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迷宮からの脱出8

『赤の森』は、歩きにくいと良く言われる。

 これは、道が悪いわけではない。むしろ歩くだけなら、これほど歩きやすい所もないだろう。空を森の木々が覆ってしまい影を作って、足元の邪魔になるような植物が一切育たないのだ。足元はふかふかとした腐葉土と枯れ葉に覆われているが、それだけだ。あとは時々気まぐれに飛び出している木の根に気をつけさえすればいい。

 そして、だからこそ、この森は危険なのだ。

 身を隠そうにも隠れられるのは、せいぜい太い木の影くらいだ。上はともかく、横に関してはそれ以外視界を遮る物が無い。お陰で一度、獣、魔物に見つかってしまうと、やり過ごすという方法がほぼ使えないのだ。木の幹は細い物でも三尺はあるが、子供のかくれんぼというわけにもいかないだろう。先に見つけ、逃げるか狩るか決める。それが何より大事なのだ。

 だから森の中の行軍は、いつもかなりの警戒心を持って進まなければならない。ルイズは最初ここに来た時、そう教わった。もっともその警戒に関しては、狩人たちに任せてしまっている。その方が、本人たち曰く、安全らしい。

 

「そういえば、何が出るんですか?」

 

 そんな安全(、、)な道中、木の根をよけるように歩いていたルイズは、ふとそんな疑問を浮かべた。ブーツの先に踏まれた小枝が、パキリと音を立てる。

 ルイズたち一行は、『赤の森』の中を進んでいた。ここは先生の墓に行くまでに、いつも通る道だ。降り積もった木の葉はすこしだが踏み固められ、うっすらと一本道を作っているのが見える。一時期、ほぼ毎日ここを歩いた人がいたおかげで、こうなったらしい。

 ルイズの前を歩いていたザラダが木の根を避けながら、器用に顔だけ後ろを向く。


「ああ、どうもな、それが分からないんだよ」


「分からない?」


「ああ。……しっ!!」


 答えようとしたザラダだったが、さっと右手を上げる。これは『静かに』の合図だ。口を細めて鋭く息を吹く音で周りに注意を促しているらしい。

 最初に彼らと一緒に森を歩くときに教えてもらったそれに従い、ルイズも息をひそめる。

 やがて、どこかでパキリと音がした。

 その途端、ルイズの後ろにいた弓師が矢を放つ。それが黄色の天井の中に飛び込むと、すぐにどさっと音がした。

 それを他のメンバーが回収に行く。


「すまねぇな、話の途中だった。何が出るかだっけ?」


「ええ、妙なものとおっしゃっていたようでしたけど」


「ああ、そうなんだよな……」


 周りを警戒しながら、ザラダは唸り声を上げる。ルイズはやはり首をかしげた。ここにザラダたちと来るのは三回目だ。だが、今日はどうにも全員ピリピリしている。いつものように警戒のため隊列を組んでいるのは変わらないのだが、他のメンバーも、今一つ口が重い。


「……そう、妙なものなんだよ」


 ザラダの口もどことなく重い。ルイズがまた首をかしげていると、先ほど獲物を取りに行ったメンバーが戻ってきた。その手には人の頭ほどもある鳥が首を握られている。

 “道場鳥”とか言う、このあたりで良く獲れるものだ。いつも行きながらこれを獲り、狩人ギルドのメンバーは迷宮のところで昼食の代わりにする。

 

「あれ、捌かないんですか?」


 ところが、今回獲ってこられた道場鳥は、首を落とされていない。血抜きのために首を落としてしまうのが普通だ。出来るなら、内臓も出してしまう。

 ところが彼等はそれをさっさと背負子にほうりこみ、メンバーはそのままいつでも動き始められるよう準備を整えてしまう。これだと肉が血なまぐさくて不味いのだが、そんなことに構う様子もない。

 首をかしげたルイズに、ザラダはため息で答えた。


「……四日ぐらい前か? ブラスターの街から、狩人の一団が出たんだ。もちろん、うちとは別のな」

 

「はあ……?」


「それが、まだ戻ってこないんだ。だから、用心してるのさ」


「それって……」


 いきなり奇妙な話が始まってしまった。つまり、誰かがしくじって、警戒してるってこと?

 流石に最後まで言っていいものか憚られたが、つまりそういう話に聞こえた。しかし、それと獲物を捌かないことと、どうつながるんだろうか?

 ルイズの疑問に答えるように、ザラダは首を振って見せた。


「それが、わからねぇ。確かにまだ若い連中だったが、狩りの鉄則についてはしっかりしてた連中のはずだ。それがなんでだか知らねぇが、行方がわからねぇんだ―――嬢ちゃんも、あれ持ってるだろう?」


「『追跡機』のことですか?」


 それは森に入る者たちが必ず持つように街から言われて持たされている、小さな細工のことだ。見た目は細工を施した小石のような物で、首に掛けられるように革ひもが付いている。

 それを森に入る時は、必ず首から下げるのだ。ルイズも街で森に入るための手続きをするとき、役所で役人から渡された。今も服の下に首から下げている。ザラダも頷いた。


「ああ、あれ(、、)だ。あれ、一応森に入ったやつらが行方知れずにならないように持たされるものなんだ。閉門の時間になっても帰らない連中は、捜索隊が探すことになってる。まあ、万が一の時でも最悪、弔ってもらえるってことだ」


「前に一度聞いてはいました。やっぱり、便利な仕組みですねぇ」


 普通、こんな森で遭難すればまず助からないだろう。それをわざわざ助けに来てくれる仕組みが有るというのだから、これだけでも仕事に精を出す者たちは心強いに違いない。万が一の時も、まあ、見つけてはもらえるのだろう。どんな状態か知らないが。

 素直に感心するルイズに、ザラダは少し苦笑気味だ。


「まあ、昔、誰かが作った仕組みらしいんだけどよ。おかげで、この街は狩人にもやり安い街になってるわけだ。余計な金がかかったりするがね」


「ああ、やっぱり……」


「まあ、タダ(、、)じゃこうはいかないってこった。おまけに領主のやつがこれでっ……て、話がそれたな」


「あ、いえ。大丈夫です。でも、それで行方不明になるって……?」


 それだと、変に思えた。さっきの仕組みの通りなら、まず行方不明になることはないはずだ。それに、何故警戒するのか、まだ説明してもらってない。狩人の口は、やはり重い。


「……それがな、追跡機だけ(、、)が見つかったんだよ」


 ザラダの歯切れの悪そうな答え。

 アイズは少し顔をしかめた。つまり……?


「えっと、つまり何かに……?」


「ああ、いや、食われちまったとかじゃなぇ。多分だけどな」


 首をかしげ、考え込むようにザラダは言った。なにか、噛みづらい物を無理やり砕くように、もごもごと口を動かしている。


「……俺も、その時の捜索隊には加わったんだけどよ。なんて言うんだろうな、何か、大きな物がいたような感じだったんだよ。まあ、狩人の勘だがな?」


「勘、ですか?」


「ああ、勘だ。で、それが居たんだろうなってあたりに、追跡機だけが落ちてやがった」


「夜盗かなにか、ですか?」


 そんなことをするのは、普通に考えて獣、魔物の類ではないだろう。そうなってくると、さらに危険な人類という可能性が浮かぶ。ルイズの正直な感想だったが、これにもザラダは首を振る。


「いや、人がいたような気配はなかった。そもそも足跡がなかったんだ。だが、何かと争ったような気配があった」


 捜索の時を思い出したのか、どこか遠くを見つめるようにザラダの目が遠くを見る。だが、答えは見つからないらしい。


「獣でも魔物でも夜盗でもなさそうだった。じゃあ、結局何だったんだって話になってな。分からず仕舞さ。だが、どうも俺は森になんか妙なものが紛れ込んだんじゃねぇかって思ってるんだ。うちのメンバーもな」


「妙なもの?」


 結局何のことだろうか? 今一つ要領を得ない話だ。首をかしげていると、ザラダもそう思ったのか、小さくため息をついた。


「まあ、そういうことだ。正直、良く分からねぇ。ひょっとしたら、ただ何かに襲われただけかもしれねぇ。そういうのは毎年ある話だ。ただ、俺は嫌な感じがするって話だよ、街の連中に話したら鼻で笑われたがね」


「ああ、なるほど……」


 街でそんな噂は聞かなかった。確かに、狩人が死ぬなんてよく聞く話だ。だからこそ気にも留めていないのかもしれない。役所に行った時もそんな話は聞かなかった。

 話をしていくにつれ、ザラダの表情はますます曇っていく。

 

「まあ、見つかったのも、もっと森の奥でな。こんな浅い所なら問題ないはずなんだ。だが、用心するに越したこともねぇ。他の連中にはやり過ぎだなんて言われるんだが、どうもきな臭ぇ」


「……そうですね」


 ザラダの言葉に、ルイズは素直にうなずいた。もし危険な何かがいるなら、いつも以上に警戒してし過ぎるということはない。死んでは元も子もないのだから。

 そう思いルイズは頷いたのだが、なぜか、こんどはザラダが不思議そうに首をかしげた。鳶色のやたら鋭い目に、無邪気な疑問が浮かんでいた。


「良いのかい、自分で言うのもなんだが、こんな良く分からない話で? あんた、“真理の探究”の人なんだろう?」


 今度はルイズが首をかしげる番だった。だから何?


「どういうことです?」


「いや、ほら、“真理の探究”って言ったら、高名な学者先生の集まりなんだろう? 勘だのなんだのって、こんな変な話信じるもんなのかなと思ってよ」


 苦笑しながら話すザラダに、ルイズは小さくうなずいた。良く聞かれる話なのだ。

 一応、ルイズの所属しているギルドは、気難しい、そういう人間たちが集まっている点でも有名だ。だからこういうことをすると不思議に思われる事が良くある。

 だからこそ、答えの決まっている話でもあった。ルイズは模範解答をするだけで良い。自分にはそれが精いっぱいだし、その方が相手が喜ぶ。だから、言った。


「信じますよ。みなさん、優秀な狩人さんなんでしょう?」


「一応、そう自負してるがね。それがどうかしたかい?」


「“真理の探究(うち)”には鉄則があるんですよ」


 若干憂鬱そうなため息をつく。そんなルイズに、ザラダはもちろん、他のメンバーまで首をかしげた。話をしなかっただけで聞いてはいたらしい。

 日曜学校で教えたときみたいだなと思いながら、その疑問についてルイズは答えた。


「『玄人の勘は、良く当たる』んです。それだけですよ。さあ行きましょう」


 ルイズはそうして先を促し、先頭を切って森を進む。ザラダたちはしばらく首をひねっていたが、答えは出なかったらしい。すこし顔を見合わせていたが、ルイズがどんどん行ってしまうのを見て、慌ててその後を追う。

 隊列を組んで歩く彼等の顔には、さっき以上の混乱の色が見て取れた。そんな集団を引き連れながら、ルイズはなんとか無事に終わりますようにという願いを込めて、さっき以上に元気な足取りで森を進む。

 こんなときに、全く貧乏くじだなと思いながらの行軍だった。




「―――もう少し、余裕があるかな?」


 ヴァイスは首をかしげながら、時計の文字盤に見入っていた。今、時刻は十時だ。そして来訪者はまだ来る気配が無い。

 時折外の様子を見に行っているのだが、それでも見える範囲にまだそれらしいものは見当たらない。まだ時間が早いのか、それとも今日は来ないのか、判断はつかない。

 もちろん、来訪者が来ることも、ヴァイスの予想のことと言ってしまえばそれまでだが、この判断についてはヴァイスは自信があった。間違いなく誰かが来る。しかし、それは今ではないというだけの話だ。

 だが、それだと時間が余ってしまう。身内でも、雇われでも、帝国でも、誰が来ても良いように頭の中で対応の訓練はしておいた。演劇の才能があるとは思わないが、多分、これでいつ来ても大丈夫なはずだ。だが、そうだとすると、彼らが来るまでどうした物か。


「……魔石でも集めておくか?」 

 

 ヴァイスの頭の中に、まだ六個しかない魔石のことが浮かぶ。あれだと大した金額にはならない。いずれにせよヴァイスの要件を聞いてくれたときに、それに対して報酬としてあれらを渡す算段なのだ。だとすると、もう少し集めておいた方が色々と便利には違いない。

 一つうなずき、行動に移す。

 まず、行くべきは画面の前だ。


「……これはどうやったら消えるんだろうか?」


 出したままの画面の前でひとりごちる。結局それは分からず仕舞だった。画面は相変わらず迷宮核の上に浮かんでいるし、そこから微動だにしない。操作の手法をヴァイスなりに解読してみたのだが、それでもやはり分からない。

 細かい語彙が多すぎるのだ。中には原典言語にも出ていたような記憶のないものまであったりして、やはりヴァイスの手に余る。専門家、それも原典言語に特別詳しい者ではないと歯が立ちそうにない。

 まあ、それならそれで当てはある。まだ生きていてくれればいいのだが。

 ヴァイスは小さく首を振ると、ひとまず必要な動作に移った。

 まず呼びだすのは防御機構の画面だ。そこには相変わらず、この迷宮の設計図が浮かんでいる。そしてそこからやるべきは、魔物生成だ。ヴァイスがそこの枠を押すと、また画面が切り替わり、今度はずらりと枠に囲まれた文字が並ぶ。

 

「“黒狼”だと、少々小さすぎるな。ここは、“銅鎧熊”あたりにしておくか?」


 ヴァイスはそう呟きながら画面の端に指を乗せ、それをゆっくりと画面その物を引っ張るように動かす。そうすると、これはなぜかゆっくりと表示する位置を変えるのだ。どうやっているのか分からないが、こういう仕組みらしい。そうして、やがて有る部分でそれを止める。そこでいったん考え込むようにして顎を撫でた。

 一つうなずき、一つの枠、銅鎧熊と名前の書かれたそれに向かって指を伸ばした。指がその部分に触れると、枠が黄色く変わる。横に、数字を表示する枠が浮かび上がり、上下方向の矢印を押して、『一』に数字を合わせる。そして、画面の端に書かれた確定を押した。

 そうしてから防御機構の画面に戻ると、ヴァイスがいる中心部とは別に、もう一つ赤い点が表示されていた。これの上に指を這わせると、そのまま動く。そして、それをヴァイスが今いる部屋、迷宮核の部屋に持ってきた。

 おそらく表示位置だろう部分に目を向けて見ても、相変わらずそこには何もない空間があるだけだ。

 最初に見たときは驚いたものなんだがな。

 すっかり慣れてしまったことに苦笑を浮かべながら、ヴァイスはまた防御機構の部分にある『確定』の枠を押した。

 とたんに、バチリとけたたましい音が部屋に中に響き渡る。

 音の発生源は小さな赤い光の球だ。それは強烈な光を放ちながら、さっきヴァイスが赤い点を置いた部分で、ふわりふわりと浮かびあがっている。

 さてこれからが本番だ。ヴァイスは台座から降り立ち、杖を構える。

 光はだんだん巨大になっていき、それが輪郭を持つようになっていく。耳を描き、目を描き、まるで空間に絵を描くように、熊の姿を浮かび上がらせる。

 そして光が収まった後、そこには青銅色の毛皮を纏った巨大な熊が、ヴァイスにその赤い目を向けていた。

 表情は分からないが、だらだらとよだれを垂らし、明らかに空腹を訴えている。

 ヴァイスはそれに向かって、笑いかけた。


「さあ、熊っころ、エサ(、、)はここにいるぞ?」

 

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