのままだ。そんな環境で彼女らが何をしたと思う?」

「…………」

「分からないか、私たち魔術師は水を引き、作物を作り、街を作って、人々を守ってきた。勘違いするな、魔術師達の中には私利私欲のために力を使い、人々や他の生物を苦しめたものもいるが、それが全てではない。そう言った悪と戦い世界を守ってきたのも私たち魔術師だ。どんな時代でもそうだった、文明を守り発達させてきたのは魔術師だ」

「……そうなんだ?」

 雄輝は正直、魔術師に対してそんな良い印象がなかった。


「そうだ。どんな時代だろうと、どんな悪が居ようと、奇しくも新たな魔術師が生まれ世界を救ってきた。世界の見えざる手が働いたように、いついかなる時代にも魔術師は生まれて来たんだ。私の時代では私だったように、この時代では雄輝、どうやらお前で間違いないらしい。お前が『世界の手』だ」

「……世界の手?」

「ああ、先ほど言ったろ、世界の見えざる手が働いたように魔術師が生まれ世界を救ったと、実際に救世主のように現れた魔術師を、我々は『世界の手』と呼んだ」

「それが俺だと?俺はそんな立派なものでは……」

「いいや、お前だ。理屈じゃないんだ。お前と話して私はそう感じた。世界の手はいかなる困難に見舞われようと、その手で壁を壊してきた。決して逃げることはなく立ち向かってきた。お前の中にその精神を見たんだ」

 そう言って、ミラは雄輝の手を掴もうとしたがすり抜けてしまった。


「……ミラお前?」

 雄輝はここで、ミラの体に起きていることを理解した。元々察していたところもあったが、実際に見てはっきりと分かったのだ。


「私はもともと死人だ。ミイラになって死んでいるのをお前も見たろ。お前とリンクした時に体を失い、禍津竜王にお前の体の中からも追い出され、私が消えるまでの時間が早まっている」

「俺の体に戻れないのか?」

「不可能ではないだろうが、難しいんだ。それに死人は消えるのが運命、これからの世界を創っていくのは生者だ。だから、お前を試したかった。私の言葉に乗って異世界に行くならそれも良し、乗らずに戦う選択をするならそれも良しと思ってな」

 その顔は寂しそうに雄輝には感じられた。だが、雄輝にはかける言葉がなかった。思えばミラのことを何も知らないのだ。


「ミラは何で世界の手になったの?」

 聞いてももう時間がないので意味がないのかもしれない?それでも雄輝は知りたかった。


「……私の時代は酷いものだった。禍津竜王やバエルのような悪魔が世界を闊歩し、悪の魔術師達が私腹を肥やした。そんな中で私の師匠だった魔術師は1人で戦っていたんだ。私は彼に憧れた。例え幸せな結末が待っていなかったとしても歩み続けた彼に私は憧れ、そして私も戦うことを決めたんだ。だが、結果はこれだ」

 悲しそうな顔でミラは視線を逸らした。

「禍津竜王にバエル、私の封印した悪魔は復活し世界を壊そうとしている。殺すべきだったんだ。だが、私にはそれが出来なかった。これは私の責任なのに、雄輝、お前に責任を擦り付けようともした。そして、そんなお前だけは救いたかったのに、今戦ってくれることを期待しはじめ、そして託そうとしている」

 ミラは異世界に雄輝を飛ばして、ただ、生きて欲しかったのだ。本当のことを言ううと、異世界転移して元の世界に戻ってくる確実な方法などなかった。


「ミラのやったことに意味はなかったのかもしれない。でも、そうじゃなかったのかもしれない。それは誰にも分からない。だけど、俺に魔術師としての道を示してくれたのは、間違いなくあなただ。俺は世界を救うヒーローにはなれない。でもその意思は引き継いでいくよ。俺は俺なりの『世界の手』になる。同じ道は行かない、だからこう名乗ろうと思う『ワールドハンド』だ」

「何だそれは?」

「こっちの方が『世界の手』よりカッコイイだろ」

 そう言って、雄輝は笑った。何でもかんでも英語にするとかっこよくなると思っている日本人のように。


その後、雄輝とミラは数時間話し続けた。それはミラの昔話だったり、魔術師についてだったり、新しい魔法についての理論的な話だった。

そして、ミラは雄輝の前から完全にその姿を消した。

雄輝の瞳には涙はない。代わりに血がにじむほど手を握りしめて、床に血がポタポタと落ちていた。


「銀河」

 雄輝は部屋を出ると銀河を探した。バエルとの最終決戦を行う時が来たのだ。


「……雄輝、大変なんだ」

 雄輝の表情を見て銀河は何か察したが、そのことには触れなかった。それ以上に知らせることがあったのだ。


「天馬が、外に出ていった」

「天馬が……まあ、それはどうでも良い」

 雄輝は少し悩んだが、天馬も同じ魔術師である。自分が心配する必要は今のところないと判断した。それよりもやらなければならないことがあったからだ。


「作戦がある。今から準備するぞ」

「作戦?お前が?」

 いつも正面突破の男が、そんなことを言うので銀河は面食らってしまった。考えるとは言っていたが、本当に考えてくるとは思わなかったのだ。


「ああ、悪魔的な作戦を思い付いた。今から実行する」

 その顔は喜々として虫を殺している子供のような、残酷でありながら無垢な姿に、銀河には見えた。そうなっているときの雄輝は何をするか分からない。

 雄輝は作戦の全貌を銀河に説明すると、銀河の表情はどんどん曇っていった。


「クレイジーだ。絶対にそんなことしちゃ駄目だ」

「今は世紀末。一見狂気にまみれたこの作戦しかないんだ」

「一見じゃない。狂気しかないんだよ。失敗したらどうする」

「失敗しても、作戦を実行しなくてもどうせ日本は終わりだ。作戦が成功するのを祈って派手にやろうぜ」

 雄輝は高らかに笑った。雄輝の意思は固かった。銀河は雄輝を止められないことを察して、頭を抱えた。

 人類史上でも類を見ない、とんでもない作戦が実行されようとしていた。


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