サトちゃん
土手を歩く。
二人で、
……嬉しくねえ。
だってさ、隣は中学からの親友で男なわけ。
でさ、ガタイがいいのは俺らが体育会系だから。
重い。
今時、肩組んで歩くってどうよ?
なんて思うけど、今日だけは許してくれよ。
千鳥足で土手を進む。
……進めねえ。
川に向かって叫ぶ親友。
「のんちゃーん!!」
俺も便乗する。
「幸せになれよー!!」
二人で土手に座る。
「綺麗だったな」
「ああ、綺麗だった」
「6月の花嫁って、幸せになれるんだってな」
親友が呟く。
「……幸せになるよ。6月じゃなくてもさ、好きな奴と結婚したらさ」
隣でため息。
「まあな」
俺もため息。
「あ、降ってきた」
空を見上げる。
隣が声を上げる。
「この雨は、俺達の涙だぜ!」
おいおい、昭和だな。
まあ、のるけどさ。
「俺達の失恋の涙だぜ!」
で、また肩を組むわけさ。
土手を酔っ払い二人組が歩く。
橋を渡り、いつもの商店街を千鳥足ぃずが行進する。
シャッターは当たり前に閉まってて、んで深夜の靄のかかった静けさでさ、もう異次元の世界に迷いこんだような錯覚。
「今日ぐらい酔った発言してもいいよな?」
雰囲気にのみ込まれて、ポツリと声を落とした。
「俺らもう酔ってんじゃん」
ハァ、やっぱりこいつに情緒を望むんは間違いだったな。
視線を前方に移した。
……あれ?
「なあ、あれさ」
俺が指差す方向には、シャッターの前でうずくまる人。
「ああ、俺らの仲間だろ」
「あ、やっぱり? だよな」
うんうんと頷いて、うずくまる酔っぱらいに近づいていく。
「なあ、女じゃね?」
「んー」
目を凝らす親友。
「うお、女だな」
つうか、すっげえ顔色悪。
大丈夫かよ。
「ねえ、君大丈夫?」
女は真っ青な顔で、シャッターに寄りかかっている。
「ねえ?」
俺が話しかけても反応なし。
隣に目をやる。
「……」
手を動かして合図していた。
つうわけで、恐る恐る女の肩に手を置いた。
少し揺らす。
「起きて」
スローモーションのように女の目が開く。
その表情はうつろだった。
まだ酔いが覚めていないのだろう。
「ここで寝てたら駄目だよ」
雨まで降ってきてるんだ。
おまけに6月っていってもさ、夜は肌寒い。
さらに深夜だ。
「こんなところで寝てたら、危ないよ」
女はうつろな目を、頷くように閉じた。
が、あろうことかその目は開かない。
「……って、おい!」
反応なし。
隣を見る。
肩をすくめた親友は、
「仕方ねえんじゃね?」
なんて言ってやがる。
「仕方ねえって、このまま置いていくのかよ?!」
隣を睨む。
「うんにゃ、そうじゃねえって。仕方ねえから運ぼうぜ」
「は?」
「お前ん家に」
「へ?」
「だから、お前ん家」
「な、なんで!」
「じゃあ置いてくか?」
「……」
「お前の家に寝かして、メモでも置いてきゃいいだろ? お前は俺ん家に泊まればいいし」
ジャンケンに負けた俺は、女を背負った。
「おい、俺の家に連れてくぞ! 聞いてるか?」
背中の女は、くぐもった声で『ぅん』と言ったように聞こえた。
「あ、俺、スポーツ飲料買ってくるわ」
隣の奴はそう言って走っていく。
……まさか、俺に完全に押し付けて逃げるんじゃねえか、って疑心。
「お前ん家に持ってく。あと、レトルトのお粥かなんかもいるよな」
すまん、疑って。
「おお、頼んだ!」
奴はもう一度橋を渡って、繁華街のコンビニに行くんだろう。
奴の背を見送って、背中の女を背負い直した。
「んっしょっと」
小雨の中を歩く。
妙に重くなる背中の女を背負って……
そう……
途中から、背中は段々重くなっていったんだ。
「っしょ」
階段を一段一段踏ん張って上がった。
全身汗だくで、ヘトヘトで、ベトベト、おまけにデロデロ。
汗と小雨のまとわりついた服が気持ち悪い。
ついでに、酔いでフランフランだ。
部屋の扉を開けて、なんとか中に入る。
築はおじさんの域に達しているであろうアパート。
学生の頃からここに住んでいる。
そのボロ一歩手前のアパートに、やっと到着した。
「っしょ」
つっても、まだ寛げない。
背中の女は、気持ちよさげに寝やがっていやがる。
「っしょ、とおっ」
万年床の布団を蹴りあげた。
掛け布団が勢いよく浮く。
女をゆっくり布団に下ろした。
で、さっき蹴りあげた掛け布団をかける。
「フゥー」
で、俺どうすりゃいいわけ?
まあ、寝てるし着替えるか。
ベトベトが気持ち悪いし。
バッと服を脱いだ。
ーーガチャーー
なんつうタイミングだよ?
「……」
「……」
にやついてやがる。
「お邪魔だった?」
「っなわけねえだろ! 着替えてただけだ」
で、干してあったシャツを着る。
「なーんだ。もう済んだ後かと。ニッヒッヒ」
「そんな"はえー"わけねえだろ!」
「ニヒ、まあな。で、これどうする?」
奴はビニール袋を持ち上げた。
「あーと、そだな。お茶は枕元で、あとは冷蔵庫」
「了解。ほれ、お茶は頼んだ。メモっとけよ」
奴が投げたお茶を、女の寝てる横に置いた。
で、メモか。
************
酔っぱらいさんへ
お茶は好きに飲んでくれ。あと、冷蔵庫にスポーツ飲料とレトルトのお粥がある。皿にでも出して食え。
戸締りとか気にせんで帰ってよし。
今度から飲み過ぎんなよ。
じゃあな。
************
ま、こんなもんだろ。
「ナイスガイよりって書かねえの?」
「今時ナイスガイはねえだろ! ブハ」
「じゃあ、白馬の王子より?」
「お前の頭ん中さ、どうなってんの?」
奴の頭をゴツンとやってやった。
「いってえ。暴力反対! 泊めてやらねえ」
「あんだと?」
奴の肩に腕を置いた。で、
「行くぞ」
って、強制的に玄関に向かう。
向かう。
向かえねえ!
女の手が俺のシャツの裾を握ってた。
「……」
「……」
また、にやついてやがる。
「やっぱ、俺ってばお邪魔?」
「ふざけんなって。ったくよお、おい酔っぱらい、服離せって」
女は眠ったまま腕を上げて、むんずと俺のシャツを掴んでる。
「おいおい、マジかよ」
仕方ねえから、器用に服を脱いで女に服を与えた。
「兄さん、いい体だねえ?」
おネエ言葉で言いやがる。
「お前よりはな!」
で、またも干してあるシャツを着る。
どっと疲れた。
「行くぞ」
奴と部屋を後にした。
小雨の中を歩く。
「あの子さ、俺らと一緒かもな」
奴がそう言うから、
「何がだ?」
って訊く。
「もしかして、俺らと一緒で好きな奴が結婚してさ。な?」
「式に出たってことか?」
奴の言葉を続けた。
「ああ、そうかもなってさ。思ったわけよ」
「かもな」
で、会話は終了。
無言で歩いた。
もちろん肩組んで。
小雨だが、奴の家までは俺の家から20分、けっこう濡れた。
着替え持ってきて良かったぜ。
そんなことを思ってると、奴がポツリと言った。
「あの子さ、今日はお前のシャツに甘えて寝てるんだろうな」
翌朝、苦しくて目を覚ます。
「っだあー。グホッ、とりゃー」
奴の右足を放り投げた。
どんな寝相だよ、こいつ。
「あっつ」
部屋はムシムシしていて熱い。
立ち上がって、奴を蹴飛ばす。
「窓、開けるぞ」
未だに起きない奴にいちお言っておく。
ーーガラガラーー
早朝の空気が部屋に入ってくる。
「ふぅあぁ」
欠伸をして体を伸ばした。
「少ししか寝てねえな」
深夜にここに着いてから3時間。
そんなもんか。
「……6時か。腹減ったな」
で、奴を蹴飛ばす。
「起きろって」
奴の手が"バツ"を作っている。
「……起きろって」
脇を足先でつつく。
ツンツン。
ツンツン。
それでも奴は起きねえ。
「……オソウゾ」
「イヤーン」
奴の声に鳥肌が……
「キモッ」
「何だとお、俺ってば、君になら捧げてもよくってよ」
「キモッ」
「ヒドイ、ヒドイわ! 一夜を共にしたのに」
こいつの頭ん中に蹴りをいれてえよ。
「おお、一夜を共にした俺様に飯を作れ!」
だがのってやるよ。
「ええ、わかったわ。……ってこの寸劇キツイ」
早々にギブアップの奴。
で、俺も止めるわけさ。
「朝飯なんかあるか?」
「おお、バナナがあるはず」
冷蔵庫を開ける。
「……バナナしか入ってねえじゃねえか」
「そんなに褒めるなよお」
「褒めてねえ!」
やっぱり、こいつはバカだ。
「飲みもん買ってこようぜ」
で、二人でアパートを出る。
つっても行き先は、アパートの前だけど。
アパートの前にある自販機。
「なあ、まだ居るかな?」
自販機前で奴は飲みながら訊く。
ーーガコンーー
コーヒーを手に取る。
「もう帰ってんじゃね?」
俺もその場で飲む。
「……いや、もしかしてまだ居るかもよ。こうさ、なんつうの。朝飯でも作ってたりしてさ」
奴の妄想に付き合う……なわけあるか!
「俺の家の冷蔵庫に作れるような材料はねえよ」
まあ、ちょっとは妄想したが。
「いやいや、ここはさ、もっと広げようぜ」
「は?」
「『お帰りなさい。あ、やだ私ったら。はじめましてですよね。てへ』からはじまるみたいな?」
付き合ってらんねえわ。
「でさ、『あの、昨日はありがとう。あの、勝手に冷蔵庫のもの使っちゃった。ぽっ』みたいな?」
……
「『良かったら、食べてください』なんて言ってさ」
……
「『じゃ、私はこれで』って言う女を追いかけてーの、はい! ここでお前は言うわけだ。ほれ言え」
……
「言えって」
……
「一緒に食わねえか」
言ってもうた。
「やっぱ、妄想してただろ。ニッヒッヒ」
奴の肩に腕を置く。
「じゃあ、行こうぜ。朝飯あるんだろ」
ニヤッて笑って、奴を引きずった。
「うおっ、待てって。お茶が溢れるだろ。ってなんでこっちなわけ?」
俺は家に向かって歩いてた。
奴はバナナのつもりだったんだろう。
「あん? だから朝飯! 女が作ってるはずの朝飯だ」
「なぬ! それは急がねば」
奴が早足で歩き出す。
負けらんねえ。
走り出す俺達。
早朝の商店街を野郎が走る。
野郎二人の徒競走。
俺らまだ酔ってんだろうか?
「のんちゃーん!」
奴が叫びながら走る。
ってかさ、なんでここでのんちゃんなんだよ?
まだ引きずってんだな、こいつは。
「バカヤロウー」
意味はねえが叫んだ。
ぜえ、はあ、言いながらアパートに着く。
二人で階段をかけ上がる。
つっても、早朝だから音をできるだけ出さずにさ。
なんでムキになってんだ、俺ら。
部屋の扉の前で息を整えた。
奴も隣で乱れた服を直している。
お互いに牽制。
肘をつつきあう。
「開けたまえ」
奴がありえん言葉遣いで言った。
ーーガチャーー
「あきらめな。鍵かかってねえってことは……」
「帰った後か」
だろうよ。
で、中に入る。
「ちぇ、残念」
奥を見る。
「おい、まだ寝てるんじゃね? ほら布団が……」
布団の膨らみにドキリとした。
奴と顔を合わせる。
そーっと進む。
そーっと覗きこむ。
そーっと
そーっと
そーっと
……
……
「……」
「……」
「あれは君の服だね?」
「ああ、あれは俺の服だ」
「あれは何だね?」
「あれはハナだね」
「俺は酔ってるか?」
「俺も酔っているのか?」
「……」
「……」
「あれは何だね?」
「俺が思うに、あれは『サトちゃん』だ……」
布団の中から可愛らしい顔がこちらを見てる。
鼻には服がかかってる。
顔色は悪くない。
綺麗なオレンジだ。
シュールだ。
オレンジ色の象が布団に寝転がっていた。
まさに『サトちゃん』だ。
薬局前のマスコット。
商店街を歩く。
背中に像を背負って。
象を背負って。
いや、『サトちゃん』を背負って。
重てえー。
ずっしりと背中に重さがかかる。
「ゴールは近いぞ、サトーくん!」
呑気に奴が言いやがる。
「……」
俺は無言を貫く。
ジャンケンに負けた俺が、ファンシーな象を背負うことになった。
こっぱずかしいのなんのって、ありゃしねえ。
時々すれ違うやつらが、ギョッとしたり、含み笑いでみたり、物珍しそうに見やがる。
最悪だ。
「お、そろそろ着くぞ」
商店街の薬局が見えてきた。
まだ開店前。
シャッターが閉まってる。
間に合って良かった。
シャッターの前、跡を確認しながら置いた。
「なんで見間違えたんだろうな」
ポツリと奴がこぼした。
「酔っぱらってたからな」
月曜日、会社に出勤すると、俺は『サトちゃん』というあだ名がつけられていた。
見られていたらしい。
***1
□□□一年後□□□
「ウフフ、楽しみ」
上目遣いの彼女は楽しそうに言った。
念願の彼女だ。
可愛らしい彼女だ。
で、今日ははじめて俺の部屋にご招待。
「俺も」
顔がにやけるぜ。
手を繋いで橋を渡る。
「言っとくがボロアパートだからな」
「ウフフ、ボロアパートでも初彼氏の家だもん。楽しみ」
そう言った彼女は、またウフフと笑う。
で、俺もにやけるわけだ。
6ヶ月前、街はX'mas一色。
何の気なしに入った本屋で君に出会った。
ちょっと背の低い君は、棚の上の方の本を台に上って取っていた。
……ってここまでくると、なんとなーくわかるだろ?
君はバランスを崩す。
俺がそれを助ける。
触れる体。
見つめあう視線。
なわけあるか!
そんな都合がいいのは小説かマンガだけ。
君は普通に台を降りてレジに向かった。
で、俺の横を通り抜ける。
ただ、俺は気になった。
君が持つカバンが。
ちっこい体に似つかわない、巨大なショルダーバッグが……
で、視線は君を追う。
積み上げられた本と君の巨大なバッグ。
一歩、二歩……
ダメだ!
「待って!」
君の腕を掴んだ。
「え!?」
君は立ち止まる。
ーーガサッーー
本とバッグがスレスレで擦れる。
俺はもう片方の手で本を押さえてた。
君の視線がバッグと本と俺を行き来する。
「あ、ありがとう」
君のコロコロと軽やかな声が俺の耳を痺れさせた。
超絶好み!
もろ好み!
「あ、いえいえ」
のわりに、俺の返しはショボ。
頑張れ俺!
「それ、どんな本なの?」
君が手にした本を指差した。
その後の俺の努力を褒めたいね。
その出会いから3ヶ月後、俺の手を取ってくれた君。
で、いろいろ重ねてその3ヶ月後、俺の家に初ご招待となったわけだ。
君にとって俺は初の彼氏。
全てが初の君。
興奮するっしょ? 男なら。
でも大事だから、宝物のように大事にするって俺は決めている。
って、何浸ってんだよ俺。
「あ、商店街」
君の声に俺の視線は、君から前方に移る。
「おお、あの商店街抜けたとこのアパートなんだ」
君は目をキラキラさせた。
「私、商店街大好きなの」
知ってるって。
君は商店街が大好き。
色んな商店街を見て回るのが好き。
で、写真を撮る。
フルイモノを探す。
見る。
触る。
買う。
撮る。
ちょこちょこと動く君。
俺はいつだって見守ってる。
「ゆっくり見て回るか?」
「ううん、今日は……お部屋に行くの」
頬を桃色にさせて君は言う。
ズドーン
ズドーン
ズドーン
俺の心臓に直攻撃。
ヤバイって。
「ういやつじゃ」
俺の口はこんなもん。
上手いこと言えない俺の口。
俺の手はしっかり君の手を繋ぐ。
ガタイのいい俺と、ちっこくて、ちょこちょこで、コロコロ声の君。
アンバランスだろうか?
商店街のガラス扉に映った俺達はでこぼこだ。
「ウフフ、私、すっぽり入っちゃうね」
俺の視線に気づいた君はそう言って、体を俺の背に隠す。
で、俺はその体を引っ張り出して、すっぽり包んだ。
「すっぽりって普通こうだろ?」
背後から抱き締めた。
ガラスに映る君はモゾモゾと動く。
キョドる。
で、何かを見つけたようだ。
「あ! あれ」
君は嬉しそうに指を差した。
『サトちゃん』に。
そして、君は言ったんだ。
「私ね、『サトちゃん』のお部屋に行ったことがあるんだよ」
はい?
「皆ね。この話すると"夢でしょ?"とか"手の込んだ話だね"って言うんだけど、本当なんだよ!」
君は興奮気味に話はじめた。
「一年前ぐらいにね、私ね、すっごく酔っちゃって、気持ち悪くなってどっかの道端でうずくまって休んでたのね」
君は『サトちゃん』に近づきながら話す。
「でね、気を失ってたんだと思うんだけど、気がついたら『サトちゃん』が横に立ってたの」
君は『サトちゃん』の頭に手をのせて撫でる。
「不思議なことに、周りはだーれも居なくて、靄がかかったように小雨が降ってた」
……
「『大丈夫か?』ってサトちゃんが訊くの。『こんなとこで寝てたら危ねえよ』って。サトちゃんが私を越してくれて、『俺の部屋に来るか?』って言うんだよ」
……
「サトちゃんが口角を上げて、ニヒルに笑ったの。私、サトちゃんに口説かれてる? って思った。ウフフ」
……
「でね、サトちゃんがおぶってくれて、サトちゃんのお部屋に行ったんだよ」
……
「サトちゃんね、私を布団にいれてくれてね、言ったの。『俺には仕事があるから』って。出ていこうとするから、私ね、思わずサトちゃんの鼻を掴んだの」
……
「そしたら、『仕方ねえなあ』って言ってね、笑ったの。『寝るまで居てやるぜ』って言ってくれて、かっこよかった」
……
「私、安心して寝ちゃった。でね、起きたらね、サトちゃんもう居なくて、でもメモがあった」
……
「ウフフ、私ね、そのメモまだ持ってるんだよ。だってサトちゃんの直筆だよ!」
……
「あ、やっぱりひいた?」
いや、そうじゃねえ。
「い、いや」
なんとか笑顔で返した。
「ウフフ、そのメモの内容もかっこよかった。見る?」
君は俺の返事も待たずに、いつもの大きなバッグからモゾモゾと探す。
「あ、い、いや」
どもる俺。
どうする俺。
どうなの俺。
どうすりゃいいの俺。
君に見せられたメモは、やっぱり俺の書いたメモだった。
『サトちゃん』の部屋に、俺は君を連れていく。
どうする、俺?
***2
「なあ、やっぱ誘えねえよな?」
物言わぬそれに語りかける。
一年前と同じ小雨の夜。
今日も靄が町を幻想的に変えている。
「今年の夏はお一人様ってやつかな」
親友に彼女ができた。
つうわけで、いつもつるんでたそいつも今年はきっと彼女と過ごすだろう。
「いつもはさ、二人で海でライフセーバーボランティアしてたんだけどよお」
自分でもわかる。
絡み酒ってやつだ。
肩を組む相手はいない。
俺は鼻に肘をかけた。
「なあ、お前はいつもお一人様で寂しくねえの?」
きれいなオレンジがニッコリ笑っている。
寂しくはないようだ。
ずるずると体が沈み、オレンジの横に座った。
酒に酔わされるなんて久しぶりだな。
親友に彼女ができたことは嬉しい。
嬉しいんだけど、寂しい……。
「なあ、俺と海に行かねえ?」
オレンジはまたニッコリ笑った。
なんだろ……すっげぇ眠くなってきた。
オレンジの笑顔になぜか安心した。
靄の中、オレンジ君に体を預けゆっくり目を閉じた。
自分でもわかる。
俺は寝てるって。
寝てるのがわかるって変だよな……
……
……
『……おい、おいっ』
ん? 何だよ、気持ちよく寝てるってのに。
『起きろって!』
あれ?
肩を組むこいつは誰だっけ?
『っとにようぉ、テメーらほんとムカつくぜ』
それは肩を組む俺の体をひょいと組み直す。
『手のかかる奴らだぜ』
で俺の懐をまさぐる。
ちょ、ちょっとくすぐってぇっての。
つうか、何やってんの?
『……もっしもーし!』
それが陽気な声で話し出した。
『うん、うん、そう。酔ってんの』
俺のスマホだ。
人のスマホで何話してんだって?
『りっこちゃーん!』
げっ!
何でりこちゃんに電話してんだよ。
俺はスマホを奪おうとした。
だが奴のながーい鼻が俺のスマホをくるんで離さない。
は?
ふざけんなって。
……いや、まて鼻だって?
鼻? 鼻っておかしくねえか?
そこからくるくるくるくる視界が回って、意識がとんだ。
「ねえ、起きて!」
ぅん?
「起きてったらぁ」
あー、はいはい起きますよ。
体を伸ばす。
よく寝たな。
ゆっくり目を開けた。
「のわっぷっ!」
目前の顔に驚いた。
「何でりこちゃん?!」
「……」
りこちゃんが眉間にしわを寄せて口を尖らせてる。
「何でって、昨日深夜に呼び出されたからよ! ついでに言うと、ここ私の部屋だから!」
ばふっとタオルケットを奪われて、それを目で追ったらここが自分の部屋じゃないってことにようやく気づいた。
「何でだ!?」
「こっちこそ、何でよ!?」
勢いよく起き上がって叫んだら、りこちゃんにすかさず言い返された。
「いやいやいや、俺は『サトちゃん』と……」
昨日の記憶がよみがえる。
「『サトちゃん』が俺のスマホ奪ってりこちゃんに電話したんだ!」
「……まだ酔ってるの? あなたが私に電話して呼び出したんでしょ!」
はいぃ?
「……会いたいって言うから、酔ってないと本音が言えないからってそう言うから」
りこちゃんがうつむきながら、声を震わせる。
俺、そんなこと言ったの?
っていうか、りこちゃんさ、その反応に期待しちゃうよ?
「まだ、酔ってるっての! 本音は、りこちゃんに会いたかった! 今年の夏はお二人様にならねえ?」
あー、言っちまった。
ちらっとりこちゃんを見る。
りこちゃんもちらっと俺を見た。
あっ、目が潤んでる。
『サトちゃんあんがとな』心ん中で言った。
で、
抱きしめた。
□□□翌日□□□
「お前か、犯人は」
俺のスマホはやっぱり『サトちゃん』の横に置かれてた。
色んな意味で、お前が犯人だろ?
な、『サトちゃん』?
終わり
作者呟き
「ジャンルがわからない。ローファンタジーかもしれないな」