ゆでたまごになっちまえ
時計の針が朝の9時を過ぎた頃…
俺はウタカタさん一家と共に遅めの朝食をいただいている。
出された料理は目玉焼きと野菜のスープそしてカリカリに焼かれたパン…
半熟に仕上げられた目玉焼きに野菜の甘みと旨みがたっぷりと溶け出たスープ…
これらはウタカタさんの奥さんであるマタタビさんが腕によりをかけて作った朝食だ。
当然のごとくうまい。
…が、
今の俺は、そんな朝食の味に集中できないほどに気分が悪い。
「なあにいちゃんよぉ…そのぉあれだよ。寛大な心で今回のことは水に流すってのはどうだろう? ほら…何はともあれにいちゃんもこうして無事な訳だし…そんなに怒ることでもないだろ?」
「そうだぞぅカンダイにカンダイに~!!あれ?…お父たん“カンダイ”って何?」
「うーん…とりあえずリュミは黙っとこうな」
「はーい、リュミ黙りましゅ」
目の前でほのぼのとした親子の会話がなされているが…そんなのには惑わされない。
そんなのに惑わされて隣に座るタマゴへの苛立ちを和らげるほど俺の精神年齢は大人じゃない。
怒りの念を込めて俺は隣に座るタマゴを横目で睨む。
俺の視線に気づいているのか、タマゴも俺の方をチラチラと横目で確認している気がする。
まあ、顔が殻の下にあって見えないからあくまでも“そんな気がする”だけなのだが………
「何だよタマゴ何か言いたいことでもあるのか? そうやって黙ってるから何処かに行ったと “勘違い” されるんじゃないんですかー?」
まったく…と、俺はため息をついて出された朝食を頬張った。
勘違い…そう勘違いだ。
俺の昨日の苦労は、こいつが何処かに行ってしまったという勘違いから起こってしまったのだ。
ウタカタさんから聞いた話だが、こいつは昨日の夜外には一歩たりとも出ていなかったらしい。
じゃあ何処にいたのかって………
こいつは…タマゴは…“風呂”に 入っていたらしい。
俺が外に探しに出た後、ウタカタさんたちは家の中を探したんだとか。
トイレ、押入れ、屋根裏に床下と探して、最後にお風呂場を捜索…
そうしたら、手足が茹でだごのように真っ赤になったこいつが湯船にプカプカと浮いていたらしいのだ。
この話を最初聞いた時『どういう状況だよ?』と思ったが、そうなってしまったのにはこいつなりの理由があるらしい。
『浮力が強過ぎて身動きが取れなかった』…らしい。
入ったはいいものの自身に発生した浮力に自由を奪われ裏返ることも足をつくこともできなかったらしい。
そんな見てくれなのだから入る前に自分が沈めない事ぐらい分かりそうなものだが…
おまけにこの家の湯船は半獣人であるウタカタさん用に作られているため普通よりもかなり大きく深い。
それが仇になったようだ。
助けを呼べば良いものを、こいつはこの通り“無口”なのでそれもできなかったらしい。
俺がこうして説明できているのもこいつが俺に喋ったからではなく、意味不明な身振り手振りのジェスチャーとウタカタさんたちの証言で俺がこうした答えを導き出したからなのだ。
我ながら素晴らしい推理力だと惚れ惚れする。
ワンチャン名探偵コ○ンにも勝てそうだ。
そんな名探偵顔負けの俺であるが、たった一つの真実にたどり着いた今の心境は………
そのままゆでたまごにでもなっちまえばよかったのに………
と、どちらかといえば犯人のようなドス黒いものだという事は言うまでもないだろう。




