無口は勘違いされる
食後…
女性陣が台所で後片付けをする中、俺は何をするでもなしにソファーに座りその光景を見ている。
ただ無心に、これ以上イライラが募らないように、何も考えずボーッとする。
「おいおい良い加減機嫌直せよにいちゃん。不貞腐れてても良いことなんか起きねえぞ」
その様子がウタカタさんには不機嫌そうに見えたらしくそんな事を言ってきた。
「別に…不貞腐れてなんかいませんけど」
「嘘つけッ…ほれ俺様特製ブレンドのコーヒーだ。これ飲んでリラックスしたら自然と機嫌も良くなるだろうさ」
「………いただきます」
白い湯気のたつ熱々のコーヒーをゆっくりとすすった。
ブラックは苦手なのだが、このコーヒーは美味しく飲むことができた。
「美味しい…」
「だろ!? なんてったって俺が淹れたコーヒーだからなガッハッハ」
ウタカタさんはそう言ってコーヒーを口いっぱいに流し込んだ。
「美味いッ」と一言発してから、俺の目を見て次のように話を続けてきた。
「にいちゃんも昨日は苦労したと思うけど…あのタマゴちゃんも相当苦労したんだと思うぜ。だってあの子…にいちゃんの事物凄く心配してんだもんよ」
心配? …何を言っているんだウタカタさんは。
「心配してる奴が朝の9時台までいびきかいて爆睡なんかしないと思いますがね」
俺は若干嫌味っぽい感じでそう言った。
俺の言ってる事は間違いなく正論なのだから別に良いだろう。
「勘違いしてるみたいだから一つだけ言っておくと…あの子は昨日の夜の間中一睡もしてねえよ」
何を言っているのか意味がわからなかった。
だって、リビングであんなに爆睡している姿を目の当たりにしているのだからウタカタさんの『寝てない』と言う言葉がタマゴを擁護しているようにしか聞こえなかったから。
「それはさすがに無理のある話ですよウタカタさん。俺が朝起きた時あいつは気持ちよさそうにリビングで寝ていたじゃないですか。そんなあからさまな嘘を言われても擁護にもなりませんよ?」
「いや擁護とかじゃなくて…あの子は本当に寝ていないんだよ。よほどにいちゃんのことが心配だったんだろうな。なんせ朝方にいちゃんが家先で見つかるまで、一睡もしないで家の外を心配そうに見つめてたんだからな」
「………………………」
「最初、にいちゃんが外に探しに出たって言ったらのぼせてフラフラになった体を無理やり起こして外に飛び出ようとしたんだ。さすがに、探しに出られてまた一人迷子が増えても困るから引き止めたんだがな」
「…………………………」
「朝方ににいちゃんが見つかってからもしばらくはベットで寝てるにいちゃんの横にじって座ってたんだが…緊張の糸みたいなモンが切れたんだろうな。疲れがドッと押し寄せて気絶するみたいに一瞬で眠っちまってよ。そのまま放置するのもあれだからリビングまで運んだってわけだ。そこから先は朝イチでにいちゃんが目にした通りさ」
ウタカタさんが話してくれた話は俺の想像していた事の顛末とは随分と違った。
俺は今朝方目撃した様子から、俺があいつのせいで苦労している間もあんな感じに呑気に爆睡してるものだと思っていたが…どうやらそうではなかったようだ。
俺から何を言われても無口のまま何も言わず…
俺の言い分を正す事もせず…
ウタカタさんの話を聞いてからあいつの挙動を思い返す。
食事の時俺の方をチラチラ見てきたのは、俺の体の具合を心配してくれてたってわけか………
「だから言ったんだよ…無口は勘違いされるって…言葉で伝えてくれれば色々意思疎通ももっと上手くいくのに………」
本当に面倒くさい奴だ………
「恥ずかしがり屋なんだよ….多分な。まあこれから親交を深めていけば自然と会話してくれるようになるだろうさ」
ウタカタさんはそう言って最後の一口分のコーヒーを流し込んだ。
「あの殻から孵化した時には、ちゃんと俺に話しかけてくれると嬉しいですけどね…果たしてどうなることやら」
いつかくるであろう孵化の時…
タマゴ…謎めいたその殻の下にあるまだ見ぬ顔はどんなだろう…
初めて目と目があった時にお前はどんな顔をしているのか…
笑顔なのか、仏頂面なのか、はたまた泣いているのか………
それは、殻を破って出てくるその時を楽しみに待つことにしよう………




