胸に咲く花は未だ小さく
長らくお待たせしました一話投稿です。
「うう・・・・ここ、は?」
柔らかい光と外から聞こえる小鳥の声に私は目を覚ます。
小さく身動ぎすると頭の上に置いてあった物が滑り落ちたことに気が付いた。何だろうとは思ったが、今はそれよりも此処が何処か気になったので身を起こすことにした。
ゆっくりと起き上がろうとし、身体が軋むように重いことに気がつく。鉛を身体中に括り付けたかのようだ。
取り敢えず起きるのは諦めることにして、今の自分の状況を知ることにする。
えっと・・・・・
王都襲撃があるから、戻ろうとしたのよね。
王都の結界が壊されそうになって、犯人は見つけたのよ。でも、お仲間がいて結局阻止することができなかったのよ。
その後気がつくと、街が襲われてたけど勇者達が居たからお城の方へ行ったんだったわね、うんうん。
王妃様が襲われそうになってたのをギリギリ間に合ったのよね。
それから・・・・
ハッとして、重い身体を何とか動かしてそっと脇腹に触ってみる。
しかし、脇腹を触ってみても痛みも何も感じなかった。
脇腹を貫かれたのは夢だったのかと一瞬思うくらい何ともない。
それでも脇腹を貫かれた痛みは鮮明でそれが本物だということが分かる。
身体の重みも合わせて不思議に思っていると、突然扉が開いて見知った人物が入って来た。
「エル!!気が付いたんだね!!」
「フィーア。」
「うわぁぁん!心配したんだよぉ!!」
フィーアは小走りで駆け寄って私に抱きついてくる。
身体の動かない私はなされるがまま抱きつくフィーアを見やる。
フィーアの取り乱しように慌てていると、アルコとシアが扉から入って来て止めてくれる。
「フィーア、その辺でやめないと絞まってますよ。」
「あっ!!」
シアの指摘にフィーアが慌てて首から手を放す。
息苦しさから解放されてほっと息を吐くと、アルコがくすくすと笑いながら体調を聞いてきた。
「おはようございます。エルさん、怪我の治療は済ませましたけれど体調はどうですか?」
「アルコさん、おはようございます。痛みは無いですけれど、何か身体中が重いです。」
「体内魔力の乱れと魔力枯渇を起こしてましたから、回復に三日間眠り通しでしたからね。怪我の方の治癒はすませてますが、痛みが無いようでよかったです。」
「ありがとうございます。」
「怪我が治ったとは言え今日はゆっくり休んでください。出発はこの国のこともありますし、もう数日滞在することになりましたので、慌てず休んでいてくださいね。」
「分かりました。」
身体が重いのは、三日間眠ってたから怠かったんだね。
ふむふむ、三日間も眠りつずけてたら体も固まっちゃうよね。
・・・・・って三日間!?
そんなに寝てたの!!?
うわっ、半日くらいだと思ってたよ。
そりゃあ身体も怠くなるわけだよ。
「それにしても、魔物襲撃の時何があったんですか?私達が駆けつけた時は、庭園は大地が裂けてるし、エルは脇腹に怪我を負ってるしで大変だったんですよ?」
「ああ、それは私も気になりますね。駆け付けた時、エルさん酷い状況だったんですよ。体内魔力の乱れが激しくて、治癒術が効き辛くて困りました。取り敢えず、魔力の乱れが治るまで治癒術は出来ないですからね。」
「うっ、すみません。」
「他の方たちも心配していたので、しっかりと休んで回復させたら顔を見せてあげて下さいね。」
「はい。」
「と言うことです、フィーア。そろそろエルから離れましょう。」
そう、私とアルコが話している間、ずっと大人しかったフィーアは私にへばり付いていました。
それに呆れたシアが、話の区切りにフィーアを引き剥がす。
「ええぇ・・・・」
「そうですよ。エルさんはさっき起きたばかりなんですから、そろそろ休ませてあげましょう。」
「ううぅ・・・・・わかった。」
「えらいですね。それではエルさん、今日はゆっくり休んでください。」
「エル。安静に、です。」
「えるぅ、早く元気になってね。」
素直に退いたフィーアに、アルコはよしよしと子供に対するように頭を撫でると私に言い含めるように言って部屋から出て行く。
二人も私に声を掛けてから出て行った。
「安静に、ね。今回勝手に動いて怪我したから心配させちゃったんだろうな。・・・・身体も動かないし、寝よ。」
身動きも出来ないので、私はそのまま瞼を閉じて眠ることにした。
「――――!!―――ッ!!」
これは夢だ。
誰かの罵る声がする。
目の前には、顔の見えない沢山の人が居る。
沢山の人が私を侮蔑する。
ふと、その幾人かの顔に気がつく。
その人達の顔は私の良く知る――――――
「ッ!!・・・・ハアッ・・・ハアァ。夢・・・・。」
何て嫌な夢だろう。
そんな事は言わない人達と分かっているのに。
これは夢だと分かっているのに。
それでも怖かった。
彼ら、勇者達が私を拒絶する事を。
「少し、気分転換に散歩しようかしら。」
寝汗で湿った服を、側にあったバックから替えの服を取り出す。
重い身体をゆっくりと動かしながら、私は新しく出した服に着替える。
着替えた服を別にまとめた後、私はノロノロとした足取りで部屋から出て行った。
ぼんやりと考えることもなしに歩いていく。
たどり着いた先は、太陽が顔を出し切る前のわずかな光に朝露できらめく薔薇園の前だった。
先日の襲撃事件で庭園も大きな損害を受けていた為、焼け焦げた所や地割れの起こっている場所も見受けられる。まあ、その半分は私の所為でもあるんですけどね。
それでも薔薇園は被害が少なかったようで、薔薇が綺麗に残っているものが多かった。
「あら?エルゼリーゼさん?」
「え?」
ぼんやりと見て回っていたら、近くから声が掛けられる。
振り返った先にいたのはジルの姉であり、この国の王に嫁いだセシリア王妃が立っていた。
彼女は王妃とは思えない簡素なドレスにエプロンを着て、頭には麦わら帽子と手にスコップを持っていた。まさに土いじりをするための服装である。
その姿に唖然として言葉が続かなかった。
「おはようございます。」
「おは・・・・え!?えっと・・・・・・あ。」
「体調は大丈夫?」
「は、い・・・・おはようございます。」
やっと思考が回復して言葉を絞り出すと、彼女はそんな私の挙動不審にクスクスと笑いだした。
「ふふっ、王妃の私がこんな恰好をしてるのは変よね。」
「あ、いや・・・・あの・・・・・。」
「いいのよ、誤魔化さなくても。私も王妃としてはこの格好は変な事くらい分かっていますから。」
「・・・・・・。」
「貴女はお散歩?私は見ての通りお花のお手入れをしに来たの。」
「そう言えば、薔薇園は王妃様が手掛けていると仰っていましたね。」
「ふふ、そうなの。今はまだ街の復興や国の立て直しに忙しいのだけれど、それでも息抜きは必要だと思わない?」
「まぁ、そうですね。」
「でしょ?だから皆が起きて動き出す前のこの時間だけ王妃業は休業、今は唯の花好きのセシリアよ。」
王妃様はそう言うと、茶目っ気たっぷりにウィンクする。
その仕草が余りにも無邪気で、脱力感と共に小さく息を吐き出していた。
その無意識の行動に私が先ほどまで緊張していたことに気が付いた。
今朝方見た夢と王妃の突然の遭遇でどうやら体が強張っていたようだ。
「エルゼリーゼさん。」
「エルでいいですよ。」
「それではエルさん。先日は助けて頂いて、ありがとうございます。お礼が遅くなってすみません。」
「いえ、お礼なんて。止めを刺したのは私じゃ・・・・・それに私がもっと早く駆けつけていれば彼らは・・・・。」
脳裏に過ぎるのは、王妃の傍らで死に絶えていた騎士達。
過ぎたことだと分かっているのに、それでもあの時気絶していなければ間に合っていたのではという後悔。
この手で守れるものはたかが知れている。
剣の腕も魔術の腕も並み程度の私じゃ守れるものなんて・・・・
「それでも、貴女が命の恩人なのに変わりはありません。貴女がいなければ、私の命も、侍女の命も、そして多くの民の命も無かったでしょう。その精霊の力で私達を助けてくれました。貴女は、精霊術師なのですね。」
ビクリと肩が震える。
あの時、隠す余裕なんてなかった。
使わなければ確実に死んでいたから。使う以外の選択肢なんて無かった。
それでも避難していた王妃にばれなければという淡い期待があった。
「彼らに話してはいないのですね。」
「それは・・・・・。」
真っ直ぐに見つめる王妃の目に耐えられなくて私は彼女から目を逸らす。
「今も歴史の中で精霊術師は悪とされています。地を裂き天候を操るその強大な力は、確かに恐怖の対象でしょう。」
「・・・・。」
「でも、私はその力を厭わしいとは思いません。力と言うのは、使う人によって善にも悪にもなります。だからこそ、私は優しい貴女がその力を持ってくれたことを感謝します。」
俯く私の手をそっと優しく包み込み王妃はにっこりと笑って答えた。
「大丈夫、彼らもきっと貴女を受け入れてくれますよ。」
「そう・・・でしょうか?」
「ええ。」
力強く頷く王妃に私は小さく笑い返していた。
澄み渡る空は穏やかに雲を流し、先日の騒動など嘘のような快晴だ。
街の半数は襲撃時に損壊してしまい今もなお復興の真っ最中だ。
それでも道行く人々は活気づいている。
街のあちらこちらで生き生きとした声が聞こえる中、私たちは城門の所で王妃に挨拶をしていた。
「もう出発するんですか?怪我が治ったばかりだと言うのに、もう少し休まれても良いのですよ?」
王妃の不安げな声に私は小さく頭を振って答える。
「そのお言葉は有難いのですが、こんな事が遭ったからこそ旅を急ぐ必要があります。皆とも話し合ってすぐに出発しようと決めたので、お言葉だけ有難く受け取っておきます。」
「そうですか。それでは仕方ありませんね。道中お気を付けて下さい。」
「はい。」
「エルさん。」
皆が門へと向けて歩き出した時私にだけ聞こえる声で王妃が呼び止めた。
どうしたのだろうと振り返ると王妃はにっこりと笑って。
「頑張ってくださいね。」
その言葉の意味することが何なのか何となく分かった。
だから私も素直に頷くことが出来た。
「ありがとうごさいます。」
少し先を行く彼らを追いかけながら見つめる。
本当は分かってる。
彼らなら受け入れてくれるだろうこと。
それでも臆病な私は躊躇してしまう。
もし、を考えて一歩を踏み出せないでいる。
だから、もう少しだけ待っていて。
勇気が持てたら、必ず貴方達に話すから。
やっと王妃様の話が終わりました。
誤字脱字・感想等ありましたらコメント下さると嬉しいです。




