第11話:VS禍津竜王(後編)
雄輝の目の前に禍津竜王が迫る20分前。
雄輝の体から、ようやく銀の炎が消え、荒かった呼吸がようやく正常に戻り始めていた。銀の炎も魔法の炎であり、雄輝の体の隅々まで広がったが外傷を与えることはなかった。
だが、焼かれた時の痛みは形容しがたいほどの痛みであった。心または魂と呼ばれている、現代科学ではその存在すら特定できていない、未知の領域までその炎が侵食したためである。人が生きているうえで体験することのない痛みであった。
「……ミ……ラ」
雄輝が目を開けるとそこには、復活したミイラの女性はいなかった。
顔に手をやった雄輝は、自分の顔にあった竜燐が消えていることに気付く。銀の炎で焼かれた影響で、禍津竜王からの侵食はなりを潜めていた。
「おい、ミラ……あいつ、まさか」
何かしらの意味があった行動なのは、自分の体の変化から分かったが、肝心のミラがいないのだ。最悪の想像が雄輝の頭をよぎった。しかし……
(失礼なやつだな。ちゃんといるぞ)
「えっ」
雄輝が辺りを見渡すが、やはりミラはどこにもいなかった。それ以上に不可解なのは声の聞こえた位置である。まるで耳に着けているイヤホンから聞こえたかのように、実にクリアに頭の中に声が直接響いたのだ。
「どこにいるんだ」
(お前の中だよ)
「はっ」
雄輝は素っ頓狂な声をだし、恥ずかしさに顔を真っ赤にした。
(禍津竜王と同じだ。お前の中に私の力を取り込んだ。まあ、やつと違って私は完全に融合を果たしたから、私という存在は消えたがな。私とお前は心で繋がっているわけだ。お前も声を出すことはない、心で思えば私と会話できる)
(……聞こえてる?)
(ああ、聞こえている)
ミラの言う通り、雄輝は心の中でミラと会話することが出来た。実に不思議な感覚だったが、慣れるのに時間はかからなかった。
(それで、俺と融合してどうするつもりんなんだ)
(お前の体のコントロールを得ることが出来るんだ)
(……もしかして、俺の体を使って戦ってくれるの)
想像力をはたらかせて、雄輝が質問する。
(及第点だな。私が体を乗っ取って悪さするとか思わなかったのは褒めてやる。だがな雄輝、戦うのはお前だ。否、お前でないといけないんだ)
(何故、俺なんだ)
(答えはシンプルだ。私では禍津竜王には絶対に勝てない。だが、お前には可能性があるからだ。確かにお前より私の方が魔法はうまく使える。しかし、私には黒の炎は操れないんだ。このアドバンテージは非常にデカイ)
(そんなにデカイのか)
雄輝には、素人の自分が戦わなければいけないほどのアドバンテージのでかさというのが良く分からなかった。
(……黒の炎は術者が消そうとしないと決して消えない。そして、あの炎で燃えせないものを私は知らない。この世の神羅万象全てを破壊する魔法の炎だ。本来防ぎようがないんだ。だが、禍津竜王から力の一端を奪い取ったお前は唯一の例外になっている。フグが自分の毒で死なないように、お前も禍津竜王の炎で死ぬことはなくなったんだ。早い話、お前には効かないんだよ)
雄輝は、ミラの言葉で自分が戦う意味を理解した。
(人類史上初の快挙だぞ。一体どれだけの魔術師が黒の炎で死んだか分からない。お前は希望なんだ)
ミラの言葉は嬉しそうでありながら、悲しみも含んでいるように雄輝には聞こえた。
(……それじゃあ、俺と融合しコントロールを得たのは、結局何でなの)
脱線した話を雄輝が本題に戻す。ミラの過去を聞いている暇はなかった。
(口で言って教える時間がないからだ。今からお前の体を使って魔法を発動させる。文字通りお前には体で魔法を覚えてもらう)
(……そういうことか)
(雄輝、お前が覚えなければならない魔法は4つだ。4つのことが出来なければ、お前は死ぬだろう。だから、死ぬ気で覚えろ。さっそく始めるぞ)
その言葉とともに、雄輝の魔法修業が始まった。
実際にミラが自分の体を使って行った魔法の発動を、同じように実行する反復練習。派手な魔法と違って、やっていることは非常に地味であり、難しかった。
しかし、雄輝自身認めたくなかったが、そんな時間が楽しく感じられたてしかたなかったのだ。こんな状況でおかしいのは本人にも分かっていて、いけないことだと思っていたが、魔法と言う未知の力は雄輝の心を擽らずにはいられなかった。
恐怖や不安は、その時だけは完全に忘れ去られ、楽しいと言う感情だけが雄輝を支配した。
その思いは、雄輝の成長をさらに早め、天才三門雄輝は魔法と言う特異な技術においてもその才能を加速度的に開花させることになる。
事実、雄輝の覚えた魔法は4つではなく5つであった。
そして時間が戻り、雄輝は今、禍津竜王と対峙していた。
ミラの教えた魔法の1つ目、銀の炎は、おおむね操作できるようになっていた。
(おい、雄輝、あの女は利用するんじゃなかったのか)
(あれで良いんだよ。戦力といってもアタッカーとしては何も期待していない。ああやって守りを固めて欲しかった)
雄輝は、魔女が引きこもった木で出来たドームに視線を向ける。ミラと雄輝は視覚を共有しているため、雄輝の目を通してミラも何が起きているのか把握することが出来た。
(にわか仕込みのコンビネーションには期待できないと……)
(それだけじゃない。いつ後ろから刺されるか分からないからな。ある程度利用したら、閉じ込めておくのが最善だ)
雄輝は、木で出来たドームに向けて黒い火の玉を投げつける。それが着弾すると一瞬で燃え上がり、ドーム全体を覆った。
これには2つの意味があった。1つ目は魔女優里亜を外に出れないようにするため。2つ目は、禍津竜王の炎から守るためである。
炎から守るために炎で焼くとはおかしな話であるが、黒の炎は魔法の炎である、何を焼くかは術者である雄輝に決定権がある。木のドームを炎で覆ったが実際は何も焼いてはいないのである。
そして、最も重要なのは雄輝の黒の炎で焼かれた結果、禍津竜王の炎はドームを焼くことが出来なくなったことである。同じ炎同士は干渉することがなく、上書きされることはないためである。これによって、禍津竜王が何かするには物理的に木のドームを破壊するしかなくなったのである。
(冷静な判断だな)
(そうでもないぞ。あんなのと対峙している時点で俺はいかれてるんだ。願わくば、酒か薬でも欲しいよ。飲んだことないけど……)
人間はたかだか、2~3メートルくらいの熊と出会っても死を覚悟するのだ。それが数十メートルの竜が相手なのである。雄輝の精神状態はまともではなかった。
禍津竜王は蛇のような体に足が4本付いた、東洋の竜のような姿をしていた。羽はなく地を這っているが、実際は飛ぶことも可能であり、飛ぶだけの空間がないため、地を這っていた。禍津竜王は全身を黒い炎で覆われているため、動くだけで大地を火の海に変えている。特に4本の足には黒い炎の玉が作られており、その部分の被害は酷いものになっていた。
(あいつ何で動かないんだ)
立ち上がった禍津竜王は動かずに、じっとしていた。それが雄輝にとっては非常に不気味に思えた。
(ヤバイ……来るぞ)
(はっ、何が?)
(ブレスだ)
雄輝がミラの声を聞いた時には、竜は大きく息を吸い込んでいた。空気は竜の腹にたまり次第に口へと流れていく、そして目を見開き口を開けると、まるで光線のような炎がその口から勢いよく放たれる。
雄輝には避ける隙はなかった。
(怖……)
(平気か)
地面がえぐれ、後ろの空間には大きな穴が空いていた。破壊力で言えば、ミサイル1発を遥かに上回る。しかし、ブレスが直撃した雄輝には傷1つなかった。黒い炎で包まれていたが、それは自分の炎であり、衣服や木刀が焼けないように咄嗟に展開したものであった。
(本当に効かないんだな)
(そう言っただろう)
雄輝とミラは心の中で、今起きたことを話し合っていた。
(じゃあ、来るぞとか言わないでくれない。自信なかったみたいじゃん)
(…………)
(まさか……)
(うるさい、実際に効かなかったんだから問題ないだろ)
雄輝は怒っていいのか、呆れればいいのかわからなかったが、状況が待ってはくれなかった。
禍津竜王が咆哮をあげると、雄輝に向かってついに前進を進めた。禍津竜王の動きは非常に奇妙なもので、4本足のそれぞれに灯っている黒い炎をまるでローラーのように動かして、進んでくる。それは車並みのスピードが出ているので、厄介極まりない。
(今度こそ来たぞ。炎は平気でも物理的なダメージは無効にはならない。魔法を使って対処しろ)
(分かってる)
雄輝は気持ちを切り替えて、禍津竜王の動きを目で追うのを止めた。
(おい、いきなりやるのか)
(出し惜しみできない。それに出来なければ、どっちみちゲームセットだ)
雄輝は肌がピリピリと震えるのを感じた。正に肌で感じるという感覚。だが、実際に5感のどれとも違う。もっとも近いのが触覚だというだけである。
雄輝の中には、第六の感覚器官とでも言うべきものが出来ていた。それも修行した魔法の1つである。目で見るよりも、耳で聞くよりもはっきりと相手の動きが分かった。
雄輝は相手の動きを完全に読むと、相手の側面から銀の炎を展開し、禍津竜王のその巨体は銀の炎の反射の力で、また吹き飛ばした。
(そうだ。正面から受ける必要はない。斜めから受け流すように銀の炎を展開するんだ。そうすれば、あの巨体でも宙を舞う)
黒の炎が破壊の力を持つ魔法の炎であれば、銀の炎は反射という力を持つ魔法の炎であった。しかし、銀の炎は黒の炎のように絶対的な力があるわけではない。また、使い手の雄輝も不得としていた。そのため真正面から受け止める力はなく、側面から当てて滑らかに滑らすように反射するしかなかった。
その操作とタイミングの判断を可能としたのが、第六感である。
雄輝は大きく息を吐いた。銀の炎と第六感の同時使用にはそれなりの集中力が必要で、疲れるのである。
(願わくば、起き上がらないで欲しいな)
(馬鹿言うな。対して効いてないぞ)
禍津竜王は咆哮とともに起き上がる。ミラの言う通り大したダメージはないようであった。第六感がそう言っていたのだ。嫌なもので怪我1つしてないことが雄輝には分かってしまうのだ。
(何だアレ)
第六感で禍津竜王を補足していると、鱗が棘のように変化していくのが分かった。凄く嫌な予感がした。雄輝は銀の炎を体の正面に展開する。
棘へと変化した竜燐が飛んできたのは、その瞬間であった。
雄輝の体の半分はある棘の弾丸が、銀の炎にぶつかると1、2本なら跳ね返っていくが、十本を超えると無理であった。
(飛べ)
ミラの声が頭の中に響く。だが、それは出来ない選択だった。
雄輝の第六感が、自身の後方にある木のドームのほうまで棘が飛んでいく未来を予感させた。雄輝は銀の炎を広範囲に展開せざる負えなかった。
(馬鹿止めろ)
頭の中でミラの声が再び響く。
禍津竜王は竜である。獣ではない。雄輝が広範囲に炎を展開すると、雄輝に狙いを集中し、棘による集中砲火を受けた。雄輝の動きを察知して対応を変えてきたのである。明確な知能があった。
銀の炎で受けられるのは10本が限界だった。その数十メートルの体躯から発射される棘の量は決して無限ではないが、数十本を超えている。銀の炎は次第にその勢力を弱め、雄輝の体まで達するのに時間がかからなかった。
雄輝の体に棘が刺さる。1本1本が雄輝の体の半分ほどあるのだ。雄輝の体は後方に吹き飛ばされた。普通に考えれば即死である。しかし……
「……痛いな」
荒い息とともに、雄輝は立ち上がった。その体は致命傷を受けてはいなかったが、腹部から出血があった。
(上手くいったな。お前はこれが一番下手だったから心配したぞ)
雄輝の頭の中にミラの声が響く。その声は安堵していた。痛みを共有してないので、雄輝には憎たらしく感じられた。致命傷ではないが、痛いものは痛いのである。
『魔法障壁』
銀の炎、第六感とともに雄輝が取得した魔法の1つである。体全体に魔力を張り巡らせることで物理的なダメージだけではなく、熱や冷気、毒などの有害物質、魔法にさえも対抗できる、魔術師の最大の防御手段と言えた。
その硬さは、人それぞれであり、未熟な雄輝であっても戦車の砲撃をガードできる程度の効果があった。そして、ちょうど禍津竜王の棘もその程度の威力であった。
雄輝は禍津竜王を睨んだ。
(攻撃パターンはだいたいわかった。ミラ、そろそろ前に出るぞ)
(待て、作戦通りやるんだ)
(……悪いな、やっぱり守るのは性に合わない)
(何言ってんだ。そんな個人的な感情は捨てろ。お前が負ければ、どうなるか話したろ)
(俺の直感が言ってるんだよね。お前は出来るやつだって)
(……話にならん、直感を信じると)
(違うよ。自分を信じるんだ)
雄輝は最初、明らかに禍津竜王にビビっていた。しかし、恐怖を拭い去り戦闘を開始した雄輝の目には次第に自信が戻ってきていた。それは根拠も何もない雄輝らしい自信であったが、今1点においては、そう言ったものも必要な状況と言えた。
恐怖の先に絶望が待っている人間がほとんどであり、それが人間として正しい。だが、こと三門雄輝においては、恐怖の先で自分を奮い立たせ、最終的には自分を信じることが出来た。それは蛮勇に他ならず、同じことが出来る人間は少なからずいるだろう。だが、彼が特異なのは、その時にこそ発揮される集中力の高さである。
恐怖で体が竦むのではなく、むしろパフォーマンスが上がるのだから、一種の才能と言えた。
雄輝の頭の中では、ミラの説教が響いていたが、遮断できるはずのない言葉は、雄輝にはもはや届いていなかった。
音もなく色もなく、世界が閉じていく。
雄輝は目を閉じて、感覚を第六感に集中させた。極限の集中力により、第六感以外の感覚器官からの情報は次第にシャットダウンされていった。
(なにやってるんだ……)
ミラは、雄輝が第六感の使用に集中するために、魔法障壁を切ったのが分かった。
それは自殺行為と言えた。
ゆえに、雄輝に言葉を届けようとするが、返事は相変わらず返ってこなかった。ミラは、もはや見守るしかなくなった状況を悟った。
禍津竜王は、再びその鱗を棘へと変容させ、それを雄輝に向けて飛ばした。
時間をかけたためか、先ほどよりも数が多く、優に百を超える弾丸が数秒の時間差をもって、雄輝を襲う。
魔法障壁のない雄輝では、当たれば即死であるが、魔法障壁を展開する素振りすら、雄輝は見せなかった。
(馬鹿が……)
ミラがそう呟いた。しかし、直ぐにその認識は覆ることになる。
(……ありえない)
ミラは信じられない光景を見ていた。
雄輝は迫りくる棘の弾丸を前に、次々と、銀の炎を展開してその弾丸を跳ね返したのである。それも局所的に展開し、ピンポイントで跳ね返していた。
銀の炎は黒の炎と違い永続的に燃え続けるわけではない。その輝きはほんの一瞬であり、常に使い続けなければ直ぐに消えてしまう。その刹那の時間で炎を展開し、跳ね返しているのだタイミングは非常にシビアと言えた。
それをノーミスで、数十発に対して同時に行っているのだから、人間技とはもはや言えなかった。
さらにあり得ないことが続いた。銀の炎の操作に慣れ始めたのか、雄輝は跳ね返した棘の弾丸で、後続の棘の弾丸を打ち落とし始めたのだ。その表情には余裕すらあるようにミラは感じた。
(何なんだお前は……)
ミラは魔法を覚えるスピードから、雄輝の非凡さを実感していたが、認識が甘かったことを思い知る。真に才能があったのは、覚える早さではなく、応力の高さであったことを知ったのだ。
応用力の高さは、教えてどうこう出来る領域ではない。そして自分で魔法を生み出していくことを是とする魔術において、もっとも必要な才能の1つと言えた。
魔法の継承が途切れ、誰も魔法の存在を知らない時代に、恐ろしい魔術師が生まれていたことをミラは知り、それに運命すら感じた。
棘の弾丸を跳ね返していた雄輝は、ミラの思った通り余裕があった。あり過ぎるくらいで困惑すらしていた。第六感のせいなのか、何なのか本人にすら確かなことは分からなかったが高速で飛んでくる棘が止まっているようにすら感じられた。
時間の流れがスローに感じられた。ミスをする気がしなかった。
驕りや油断ではない。
何をされても対応できると言う確信が雄輝にはあった。
棘を飛ばすことが無意味なことを悟った禍津竜王は、攻撃を止める。
その体には、白と黒の斑な模様が浮かびあがった。黒い竜燐の下に隠されていたの表皮が露出したためである。
(来たぞ、雄輝)
2人の作戦は、禍津竜王の表皮を露出させることにあった。固い竜燐に阻まれては、封印の力が弱まってしまうためである。直接、その体に封印の力を流す必要があった。
(分かっている)
極限の集中力を強いる作業を終えて、雄輝はミラの言葉に返事を返す。
(行け)
ミラの言葉ともに、雄輝は飛んだ。
空をではない。
雄輝の会得した最後の魔法『瞬間移動』である。
この魔法まで会得できたのは、偶然と言えミラを驚かせた。
決して短い時間で会得できるレベルの魔法ではなく、偶々雄輝との相性が良かったのだ。
雄輝の体は禍津竜王の前から消え去り、露出した表皮の目の前に現れる。鱗のはがれた部分は、雄輝の手がすっぽり入るほど大きな穴になっていた。
禍津竜王は咄嗟に雄輝を焼こうとするが、炎が効く相手ではなかった。
雄輝の手が禍津竜王の体に直接触れる。
ここで雄輝は封印の力を展開した。
黒い炎ではなく、黒い鎖のようなものが雄輝の腕から流れるように出現し、禍津竜王の体に突き刺さる。
禍津竜王は絶叫を上げて、暴れ回った。
「くっ」
雄輝は禍津竜王の体に張り付いていることが出来ず、吹き飛ばされる。
普通ならそれで死んでもおかしくなかったが、魔法障壁を展開してダメージをゼロに抑えた。
地べたに投げ出された雄輝は、鎖に魔力を流し込んだ。
そうすると、黒い光が発光し、鎖は分裂し禍津竜王の体全体を覆っていく。地面には幾何学模様の魔法陣のようなものが出現した。
雄輝は禍津竜王に一撃をいれた左手を強く握った。
これで封印魔法の一連の流れは終わる。後は結果を待つだけだった。
2人は、同じ目から禍津竜王を見た。
雄輝には、禍津竜王がかなり小さくなったように見えた。数十メートルの巨体が10メートルほどに小さくなっていた。
(やったか)
(駄目だ。不完全だ)
雄輝の頭の中で、ミラが答えた。
(弱らせることは出来た。だが、封印するまでに至っていない)
ミラの言葉とともに、禍津竜王は体を覆った鎖を打ち破り動き出した。小さくなったことで、その巨体が空を舞った。巨大な禍津竜王にとって、進化の園は狭かった。しかし、体が小さくなったため飛べるだけの空間を得たのだ。
(雄輝)
それは、刹那の一瞬だった。
飛べるだけの空間を得た禍津竜王の一撃、加速するだけの空間があったため、そのスピードは音速を超えた。人間が反応できるだけのスピードを超え、雄輝が銀の炎を展開するだけの一瞬すら与えなかった。
雄輝の体はぼろクズのように、宙に舞った。体が人間の形をしているのは魔法障壁を常に張っていたために他ならない。
(起きろ雄輝、二撃目が来る)
雄輝を吹き飛ばした禍津竜王は進化の園を旋回し、再び加速をつけて雄輝に向かって急接近を開始した。
雄輝はその動きを第六感で捉えていたが……
(体が動かない)
(……なっ)
雄輝の体が動かなかった。辛うじて動いたのは腕くらいで、動いたところで意味はなかった。どっちみち躱せはしないのだ。だから、考えた。考えられる時間などほとんどないことは分かっていたが、天才は思考した。
そして、いつのまにか自分の手から離れ地面を転がっている木刀に希望を見出した。
希望でと言っても淡い光でしかなかった。
それでも、雄輝は今できる自分の最善を行うことにした。
(そんな棒切れでどうするつもりだ)
雄輝は木刀を拾いに行けなかったため、瞬間移動を使って木刀を手元まで飛ばして持ってきた。それに対して、気でも狂ったのではないかとミラが心配そうな声を、雄輝の脳内で響かせる。
三門雄輝は迫りくる禍津竜王に対して、左腕を捨てた。正確には左腕の上表面の魔法障壁だけを解除した。出来るかなんてわからなかったが、その行動は上手くいった。木刀の切っ先を自分の腕に突き刺し、木刀の柄は体全部で支えた。後は禍津竜王を正面で捉えれば力はいらなかった。木刀は雄輝の体にめり込み、禍津竜王の体にも深々と刺さっっていた。
意識して狙ったわけではなかった。たとえ狙ったとしても出来たとも限らない、完全に無意識での行動、雄輝の突き刺した木刀は禍津竜王の目に深々と突き刺さっていた。
禍津竜王の体から振り落とされないようにとった、捨て身の一撃だった。
禍津竜王の絶叫で雄輝の片方の鼓膜が破れた。魔法障壁がだいぶ弱っていた。雄輝は再び意識が飛びそうになっていたが、痛みがそれを許さなかった。ありったけの魔力を左手に込めた。
そうすると魔法障壁が弱まり、禍津竜王の移動で発生したソニックブームが雄輝の体を切った。
それでも、雄輝は意識を集中し封印魔法を禍津竜王の体に叩き込んだ。
黒い光が煌めいた。
音もなく静寂だけが支配する。
禍津竜王の絶叫が消えたのだ。黒い光に体全体を覆い尽くされた禍津竜王は、雄輝の左手にあったリングに吸い込まれるようにその姿を消した。
それは、封印が成功したことを表していた。
禍津竜王がいなくなったと言っても、雄輝の体は衝撃で飛ばされていく。
何度目か分からないが、地面にたたきつけられ、勢いのまま地面を転がった。
静寂を支配した世界に、荒い息が響く。
雄輝は生きていた。
「はっははははははははは」
笑い声が響いた。
「見たか、俺は生き残ったぞ」
(喋るな。傷に響く)
(大丈夫だ。俺は死なないように出来ているからな)
(黙れ、こんな時に強がりを言うな。こんなに血が流れているじゃないか……)
雄輝から返事が返ってくることはなかった。また、意識を失ったのだ。
雄輝が意識を失うと、ミラは実体のない霊体となって雄輝の体から弾き飛ばされた。
何が起こったのかと、右往左往したミラは、信じられないものを見た。
雄輝の血は次第にその色を変えていったのをミラは見たのだ。
赤い鮮血から青い血へと変わっていった、
再び、雄輝の体には竜の鱗が現れ、体全体に広がる。竜の再生力によって次第に雄輝の血が止まり始めた。
(……この男を主だと認めるのか、禍津竜王)
ミラの言葉は、雄輝が気絶したため誰にも届くことはなかった。