旅でのちょっとした出来事
西大陸へと渡った私達は、今ロレースという街に来ている。
魔王の住む大陸とあり、この大陸に住む魔物はとても強い。それでもこの大陸に住む人々が居なくならないのは、偏にこの大陸でしか採れない魔石があるからだ。
ロレースという街は、西大陸を横断するように伸びる山脈の中にある鉱山の町だ。比喩でも何でもない大きな洞窟に存在する街だった。
魔族の多く住む大陸だからか、それともマナの濃い大陸だからかは知らないが魔光石や魔力を溜めることの出来る別名蓄魔石とも呼ばれる水晶が多く採れる。他にも採れる鉱石は色々あるが主な採掘物はこの二つだ。
東大陸では殆ど採れない為、また西大陸産の鉱石は純度が高い為、魔族の住む危険な西大陸との交易を断つことは無い。そんな鉱山の街ロレースには、だからこそとも言うべきか鉱夫や職人の他に商人とその者を護衛する傭兵の割合も多い。
魔族の多い西大陸は遭遇率も高く危険も多が、それだけにここの魔石は価値が高いということなのだろう。最近は魔物の襲撃も多くなってきているが、それでも此処に来る商人達は多い。まあ、それは魔石の物価も上がっているので当然とも言えよう。特に蓄魔石は魔力補助や都市の結界に使う魔力によく使われるため魔石を求める者が多い。だから魔王の住む大陸であっても人々は此処から離れることは無いのだろう。
「それじゃあ、俺達は買い出しに行くか。」
「いつも付き合ってくれてありがとう。グレンだって休みたいのに買い出しに付き合わせてごめんね。」
比較的広い部屋を二部屋取れ、各自自由行動となった為私は買い出しに行くことにした。
「いや、謝る事じゃないさ。寧ろいつも買い出しをエルに任せてしまってるしな。それにこの亜空間鞄もあるから荷物持ちもいらないし、ホントに付添いなだけだからな。」
「それでも付き合ってくれるから嬉しいわ。ありがとう。」
「ははっ、どういたしまして。」
本当は分担制で買い出しをしようという話もあったんだけれど、任せられる人がいなかったのよね。
それと言うのも、レナルドはお人好し過ぎて買い出しに行ったら必ず詐欺に遭う。
ジルは箱入りのヒキコモリだから、初めてのお使いは散々な結果に。
シアは料理下手な人によくある塩と砂糖の間違い何てベタなことをしてくれやがりましたからね。砂糖と香辛料の間違いはまだマシだったわ。食べ物だったからね。でも、岩塩と鉱石を間違えた時は悟ったわ。あ、これは任せたらダメな奴だわって。
そしてアルコ。彼なら調味料を間違えることもなく、詐欺やぼったくりの心配もなく任せられる。と、最初は思っていました。うん、道中で気付いてしまったわ。あ、こいつも任せたらダメな奴だわって。方向音痴の迷子常習犯に買い出しなんて論外だってこと、道中の彼を見て気が付きました。
この中で一番マシだったのがエリオット。彼だけがちゃんと買い出しをしてくれたの。
それなら彼と分担すればいいじゃないって思うでしょ?
でもね、私達が合流する前のことを考えるとなんか不憫に思って・・・・。いやだって、レナルドの保護者をしつつ迷子常習犯のアルコを監視し、王族のジルには気を遣い、護衛のシアのフォローをする。
弟の休まる時がない気がするの。
だからね、買い出しくらい私がやろうかと思ってね。
え?フィーアとグレンはですって?
え〜彼等は三人旅の時に却下しました。
と言うより、料理は私が作っていたので調味料とかの買い出しは私がやったほうが早いと思って専ら私でしたね。
まあ、そう言うことなので買い出しは私がやってるんですよね。
グレンと二人で大通りを歩いていた時、どこからか言い争うような声が聞こえた。
それも言い争っている片方がとても聞き覚えのある声なので思わずそちらへ視線を向けてしまった。
そして後悔しました。
裏通りへと続くわき道の建物の陰に数人の人だかりが見える。
その中心には見覚えのある頭が三つ。
丁度取り囲んでいる集団が動いたので、中心にいる人物たちの顔がしっかりと確認できました。
誰かを庇うように立つフィーアと襲い来る集団をバッタバッタとなぎ倒しているレナルドとエリオット。
あぁうん、イベントか。
「どうした?」
私が立ち止まっていたことにグレンが気が付いて戻ってくる。
ちらりとレナルド達の方へ視線をやるが直ぐにグレンに向き直る。
「いえ、何でもないわ。」
うん、見なかったことにしよう。
大通りは沢山の露店が立ち並んでおり賑わいを見せている。その多くが魔石や鉱石を取り扱っている店ばかり。
しかも、大半が若い職人が開いているみたいだ。また、見ている人も商人が多い。
どうやら此処は商人にとっては将来有望な職人を見つける為、職人にとっては腕試しの為の場ということなのだろう。
装飾品としての魔道具やあくまでも武器や防具としてのいたってシンプルな魔道具まで様々ある。もちろん単なるアクセサリーとしての装飾品もある。
「へぇ、色々あるな。」
「そうね。でも、今の世の中だから魔道具類が多いわね。」
一つ一つの露店を見てみても、展示されている品のどれもに魔術や加護が施されている。
まあ、魔物の脅威に晒されている今だからこその需要なのだろう。
それにしても、と露店を見渡す。
ゲームでは各街に一つの武器防具屋って感じだったけど、現実ではそんなこと無いのね。
まあ、特にこの鉱山の街に武器防具屋は一つじゃあり得ないか。
ゲームで出回っているアイテムだって現実では品質やデザインが作り手によって違ってくるのは当然のことだものね。
店によって囲う職人や取り扱う商品も様々だろうし、これがゲームと現実の違いってやつなのかな?
何だか見ていて面白いわね。
露店の商品を眺めながらゲームに出ていたアイテムを思い出す。
同じ名前の物でもデザインの違う物だったり品質の悪い物だったり様々だ。
そんなゲームとの差異を見つけながら露店を見て回っていると。
珍しく女性の職人が開いている露店を見つける。
へぇ、女性の職人もいるのね。
やっぱり女性だからかしら?
この職人はデザインが豊富ね。
一種類の魔道具でもデザインが沢山あるわ。
あ、これなんか可愛い。
「どうした?」
露店に並ぶある一つの商品をジッと見ていたら、グレンが私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「わっ!?何でも無いわ。行きましょう。」
突然のことで吃驚してしまったが努めて冷静に返す。
私は足が止まっていたことに少し慌てて歩き出す。
「買わないのか?」
「え?何で?」
「欲しいんじゃないのか?」
「・・・・必要なものの買い出しに来たのであって、欲しい物を買いに来たんじゃないわ。ほら、行きましょ。」
私はそう言ってそそくさと先へ進むと、彼は一瞬店の方へと視線を彷徨わせた後何も言わずに私の後に着いて来た。
その後は何事も無く買い出しを終え、広場で一休みすることにした。
グレンは何か買ってくると言って離れているため、広場の端に置かれているベンチに腰かけていた。
地中ということもあって魔光石や光る植物が街全体を照らしている。
広場には魔光石を使ったオブジェ何かも置いてあり、ちょっとしたイルミネーションみたいで見ていて飽きない。
街の風景を眺めていると、グレンが紙袋を一つ抱えて帰ってきた。
「食べ物を買うにしては遅かったわね。何かあったの?」
「ん~ちょっとな。ほら。」
私の質問に曖昧にはぐらかしながら紙袋の中から何かを一つ取り出す。
差し出されたその手にあったのは揚げパンが一つ。
「あら、揚げパン?」
「ん?何だ、知ってるのか?この街特産の食べ物だって聞いたんだけどなぁ。」
「え!?あっと、ちょっとね。偶然知人から聞いたのよ。」
「ふ~ん?ま、食べようぜ。」
「え、ええ。」
特に気にすることも無く食べ始める彼を横目に、内心心臓がばくばくだった。
何気なく言った一言だったのだが、まさか此処だけの食べ物だったとは気づきもしなかった。
地球の食べ物がこんな所にある事にも驚いたが、この街の名物になっていることにも驚いた。
日本じゃあ何処にでもある食べ物なのになぁ。
あ、美味しい。
ベンチでゆったりグレンと揚げパンを食べながら休憩する。
少しの間二人で談笑を楽しんでいた。
暫くグレンと他愛もない話をして休んだ後、夕方を知らせる鐘の音を聞いて私達は宿へと戻ることにした。
「ほら。」
立ち上がったグレンが私の方へと手を差し出してくる。
その何気ないしぐさに一瞬目を見張るも、私は素直にその手を借りることにした。
「ありがとう。」
私よりも大きな掌は力強く支えてくれる。
触れた指先から伝わるぬくもりに、何故だか心臓がドキドキと五月蠅かった。
荷物を取るために離されたその手を少しさみしく感じながらも私も横に置いてあった荷物を手に取る。
「じゃあ、帰りましょう。」
「そうだな。っと、そうだ。エル。」
グレンを促して帰ろうとした時、唐突に彼は立ち止って私の名前を呼ぶ。
「?何?」
振り返って彼の方へと向くと、グレンは羽織っていた上着のポケットから何かを取り出していた。
「手、出して。」
「?」
グレンに促されるまま荷物を片手に持ち、空いている方の手を差し出す。
私の手を取るとするりとその何かを腕に通す。
何だろうと思い腕を目前にかざしてみた。
「これ・・・・」
そこには可愛らしいブレスレットがあった。
蔦の形を模した環の中心には蒼いバラの魔石が可愛らしく鎮座している。
それは昼間の露店で見ていた物だった。
「どうして・・・・。」
「それ、欲しかったんだろ?」
ニッと悪戯が成功したかのように笑う彼の顔を唖然と見つめる。
手に取って見ていた訳でも無く少しの間見ていただけの其れを彼が気付いていたことに驚いた。
それと同時に彼のそんな行動が嬉しくもあった。
「日頃のお礼だ。エルには何だかんだと世話になってるからな。」
「ありがとう。」
優しく笑う彼の眼差しがむずがゆくて俯いてしまう。
そんな私の行動に噛み殺した笑いを零しグレンは私の頭を撫でてきた。
その行動に彼の顔が見れなくてますます俯いてしまう。
暫く彼にされるがままになっていた私は、この状況に耐えられなくて無理矢理彼の手から逃れた。
「も、もう!触り過ぎよ!!さっさと帰りましょ!!」
「ククッ、そうだな。」
足早に帰路へと向く私の後ろをクスクスと笑いを耐えながら彼はついて来る。
そんな彼に何も言い返せないまま私はそそくさと宿屋へと向かうのだった。
ちなみに、レナルド達は予定通りしっかりとイベントをこなしイベント終了後に貰うであろうレアアイテムもちゃっかりと貰っていた。
うん、そこは変わらないんだね。
ちょっとしたおまけ
*その頃のジルとシア
「・・・・つまらん。」
宿屋の一室で優雅にお茶を飲んでいたジルはポツリと呟いた。
「どうしたんですか急に。」
同じく向かい側でお茶を飲んでいたシアが不思議そうに聞いてきた。
「暇過ぎる。」
「では、私と一緒に鍛錬でもしましょうか。」
「おっと、そう言えば読みかけの本があったのを思い出した。今日はそれを読もう。そうしよう。」
「本なんて何時でも読めます。鍛錬をしましょう。適当に言いましたが良い案ですね。ジルももう少し体を鍛えた方がいいですし、今から鍛錬に行きますよ。」
「おい、聞いてんのか?俺は本を読むんだ。だから鍛錬なんてしない!」
「さあ、鍛錬に行きますよ。」
「ちょっ!!おい!!離せ!!俺はしないって言っているだろうがぁあぁぁああああ!!」
*その頃のアルコ
「はて?宿屋はどっちでしたっけ?」
その夜、彼は街の門番さんに連れられて宿屋に帰って来たとか。




