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月が綺麗な夜だった。
こんな夜には、得体の知れない存在によく出会う。
†
月夜の散歩は心地が良い。
朝日や夕暮れの太陽よりも、夜の満月の方が美しい。
むしろ、私は昼の世界が何処か居心地が悪かった。
夜の公園だった。
静まりかえっている。
昼間には噴水から水が出るが、夜は池が静まり返っているだけだ。
私はベンチに腰掛けながら、水の出ない噴水を眺めていた。
彫像のようなものが噴水には彫られている。
ふと、私はある人物に気が付いた。
噴水の近くで、何か地面を這いずっている少女がいた。
どうやら、彼女は、手に白いチョークを握り締めているみたいだ。
熱心にチョークで地面に何か絵を描いている。
私はベンチから立ち上がり、彼女の近くへと寄る。
大きな円の中に、禍々しい記号が記されている。
どうやら、彼女は月の光と街灯を頼りに、魔方陣を描いているみたいだった。
「お嬢さん。何をやっているんだい?」
私は少女に声を掛ける。
「お兄さんこそ、こんな時間に何をしているのかな?」
彼女はくすくすと微笑する。
「散歩だよ。夜の散歩は心地いいからね」
私は微笑を返す。
「お嬢さんは、地面に絵を描いているのかな?」
「うん、そうだよ。カミサマの唄がこちらに来たいんだって」
そう言うと彼女は、魔方陣を再び、描き続ける。
しばらくすると、魔方陣から、何者かが頭と腕を出していた。
少女は薄笑いを浮かべている。
黒い鴉の頭がクチバシを鳴らしながら、幾つも幾つも地面から這い上がってくる。おそらくは、地獄や魔界といった類の場所から現れたものだろう。
「お兄さん。私の儀式を見たからには覚悟は出来ているよね?」
少女は悪意いっぱいに唇を歪める。
「それはおかしな事だね。それは出来ないよ。何故なら、私は死神だから」
私はそう少女に善意の笑みを返した。
†
公園の近くには共同墓地が並んでいた。
少女はよく墓地の中で寝泊まりするらしい。
彼女は時折、何も無い空間に向かって笑い掛ける。
話を聞くと、どうやら空想の友達とお話をしているらしい。
地下墓地は迷宮のようになっていた。
「お兄さん。暑くないのかしら?」
少女は言う。
彼女は両肩を露出させたオフショルダーの白いトップスを身に付けていた。
確かに私は全身、黒尽くめの服を纏っている。
「私は死と夜の申し子だから、このような服装しか着ないんだよ」
私は自分のファッションの事を説明する。
そうやって、地下階段を歩いていく。
「お兄さん。私はある生き物を甦らせたいの」
少女はとてもはしゃいでいた。
まるで、自分の秘密基地を見せる子供みたいだ。
そして、その場所に辿り着く。
辺りには、黄色とオレンジ色の薔薇が咲き誇っていた。
地下世界に咲く薔薇だ。
そして、その部屋の中央には巨大な鳥の骨が展示されていた。
「それは一体、なんだい?」
私は訊ねる。
「フェニックス。不死鳥の骨よ。私はフェニックスを甦らせたいの」
闇の魔術を研究する少女は、そう告げた。
「ねえ、お兄さん。私は美しいものが見たい」
少女は笑う。
踊るように笑う。
闇の中に光り輝く巨大な鳥の骨は、今にも動き、はばたきそうだった。
「フェニックスの復活には沢山の人間の生き血が必要なの」
少女は巨大鳥の骨の脚下を撫でる。
ふと、私は気付いた。
部屋全体に咲いている薔薇の下にあるものに。
それは無数の人間の骨だった。
人間の血肉を吸って、この美しい薔薇達は花開き咲いているのだ。
「もっと、生き血が欲しい。私は不死鳥の飛び立つ姿が見たいから」
少女は美しい程、不気味に笑った。
ごりっ、と、人間の頭蓋骨を踏み砕く音が聞こえた。
死体の上に咲く花が、何処か艶めかしい肉の色に見えた。
「ねえ、お兄さん。貴方、手伝ってくれないかしら?」
私は静かに首を横に振った。