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お狐さまとこけしちゃん

お狐さまと系譜ちゃん

作者: 芦川玲

登場人物:九尾の狐と女子中学生

「お狐さま、自分の親って覚えてる?」



 木枯らし冷たいおやつ時、二人して手の中の焼き芋が食べごろになるのを待っていた。ついさっき通った焼き芋屋のおじさんから買った焼きたてホヤホヤのお芋だ。狐でも持てるように新聞紙で分厚くくるんでもらった。

 それをカイロにしながら、猫舌も食べられるくらいの適温になるまで雑談でもしていようかということになったのが冒頭だ。


「ちっとも。もう何百年も前のこと、とっくの昔に忘れたさ」

「親は妖じゃなかったの?」

「俺は特殊でね。野狐からの成り上がりなんだ。親は狐の寿命を全うしたら、それであっさり死んだ」


 お狐さまはケロリとしている。百年も経てばそりゃそうなるか。親だって転生とかするだろうし。なんていうんだっけ、こういうの。六道輪廻?

 ましてやただの狐と妖に『成った』狐、意思の疎通も難しかったのかもしれない。



「なら、親譲りの部分とかはない?」

 今日の理科で習ったことを思い出したので聞いてみた。優性形質、劣性形質、隔世遺伝。そんな感じだったはずだ。


「さァて、他の狐も近頃さっぱり目にしていないしな。よく覚えていないが……少しだけ他より毛が白いか?」

 言われて注視してみると、確かにその通りだ。

 尻尾の先端に行けば行くほど白くなる毛並み。これは特殊なのかそうでないのか、私もほかの狐にはお目にかかったことがないのでよくわからない。

 猫の毛並みも三色だったりするし、案外普通という可能性もある。……あるのか?


「それよりお前はどうなんだ? お前の両親を俺は知らないが」

「お父さんのことは私も詳しく知らないけど、たぶん読書が好きなところはお父さん譲りだね。本だけは大量に遺してくれたから」

 読んだものから売っているが、それでもいっこうに捌けないのだから大したものだ。趣味が合わない本までとっているのも、その一因だろうけど。

 あれでも一応親の形見、読まずに捨てるには思い入れが強すぎる。



「母は? お前と同じこけし顔なのか?」

 そうやって聞いてくるお狐さまは非常に楽しそうである。母娘そろってこけし顔だとそんなに嬉しいか。

「残念、どっちかっていうと市松人形の方が近いよ。身長高いし痩せてる市松人形だけど」

 我が母ながらなかなかの美人なんじゃないだろうか。それが完璧に遺伝していればどれだけよかったか。あれと父の遺伝子が組み合わさってこけしが生まれたのだから、父の顔がよっぽどこけしだったに違いない。

 競り負けたり市松人形。できれば勝って欲しかった。


「なんだ、同じじゃないのか。今度鳥居の下を通ったら見つけてやろうと思ったのに」

 口惜しそうにしないの。

 お狐さまに生者のオーラが見えなくてよかった。顔で判断するしかないんじゃ母は見つかりっこない。



「他には? 今のところ母親に似ているところは一つもないが」

 まあ待ってよ。もちろんあるって。私は総合的に見るとお母さん似なんだから。

「そうなのか?」

 多分ね。お父さんのことはちっとも覚えてないから。


「まず第一に、食べ物の好みはお母さんと同じ」

 好物はケーキと佃煮、後に取っておく派。嫌いな物はオクラ甘酒あられに里芋そのほかたくさん、頑として食べない派。

 母もその父もそうだったというのだから、私で三代目、あまりよくない例の優性形質だ。……優性形質で合ってるんだろうか?


「それから、頭痛持ち。これは家系だよ」

 おかげで薬がお友達、朝晩二回と三錠服薬の上、時と場合によっては二倍に増える。痛むのが我慢できないのだ。

 頭痛以外にも年中花粉症だのハウスダストだのと馴れ合っているので、私の生活は漢方薬によって成り立っているといっていい。腹痛頭痛に花粉とインフルの全部載せと戦ったときは三食二十錠で喉がおくすりやさんだった。


「最後、お酒は飲めない。親が二人とも下戸なんだって。――お狐さま、パッチテストってわかる?」

 尋ねると、首を横に振られた。そりゃそうか。

「お酒に酔いやすいかどうかを見る試験なんだけどね。お酒を肌につけてしばらく放っておくと、つけた箇所が赤くなるの。下戸は真っ赤にザルは変わらず、赤けりゃ赤いほど飲めないってことなんだって。それをこの間学校の授業でやったの」

「それで、赤かったのか?」

 もちろん。見事クラスで一番の下戸だったよ。

 そう言うと、お狐さまはわかりやすく嘆息を漏らした。いかにも惜しいといった顔で。

「それは残念。俺はお前と酒盛りができるようになるのを楽しみにしていたというのに」

「別に弱いってだけで、一滴も飲めないわけじゃないよ? 飲んでるうちに強くなる人もいるらしいし、まだわかんないって」

「お前に限ってそれはないと思うがね」

 随分な言い草だ。


「そんなに言うなら試しに飲もう、五年後。それで証明するから。絶対強くなるって」

 小指を差し出して「約束」と言う。

 だけどそれはお狐さまの肉球にしれっと押し返されてしまった。


「叶いそうもない約束はするものでないよ」

 たしなめるように、やんわりとお狐さまが笑う。


「……叶えたいから言ってるのに、ひどいなぁ」

 私も笑って、話を終わらせた。


 焼き芋がすっかり冷めて食べごろになっていた。





「あっ」

「どうした?」

「そういえばね、もう一つ思い出したよ、お母さん似のところ。……といっても、これも家系なんだけど。うちの母方の女はみんな揃いも揃って、っていうのがあった」

「すごいな、それは。何なんだ?」



「『男運のなさ』」

たった五年後、されど五年後。あなたは約束してくれない。

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