右も左も
昼の12時を過ぎた頃…
俺とタマゴは荷造りをし、ウタカタ邸の家の前にいる。
勘違いしないで欲しいが、ここでこうしているのは、迷惑をかけてこの家を追われたわけでも、自責の念にかられて出て行こうとしているわけでもない。
ウタカタさんの家を出る事は、自分が、自分たちがこの異世界により早く順応し、早く成長するための最良の判断なのだ。
「もうしばらく泊まってってくれても良いんだがなぁ」
「そんな事を言われたらもう一泊…とも思っちゃいますけどやっぱりやめておきます。異世界について知るにはもっとたくさんの人に会っていろんな経験をした方が良いですからね」
俺たちはこの世界についての事を危うい程に知らな過ぎる。
荒療治ではあるが、この世界を知るには自分で動くことが一番良い。
この世界の空気、風潮、理、そして魔法、自分の体に染み込ませて覚えるのが一番良い。
「………まあ、それもそうだな。この街にはしばらくいるんだろ」
「そのつもりです。いきなり町の外に出てモンスターに喰われて死んだとか洒落にならないですからね。今日はひとまずこの町の町長さんの家に行こうと思います。同じ転生者なら色々と聞けそうですし」
昨日会話に出たこの町の町長、彼が転生者だという話が本当ならば俺の先輩とも呼べる存在だ。
彼がしてきた経験を、苦労を、直接聞く事で自分たちの糧にさせてもらおうというのが俺の考えだ。
「そうか…まあ町長さんは“変わった人”だが、良い人だから目をかけてくれるだろうさ」
「変わった人? どんな人なんです?」
変わった人、そう言われると気になってしまうのは人の常だ。
それに、変わった人だというならば、会う前の予習復習も必要になるだろう。
「んんーまあ会えば分かるさ」
会えば分かる…そう言われると余計きになるんだよなぁ。
「そうですか…じゃあそれは会った時のお楽しみって事で。それじゃあ俺たちはこれにて失礼します。一泊させていただき本当にありがとうございました」
「そんじゃなにいちゃん。いつでも会いにきていいからな」
「はい…今度この家に来るときには今回のお礼をさせてもらいます…では」
俺がウタカタ家一同に一礼した。
そして、ゆっくり顔を上げる。
すると、トコトコ走ってくるリュミちゃんの姿が目に映った。
まだ4歳という事でヨチヨチと可愛さ満載の走り姿、まさに可愛さの化身だな。
俺たちの目の前まで走ってきて、一体何をしてくれるのかと楽しみにしてその様子を見つめる。
そして、リュミちゃんは立ち止まり、満面の笑みで一言…
「またきてねお兄たんお姉たん。今度はもっといっぱいリュミと遊んで欲しいな」
「…………………カハッ」
可愛過ぎて思わず吐血しそうになった。
俺はロリコンではない、そんな#癖__へき__#はないのだが…………この可愛さはチート過ぎる。
どうやら俺の異世界物語のヒロインはこのリュミちゃんだったらしい。
「すみません…この子連れてっていいですか」
「良いわけねえだろ。行くならさっさとい…おい俺の愛娘に抱きつくな! ほっぺたをスリスリするな!!」
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当然の事ながら、リュミちゃんを連れて行く事は叶わなかった。
そして、リュミちゃんの可愛さのせいで、あの家を離れる事が若干嫌になってしまった事は、言うまでもないだろう。
遠のいて行くウタカタ邸、足取りは軽やかとは言い難い。
タマゴ一個? 一人? を連れて、照りつける太陽の下を歩く。
今日は晴天…いや今日も晴天か。
この天気、お天道様も俺たちの門出を祝ってくれているのだろうと思う。
「よーしタマゴ、お互い昨日のことは切り替えて頑張ろう。今日から宿無しの一文無しだが、だからこそ頑張ろう」
コクリっと頷くだけで返事はなかった。
だが、今はそれでもいいんだ。
いずれ、殻が割れる時に声が聞ければそれでいいんだ。
「右も左もわからない異世界なんだ。お互い助け合って行こうぜ」




