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この世界で生き残るために  作者: スタ
二章 学園編
20/61

とある副団長の後悔と決意

 今回三話更新です。

 

 


 俺の朝は何時も早い。


 日の出前に起きて日が昇るまで素振りをする。日中の訓練とは別で、自身の鍛錬は欠かさずやっている。

 軽く汗を流したあと、朝食をとり午前中は騎士団内の訓練だ。副団長という役職柄、主に部下の指導をする為あまり体は動かさない。まあ、それだとつまらない為最後に一本勝負をし、部下の技量を図るがな。

 昼食を取った後は、午後から執務をこなす。

 騎士と言っても、副団長になると上からの討伐要請や手続きなど机仕事が多くなってくる。

 ・・・それ以外の要因もあるが。


 この日もいつも通り執務をこなしていた。










「副団長。この書類にサインしてください。」




「・・・・なあ・・・書類多くないか?」


 部下が持っていた書類の束は異様に分厚い。

 まだ、机の上には未サインの書類の束が残っているのにだ。


 げんなりする。


「仕方ないですよ。総団長はまたぎっくり腰みたいです。」

「はぁ。またか。そろそろ引退か?」

「そのときは俺を副団長に任命してくださいね。次期総団長。」

「あのなぁ。まだ決まったわけじゃないだろ?それに、副団長はもう一人いるんだ。総団長はお堅いあいつに任せるよ。俺には合わないなぁ。」


 書類を書く手を止めて背凭れに体重をかける。

 グッと背を伸ばしたらバキバキと音がして随分と同じ姿勢で書いていたことが分かった。


「そんなこと無いですよ。俺は、貴方の方が適任だと思いますけどね。」

「買い被り過ぎだ。」

「・・・ところで副団長。例の件なんですが。」

「・・・・・・如何した。」


 先程までのチャラけた雰囲気はなりを潜めて俺にだけ聞こえる声量で話しかけた。その際に声が漏れないように、この部屋にだけ防音結界を張るのも忘れてはいない。流石は魔術師団から引き抜きにあっただけはある。優秀な部下を持てるとは喜ばしいことだ。

 まあ、それは今は置いておくとしてだ。


「奴らに何か動きがあったのか?」

「はい。最近新たに見慣れぬ貴族が加わったようで、名をダウナー男爵と言うそうです。」

「ダウナー男爵か。確か、彼は商人から成り上がった新興貴族だったな。」

「以前から見張っていた子爵夫人とも接触があったらしく、初めは浪費家とも噂の夫人の相手が商人だと気にも留めていなかったんですが。」

「成る程、そうなると過去の接触にも何か裏があるかもしれないな。」

「ええ、そう思って今ダウナー男爵の近辺を調べている最中です。」

「そうか。引き続き男爵の調査を続けてくれ。奴らの動向も忘れずにな。」

「了解です。」


 短な返事を返した部下は、処理済みの書類を持って足早に部屋から退出していった。


 ダウナー男爵か。

 さて、どんな奴なのか。



 窓の向こうの何処とも知れない相手へと睨み据えるかのように、晴れ渡る空へと視線を遣っていた。









 

 其れは、嵐の如く突然やってきた。


 昼も過ぎ、書類の山に埋もれつつ毎月行う模擬戦の組み合わせを考えていた頃だった。

 コンコンというノックの音と共に突然扉が開かれる。


 その急かしたような乱入に、驚きと共にノックした意味ないだろというツッコミを心の中でしていた。

 入って来たのは、学園の要請でカイザルに同行している騎士の一人だった。


「許可を取ってから入れ!」


 部下の一人がイライラとした声で叱責する。


「すみません!ですが、至急報告したいことが・・・。」


 入って来た騎士は、叱責する声にビクリとしたものの謝罪もそこそこに話し出す。


「どうした?報告しろ。」

「は、はい。」





 

 どうもここ最近、国中で魔物の被害が拡大している。

 カイザルでは今まで居なかったワーウルフによる被害が多発していた。

 どうやらそのワーウルフは群れで襲ってくるらしい。

 別段群れでの狩りは珍しくは無いが、その行動が異常だった。

 低能なワーウルフの割りに統率の取れた狩をするという。

 決定的なのは、群れの一匹に二周りも巨大な漆黒の体躯に真っ赤な眼の狼が居ることだった。


 巨大な漆黒の狼。


 フェンリルか。

 特徴は合っている。

 ワーウルフよりも巨大な狼の魔物などフェンリルしか有り得ないし。

 炎を操る凶暴な魔物で、知能も高いらしい。

 群れのリーダーは確実にそいつだろう。

 今回カイザルへ向かったメンバーは、生徒の引率も兼ねているので戦力よりも協調性を重視していた。

 今いるメンバーでは太刀打ち出来るかは心許ない。

 ましてや、学園の生徒もいる。

 実地訓練は中止して至急討伐に行かなければ危ないだろう。





「実地訓練を中止にさせて来たか?」

「はい。それは同伴の教師に指示してきました。明日、討伐を中止して帰す予定です。」

「町民の避難は?」

「それはまだです。無闇に話しても混乱を招くだけかと思い・・・・。」

「そうか。それで、チーム編成は出来ているんだろうな?許可が下り次第直ぐに向かう。」


 最後の言葉は、つい先ほど伝令に走らせて帰ってきた部下に問う。


「そのことで報告が・・・あの・・・・。」

「何だ?さっさと言え。」


 歯切れの悪い言い方にイライラした言い方になってしまう。


「は、はいっ。どうも、総団長が掛け合っているのですが、実際にそれほどの被害もまだ無いのだからと上からの許可が下りなくて。」




「今まで起きなかったからといってこれからも起きないとは限らないんだぞ!!」



 思わず握り締めた拳を思いっきり机に叩き付けていた。

 周りにいた騎士達がビクリと身を竦ませる。


「す、すみません。」

「落ち着いてください、副団長。」


 報告に来た騎士が縮こまるのを見かねて、傍に控えていた部下が宥めてきた。

 そのことで血が上っていた頭が冷静になる。





 少し、落ち着こう。



「・・・・悪い。」


 待機しているこの時間が嫌になる。

 このまま許可が下りず何かあったらどうする。

 もしかするともう既に何か起こっているかもしれない。

 待つ時間だけが異様に長く感じて不安を煽る。


 くそっ!

 こうしてても埒が明かない。


「総団長に報告しといてくれ。俺は先に行く。」


 乱暴に剣とマントを引っ掴み、そう部下に伝言を託すと足早に入口へと向かった。

 その俺の行動に慌てて部下は呼び止める。


「待って下さい!」

「止めるつもりか!?」

「そんなことはしませんよ。」

「なら何だ?」

「俺達も一緒に行きます。俺達は副団長の部下ですから。」


「・・・・勝手にしろ。」


 報告してきた騎士に後のことを頼んで、勝手な自分にそれでも付いて来てくれる部下達を連れて出た。





 カイザルは馬で数時間ほどの距離にある。

 急いで駆ければ然程時間はかからないだろう。

 夜の外道を強行軍よろしく馬で疾走する。

 それほど直ぐに何かが起こる筈も無い。

 しかし、それでもこの胸に過ぎる不安が拭えることは無かった。





 馬で駆けること数時間。

 もうそろそろでカイザルが見えて来るという所だった。


 夜だと言うのに周りが妙に騒がしい。

 鳥たちの羽ばたく音。

 動物たちの泣き声。

 普段なら皆寝静まっているはずなのに、今はすべてが騒がしい。

 そして、皆一様にカイザルから遠ざかろうとしていた。

 その事実が先程から胸に燻っていた予感を確信へと変える。



「先に行くぞ!」


 そう言うや否や俺は馬を全速力で走らせていた。












「何が、起こってるんだ・・・・・。」


 それは、目を疑うような光景だった。


 町を呑みこむ様に、否、其処だけが嵐に遭っているかのように風の嵐がカイザルを覆っていた。

 混乱し逃げ惑う人々。

 荒れ狂う風は魔物を襲うだけでなく、半壊した家々を更に破壊し瓦礫が人々を襲う。

 フェンリルは炎を操る魔物だ。

 風ではない。

 其れならこの、町を覆う風は何なのだ。




 町の奥、炎が上がってるのか明るい前方から地を這う様な轟音が聞こえてきた。

 音のする方へ駆けると、そこには巨大な狼が全身から血を流して立っていた。

 今もなお吹き荒れる風の刃に血を噴出させるフェンリルは目を血走らせながら唸っている。

 そして傷だらけのフェンリルの見つめる先に、今にも倒れそうなほどフラフラな少女が立っている。

 少女はフェンリルに気づいていないのかただジッとそこに佇んでいた。

 ぐらりと少女の体が傾きかけると同時に、目の前の魔物が大きく口を開け襲い掛かってきた。



 やばいと、思った。

 その時には既に駆け出していた。






「あぶない!!」




 襲い来る魔物に一閃を浴びせる。

 それと時を同じくして、町を覆う風が事切れたかのように霧散して消えた。



 何、だ?



 突然のことに驚いていたが、後ろからドサリと倒れる音が聞こえて慌てて振り返る。

 倒れている少女に近づいてみると、少女は気を失っているようだ。

 特に命にかかわるような傷を負っている訳では無いようで一安心する。

 否、寧ろ傷一つないように見える。

 そう言えば、先程まで襲っていた風も少女を避けていたようにも思える。


 何故?


 そう疑問が過ぎった時、後ろから聞こえてきた唸り声にそれは中断された。

 振り返れば、先程浴びせた一閃で左顔面に深い傷を負っていると言うのにしぶとく立ち上がって来たフェンリルが此方を睨み据えていた。


「首を狙ったって言うのに、しぶとい野郎だ。」


 獣の本能とでもいうのだろうか、ギリギリで躱したことで重傷を負うも首をはねることは出来なかったようだ。


 唸り声をあげる敵に威圧を向けると、慌てたように後ろへ跳躍し距離を取っていた。

 十分に距離を取った相手は此方を窺いながら威嚇している。


「ちょっと待ってろ、直ぐ相手してやるからよ。」


 そう言い添えて、傍らに倒れている少女を抱き上げると端へと移動させる。

 その際、右掌にあるものを見つける。

 それが何を意味しているのかはすぐに分かったが、今は深く追求する時ではない。


(青い羽根、か・・・・・まさかな。)


 そっと大地へ下ろした時に、瞼から零れた少女の涙を親指で拭ってやる。

 今だ目覚めぬ少女に対して疑問は多々あるが、取り敢えずは今後ろで唸り声をあげている敵をどうにかしようか。



「待たせたな。相手してやるよ、犬っころ。」


 唸る敵に負けず劣らず獰猛な笑みを向けながら、自身の得物を肩に乗せ言った。





 取り敢えずは、まず先に目の前のこいつを殲滅するとしようか。









 ***




 この事件により一つの町が無くなった。

 幸いにして、死者は無かったものの被害は甚大だった。


 しかし、聞いた話によるとあの時倒れた少女はこの事件を起こしたチームのリーダーだったらしく責任を問われて一ヶ月の謹慎処分となっていた。

 本当にそうなのだろうか。

 その場にいた訳でも、少女の人となりを知っている訳でも無い。

 それでも紙面の文字だけで肯定することは出来なかった。

 否、したくなかったのかもしれない。


 あの時少女が零した涙を。

 偽りと思いたくなかった。






 今回、直ぐに駆けつけることができなかった自分に後悔しかなかった。

 組織であるからこそ後手に回ってしまう。

 そのことが悔しく、騎士団を辞めて傭兵となって国中を回ることにした。




 今度こそ民を守れるように。



補足


 騎士団には、全体を纏める総団長一名、そして彼の補佐をする副団長が二名いる。その下に近衛騎士、王国騎士がある。

 近衛騎士は、王や王族を守護する騎士で主に貴族が騎士となっている。所謂エリート騎士。

 王国騎士は、国全体を守護する騎士で実力主義。

 近衛騎士は王や王族を守護するため名目上はこの騎士団の中に入るが実質的には切り離されている。


 副団長の彼は高い地位にいるため、簡単に辞めることは出来なかったのだが総団長を煽り、もう一人の副団長を脅し、部下には無理無茶無謀を押し通して辞めていった。

 後に残ったのは、痛い腰に鞭打ちながら頑張る総団長と冷汗を流した副団長、屍と化した部下達だけだった。




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