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ショートストーリー「エレベーター」

作者: 三柳 向


 今日も遅くまで残業させられ、さらにその後飲み会にさんざん付き合わされ、自宅のマンションのオートロックを開けながら腕時計を見ると、もう日が変わっていた。


 エレベーターの「上」のボタンを押して、階の表示ランプを見ていると、最上階から降りてくるランプが、7階で一度とまった。

 そういえば、7階の広尾さんからお土産を戴いたのに、まだお返ししてないな、などと考えていると、エレベーターが再び動きだした。


  私は9階、広尾さんは7階の同じ位置に部屋があり、女性の一人暮らし同志という事もあって、お互いの部屋を行き来し、どこかに出掛けて来たりするとお土産を買って来て、お茶会をしながら仕事の愚痴を言い合ったりして、なにかと良くしてくれていた。


 エレベーターに乗り、9階を押して「閉」のボタンを押し、あれこれ考えているとエレベーターがとまり、ドアが開いた。


 エレベーターを降り、自分の部屋へ…行こうとして、息が止まった。


 部屋の前で、男女がもみ合っている。手は血まみれで、男の手には包丁が握られていた。

 そして、女性は広尾さんだった。私は後ずさりして、エレベーターに戻る。


 何あれ、何で広尾さんが襲われてるの?何で私の部屋の前で……エレベーターの階表示ランプを見ると、7階だった。


 どうしよう。広尾さん…と、考える間もなく、包丁を持った男の手が、扉にかかった。慌てて閉のボタンを押すが、安全バーにあたってまた開いてしまう。

 「早く行って!」

 広尾さんの声だ。男の手は肘まで見えるが、それ以上入って来ないのは、広尾さんが邪魔してくれているんだ!

 「はい!」

 返事をして、血まみれの男の手首を持ってその腕を伸ばすと、ひっかかりがなくなり、急に腕が見えなくなった。その一瞬後、ドスンと音がしたので、私は慌てて「閉」のボタンを押してエレベーターを動かした。


  何あれ、あの男は誰?広尾さんは大丈夫なの?何であんな…。考えていると、すぐに9階に着いた。

 急いでエレベーターを降り、自分の部屋の前で鍵の束をハンドバッグから取り出す。男の手首を持った時に着いた血が、バッグを汚したが、今はそんな事を気にしていられない。


  鍵の束をドアの鍵穴に押し付けて、落としてしまう。慌てて拾おうとしてかがんだ時、階段から足音が聞こえた。

  いけない、早くしないと…!

  鍵の束を拾い上げ、鍵を挿そうとするが、手が震えて思うように入らない。階段の足音はどんどん近づいてくる。エレベーターと階段に一番近いと決めた部屋が、今日ほどうらめしい事はなかった。


 鍵穴に鍵が入った!

鍵を勢いよく回した瞬間、目の端に人影が…!


私は悲鳴を上げようと、息を大きく吸った。刹那、血まみれのヌルッとした感触が、口を覆った。

私はそのまま悲鳴をあげたが、すぐに相手の声が聞こえた。

 「しっ、根本さん、静かにして。」

 「広尾さん!」

 口を塞いだ血まみれの手の主は、広尾さんだった。

 「広尾さん!大丈夫なの?あの男は誰?何で…」

 「しっ、とにかく中へ。匿って。」


  私は、頷くと同時にドアを開け、二人で中へ入った。


 「とにかく、警察へ電話しないと。」

 そう言いながら、ハンドバッグの中に手を入れ、携帯電話を取り出そうとすると、広尾さんが呑気に言う。

 「あ~、ハンドバッグが血まみれ。先に手を洗った方がいいよ。」

 「え、でも、早くしないとあの男がここに…。」

 「大丈夫。私の部屋に閉じ込めちゃってるから。それに、もし出て来ても、この部屋にいるって分かんないよ。それより、バッグの中の物とか、血が着いたら後で大変だよ。」

 「それはそうだけど…」

 私が逡巡していると、

 「ほら、口のまわりも血がベットリ。早く洗ってきな。」そう言って、玄関のすぐ脇にある洗面所へ私を押した。

 全く、普段からマイペースな人だとは思っていたけど、こんな時までも。

 そう思うと、なんだか肩の力が抜けたので、ハンドバッグを足元に置いて、分かった、と言いながら、洗面台の前に立つ。

  正面の鏡に映った顔は、鼻から下が真っ赤だった。


 まず、手を洗い、その手に先顔フォームを泡立たせながら、広尾さんに声をかけた。

 「広尾さんも洗っちゃいなよ-。」

 「私は後でまとめて洗うからいいよ-」

 「ふーん?」

 泡を顔全体に広げ、洗面台に溜めたぬるま湯で洗い落とす。

 半分開かない目でも、溜めたお湯が赤く染まるのが分かる。

 すごい出血だな。広尾さん、大丈夫かな。

  顔を洗いながらそんな事を考えていると、ハッとして手が止まった。


 これだけの出血で、広尾さん、何であんなに元気なの?どこを刺されてるの?それとも刺されていないの?だとしたら、この血は誰の?可能性は一つ、あそこで血まみれだったのは二人だけ。それにさっき、後でまとめて、って言われたけど、「何と」まとめて?


 まだ流していない顔をゆっくりとあげた正面の鏡に映ったのは、今、まさに私の背中に包丁を振り下ろしている広尾さんの姿だった………。


END

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