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WORLD HAND  作者: 9
12/13

第12話:再開、そして……

 意識を失った雄輝は夢を見ていた。

 不思議な夢だった。夢なのにやたらと現実味があったのだ。そして、目が覚めても本当にあった真実かのように記憶から消えることはなかった。

 本当に奇妙な夢である。


「俺、泣いてたのか」

 雄輝の頬には涙がつたっていた。


 頭を抱えて雄輝は苦悩した。どうして良いか分からなかった。もしも、夢が真実なのだとしたら、どうするのが正しいのか答えは出なかった。

 でも……自分としては……


(おい、ミラ)

 意見が欲しくて、雄輝はミラを呼んだ。

 しかし、ミラからの返事は返ってこなかった。

 

 雄輝は頭を抱えた。

 1つ解決したと思えば、また問題が起きる。正直、雄輝は疲れていた。


「……そう言えば、傷が治ってるな」

 今さらながら、雄輝は自分の怪我が治っているのに気付く。代わりに、体全体に竜燐が出来ていた。まるで、怪我をしたときにかさぶたができるように、損傷の酷い箇所に集中して、竜燐が形成されていた。

 特に左手は酷く、もはや人間の手とは言えなかった。幸いほとんどが服に隠れる部分であり、左手以外はそこまで酷くはなかった。

 

「お前が助けてくれたのか?禍津竜王」

 雄輝は左手に嵌められたリングを見ながら、夢のことを思い出す。

 しかし……それよりも先にやることがあったため、考えるのは後回しにして雄輝は立ち上がった。


「消えろ」

 雄輝がそう呟くと、魔女優里亜が作ったドームを燃やしていた黒い炎は、ドームを完全に破壊するとともに霧散して消え去ってしまった。


「銀河……リリア」

 仲間の名前を呟きながら、雄輝はドームの中にあった進化の園の宿舎に向かって歩を進める。


 そんなとき、雄輝は宿舎の中から出てくる集団を見た。その集団はほとんど知らないものばかりだったが、その中で雄輝は見知った人間を見つけた。

 怪我は治ったが体力は残り少なかった雄輝は、それでも次第に歩を早めていった。

 頬には安堵から涙があふれていた。 


「良かった」

 人の目も憚らず、雄輝はその良く知った人物に抱き着いた。

 その人間は雄輝の体重を支え切れずに、悲鳴を上げて倒れた。


「ちょっと、止め」

「良かった」

 リリアは、その人物が雄輝と分からずに振りほどこうとしたが、耳元でその声を聞いて、ようやくそれが誰なのか理解した。


「……雄輝?」

 どうすれば良いのか、こんな風に異性に抱きしめられて拘束されたことのないリリアは、あたふたしながら頬だけは赤く紅潮していった。


「あの、あの」

 リリアは、雄輝の背に手を触れると震えているのが分かった。小さいが嗚咽のような音も聞こえた。雄輝は静かに泣いていたのだ。

 リリアはもう好きにすれば良いと思い、逆に抱きしめてでもやろうかと思ったが……


「おい雄輝、セクハラだぞ」

 リリアの体から、銀河が雄輝を引きはがす。


「あっ」

 少し名残り惜しい、そんな自分では理解不能な奇妙な感情を抱いたことに、リリアは多少なり動揺し、声をもらした。


 雄輝は、リリアから引きはがされるとその引きはがした人物に目を向け、銀河だと言うことを理解すると、今度は銀河に抱き着いた。


「銀河、怖かった。怖かったよ。今回ばかりは死んだと思ったんだ」

「俺にも来るのかよ」

 銀河は困ったように、頬をかいた。銀河は長い付き合いだから、何度か雄輝がこうなっているのを見たことがあった。強がっているが、折れるときは驚くほどあっさりボッきり折れる男なのである

 それでも、折れるときはいつも決着がついた後なのだから、その辺は優秀と言えた。否、折れられるときに折れることが出来るのだから、逆に強いのかなと、変な考察をしながら、銀河は自分たちがめっちゃ見られていることに気付く。


「おい、そろそろ離してくれ」

「……じゃあ、やっぱりこっち行くわ」

 そう言って、間髪入れずに雄輝はまたリリアに抱き着いた。

 雄輝は既に正気を取り戻していたので、ただ単にセクハラである。

 ただ、1つ不味いことがあって、雄輝がリリアだと思って抱き着いたのはリリアではなく、リリアの妹のアリアであった。

 リリアだったら許してくれたであろうが、強化人間の鉄拳が悲鳴とともに雄輝にお見舞いされ、雄輝は吹き飛ばされた。

雄輝の体は10メートルほどぶっ飛ばされたが、魔法障壁のおかげでほぼ無傷だったが、痛みがない訳ではない。雄輝の魔力は度重なる魔法使用により枯渇しかけていた。


「おい、雄輝」

「大丈夫ですか」

 青い顔をして、銀河とリリアが雄輝のもとに駆け寄ったが、その2人よりもはやくある人物が雄輝のもとにやってきていた。魔法により一瞬で移動した彼女は、無言で雄輝に手を差し出した。


「……休戦はまだ続いていると言うことで良いの」

 雄輝は魔女優里亜の手を取って立ち上がる。

 銀河とリリアはその姿を見て固まった。

 とても入れるような空気ではなかった。2人には雄輝が最大限警戒していることが分かった。


「許してもらえるとは思わない。だが、信じて欲しい君に危害を加えるつもりは私にはもうない」

「……許すよ。俺は死ななかったし、仲間2人も生きてる。いつまでも恨んでいる理由がない」

 そう言って、雄輝は笑った。


「……すまない」

 魔女優里亜は、そう言って雄輝に謝った。

 それが心からの謝罪であることことが分からないほど、雄輝は節穴ではなかった。だからこそ、雄輝は少し自分が恥ずかしかった。もしも、戦闘になるようなら、禍津竜王の残したこの黒い炎で応戦してやろうと思っていたのである。


 雄輝は進化の園にいる見知らぬ面々に目を向けた。どうやって集めたのか知らないが、どの人間も人間とは正確には言えない、珍妙な面々であった。その一人一人が自分に敵意を向け、魔女優里亜のことを心配そうに見ていた。

 それだけで雄輝には分かった。決して褒められたことではないが、そんな集団を守るために、外部に対して好戦的に対応するしかなかったのであろうことを……人間の悪意がどれだけ醜いのか雄輝は分かっているつもりだった。


 もちろんそれは、推論でしかないことを雄輝は分かっていたが、違っていたとしても構わなかった。ただ、雄輝はもう戦いたくないし、銀河とリリアが生きていただけで恨む理由は本当に何もないのである。

 それよりも、雄輝はそんな珍妙な集団や優里亜と仲良くしたくて、うずうずしていた。


「仲良くしようぜ。優里亜さん」

 そう言って、雄輝は今度は自分から優里亜の手を握った。


「銀河、進化の園で死傷者いるか」

「1名……天馬っていう人が、行方不明らしい」

 雄輝は、優里亜の手を離すと現在の状況を銀河に質問する。浮かれるにしても、被害者がいてはそういう訳にはいかなかったためである。そうすると、少し暗い顔で銀河がそう答えた。


「ああ、天馬ね。あいつは無事だから大丈夫だぞ」

「本当」

「本当か」

 アリアと優里亜が雄輝の両手をとって、質問してきた。あまりの力の強さで雄輝の手はうっ血しそうであった。

 

「ああ、天馬は……」

 雄輝はミラのことを言おうとしたが、言うのを止めた。説明のしようがなかったためである。下手に話を長くすると、青くなった腕が大変なことになりそうだったためである。


「……俺が魔法で外に出してやった。マイもそうだ。だから安心すると良い……うわ」

 雄輝はアリアに抱き着かれて、地面に転がされた。


「ありがとう、ありがとう」

 そう言って、アリアは雄輝の胸でうれし涙を流していた。


 雄輝は、少しだけ後ろめたい気持ちになったが、ミラと自分は二心一体なので、やつの功績は言うなれば自分の功績であると都合の良い解釈をすることにした。

 雄輝も男である、アリアはリリアによく似て美少女だった。ちょっと小さくなって、長い銀色の髪をショートカットにしてロシア美少女。実に役得だった。しかし……


「ねえ、雄輝それくらいで良いでしょ」

「あっ」

 怖い姉が、雄輝を睨んでいた。

 妹を引っぺがし、雄輝の首を絞めながら持ち上げた。

 雄輝の記憶では強化人間は妹の方であり、この姉は薬がないと強化人間になれないはずなのに、雄輝の体は何故か少女の2本のか細いはずの腕で持ち上げられていた。


「それくらいで」

 雄輝が苦しんでいると、リリアの肩に銀河の手が置かれる。そうすると、リリアが力を緩め、雄輝は地面に転がった。

 

「銀河」

 雄輝は急いで、銀河の後ろに隠れる。

「調子に乗るからだぞ」

 銀河には、雄輝が嘘をついて役得していたことが何となく分かっていた。

 雄輝が作り笑いをしているときは、だいたい嘘を吐いている時だと銀河は長い付き合いゆえに知っていたのである。そして、長い付き合いゆえにそれが嘘の笑みなのか、本当に笑っているのかどうかもわかった。


「それで、お前これどうしたんだ」

 銀河は、雄輝の左手を取ってそこに浮かび上がっている鱗を皆にも見えるように掲げた。


「黒い炎の竜がいたろ。あいつと戦ってこうなった」

 雄輝はさらっと答えた。


「……後悔しているか」

「全然、人とちょっと違うだけだ」

 雄輝はそう言って笑った。

 銀河にはそれが作り笑いでないことが分かった。


「君があの竜を倒したのか」

 進化の園の雄輝にとっては名前も分からない1人が、そう質問する。それを皮切りに、遠巻きに雄輝を見ていた進化の園の住人たちが、一斉に集まってきた。


「怖くなかった。大丈夫」

「君は救世主だ」

「助けてくれて、ありがとう」

 様々な言葉が飛び交ったが、進化の園の住人たちは、同じく人と違っている雄輝には友好的な態度を見せた。

 それに対して、雄輝は少し照れながら笑顔で回答している。


「……良かったな」

 それを遠目に見ながら、銀河がそう呟いた。変人ゆえに人に褒められたり、優しくされることが極端に少ないことを銀河は知っていた。

 本来ならもっと人に囲まれて、持て囃されても良いはずだと銀河は思うのだが、三門家になど生まれたばかりに、雄輝は敵ばかり作って生きているのである。自業自得なところはあれど、それでも過小評価されていることは銀河的には歯がゆかった。

「君は何者なんだ」

 進化の園の1人が、核心に触れる質問をしたことで、辺りが静まりかえった。

 それは誰もが気になることだったためだ。先天的・後天的などの違いはあれど、進化の園の住人は皆、人間とは違う部分を持つ。質問するのはタブーな一面があったが、雄輝のような強烈な新入りは、そんな暗黙の了承を破ってでも、気になってしまうところがあった。


「その子は、魔術師だ」

 雄輝がどう答えたものか迷っていると、優里亜が代わりに答えた。


「教祖様と同じ」

「天馬さんと同じ、魔術師」

 そんな声が上がり、辺りが再びざわつく。


「魔術師って何だよ。どうしてさっき言わなかった」

 銀河が雄輝に質問する。その顔は少し怒っていた。


「俺にも良くわからないんだ。突然なったし……」

「それはない」

 雄輝の言葉を優里亜が遮った。


「魔術師は先天的なもので、後天的に変わることはない。君は生まれた時から魔術師だったはずだ。生きているうえで何か変わったことは起きなかったか」

「……はっ、返しても、踏み倒しても借金がなくならないのは、俺が魔術師だったからなのか」

「それは、お前が馬鹿なだけだろ」

 呆れたように、銀河が呟いた。


 雄輝は笑顔を作りつつ、昔のことを思い出していた。それはまだ小学生くらいだったとき、日本からアメリカまでワープして、そして再び日本に帰ってきたことがあった。夢だと思っていたが、夢ではなかったのかと……少しだけそれが嬉しかった。今の雄輝を作ったと言っても過言ではない、とても大事な夢だったからだ。

 ゆえに、誰にも話したくはなく、わざとふざけて見せた。


「それよりも、俺の魔法でこの辺一帯の炎を鎮火する。そうすれば外に出られますか」

 雄輝は話題を変えることにした。


「消せるのかい」

「消せますが、この人数を外に飛ばすだけの力は残ってません。お願いできますか」

「炎が消えれば、出口も復活する。何も問題ないよ」

「……消すって、魔法を使うほどなんですか、水かければいいんじゃないの」

 雄輝と優里亜が真面目な話をしていると、リリアが会話に入ってきた。


「「はあ」」

 雄輝と優里亜はため息を吐いた。

「えっ」

 予想外の反応に、リリアが驚いた声を上げる。

 進化の園の住人は、直ぐに避難したため黒い炎の恐ろしさを何も知らず、暴れ回る禍津竜王の方が深く印象に残っていた。

 黒い炎は熱くもなく、今は雄輝がその進行を止めていたため、なんの脅威もないものと映っていた。炎とすら認識していないものもいるくらいである。


「まあ、とりあえず消すわ」

 雄輝は、指を打ち鳴らした。そうすると、黒い炎は黒い光の粒となって霧散していった。


「流石だな」

「ふふん」

 雄輝は優里亜に褒められてふんぞり返った。


「……ちょっと聞いただけなのに」

 リリアがそう言って、ふて腐れて見せたが、雄輝には相手にされなかった。


「お姉ちゃん、いつも言ってるじゃん、真面目な話に入ったらだめだって」

 代わりに、妹のアリアが肩を叩いてフォローを入れた雰囲気を醸し出したが、フォローにはなっていなかった。


「そうよ……アリア、それってどういう意味」

「そのまんまの意味だよ」

 納得しかけて、リリアが言葉の意味に気付くが、アリアは動じることなく笑顔で返した。


「ちょっと、アリア」

 そんな姉妹コントのような一場面に、周りから笑いが起きた。

本当に戦いは終わったんだなと思いながら、雄輝はそれを見ていた。


「外に行こう。ここはもうもたない」

 雄輝は皆に向けて何気ない言葉を放った。しかし、『外に出る』それは、何カ月、あるいは何年もの間、外に出ることなく進化の園で暮らしてきた住人達には、重い意味を持つ言葉であった。

 住人たちは、誰しもが、リーダーである優里亜を見ていた。


「外に出よう。今度はしっかり皆を守る」

 肯定の歓呼の声とともに、進化の園の住人たちは優里亜を先頭に、出口に向かって移動を開始する。

その後に、雄輝たちも続いた。


「終わったな」

 リリアとアリアが仲よさそうに話しているのを、後ろから見ながら銀河が口を開いた。


「ああ、今回は大変だった」

「だが、当初の目的は果たせなかった。俊太郎の情報はどこにもなかった。珍しく、お前の勘が外れたな」

「……ここに来た事、間違いだったと思うか」

 雄輝は銀河が残念そうにしていたので、少し意地悪な質問をしてみた。


「……そんなことはないさ。得たものも多い。あの姉妹が仲よさそうに話している。それだけでお釣りが来るさ」

「くっさ」

「なっ」

 雄輝の思いがけない一言に、銀河が絶句する。


「良いか、お前の方がくさいセリフばっかり言ってるからな。大人になったら恥ずかしくなるぞ」

「見た目は大人、心は子供で行くから問題ない」

「それはそれで、恥ずかしいやつだからやめとけ」

「……あの姉妹が」

「止めろ。真似すんじゃない」

 銀河が雄輝の口を手で塞いで黙らせた。


「ぷは、まあ、お互い生きてて良かったよ。俊太郎はまた探そう。何だか直ぐ見つかるような気がするんだ」

 銀河の手から解放され、雄輝が自信あり気に銀河に宣言する。


「それも勘だろ」

「勘さ。でも、今いい流れが来てる気がするんだよね」

 これから、きっと良いことがあるだろう。そう雄輝は思っていた。そんな予感がしたのだ。進化の園の住人たちは、ある意味雄輝が探し続けたUMAみたいなものだし、魔法と言う新しい力も手に入れることが出来たことに、雄輝は浮かれていたのだ。

 銀河たちと再会して精神的に楽になったのも、希望に向かって歩き出せた要員であった。


 雄輝は、進化の園の住人たちよりも早く出口に入った。

 それは、進化の園の住人たちが、やはり外に出ることに抵抗を持っていたためである。出口にまで来たが、外に行くことに抵抗があり、出ていこうとするものはいなかったのだ。

 時間がかかると言うことで、雄輝たちが先に外に出た。


 雄輝が外に出ると、オレンジ色の夕焼けが見えた。

 朝からだいぶ時間がたっていたことに、雄輝は少し驚く。進化の園にいる間は、太陽も見えないので時間間隔がなかったのだ。


「あれは?」

 雄輝は夕焼けの中、動く人影を見つけた。


「天馬か?」

 そう思って、雄輝は後続を待たずに駆けだした。

 そこにいたのは……


「俊太郎」

 信じられないことに、そこにいたのは俊太郎だった。

 俺の勘はやっぱり当たるな。見たか銀河と思いながら雄輝は俊太郎の方に進め足をさらに速めた。俊太郎の周りには、他にも人がいるようだった。


「来るな」

 絶叫が響く。その声の方に振り向くと傷だらけの天馬が、ボロボロに壊されたマイを抱えながら、戦っていた。

 何と?それは分からない。雄輝は第六感を発動させたが、それが何か分からなかった。それも仕方ない、それは人外の何かだった。

 それには羽が生えていた。虫、それもハエのような羽が金色に光っていた。それはまるで後光のようで、神々しく感じられた。

それ以外の部分は、白衣を着た端正な顔立ちの白人の男性である。金色の長髪を煩わしそうに払った後、その男は手を叩いた。


「あれは……」

 雄輝は、男の手を見ると自分の指に輝いているリングとよく似たものを付けていた。この瞬間雄輝は直感する。アイツだと。リリアの携帯のデータで見た、爆発事故の現場から飛びだっていった謎の生物だとそう雄輝には感じられた。


 その生物は、雄輝の方を見た。

 その瞬間、雄輝の体にゾクゾクと悪寒のようなものがはしった。見た目が人間に近いからこそ、その悪意の込められた瞳が怖った。


「ほう、お前がこの時代の世界の手か」

「…………」

 雄輝は声が出せなかった。重苦しい雰囲気に押しつぶされそうだった。今の雄輝には戦うだけの精神的な気力はもう僅かしか残っていなかった。


「ううん?」

 その生き物は、雄輝の所まで飛んできて首を傾げた。


「お前、もしかして禍津竜王の適合者でもあるのか、ふふふふ、この時代は私を飽きさせないな。お前のような存在がいるとは……なんたる僥倖」

 そういうと、その生物の周りに金色の粒が煌めいた。


「危ない」

 雄輝の前に天馬が割って入る。金色の粒は天馬によって引き裂かれた。天馬の腕は雷がスパークしていた。


「君にはもう飽きた。私はそこの特異点と遊ぶんだ。そろそろ消えな」

 そうその生物がささやくとともに、手を打ち鳴らした。そうすると、周りにいた人間たちの何人かの背中からも羽のようなものが現れ、天馬に向けて飛ぶと言うよりは、飛ばされたような勢いで猛烈に迫ってきた。


 天馬が魔法障壁を展開したのが、雄輝には分かった。雄輝とは比べ物にならない、天馬の魔法障壁は球体上に広がり、その中に雄輝の体もすっぽりと入った。

 一夜漬けにも劣る雄輝との練度の違いがそのにはあった。

 天馬の魔法障壁は、雄輝の体はその中に入れたが、飛んでくる敵と思われる人間はシャットアウトした。魔法障壁に当たり、醜くもその顔面は潰れる。

 そこまでする必要があるのかと、雄輝は思ったが、その認識は直ぐに塗り替えられた。

 突撃してきた人間たちの羽が一度光ると、その体は木っ端みじんにはじけたのだ。文字通り血の雨が降った。

 雄輝の体は、天馬のおかげで無傷だったが、心に重いものを落とした。目の前で人の体が吹き飛んだのだ。まともな清新なら発狂してもおかしくなかった。


「何だよ……これ」

 すがるように、雄輝は天馬に問うた。

「何が起こっているんだよ」

 戦いは終わったとそう思っていた雄輝には、現実を受け入れるのに時間がかかった。


「私が教えて差し上げようか、禍津竜王殿、それとも世界の手と呼んだ方が良いのかな」

 天馬も答えられずにいると、人外の生物が名乗り出る。先ほど雄輝を『世界の手』と呼んだ個体である。羽が生えている人外の中でも、別格の雰囲気を持っていた。


「……お前は誰だ」

 迷った末、雄輝が質問する。


「私はバエル。かつて世界の手によって封印された悪魔の一体、この肉の体を借りてこの世界に蘇った」

 そう言ってバエルと名乗った悪魔は、自分の胸に手を当てて深々とお辞儀した。


「目的は何だ?どうして俺たちに敵意を向ける」

「目的か……それは人間の考え方だ。私に目的はない。それに君たちに敵意があるわけでもない。私はただ楽しんでいる、暇をつぶしていると言っても良いかな」

「……暇つぶし、人を爆弾にするのが暇つぶしか」

 天馬が激高する。それに対して、バエルは笑って返した。


「人間なんて、何十億人といるのだろう。それなら少し減っても全体としては問題ないだろう。代わりなどいくらでもいる。それなのに何を悲しむ?何を怒っている?知り合いでもいたか」

 雄輝はそう言われ、心臓が高鳴った。その人間たちの中に俊太郎がいたからである。俊太郎も爆弾にされるかと思うと怖かった。

 そして、進化の園の出口からは、今まさに人が出てこようとしていた。

 第六感で分かった。それは銀河だった。


 バエルはほくそ笑んだ。

「意地悪を言って悪かったね。禍津竜王。これは君のお友達だろう」

「なっ」

 バエルの隣には俊太郎が飛んできていた。その背中にはあの羽が生えている。


「逃げろ、俊太郎」

 友達なのがばれてるのなら、そう思い、雄輝はありったけの気力を振り絞り叫んだ。


「意味はないさ。これは私の能力でね」

 そういうと、バエルの周りに金色の光の粒が現れる。良く見るとそれは蠅だった。


「この蠅が体内に侵入した人間は意識を失い、私の意のままに操られる傀儡とかす。そして、これらの蠅は強力な爆弾でもある」


 そう言って、バエルは金色の蠅たちを進化の園の出口に向けて飛ばした。それと同タイミングで天馬が出口から出てきた。

 そこは、仲が空洞になっている切り株である。


「えっ」

 銀河の前で蠅が爆発した。


「ほう、使えるか」

 銀河の前に銀の炎を展開して、雄輝は爆発を食い止めた。


「バエル」

 バエルの前に天馬が突っ込む。マイを背負っているとは思えないほど速かった。右手に雷を纏い、バエルを突き刺すようにその腕がバエルに迫った。しかし……


 その前に、俊太郎が盾になる形で立ちはだかる。

「止めろ」

 雄輝は、今度は天馬の一撃を止めるために銀の炎を展開せざる負えなかった。

 


 天馬の体は、銀の炎の反射能力で吹き飛ばされる。


「雄輝」

 非難する声を雄輝に向けて天馬があげる。


「友達なんだよ。やめてくれ」

「もう死んでる」

「そんなことはない……まだ生きてる。操られているだけなんだ」


「はは、人間は甘いな。お前のようなのが良く禍津竜王を封印できたものだ」

「黙れ」

 雄輝は、バエルを睨んだ。


「君は知らないだろうが、私はずっと君を見ていた。この肉と同じで悪魔を目覚めさせた運命の人間、その生き方に興味があったからだ。そして、お前はあの禍津竜王を封印した。私の予想をはるかに上回ったんだ……だが、お前は甘いな。私を失望させることをするな。悪意を持って私の前に立て、それが出来ないなら死ね」

 雄輝は見た。俊太郎の羽が光っていた。それが何を意味するのか、雄輝に先ほど見たからわかった。それも自分の方ではなく銀河の方に飛んで行っていた。

 選択肢など、どこにもなかった。


 銀の炎を展開して、と思ったが、雄輝は俊太郎と銀河の前に瞬間移動で、割って入った。


「ほう」

バエルは、それを楽しそうにみていた。


「止めろ、俊太郎。正気に戻れ」

「……凡夫だな。魔法と言う力の前に、言葉などは何の力も持たないぞ」

 俊太郎の体は木っ端みじんに吹き飛んだ。


 「ああ」

 その爆発は、人なら殺すことが出来るだろう。しかし、雄輝の魔法障壁には傷一つつけることは出来なかった。

 そう、ただ楽しむためにバエルは爆破したのだ。


「雄輝」

 雄輝の体が間に入ったおかげで、銀河は死ぬことはなかった。軽傷を負った体で、呆然と膝を付いた雄輝の名を叫んだ。


「ああ……」

 だが、雄輝には聞こえていなかった。頭を押さえて立ち上がる気配は見せない。


「バエル」

 天馬が、バエルに迫る。


「派手にいこうか」

 バエルは、残っていた人間を集めた。異様な光景だったとしかいえない。突如蠅の羽が生えた人間たちがバエルの周りに密集し、集まることによって、今までとは比にならない大爆発を起こしたのだ。


 天馬の体は、爆発に巻き込まれて吹き飛んでいく。五体満足なのは、流石と言うしかないが、天馬の魔法障壁を貫通して、ダメージが入っていた。

 天馬の体が地面に転がり、背負っていたマイも地面に無残に転がった。


 銀河は見た。

 爆発の中を高笑いを浮かべて歩く、バエルの姿を、爆発を操るバエルには、雄輝に黒い炎が効かなかった様に、爆発に対する耐性があり、その爆発すらも操ることが出来た。

 

「私が憎いだろう。戦え禍津竜王。私を楽しませろ。生きていると感じさせてくれ」

「…………」


 何も言わない、雄輝の首を掴んでバエルは持ち上げた。

「どうした、人間の戦う理由は憎しみだろ。お前の悪意を見せろ」


 銀河は、そんな雄輝の姿を見て、銃を持って発砲した。しかし、バエルも魔法障壁を張れるため、銃弾など意味をなさなかった。


「どうした禍津竜王、そいつを殺すぞ」

 バエルは何も反撃をしない雄輝に苛立ち、銀河を指さした。


「……止めてくれ」

「何だそれは……もう良い」

 バエルは一度頭を垂れると、頭を振り、雄輝に興味を失ったような表情を見せると、その心臓を貫いた。


「お前に、これは相応しくない」

 バエルの取り出した雄輝の心臓は、銀の炎が燃えていた。それを愛おしそうにバエルは撫でると、それを口に運んで飲み込んだ。


 雄輝が意識を失うとともに、雄輝の左手に嵌められたリングは、轟轟と燃えだしていた。一度閉じた雄輝の目が開かれる。その目は禍津竜王の蛇のような鋭いものに変わっていた。


「雄輝」

 そう言って、雄輝の名前を必死に呼ぶ銀河が見たのは、体を黒い炎で燃え上がらせて、立ち上がる雄輝の姿だった。


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