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マクマ

『こぐま亭』のマスター、ライムスの朝は早い。


朝起きるのも辛かった冬がもうすぐ明けようとしているが、まだ職場に出勤する迄の道のりは吐く息も白く肌寒さを感じる。

両手を口元に持っていき、その熊のように大きな身体を縮こませると、はぁーっと息を吐き、手を擦り合わせる。


「昨日はあんなに暖かったのに、また寒さが戻りやがった、まったく、風邪でもひいたら責任取ってくれんのかよ」


ひとり愚痴りながら、整備された石畳の道のりを職場迄歩く。


エスパル、その町の外れに『こぐま亭』はある。

職場に着くと、裏手に回り、鍵を開け、身を屈ませながら中に入る。


職場の中は比較的暖かく、天井も高い、ライムスは両手を上げ伸びをする。


「んん、、か、、はぁ」


需要のない三十路のおっさんの吐息が職場に響いた。


「さて、始めるか」


仕込みの為の火を起こし、鍋やら食材を用意する。

ここから開店迄の小一時間がこぐま亭にとって最初の山場になる。


「おはようございます、マスター」

ライムスが鼻歌を歌いつつ、慣れた手つきで切り出しを行なっていると、裏口から元気のいい声が聞こえた。


目をやるとこぐま亭のスタッフ、アイリスが笑顔でこちらを見ている。

見た目二十代前半の、美人の部類に入るその顔には、化粧っ気があまりなく、健康的で、服装も飲食店で働く者のお手本になる様な出で立ちである。

印象的な金髪は髪紐で束ねられ、ポニーテイルになっている。


「相変わらず音痴ですねマスター」

「ほっとけ!

しかし今日は早えーじゃねーか、昨日の男とはあの後飲みに行かなかったのか?」

「行くにはは行ったんですけど、向こうが先に潰れちゃって、放っておく訳にもいかないから、散々だったんですよ。」

「そりゃ災難だったな、やっこさんの方が」

「え〜それ酷くないですか!」

「その内、この界隈じゃあ、お前さんを誘う殊勝な男なんていなくなっちまうかもな」

「ほっといて下さいよ!」

「悪りぃーわりぃ」


言いながら、ライムスはそのツルツルなスキンヘッドの頭をポンポンと叩いてみせる。


「まったく、最近の冒険者さん達は情けなさ過ぎるんですよ、あんな位で酔いつぶれちゃうなんて。」

「お前さんが、強すぎるって考えた事はないのかねぇ」

「私は・・嗜む程度しか飲みませんよ」


すました笑顔でアイリスは言う。


「はっっはっっは

あれで嗜む程度か、そりゃ、ひぃ、、そりゃぁ、、、さぞ難易度の高い任務になるだろうなぁ、お前さんを酔い潰すってのは。」


ライムスは肩を揺らせながら大声で笑う。


「はいはい、言っておいて下さい、それでマスター、今日のランチは?」

「今日はガイゼルのいいのが狩れたから、煮込みかステーキだな」

「おもっ、、、まかないは、軽いやつにして下さいね。」

「あいよ」


重いと言っても出されれば、ペロリと平らげるだろうに。

と思いつつ、口に出したら、倍以上のの嫌味で罵倒されるからやめておく。


「おはようございます」


そうこうしているうちに、もう一人のこぐま亭のスタッフ、リサが裏口から入ってくる。

理知的な雰囲気を纏った彼女は、アイリスとは対照的に飲食店というよりは、事務職に近い出で立ちで、顔を隠す様に印象的なフレームの太い丸眼鏡をかけている。

栗色の髪の毛はアイリスと同じくポニーテイルに束ねられている。


「おう、おはよう。

今日は冷えるけど、大丈夫だったか。」

「はい、問題ありません。」


無愛想というわけでもないが、アイリスに比べると、とっつきにくい所があるが、仕事は真面目でそつがなく気もきく優秀なスタッフだ。


「んじゃもう少しで開店だ、二人共、今日も宜しくな!」


「わっかりました!!」

「はい」


開店まで後4、50分、仕込みも大方終わったので、小休憩を兼ね、昨日の残り物の具材をやや固くなったパンに挟み、遅い朝飯を頬張りながらリサが持ってきた書類に目を通し、必要ならサインをする。


アイリスは、忙しそうに店内を掃除している。

あいつも最初はやや不真面目そうな印象を受けたが、仕事は一生懸命で好感が持てる一本芯の通った奴だ。


そういう意味では、俺はスタッフに恵まれているんだろう。


「マスター、開店しても宜しいでしょうか?」

「お、もうそんな時間か」

「はい」

「んじゃ、頼んだ」

「オープンします」


店のドアにかけてある札をクローズからオープンに返すとリサはそのまま二階に上がっていった。


「いらっしゃいませ、こぐま亭にようこそ!」

アイリスはそのとびきりの笑顔でお客様を迎えた。


この店のお客は9割が冒険者が占めている、仕事に出る前の彼らが、良く利用するので、おのずとアイリスが「おもっ!」と言っていたような料理がランチになる。

たまに冒険者以外のお客が入って来ると、そのボリュームと味の濃さに戦々恐々としている光景を目にする、まぁ、それがいいと、常連になってくれるお客さんもいるにはいるが、やはりその人達の職業を聞くと、大工や鍛冶屋といった、身体を使う職業ばかりだった。


「5番上がったよ」

「はーい、ありがとうございまーす」


出来た料理をカウンター越しにアイリスに渡す。


「ありがとうございました、またお越しください」


会計をそつなく営業スマイルでこなすリサ・・・・。


思えば、止むに止まれぬ事情で始めたこの店も、随分と軌道に乗り、スタッフ3人でやっている小規模な店にしてはそれなりの利益も上げている。

だが、心のどこかで、、、というより、心の中心で、言うんだ。


何か違うって!!!!


メリッッ

木製の盛り付け台が、ライムスが加える圧力に悲鳴を上げた。


「あ、、、マスターまたやってるし」

「いつもの事です、放っておきましょう、、。

ほら、アイリス、ささっとテーブルを片付けて来て下さい。」

「えー、、リサ〜!

もう少し手伝ってよ〜。

お客さんが一気に帰ったから結構下げる物があるんだよぉ!!」

「甘えても無駄です。

私はお会計を手伝いにきただけなんですから、上だって暇なわけじゃ無いんですよ。」

「ぶ〜

リサのけちんぼ」

「なんとでも言って下さい、あと少しでお昼の休憩時間なんですから頑張って下さい。」

「はぁ〜あ、頑張るかぁ〜。

おっひる♩おっひる♩

今日のまかないなんだろなぁ〜♪」

「まったく、、。」


メリッメリリッ!!

尚も盛り付け台は悲鳴を上げ続けている


あーそう!


何を隠そうここは、冒険者ギルド『こぐま亭』だ!!

決して飯屋じゃねー!


あの二人だって元々はギルド職員であって、給仕係じゃない。

俺に至っては、飯屋のマスターではなく、泣く子も黙る冒険者ギルドのマスターだ!

本当ならこんな所で、飯を作って出して、作って、、出して、、、作って、、、。


はぁ、、、、。

場所が場所なら、町の行く末に口出し出来るような発言権を持っている立場なんだぜ、、、。


別に俺が偉いとか、なんだとか、そんな事を言いたい訳じゃないんだ、、、。


ここときたら、英雄の丘の加護のお陰でモンスターが出現しやがらない、その事自体はここに住む住人にとっては有難い事だが、まぁ大体の住人が、それ目当てで、住んでいるようなもんだ。


だが、その加護せいで、血の気の多い冒険者に振られる様な、いわゆる腹の底からワクワクする様な仕事が無い。

そりゃ選り好みしなければ、仕事は山ほどある、初級者に振られる、薬草積みや、食材の調達、なんかがそれだ。

中でも、ここらの地域でしか取れない、薬草なんてのもあって、需要が多い。

いわゆる冒険者らしい仕事といえば、山に巣食う害獣の駆除や、町から町への護衛任務が多い。

護衛任務に関していえば、山賊や、不名誉な事だが、はぐれといわれる、冒険者くずれがモンスターの代わりに多く湧いてでるので、切った張ったで命がけなところはある。


だが、どの依頼もダンジョンでの緊張感やモンスターとの命の駆け引きと比べてしまうと、段違いにワクワク感が無い。

だから玄人の冒険者はエスパルには近寄らない、寄るのはヒヨッコかC級以上B級未満の中級でも下の奴ら。

それと道を外れたはぐれ冒険者達。


あああああ!!

俺がなんでこんな退屈な所のギルドマスターに、、、。


ああああぁ


苦悩するライムスはその巨体を丸めツルツルの頭を抱える。


「心当たりがありすぎて、特定できん。」


「・・・・・スタ

マ・・・ターーーー!!

てんちょーーー」

「店長いうな!!!」


お客のいなくなった店内にライムスの大声が響き渡る。

重ねた皿や、食器がガタガタ音を立てる様な音量だがライムスの目の前にいる二人にとってはいつものことの様で


「聞こえてるなら一回で返事して下さよまったく!」

「一階のお客様は、皆様、帰られました、二階の仕事も午前の部は終了しています。」


しれっと報告を上げる。


「て、、コホン、、マスターまたガス抜きでも行きますか?

二人で、愚痴を聞いてあげますよ〜

もちろんマスターの奢りで。」

「お前また、てんちょおって言おうとしたろ」

「やだなぁ聞き間違いですよ〜」


「な、何で私も含まれてるんですか!?」

ほんのり赤くなった顔を隠すかの様に、リサは太メガネをくいっと上げる。


「ん?リサとマスターだけのが良かった?」

「わっ馬鹿!

ち違う!」

「リサ?

悩みでもあんのか?

相談事ならいつでも聞くぞ」

「いえ、その、ありません」


消え入る様な声で返すリサのつま先がアイリスの足の甲にグイッとめり込む。


「ぐえぇ!!」

「どうしたアイリス?」

「なんでもありませんマスター、それより、まかないはできていますでしょうか?」


「あ?もうそんな時間か、すまん、今日はことの外忙しかったから、そっちにまで手が回らんかった、」


「え〜〜、そんんあぁ」

アイリスがうずくまり、足をさすりながら涙ながらに抗議してくる。


「え〜〜そんな、お前、泣く様な事か?」

「これは、違います、マスター、自業自得です」

「いや、そうは言うが、、腹を空かせさせたのは俺のせいだからなぁ、これで、何か買って二人で食ってくれ」


とポッケから金を出してリサに渡す。


「いえ!出来るまでお待ちしています!」

「リサはマスターの手作りが食べたいんだよね!

だからこのお金は私が責任を持って、一人で良いものを食べて来ます!!」


回復したアイリスはリサからお金をもぎ取ると、敬礼の様な仕草をしてさっと表の出口から外に出て行った。


「おいおいおい、一人分後で返してもらうぞ、、。」

「・・・行っちゃいましたね」

「で、何が食いたい?」

「な、、何でも、マスターの作るものは何でも美味しいです。」

さっきよりも消え入りそうな声で答えるリサ。

「何でもってぇーのが一番厄介だが、まぁ、少し待っててくれ」

「は、、はい。」

そう言うと、ぽんぽん頭を叩きながらライムスは厨房の奥に入って行く。


「アイリス、ありがと」

そう言うリサの顔は理知的からは程遠い、にやけ顔であった。


バタン!!!


扉が威勢良く開かれる音がする。


「マスターーーーーーーー!!」


入ってきたのはつい今しがた出て行ったアイリスである。


「大変です!!!!」

「どうした?

大金過ぎて怖くなったか?」

「ま、、、町の人が!!大勢!!」

「大勢どうした?」

「町の住人が大勢、こちらに向かってきています!!」

「はぁ??」


冒険者ギルド「こぐま亭」その夜は長くなりそうである。

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