脇役はツライぜ!
突然ですが僕、脇役なんです。
いやまあ、人間皆人生の主役とかよく言うけど、最近じゃ塾の宣伝くらいとかでしか見かけなくなったし、僕はそう思わない。
端的、というか老若男女誰にでもわかりやすく言うと、僕は凡人なのだ。
スポーツも勉強もできなくはないが、優れているかと言われると正直返答に困る現状。
「ほら、主人公って『俺はいたって普通の高校生』とか冒頭でほざく奴多いじゃん?」
お昼時の食堂。僕は、正面に座りカレーを食べる後輩に話しかけた。
妙に顔が整い、少女めいた美少年である僕の後輩は、スプーンでカレーをすくう手を止め、小馬鹿にしたような苦笑いを返してきた。
「それは、妙に表紙カラーが画一化されている軽い本に限定される気がしますが………はい、続きどうぞ」
「ありがとう。でもさ、考えてみてほしいんだよ。あれってこれから始まる美少女とのラブコメとか、魔法の力を手に入れて世界救うとか、明らかに『普通』じゃないよね?本当にいる『いたって普通の高校生』に失礼だと思わない!?」
「ですねー」
「やっぱ主人公には、他人には真似出来ない、オンリーワンが必要なんだろーかねー…」
「ですねー」
「ちょっと生田君聞いてる?」
「ですねー」
「聞いてないじゃん」
後輩___生田鈴宏君は、カレーをかき混ぜながら呆れたように口を開いた。
「聞いてますよ。どうせいつもの愚痴ですから、パターンは決まってますしわかります。先輩は主人公みたく活躍したいんですよね?」
「別になりたい訳じゃ……」
そういう言い方はズルいよなぁ。
生田君は、歯切れの悪い僕の言葉を遮った。
「まあ先輩には無理です。先輩はギャルゲーでいうところの、友人立ち位置すら貰えず『おい主人公、となりのクラスの鈴木さんが呼んでるぜ』で一度だけ出てくるクラスメイトBくらいじゃないですか?」
「内容が具体的過ぎて心に刺さったよ………」
ツンツンしている超毒舌美少年は需要があるらしいが、あくまで女子だけの話なのかもしれない。
「むしろ僕的には先輩の名前の方がびっくりです。珍しいですよね」
生田君は僕の名札を見て、嘲笑うような笑みを見せた。
本人は素直に笑っているらしいそれは、元来生田君の性格の悪さを色濃く表していた。
「ありふれ過ぎて逆にいないっていうあれね………」
山田太郎。それが僕の名前。もはや両親の悪意しか感じないこの名前は、唯一僕が『いたって普通の高校生』じゃない部分だ。
「あ、でも最近見ましたよ」
おいそれ先輩に対してしていい類の顔じゃないぞ、と心の中で密かにツッコんだ僕は、あえて最大の笑顔で問うた。
「………どこで?」
「職業体験申し込み書の見本書き」
「…………」
「…………」
僕はいたたまれなくなって手元でのびきっているラーメンをすすった。
魚介だしのほのかな香りが鼻腔をくすぐり、ちょっと泣きそうだった。
「………はぁ。あれさ、山田花子に統一してくれないか本気で申請したいくらいげっそりするんだよね」
「いいじゃないですか、そのまま写せて笑」
語尾の笑に悪意を感じる。
「嫌だよ。あーもういっそ、国民的ブレッドヒーローの名前にしてほしい。そうすれば山田花子も傷つかない」
鼻で笑うクソガキは見なかったことにした。
「なんですかそのブレッドヒーローって」
「耳と鼻の位置が微妙に謎で、首をもがれても交換しても、たとえ脳味噌を分け与えても死なない、不死身のパンのヒーローのこと」
「……………」
何アホなこと言ってんだコイツ、という視線が突き刺さる。痛い。
「な、仲間いるからヒーローズの方がいいかな」
「いや何も言ってませんけど」
「わかってるよ生田君。僕達は言葉はなくても通じ合えるソウルメイトだもんね。メイドじゃないからね」
とりあえず茶化した僕に、冷たい視線が刺さる刺さる。
「カレーを戻しそうなくらい気持ち悪いので止めてください。それと僕はもう行かなくてはいけないので」
いつの間にか食べ終わっていた生田君は、水を飲み干すと立ち上がった。
「何?彼女でもいんの?」
「委員会の仕事が残ってるんですよ」
ややキレ気味に言い返してきた。なるほど、性格悪いから善良な彼女ができない訳か。
そう思って僕は、チラリと右を見た。
「じゃあ僕の右サイドから約六メートルに位置するテーブル席で、人殺しそうな目で睨んでくる女子五名は、どう説明するんだい?一夫多妻制には感心のある僕だけど、浮気はまずいんじゃないのー?」
にやにやしながらつつく僕に生田君は、心底うんざり、といった表情でため息をついた。
「知りませんよそんなの。では急いでるんで失礼します」
丁寧に会釈して去っていく生田君の後ろを、例の五人組は追っていった。
「ストーカーのお抱え五人とは、生田君もやるねぇ」
決して羨ましくはないけれど。
薄々気づいている、というかガッツリよくわかったと思うが、生田君は学校の超有名人なのだ。
超がつく毒舌で、超がつくほど性格が悪くても、美少年というステータスですべてを美化させている生粋の美形
。
ハーフか何かで、金色の長髪を赤リボンで結い、瞳の色は青。いわゆる金髪碧眼という、いかにもな王子外見を持つ。まあ普通女子は放っておかないよね。
しかし美形だけが取り柄ではなく、勉強も運動神経も学年トップ。まさに主人公、オンリーワンだ。
ワンオブ一般大衆の僕とは、ほぼほぼ住む世界が違う。
そんな、性格の悪ささえ目を瞑ればパーフェクトヒュー……ゴホン、完璧人間である生田君が、何故僕のような凡人と一緒にお昼を食べているのか。
それは生田君と出会って以来の謎だった。
まあ大方、あのストーカー達から逃れるための隠れ蓑に使われているんだろうなぁとは思ってるけどね。
残ったラーメンの汁を飲み干し、僕も立ち上がった。
生田君みたいなスーパーマンの後に説明されるとすごい格差を感じるしかない僕を、一言で表すなら『ピエロ』だ。
中学校時代、『動物にたとえるなら』という話題で僕はピエロにたとえられた。
ピエロ自体が何かの動物ではないだろう、とか色々ツッコミどころはなくもなかったが、まあつまり僕はそういう人間なのだ。
チャラい、という女子を侍らす雰囲気の軽々しさではなく、また人に好かれたい、居場所を作りたい、というわざとらしい軽々しさでもない。
僕の場合、厚い仮面で醜い本性を隠すような軽々しさ。道化。
まさに『ピエロ』だ。
「道化師は決して、人に仮面の内を覗かせない、か」
昔誰かに言われた言葉を呟きながら、僕は無人の階段をテンポよく降りる。
生田君以外びっくりするほど友達のいない僕は、昼食後の余った時間はたいてい図書館を根城にしていた。
私立であるここ『百合ヶ峰高等学校』は、とにかく校舎が広く、あまりうろちょろしていると教室に戻れなくなる、なんてこともよくあるので、食堂から近い図書館がベスト、という訳である。
グラウンドに近い面積を持つ中庭を横断すると、新設校のくせして、やけに西洋風の古い建物をイメージさせる図書館がある。
ドアを開けると、かすかな本の匂いが漂う。僕は特別本の匂いが好きな変態でもないが、ここの匂いは、いつ来ても落ち着く。
「あ、山田さん、こんにちは」
がらんとした図書館のカウンターに座る、ピンク色の綺麗な髪をした少女と、カウンターに手をつき、彼女と話していたであろう麦色の髪の少女がこちらに気づき、声をかけてくれた。
「お、今日は桜井さんが当番か。ラッキー」
「ら、ラッキーって……」
自分の髪色よりも赤い顔をする桜井姫香さんを脇に、いかにもアウトドアでリア充してそうな浜風穂波さんがにやにやと僕に寄ってきた。
「ちょっと山太郎君?そういうのはセクハラだよん」
「山太郎呼びは未だに君だけだよ浜風さん………」
先ほど友達がいないと言っていたが前言撤回。彼女らも僕の数少ない友達だ。
桜井さんは生粋の文学少女タイプで、本が本当に大好きらしい。
髪色が綺麗なのに、三つ編みとぐるぐるメガネという典型的な『地味子』だが、文学少女のキャラを裏切っていないところが良いところだ。
浜風さんは生田君とはまた別方面の人気者。
ポニーテールという髪型を裏切らず明るい性格で、僕みたいな脇役とは縁がなさそうだが、実は桜井さんと親友らしく、よく図書館に来ているため、少々話す機会があった。
追加で言うと、彼女達は全然違う性格なのに仲が良くて、僕の中では百合学七不思議の一つであった。
「で、今日も暇つぶしに来たの?」
「そりゃ非リア充なご身分なんでね」
僕はパイプイスを広げて、カウンターの前に座った。
「私は山田さんと話せるととても楽しいですよ」
桜井さんは、本の整理をしながら、器用にこちらの話を聞いていた。
「姫ちゃんは内気なのに珍しいね〜こんな凡人野郎なのに」
「浜風さん、それは僕以外の凡人に失礼だからね」
「ウケるー!」と腹を抱えだした浜風さんを横目に、桜井さんは少し寂しそうに呟いた。
「山田さんはいつも自虐的ですね。そんなことないと思うのですが………」
「そう言ってくれるのは桜井さんだけだね。僕なんてさっき生田君に『クラスメイトB』呼ばわりされたばかりだよ」
「あ、生田なら言いそう。ぷくくっ………」
…………僕には『ピエロ』の需要があるから、浜風さんは相手してくれるのだろうか。
「それはそうと、桜井さん。何か面白い話ないの?」
「面白い話、ですか?一応ありますが………」
「あ、それ私も聞きたい!」
桜井さんは身を乗り出して『内緒話』の雰囲気を作ったので、僕と浜風さんも身を乗り出す。
「これはあまり出回っていない話なのですが………」
「「ゴクリ………」」
固唾を飲む僕達。桜井さんの、ぐるぐるメガネがキラリと光った。
「___この校舎、『出る』らしいんです」
「「……………」」
しばし反応に困り___というか桜井さんにこんなオカルト趣味があったの!?とか別に内緒話でしなくて良くないか!?とか色々疑問はあったが、とりあえず一番気になった事がある。
「……し、新設校、だよね?」
「新設校のくせに、です」
百合学の歴史___というのかも若干怪しい___は、とてつもなく浅くて有名な超新設校だ。なんせ僕が一年生だった時の三年生が第一期生なのだから。
そんなショボくて、七不思議を考えようにも考えられない歴史の中で『出た』ら、それこそある種ホラーだ。
「でもさ、あれじゃない?百合学の建ってる場所って首塚あったとか噂あるし」
「穂波ちゃんよく知ってるね。それに尾ひれがついたらしいですよ」
「尾ひれって……それ完全にガセネタじゃないの?」
それ抜きにしても十分怪しさ満点だが。
「目撃者はいるみたいなんです。それも複数」
「へえ……それはすごいね」
浜風さんの目が光った。うわ嫌な予感。
「幽霊探索とか言われても僕は行かないからね」
「ぬわ!?なんでわかったの山太郎君!?」
嫌だよ行かないよ。別に決して怖い訳じゃないけど、なんか嫌だよ。怖い訳じゃないけど決して!
「気付かれたからには仕方ない。ということで山太郎君。『浜風ちゃんをちやほやしながら幽霊探索しましょうの会』の作戦会議開始だね!」
「よ、よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待って!?なんか行く雰囲気になってるけど僕行かないからね!?てかなんで参加決定前提なの!?」
というか、なんですかその欲望見え透いた探索隊名。
「ちょっと山太郎君〜?私達か弱い女子だけで夜中出歩くのはヤバいでしょ」
「僕だって十分か弱い男子のうちに入ると思うんですけど……」
幽霊前では、誰よりもひ弱になるであろうことは十分に予想できた。
「いいから!お願い!一生のお願い!」
手をあわせて拝む浜風さん。もはやデジャブにもならない頻度でやられている僕としては、正直反応に困る。
「浜風さんのそれはもう、かなりの回数転生しないと返済できない額まできてるけど」
するとタイミング悪く、昼休みはあと五分というベルが鳴った。
「はあ……いいよ、わかったよ」
こういう場合たいてい普通なら『タイミング良く』なんだろうけど、浜風さんの異常な記憶力と行動力により、話が切れても放課後有無を言わせず連行される、という経験から、僕は仕方なく折れた。
「やった!ありがと山太郎君!いや、先生とお呼びしても!?」
浜風さんの調子のよさは、毎度の事信頼を落とすことにしか役立っていなかった。
「山田さん、放課後九時に校門前で待ってますね」
「……わかったよ」
少し申し訳なさそうに笑う桜井さんに手を振り、僕は静かにドアを閉めた。
どうやら行くことになってしまった幽霊探索。
だだっ広い中庭にある、暖かい陽の光と穏やかな風は、これから起きる春の大嵐を、微塵も語ることはなかった。