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青木沙依のモテ期  作者: さき太
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第二章 高木孝介の欲望

 孝介(こうすけ)は街中で沙依(さより)の姿を見かけ、今日も隊長は美しいと思った。

 沙依はこの国に戻ってきてからずっと、ただ呑気に過ごしている。もう自分たちの元には帰って来てくれないのだろうか?隊を率いていた彼女は本当に美しかったのに、あれをもう見れないのかと思うと孝介は残念に思えた。

 大昔に自分達ターチェを滅ぼすために起こされた大きな戦争があり、ここ龍籠(りゅうしょう)も一度滅びてしまった。生き残った者達が集まり復興させたこの国は、造形こそ元の通り再現されているが、人口も大幅に減り、体制も大きく変わった。戦後散り散りになっていた者がぽつぽつ戻ってくこともあれば、ずっと戻ってこない者もいる。孝介が所属する第二部特殊部隊の隊長を戦前務めていた青木沙依もまた、戦後生死不明でずっと行方知らずだった。そんな彼女がこの国に戻ってきたのはつい最近の事。生存していたのに、龍籠が復興していたのを知っていたのに、彼女はずっと戻ってこなかった。彼女の生存を知って、連れ戻しに行った部下たちの想いを知っても彼女は帰ってこなかった。そんな彼女は成得(なるとく)の策略に嵌ってようやく戻ってきた。強情な彼女をいともたやすく連れ戻すことに成功した、情報司令部隊の児島成得隊長の手腕はさすがだと孝介は思う。

 龍籠に戻ってきた沙依は軍には復帰しなかった。部下たちの強い要望で在籍したまま休職扱いになっているが、彼女が軍に戻る気があるのかどうか孝介には解らなかった。孝介は、彼女には軍人しかできないからいずれ復帰するだろうと思っていたが、最近は復帰しないかもしれないとも思い始めていた。戻ってきた彼女は昔の彼女とは違った。普段から穏やかな表情をしてよく笑う。最近は本当に表情豊かで以前にも増してよく笑うようになった。昔はいつでも冷静で、感情を揺らすことはほとんどない人だった。人と言うよりまるで人形のような、それでいて強い意志と確かな温もりを感じさせる人だった。吸い込まれそうなほど綺麗な漆黒の瞳で見つめられると全てを見透かされているような気がして、その静かな瞳の奥に自分を見ては、この瞳に自分しか映らないようにしたいと、いつだって孝介は思っていた。そんな彼女は今はどう見ても普通の娘だった。昔とはまるで別人なのに、それでも昔と同じように美しいと感じるのはどうしてだろう?そんなことを思って、孝介はとてっも不思議に感じた。

 通りを歩く沙依の姿を眺め、孝介は興奮している自分を感じた。あぁ、やっぱり隊長は美しい。この手で彼女を汚したい。その綺麗な顔を苦痛で歪ませたい。憎悪でも恐怖でも何でもいい、彼女からの強い感情を全身で感じて、彼女の瞳に自分しか映らなくさせたい。彼女をめちゃくちゃに壊して、壊れた彼女を手元においてずっと眺めていたい。感情が動くようになった今の隊長なら壊せるだろうか?壊したい。あの時みたいに彼女の感情が爆発するのを感じたい。心身ともにとことん辱めて、追い詰めて、彼女の中に自分を刻み付けたい。そんなことを考えながら、孝介は沙依の全身を舐め回すように見つめていた。

 孝介は沙依を連れ戻しに行った時のことを思い出して、下半身が熱くなるのを感じた。今でこそ全快しているが、当時の彼女は戦闘で無茶をし過ぎた後遺症でろくに動けない状態だった。そんな彼女の目の前で、彼女の恋人を嬲って重傷を負わせた。ろくに動けない身体で感情をあらわにして、自分を本気で殺しにかかってきた彼女には本当に興奮した。そんな彼女の自由を奪って、恋人の目の前でその唇を奪った。彼女の肌に顔を埋め、彼女の口内を執拗に舐った。その時の彼女の苦痛に満ちた表情は、嫌悪に満ちたその表情は、本当にそそるものがあった。もっと、もっと自分を憎悪してほしい。もっと深いところまで、もう二度と自分を許せないくらい恨んでほしい。自分のことを忘れられない存在にしたい。彼女の中に自分を焼き付けたい。もっとその感情を自分に強く向けてほしい。そう思って、どんどん膨らむ自分の欲望を感じて、酷く興奮した。もっとめちゃくちゃにしたかった。そのまま恋人が死んでいく姿を見せつけながら、そんな恋人に見られながら彼女をめちゃくちゃに凌辱して、傷つけて、壊して、自分だけの人形にしてしまいたかったのに、司令官に邪魔をされてそれは叶わなかった。

 今考えると、司令官に邪魔されなくても隊長を壊すことはきっとできなかったと孝介は思う。隊長は強い人だから、どんな状況に追い込まれても完全に心を壊すことはない。彼女が廃人になることなんてありえない。いつだって孝介はそう思っていた。だから孝介は、自分はあの時、本当は隊長の手で死にたかったのだと思っていた。彼女に絶対に消えない傷をつけて、自分を忘れられない存在にして、愛しい彼女の手で死にたかった。自分たちの元に帰って来てくれないのなら、彼女の中に自分を刻み込んで、彼女の手でこの生を終わらせてほしかった。最後だと思ったからこそ欲望を全部吐き出してやろうと思ったのに、邪魔が入ったあげく、最後は回復した隊長に自分のした行為を許されて、死ぬことも叶わなかった。

 孝介は、今はもう隊長も元通り動けるようになったし、元々自分を嫌ってる隊長が自分に隙を見せることはないだろうと思っていた。それに昔から隊長のことを過保護に守り続けていた司令官も完全復活してしまったのだ、もうあの時のように隊長に欲望をぶつけられる機会は訪れないだろうとも思う。でも、孝介は今でも沙依に同じ欲望を抱いていた。今でも彼女をめちゃくちゃに汚して、壊したいと思ってた。でも、隊長は絶対に壊せないとも思っている。自分が惹かれる隊長の美しさとは、きっと内面の強かさだと孝介は思った。どんな境遇に置かれても、どんな仕打ちを受けても、どんなに傷つき、どんなに精神をすり減らし、どんなに心を壊しても、彼女は完全には壊れない。普通の娘のようになってしまった今の彼女も、そこが変わらないから美しいと思うのだ。その瞳から光が消えることはない。その光を奪うことは絶対にできない。そう思っているからこそ、孝介はその光を奪いたかった。壊せないと思っているから、壊したかった。

 あぁ、本当に隊長は美しい。忌み色のその漆黒の髪も瞳も、淡く色づいたその唇も、その白い肌も、その引き締まったしなやかな肢体も、豊満な胸や肉付きのいい尻も、造形だけではない、内面からにじみ出る全てが、隊長を形作る全てが美しい。どんなに変わってしまってもその美しさは変わらない。あぁ汚したい。本当に壊してしまいたい。そんなことを考えて、孝介は沙依を今すぐどこかに連れ去りたい衝動にかられた。ずっと我慢していた欲望を一度吐き出してしまった。触れて、欲のままにぶつけて、その時のあの高揚感は今でも忘れられない。また触れたい。またあれを感じたい。今度は最後まで、どちらかがもう二度と動けなくなるところまでとことんやりあいたい。でも、もう隊長個人とそうやって殺し合う機会なんて訪れない。そんなことをしようとしたらその前に粛正されるか、そうでなくても確実に邪魔が入る。そう考えて、孝介は沙依から視線を外してその場を離れた。


 孝介が青木沙依を初めて見たのは彼女が第二部特殊部隊の隊長に就任してすぐのことだった。

 当時の孝介は、表向きは軍に所属していない一般人だった。孝介は絶対に存在が公になることがない第三部特殊部隊に所属していた。成人後の三年間に義務付けられた訓練期間を終了した時、孝介は情報司令部隊に勧誘され、それを断ると第三部特殊部隊に勧誘された。孝介は軍人になることに興味はなかったが、諜報暗殺部隊である第三部特殊部隊の仕事は自分に向いていると思って、そこに所属することを了承した。実際は向いているというより、決して許されるはずのない自分の嗜虐性を仕事と言う形で発散することができるなんて、なんて素晴らしい事なんだろうと思って喜んで了承した。

 孝介は自分が異常だということも、自分の嗜好が許されるものでないことも理解していたから、幼いころからそれをひた隠しにしていた。その嗜好を向ける対象を間違えれば粛清されてしまう。それが解っていたから、国内の誰かにそれを向けたことはなかった。でも、仕事として拷問暗殺を繰り返していると、そのうちそれにも飽きてきた。人は脆い、すぐ壊れてしまうものを壊しても楽しくない。もっと壊しがいのあるものがほしい。そんなことを考えて、国内の何人かの顔が思い浮かんだが、孝介はその人物たちに何かしようとは思わなかった。壊したら楽しいと思う。でも自分の命と引き換えにしてでも壊したいと思う程ではなかった。

 孝介が初めて沙依を見たのは、そんな頃のことだった。沙依は有名で、孝介も名前だけは知っていた。忌み色を持った厄災の御子。青木の秘蔵っ子。青木行徳(みちとく)の犬。噂に絶えない彼女の話はいくらでも耳にしていたが、だからといって孝介は別に彼女に興味はなかった。青木の双子に守られたお姫様なんてどうせたいしたことはない。特異な見た目と行動で注目されているだけで、結局は誰かに守られていなくては何もできないような、ただのそこら辺の女と変わらないのだろうと思っていた。その頃の孝介にとっては沙依より、むしろ沙衣(しょうい)の方が興味深かった。沙依が自分の血肉を使い身代わり人形を作る術式を応用して造り出した、沙依によく似た容姿をした生きた人形。人形のくせに魂をもって人と同じように動く沙衣。そんな彼女はどこまで人と同じなのか。人と同じような感情を持っているのか。彼女を拷問したらどんな反応をするのだろう。肉体的苦痛を感じるのか。精神的苦痛はどうか。バラバラにして隅々まで見てみたい。そんなことを考えて孝介は興奮した。そうやって壊してみたい誰かのことを実際に壊す想像をしながら孝介がぶらぶら歩いていると、何か諍いが起きている気配がした。

 「退け、一馬(かずま)。」

 そう鋭い声が聞こえて、孝介は声のした方へ歩みを進めた。

 「これは命令だ。いかなる理由があろうとも、命令違反は許さない。退いて、わたしの横につけ。」

 歩みを進めた先で、静かな声に促されてあの斉藤一馬がおとなしく引き下がったのを見て、孝介は驚いた。誰もが認める龍籠最強の軍人と謳われる大男を、顔にどこか幼さが残る小柄な女が従えている、それだけでも充分衝撃だったが、男たちを静かに見据えているその彼女の漆黒の瞳を見た時、孝介は今まで感じたことのないほどの強い高揚感を覚えた。なんて美しいんだろう。そう思って、孝介はあまりの彼女の美しさに息を飲んで、目が離せなくなった。

 「ここにいる者は退役の意思があると受け取っていいんだな。」

 その彼女の言葉に、その場にいた男たちから怒声での暴言が飛び交った。それを彼女は動じることなく静かに聞いていた。

 「お前達には軍人としての誇りはないのか?いったい何のためにお前達は軍人になった?ただ暴力で全てを解決し、秩序もなく暴れるためだけに軍人になったのか?命を懸けてこの国を守る意思と責務を持って軍人でいるのでなければ、軍人でいる資格はない、退役しろ。気に食わないことがあれば暴れて我を通そうとするガキも、ただの暴徒も第二部特殊部隊にはいらない。辞めてもらってかまわない。」

 彼女のその言葉に男たちの怒りが爆発した。一馬が応戦しようとして、彼女に止められた。そこからはあっという間の出来事だった。気がつけば彼女と一馬以外、そこに立っている者は誰もいなかった。

 「所詮お前達の実力なんてこんなものだ。術式を使うのは卑怯だとでも言うか?卑怯だろうと何だろうと、戦場では最後に立っていた者が勝ちだ。つまり、戦場ならお前達は全員ここで死んだという事だ。暴力に頼るのも、負けて吠えるのも、全て弱い者のすることだとは思わないか?本当に自分が強いと思っているのなら、そのように行動し証明して見せろ。それもできない軟弱者はうちの部隊には必要がない。ささっと退役しろ。」

 そう言うと彼女は少しだけ表情を和らげた。

 「それにしても、わたしの雷撃をあれだけまともに食らってまだ意識があるとはさすがだね。お前達の強さは本当に評価してるんだ。できることなら、ちゃんとわたしを隊長と認めて共に歩んでくれたら嬉しいと思ってる。わたしについてくるか退役するかは明日伝えてもらえればいいから好きにして。」

 そう言うと、彼女は一馬を促してその場を去って行った。

 その時のその彼女が、青木沙依その人だった。孝介は最後まで目が離せなかった。彼女の姿が見えなくなるまで目を逸らせなかった。それ以来、彼女のことが頭から離れなくなった。そんなことは初めてだった。もっと彼女のことが知りたい。もっと近づきたい。そう思って、孝介は第二部特殊部隊への入隊を志願し、正式に軍人になった。

 孝介は初めて沙依と対面した時、本当に美しいなと思った。特にその漆黒の瞳。その瞳でずっと見つめられていたい。その瞳から光を奪いたい。そんな思いが首をもたげて出てきて、孝介はそれを隠して笑った。あなたに憧れて第二部特殊部隊を希望したのだと伝えると、彼女は居心地悪そうな顔をした。第六感で孝介の異常性を感じ取ったのか、彼女は初対面の時から孝介に警戒心を持っていた。それを感じて、孝介はぞくぞくした。もっとあからさまに敵意を向けられたい。心から自分を嫌悪し拒絶したこの人を、無理やりめちゃくちゃにして、その綺麗な顔が苦痛に歪むところが見たい。実際に彼女と対面し、孝介はそう思った。それまで女を凌辱したいと別段思ったことはなかったが、彼女に対してはその気持ちが強かった。

 沙依が悩んだり、疲弊する姿が見たくて、孝介は些細な嫌がらせを続けた。彼女が自分自身のことより人のことの方が気になる人だと分かったから、彼女が高く評価している一馬を貶めるようなことを沢山して、自分が嫌がらせをしているとわざと彼女に解るようにした。そんなことを続けていたある日、孝介は沙依に呼び出され、問い詰められた。彼女が腹を立てるだろうことをわざと言い続けたが、彼女はずっと冷静だった。でも、自分を静かに見つめるその瞳にありありと自分に向けられた嫌悪感が見て取れて、孝介は興奮した。もっと、もっと強く、その感情を向けてほしい。もっとあからさまに、全身で僕を嫌って、心から僕を拒絶して。そう思って言葉を重ねたのに、彼女はそれ以上の感情を向けてはくれなかった。次はない、行いを改めないのなら除隊処分だと自分に告げた時の彼女の視線が厳しくて、ぞくぞくした。あぁ、やはり隊長は美しい。本当に素敵だ。今すぐ押し倒してめちゃくちゃにしたい。そんなことを思って、にやつきそうな自分がいて、それを隠すために下を向いた。

 行いを改めなければこの人はもっと自分を嫌悪するだろうか?自分に除隊処分を言い渡す時のこの人はどんな顔をするのだろうか?孝介がそんなことを考えていると、沙依は口調を和らげ話し掛けてきた。彼女は、自分がどれだけ孝介を評価しているのか、どのような気持ちで自分の次席を任せているのか、自分にどのような役割を望んでいるのか、そんなことを話して、あまつさえ期待しているとまで言った。孝介には意味が解らなった。自分のことを嫌悪してるくせに。最初から警戒していたくせに。彼女の部下になって久しい今だって、一度だって気を許したことなんかないくせに。どうしてこの人はこんなことを言うんだろう?そう思って孝介は顔を上げて、彼女の目を見た。そこにはなんの感情を窺うこともできなかった。あぁそうか、彼女にとってこれはどうでもいいことなんだ。自分に対する嫌悪感も、自分がどういう選択をするのかも、彼女にとってはどうでもいい事なんだ。本当に言葉にしていること以上の意味はない。孝介の実力は捨てがたいが、行動が改められないのなら不利益になるから辞めろ。ただそれだけ。彼女からこれ以上の感情は引き出せない。そう実感して、孝介は諦めて笑った。

 それ以来、孝介の沙依への想いはさらに増すばかりだった。本当に隊長は素敵だ。この人を壊したい。壊して、自分だけのものにしたい。自分の手で壊して、どうしようもないくらいめちゃくちゃに壊して、ずっと自分の手元において愛でていたい。そんなことを考えながら、孝介は毎日沙依の姿を視線でなぞった。こんな気持ちは初めてだった。残虐に殺すことが好きだった。苦痛を与え、追い詰めて、最終的に命を奪うことが好きだった。でも彼女のことは殺したいとは思わなかった。壊して手元に置いておきたかった。ふと気づくと彼女を辱めることばかり考えていた。彼女に恥辱の限りを与えて、凌辱の限りをつくして、心身ともにボロボロにして、廃人になった彼女を抱え込んで、その瞳から光を失い動かなくなった彼女を愛で続け、そんな彼女を自分の欲で満たし続けたい。実際に沙依をそうするところを想像しながら、いつも彼女の顔や肢体に孝介は視線を這わしていた。

 あぁ、今日もなんて隊長は美しいんだろう。素敵だ。あぁ、めちゃくちゃにしたい。抑えきれない欲求を、孝介は他の所で発散した。誰に何をしている時でも、隊長のことを考えていた。人の苦痛に歪む顔を、恐怖に震え怯える姿を、泣き叫ぶ声を、目から光が失われていく様子を、そこに隊長の姿を重ねて眺めていると酷く興奮した。でも満たされなかった。やはり本人をこうしたい。隊長のこんな顔を、こんな姿を、すごく見たい。隊長をめちゃくちゃにできるなら粛正されてもいいかもしれない。隊長をどこかに連れ去って、拷問して、凌辱の限りをつくして、あの人をこの手で殺してから自分も死のうか。孝介はついにはそんなことを半ば本気で考えるようになっていた。そんな時、

 (お前のそのどす黒い欲望を実際に沙依に向けてみろ。その瞬間にお前を殺す。)

 孝介の頭の中で声がした。

 (お前の思考が筒抜けだということを忘れるな。いつでも監視してる。)

 それは司令官、青木高英(たかひで)の声だった。そっか、隊長には絶対無敵の守護神がついていたんだった。人の思考が読め、人の精神に干渉し、人の身体の自由さえ乗っ取って操ることができる、反則的な能力を持った人物。そんな人物に敵う訳がない。隊長に何もできないで殺されるなら、殺され損だな。それじゃ何もできないや。そんなことを考えて、孝介は沙依に実際に何かをすることを諦めた。


 孝介は沙依が自分たちの前から消えていた数千年の間どこで何をしていたのか、第三部特殊部隊の特権を利用して情報を引き出した。そして、沙依が敵に捕まって受けた拷問の資料を見て、興奮すると同時に酷い憤りを感じた。この時隊長はいったいどんな顔をしていたんだろう。その姿をこの目で見たかった。自分が彼女にこれをしたかった。他の誰かに彼女がこれだけの拷問を受け、凌辱されるなんて許せない。あの人を自分以外の誰かが苦痛で満たすなんて許せない。孝介はそう思って怒りに打ちひしがれたが、彼女にそれをした本人は既に彼女の手で葬られている。もし生きていたならば、彼女が受けた以上の苦痛を与えてから嬲り殺しにしてやったのに。そう思うが死んでしまったものは仕方がない。孝介はそんなことを考えて、資料をしまうとその場を後にした。

 孝介は街中で、また沙依の姿を見かけた。

 あぁ、やっぱり隊長は美しい。そう思って、孝介はため息が出そうになった。隊長が受けた仕打ちの資料を見たせいか、それとも一度触れてしまったせいか、こうやって遠くから眺めているだけで自分の欲望が抑えられなくなりそうになる。感情が豊かになった今の彼女なら壊せるだろうか?いや、根本的なところが変わったわけではないのだから壊せないだろうと孝介は思う。そもそもあれだけの拷問を受け続け、凌辱され続けてなおまだ壊れていないのだ、とても壊せる気がしない。あれだけのことをされて絶望しないでいられるあなたが素敵だ。あれだけの扱いを受けて、まだ人の良心を信じられるあなたがとても眩しくて、美しく見える。人の悪意が解らない訳じゃないのに、人の害意を知らないわけじゃないのに、人の醜いところをいくらでも見てきたはずなのに、どうしてこの人は今でもあんな風にいられるんだろう。どうして誰も恨まずにいられるのだろう。必要ならば自分の手を汚すことも、誰かを貶め傷つけることも、部下に死にに行けと言うことだって躊躇なくできる人なのに、どうして彼女はこんなにも無垢に見えるのだろう。そんなことを思って、孝介はため息を吐いた。

 あぁ、本当に隊長は美しい。やっぱり自分の欲望を押さえておくことなんてできない。そう思って、孝介は沙依に話し掛けた。

 「隊長、お久しぶりです。今日も本当に美しいですね。」

 そう笑い掛けると、沙依は微妙な顔をした。

 「本当にいつ見ても隊長は美しい。素敵です。」

 孝介がそう賛辞を続けると、沙依は渋い顔をした。

 「孝介は何がしたいの?そんなこと言われ続けても意味が解らないし、止めてほしいんだけど。」

 そう言う沙依に孝介は真剣な目を向けた。

 「隊長、僕と殺し合いをして下さい。僕はあなたを壊したい。壊して自分の物にしてしまいたい。その気持ちが抑えられないんです。あなたを廃人にすることは無理だと思うから、あなたの身体の機能を壊して、あなたをもう二度と動けない身体にして、自分の手元に置いておきたい。だから、僕と殺し合いをして、僕があなたを再起不能にできたら、その時は僕の物になってください。その願いが叶わないのなら、あなたの手で死にたい。それくらい僕、切羽詰まってるんですよ。だからお願いです。僕と殺し合いをして下さい。」

 そんな孝介のめちゃくちゃな要求を、沙依は静かに聞いていた。そして困ったように笑った。

 「そのお願いはちょっときけないよ。わたしは孝介を殺すつもりはないし、だからと言って孝介の所有物にもなりたくないし。でも、孝介が思いっきり暴れたいっていうなら付き合ってあげる。それでわたしが再起不能になったら、その時はわたしの意思じゃどうにもできないし、多分わたし自身がどうというより、他で邪魔が入ると思うから、それが何とかできるなら好きにしたら?」

 さらっとそんなことを言う沙依を見て、孝介は笑った。

 「本当に隊長は素敵です。愛してます、隊長、僕は心からあなたのことが好きですよ。」

 「ごめん。お前の好きは受け付けられない。」

 孝介の告白に即答で返した沙依は、苦い顔をしていた。

 「その本気で嫌だって言ってる顔がたまらないです。すごくそそられます。」

 孝介の言葉に、少し前まではまだ嫌悪感を隠そうとしていた沙依の顔にあからさまな嫌悪の感情が現れた。

 「いいですね、その顔。あなたのそういう顔がもっと見たいです。」

 そんなことを言う孝介を一瞥して、沙依は何か言いかけて、何も言わずにため息を吐いた。

 「いや、この前ぶちまけてしまったので、僕があなたに抱いている欲望をもう隠す必要がないかなと思いまして。ほら、我慢ってよくないでしょ?それに吐き出せばあなたの嫌そうな顔が見れるから、僕にとってはいいことづくめですしね。」

 そんなことを言う孝介に、誰も何も訊いてないから、いちいち伝えてこなくていいから、と沙依は言いながら、孝介に喜ばれないように必死に嫌悪感を隠そうとしていた。そんなところも本当にかわいいと思う。あぁ、この人を本当に壊して自分の物にしてしまいたい。孝介は心からそう思う。

 「ほら、大暴れするんでしょ?訓練所じゃ大暴れはできないし、外行くよ。周りに迷惑かけないように結界張るのはお前がやってよ。お前が殺し合いしたいなんて言い出したんだから。」

 沙依にそう促されて、孝介はもちろんですと答えて彼女の後を追った。

 本当に隊長は素敵だ。僕の事が大嫌いなくせに、この人はきっと何度だって相手してくれる。僕が何をしたってこの人は壊れない。でも、僕が何をしたってこの人は僕を拒絶しない。同意のもとでだったら、司令官も手出しはしてこない。なら、彼女との殺し合いを何回でもしたい。続けていればいずれは彼女を壊して自分の物にできる日が来るかもしれないし。そんなことを考えて孝介は顔がにやけた。


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