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迷宮からの脱出7

 ブラスターの街は、ロウワース辺境伯の管理する中で最も大きな街だ。帝国から北へ抜ける旅人や隊商などの通り道でもあり、常に活気に満ちている。その活気は秋ともなると最高潮を迎える。

 ここはもっとも『赤の森』に近く、しかも帝都からの交通の便が良い。そのため、この時期になると観光客でごったがえすことになるのだ。それに合わせて祭りさえ行われる。おかげでいまも、帝都からの物見遊山でやって来た客たち、上は貴族から、下は農民まで、彼らが精一杯着飾った姿で街を練り歩き、その熱気が街を覆っている。

 そんなにぎやかな街の片隅、ある花屋で、一人の女が花を受け取っていた。黒服に背嚢を背負った地味な女だった。

 いかにも派手な花が並べられた店内、咽るほどの香りが広がるなか、女の受け取った花は相当地味なものだ。花屋の女将が、呆れたような顔で月見草の花を渡した。


「ルイズちゃん、また行くのかい?」


 それにルイズと言われた女は苦笑を浮かべながら花を受け取った。黒眼に、黒髪と、服も合わせれば真黒な格好の彼女の浮かべる苦笑は、いつもなんだかぼんやりしていると言われていた。


「仕方有りませんよ。ヴィオラさんは出かけてしまって、先生のお墓を見る人がいなくなっちゃいますから」

 

「また、どこかへ行ってるのかい?」


「ええ、どうもまたエルバラダ関係の遺跡が見つかったとかで、飛んで行ってしまいまして……」


「あの人も忙しいねぇ……」


「やはり、諦めきれないようで」


「まあ、そうかもしれないが、ねぇ」


 言葉を切り、女将はそこで首を振る。ルイズの方もそこでなにを言いたいのか、おおよそは察した。清算を済ませ、苦笑を浮かべながら、小さく会釈をして店を出る。

 人通りの多い通りを歩きながら、ため息をついた。


「……親の弔いも出来ないんですから、それは未練たらしくもなるでしょうに」


 思わず出た呟きは、賑わう人々の中へと消えていく。ルイズはそこをとぼとぼと歩いて行く。

 周りでは屋台が立ち並び、どこか外国からの品々や、珍しい食べ物が売られている。

 目にも鮮やかな街の風景の中で、それをさらに飾りたてるように大道芸人たちが至る所で芸を披露する。

 それを見て、着飾った観客たちが嬌声を上げていた。それに比べて、自分は。

 そこまで考えて、ルイズはまたため息をつく。どこまでも地味だろうなと、つくづく思ったのだ。

 それはあながち外れていない。周りの観光客たちが赤や白、緑など、とにかく鮮やかな服を着ているのに、そこにいる自分ときたら黒一色なのだ。ある意味悪目立ちしていると言える。時折じろじろと見られている感覚はあるのだが、たぶん、これが原因だろう。

 みじめな感覚に浸りながら、ルイズはひたすら道を進む。やがて街から出るための門が見えて来た。顔を上げ、待ち合わせの相手を探す。それはすぐに見つかった。


「皆さんお待たせしました」


「ああ、構わない」


 六人の武装に身を包んだ相手のもとへと、ルイズは少し急ぎ足で駆け寄った。

 武装した集団の男の一人が、ルイズの言葉に手を振って答える。このパーティのリーダーだ。名前はザラダ。もう何度もあっているので、すっかり顔なじみになってしまった。

 ザラダはルイズの手の中の花に目をやり、頷いた。


「準備は終わったのか?」


「ええ。花は買いましたし、他の準備もこの中に」

 

 そう言って、ルイズは背中の背嚢を叩いて見せる。

 ザラダが小さく息をついた。


「しかしよ、何度目になるか忘れたが、あんたみたいな女があんな場所まで行くのは危なくないかい?」


「そこは仕方ありませんよ、先生のお墓があんなところにあるんですから。なので、頼りにさせていただきますよ、ハンターさん?」


「まあ、俺たちは狩りのついでだから構わないんだけどよ。しかし、あんたも人が悪いな。“真理の探究”の魔術師に頼りにされるような話かい?」


「まあ、私は修行中といいますか、その末席も良い所ですので……」


 そう言ってルイズは曖昧に笑って見せる。男は怪訝な表情で首をかしげていたが、後ろにいた他のメンバーに話しかけられそちらと何か話し始めた。

 それを聞くルイズは、どこまでも憂鬱な気分だった。

 そう、『末席』。この言葉が何より重い。

 普通社交辞令として使われる話なのだが、この言葉は事実なのだ。その現実に、思わずため息が出そうになる。

 ルイズの生れた村では、魔法を使える物は珍しかった。そのせいか、言ってみれば、ルイズはちやほやされて育ったのだ。

 今から考えれば、ずいぶん調子に乗っていたものだと思う。村の子供たち相手に威張り散らしていたころが懐かしい。いじめられっこを、寺院学校の本で覚えた魔法で守っていたりしていたころだ。それは“ミズラ・ロハラ”への入学が決まった時が最高潮だった。そしてそれが最後だった。

 どこまでも普通。ミズラ・ロハラでの五年間、それがアイズに対する周りの評価だ。それは今もそうであり、これからもそうなんじゃないかという予感がいつもしている。

 そう思った後、そうかもしれないな、とどこか納得してしまう自分がいることに気づき、それで余計に気落ちしてしまうのだ。

 ヴィオラに何の因果か拾われて、真理の探究なんて言う大きなギルドに入れたが、それで、自分はどうしたらいいんだろうか? そこからまた、思考の堂々巡りが始まる。

 どこまでも悪循環。ルイズの悩みだった。


「……お嬢ちゃん、聞いてるか?」


「え、はい?」


 少し呆けていたらしい。

 顔を上げて見ると、ザラダが怪訝な顔でルイズの顔を覗きこんでいた。見た目も荒くれ者なら口調も荒くれ者なのだが、それで気配りは出来る。そうでないとパーティーのリーダーなんて務まらないのだろう。

 そんな男のなかなか険しい顔の眉間にしわが寄って、さらに迫力が増していた。


「最近、妙な奴が森に出るらしいって注意だったんだが、聞いてたか?」


「……あはは、すみません」


 呆れたように言われてしまう。

 墓参りの間、彼らがアイズの護衛だ。この街に数ある狩人(ハンター)ギルドの中でも、なかなか評判の腕前らしい彼ら。そんな実力のある彼らであっても、頼んだ側がこれではどうしようもないだろう。

 普通な評価を足手まといにまで格下げするのはルイズとしても不本意だ。大人しく頭を下げた。


「まあ、良い。お嬢ちゃんに何かあると、ヴィオラさんから何されるか分からないからな。気をつけておいてくれよ?」


「あー、すみません。気をつけます」


「もう行くぞ、準備は良いか?」


「はい、大丈夫です、はい」


 もう他のメンバーは準備が整ってしまっていたらしい。先に行ってしまっていた彼らを、ルイズはザラダの後に付いて追いかける。

 ヴィオラに頼まれたのだ。いない間、先生の墓を見てやってほしいと。

 真理の探究にいたメンバーの中で、もっとも実力のあるメンバーである彼女から頼まれた、大事な用事だ。どこまでも普通で、ほとんど目立つことのなかった自分に回ってきた大役。護衛を雇ったり、この街での滞在費の面倒を見たりと、御膳立てもきちんとしてくれたのだ。

 せめてこれくらいは、ちゃんとやり遂げないといけない。

 そんな決心の元、ルイズは森へと足を向ける。なんていうか、どこまでも平凡な決心だなと、ルイズのどこかが囁いた。




 ガキンと、金属が軋むような音がした。

 それはヴァイスの周りに張られた結界に噛みついたものの立てる音だ。足元にクラースたちを相手にしたときと同じ魔方陣が浮かんでいる。もちろんヴァイスはその内側から、マジマジと相手を観察していた。


「……やはり、外の魔物と大差はなさそうだな」


 そう感想をつぶやく。

 手に持った杖でヴァイスが結界の壁を叩くと、噛みついていたそれ(、、)は巨人の手で張り飛ばされたかのように吹き飛んで行った。


「いやはや、面白いものだ」


 吹き飛ばされたそれは、すぐに体勢を立て直してヴァイスに向かって唸り声を上げる。それに不敵な笑みを浮かべながら、ヴァイスは静かに杖を構えた。

 唸り声を上げるそれ(、、)は、見た限り巨大な狼のような風貌をしていた。全身を針金のような黒い剛毛が多い、その口を閉じるたびに鋸のような牙がガチンガチンと音を立てる。

 ヴァイスは満足げにうなずいた。


「ほれ、犬っころ、来い来い。遊んでやるぞ?」


 そう挑発するように言いながら、杖を弄ぶようにしてふらふらさせる。それの赤く血走った眼はヴァイスの喉元を睨み据え、ぐっと飛びかかるために姿勢を低くする。

 ひゅっと風の吹く音がした。

 

「ほほー!!」


 それが飛びかかってくると同時に、結界に一筋の白い線が付いた。これは魔力での攻撃を受けたときに浮かび上がる物だ。“風刃”か、その類似の魔法らしい。もちろん飛びかかってきたそれもまた結界に阻まれ、再び跳ね飛ばされる。

 ヴァイスがいるのは、あの迷宮核のある部屋だった。円形の部屋、その出口側のところを使い、さっきからそれと対峙しているのだ。ヴァイスが挑発し、それに向かって相手が襲いかかる。ちなみにこれをやるのは六回目だ。

 そろそろ良いだろう。

 ヴァイスはそう判断し、杖の先に魔力をためる。ぽつりとつぶやいた。


「では、な」


 バリっという音がしたかと思うと、それは体中から煙を上げ、床にうずくまった。しばらく痙攣していたが、それもやがてなくなる。あとは肉の焼ける匂いが漂うだけになった。

 そうなるのを見届けてから、ヴァイスは結界を解いた。


「……なかなか良い調子だな」


 いつもの癖で凝ってもいない肩を揉み解しながら、必要なものを持つと、ヴァイスはそれの方へと歩いていき、少し前で立ち止まる。

 ぶすぶすと煙を上げているこれ(、、)は、一般的に『黒狼』と呼ばれる動物の一種だ。これはこのあたり一帯でもっとも人間を襲うことが多く、また一番厄介な種類として認知されている。

 見た目は犬のそれなのだが、体高だけでも今のヴァイスと同じくらいの大きさが有り、全長に至っては大の大人を優に超える。それが群れを作り、統率された動きで襲いかかってくるのだ。

 そしておそらく数が多いせいなのだろうが、魔物となる物も多く確認されている。大抵それは群れのリーダー格であり、それが戦闘などに出てくると小さな村などひとたまりもない。先ほどのように魔法を使う上、それで群れ全体の統率をとりながら戦うのだ。規模が大きいと、国が軍隊を動かす程の脅威となることもある。

 実際警備の行きとどかない辺境などではこれによって壊滅してしまう村もある。このあたりで黒狼を見たら真っ先に討伐対象となるほどだ。

 

「まあ、一匹だけだと、そこまで脅威でもない、か」


 ヴァイスは多少こんがりとした匂いを振り撒いているそれを前にしながら、ぽつりと漏らした。

 最近独り言の癖が付き始めてしまったなと、少々憂鬱になりながら、うずくまっている黒狼に杖を引っ掛ける。そのまま杖と床の間に石を挟み、梃子のように黒狼を転がした。石の位置をずらし、梃子を使ってまた転がす。

 部屋の形は、最初の時に近い円形の物に戻してあった。おかげで壁までがずいぶん遠い。その遠い距離を、黒狼の死体を転がしながら移動する。

 なんとか壁際までその巨体を動かし、隅の方、こちらも迷宮の中で見つけ、また転がしてきた岩に、死体を立てかけるようにしておく。これから解体するためだ。

 ヴァイスはそばに置いておいたナイフを手に持った。もちろん、鉄なんて上等なものではない。迷宮内で拾った石だ。その中で適当に鋭そうなのを拾ってきて、壁にこすりつけて形を整えた。大分原始的なものなのだが、たまに未開の地などでこれと同じようなものが使われていたりする。性能としては、まあまあといったところか。一応黒狼の皮にも突きたてられるのだから、悪くはない。

 迷宮の石は、魔力がこもっているからこそ強いのだ。そうでなければ多少頑丈な以外、そこまでの物でもない。お陰で良い砥石になってくれた。

 しかし、そのせいで重要な史跡の壁に余計な傷を作ってしまった。一応最初の調査の時に情報は残しているので大丈夫だろうと思うのだが、これをやった時は複雑な気分だった。もともとここでは冒険者たちが暴れる予定だったのだから情報収集だけは念入りにやっておいた。大丈夫だと、思いたかった

 余計なことを頭から振り払い、首を切り裂いて血抜きをする。焦げの匂いの中に、ムワッと鉄の匂いが広がった。

 本当は何かにぶら下げて置ければいいのだが、今のヴァイスの力だと無理だ。余計に魔力をつかう方法ならあるが、今は無駄は避けたい。

 慎重にナイフを振るい、手際良く黒狼をばらしていく。腹を開いて内臓を取り出す。取り出した内臓はこれも内部で拾った平たい石に乗せておく。後でこれは別の形で処分するのだ。ここからあとは皮を剥げば、黒狼肉が手に入るわけだ。

 ヴァイスはそこまでやると、一端血まみれになった手を洗うために魔方陣を描き出す。それを発動させると、中心部からちょとちょろと水が噴水のように湧きだした。じょうろで水をやるくらいの量だが、手を洗う分には構わない。それで血を流し、焚き火に手を当て、乾かせばひとまずは安心だ。一応、かつての服の切れ端を手ぬぐい代わりにしていたのだが、これはそろそろ限界だった。

 これじゃ、未開の地と大差ないな。

 小さくため息をつきながら、ヴァイスは部屋の隅へと向かう。そこには以前はなかった、小さい通路がつくられている。迷宮核の操作でヴァイスが作ったものだ。その奥はやはり円形だが小さな部屋になっていて、寝転がれるだけの場所が確保されている。ヴァイスは部屋の中央の空きを使って、魔方陣を作る。そこに魔力を流せば、焚き火の完成だ。そうして、焚火のそばに敷いた絨毯に腰を下ろす。ごわごわとした感触が尻を撫でた。

 住み心地について言えば、悪くない。天井の高さが変更できないので多少寒いが、その分焚き火をつけたままにしても空気が悪くなる心配が無いのだ。お陰で何も気にせず、作業に専念できる。

 迷宮に関する情報は収集してるのだから、多分、問題ない。そう言い聞かせながら、ヴァイスはしておいた絨毯に腰を下ろす。 

 もちろん迷宮に絨毯なんてない。この絨毯、つい先日剥いでおいた黒狼の皮だ。水で洗って火で乾かすという何とも手荒い方法で急ごしらえしたので、あちこちごわごわしたり、微妙に焦げていたりと散々な代物だが、まったくないよりははるかにマシだ。

 その上に腰をおろし、ヴァイスはさっきの観察結果を反芻する。そうしながら部屋の中央に置かれたペンをとり、それでゴリゴリと迷宮の壁に向かって、メモを書いていく。

 ペンとはいっても、ヴァイスの持っているのは骨だ。その先端に、炙りに炙って焦げ付かせた黒狼の肉の切れ端が付いている。骨がペン、焦げた肉がインク代わりだ。

 物が書けるというのは良いなと、壁に今日の結果を書きながら思う。

 いつもヴァイスは何かしら書ける物は持っていた。ここに来る時も、愛用の筆をポケットに入れておいたのだ。しかしそれはクラースに切りつけられたときに、服が破れて一緒にどこかにやってしまった。お陰で何か思いついても書くことができなかったのだ。

 もちろん書き味はあまりいいものでもないが、とりあえず大雑把なものを書くだけなら何とかなる。書くのはもちろん、黒狼の観察結果だ。時々ぬちゃりと変な音がするペンで、ひたすらそれを書いていく。

 やがて、ヴァイス以外には判読できないだろう落書きが出来上がり、それに満足げに笑みを漏らす。落書きは既に部屋の壁一面に広がっていた。

 むかし、西大陸の中央部でこれと似たような同じ物を見た事があった。あれは昔、言葉が無かったころに人々が残したものだったが、彼らもこんな気分だったのかもしれない。ヴァイスはしばらくここ数日の成果に見入っていた。

 ここで目が覚めて、すでに四日が経っている。その結果は、上々といったところか?

 肩から羽織った黒狼の皮を掛け直しながら、ヴァイスはぼんやりと思う。

 ひとまず暖をとれる手段が見つかったのは良かった。こちらも黒狼の皮だ。無造作に体に巻きつけているだけだが、それでも十分暖かい。多少生臭いのは、我慢するしかないだろう。

 なにせ、ちょっと前までほとんど素っ裸の状態だったのだ。それに比べれば格段な進歩といえる。おかげで寒さ対策に余計な魔力を食わないで済むのだ。着心地は最悪と言っていいだろうが。

 食事に関しても、こちらも黒狼肉が手に入る。もちろんガチガチに堅く、しかも血生臭く、さらには鉄の味しかしない代物だが、腹に入れられる物があるというのは良い。どうしようもなくなって鼠をかじった経験からすれば格段の進歩だ。一応、火も通っているし。

 さて、そろそろ、血抜き自体は終わったころか。

 少しぼうっとしていたが、また動き出さないといけない。それにそろそろ、人が来るころだ。ヴァイスは持ってきた飾り台に、蓋を開けたまま置いてある時計を見た。時刻は九時。

 いよいよ、ぜんまいが切れそうになっている。今までのところ、訪問者はない。

 しかし、この時計は動いたままになっていたのだ。気まぐれにあのときだけ巻かれていたとは思えない。これは動かなくなると、一端手入れをしなければならないのだ。音の具合からして、止まったことはないだろう。つまりそうなる前に、誰かがネジを巻きに来ないといけない。

 飾ってあった花はすでにしおれている。一応、ヴァイスが水をやっていたが、所詮は切り花だ。外の冷気がまともに入ってくるここではそうは持たない。それに花瓶もそろそろ手入れをしないと、ヴァイスが見たあの状態に保つことが難しくなって来る頃合いだ。

 今日か明日、少なくともその間、確実に来訪者がやってくる。

 ちらりと、部屋の片隅に積まれたものにヴァイスは目を向けた。そこには親指の先ほどの、小さな緑色の石が転がっている。これが世の中で一般的に言われる『魔石』だ。

 それが六個、床にひと固まりにして置かれている。金額に直すと、ヴァイスの記憶通りなら、おおよそ一週間分の生活費といったところか。小遣いとしては悪くない金額になるだろうが、十分かといわれれば微妙な量だ。

 ここに来る来訪者がどのようなものなのか、それは正直分からない。おそらくヴァイスの関係者が来ることになるだろうが、それが誰なのか。

 もっとも可能性が高く、もっとも良いのは、ここの管理を頼まれただけ(、、)の人物だ。おそらく余計な感傷などは挟まずに、金なりなんなりで頼みごとをすることができる。多少手間ではあるが、言うことを聞かせること自体は問題ない。その時にこの魔石がモノを言う。

 次点で、帝国の関係者。まあ、おそらく来ることはないと思うのだが、その場合は面倒の度合いが増す。殺しておきたかったはずの相手が生きていたというのは流石に都合が悪すぎるだろう。その場合は惚け通すしかないかもしれない。まあ、今がどれくらいの頃なのか分からないので確定的とは言えないが。

 これも、対処する方法は難しくない。ただ迷宮が生きているということを見せつけてやればいいのだ。

 そうすればこのあたりの領主、おそらくロウワースの関係者だと思うのだが、それがよだれを垂らしてやってくる。冒険者も来ることになるだろうから、その時に彼らを使うという手が有る。

 ここまで考えて、ため息が出た。ここまで考えると、いつもヴァイスはため息が出る。次の可能性の最悪さのせいだ。

 一番最悪(、、)なのが、ヴァイスを直接慕っている誰かが来る場合だ。その場合、来る可能性が一番高いのはヴィオラだ。他にも候補はいるが、だからと言って油断はできない。どちらにせよ、それは確実に“真理の探究”のメンバーの一人のはずだ。ほかにわざわざこんなところまで、こんな頻度で墓参りに来るような知り合いはいない。

 今のヴァイスを見て、本人だと気づくか、それが分からない。鏡を見たわけでもないので判断できないが、おそらく気付かないと思う。その場合、連中がどういう対応をとるか。

 間違いなく、今の自分は墓荒らしにしか見えないだろう。そう連中が判断すれば、間違いなく襲いかかってくる。なにせ、墓荒らしに対しての当たり方を教えたのはヴァイス自身だ。

 今も昔もそうなのだが、墓荒らしには『ご退場』願えときっちりしつけた。もしその通りのことをやってきた場合、これはマズい。間違いなく今の自分では勝てない。そしてそうなった後、どうなるやら?

 間違いなく言えるのは、この最悪の可能性が的中した場合、ぶつからないように出来る限り穏便にやり過ごすのが一番ということだ。

 だからそろそろ、時計に関しては元あった場所に戻しておくのが良いだろう。誰が来るにしても、出来る限りそのあたりは取り繕っておくに越したことはない。

 老人のように重たい動きで、ヴァイスはひとまず腰を上げた。

 相手が何時頃来るかは分からないが、まずは一端来てからだ。その時々のために用意したシナリオもあるにはあるが、まずは来てくれないことには始まらない。

 ヴァイスはのっそりとした動きで、これからのために動き始めた。

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