前世の記憶
三話連続投稿です。
前と少し変えてます。
ぐらりと視界が反転して、私の視界に映るのは怖いくらい綺麗な星空へと変わる。
私は重力に逆らうことが出来ずに落ちていく。
思わず手を伸ばすも、何も掴むことが出来ずにその手は空を切る。
何故?
どうして?
身も心も底なし沼に落ちていくかのようで。
私の頭の中はただ、疑問だけが渦を巻く。
その問いかけの相手は近くに居るというのに。
遠く、手が届かない。
どうして?
ねえ。
お願い、嘘だと言って。
***
「おはよう!」
朝の賑わいに鬱陶しく思いながらも眠気眼で自分の席へと着いている私に元気な声がかかる。
その声の主へと顔を向けると声と同じくらいにこやかな笑顔を向ける少年が傍に立っていた。
「ん~、おはよう。」
「あれ?どうしたの沙耶ちゃん。寝不足?」
「ん~まぁ。」
「えぇ!?大丈夫!?と言うか、忘れてないよね?ちゃんと覚えてる?今日だよしし座流星群!!」
「大丈夫だって、忘れてないよ。」
てか、そのせいで寝不足なんだけどね。
チラリと隣の席に座る少女を盗み見る。
同じクラスになってからは教室内でも傍にいるようになった彼女の定位置。
幼馴染で親友の香織は、突然話しかけて来た少年に頬をほんのりと染めながら見つめている。
その視線に全く気付いていない彼に少し呆れてしまう。
「大体正輝、一週間前から騒いでたじゃない。何度も言われたら覚えるわよ。」
「そうだっけ?」
キョトンとした顔で言う正輝に本当にため息が出る。
大体今日の寝不足も元を糺せばこの正輝が原因なのだ。
彼が一週間前から騒ぐおかげで、彼に恋をしている香織が何だかやる気になっていたのだ。
その所為で元々星が好きだった香織の星に関するうんちくがヒートアップしたのは言うまでもない。
一人暮らしの私が何時もの様に香織の家に泊まりに行ったら、明日は部活動と言う名目で天文部の皆としし座流星群を見に行くのだからと夜中の三時近くまで星講座を受けさせられた。
私は基本十時には寝るタイプなんだけどね。
だから今日は寝不足なんだよぉ。ふあぁぁ。
「そうだよ。それに今日の放課後天文部で集まるって昨日の部活の時に言ってたでしょ。」
欠伸交じりにそう言うと「そうだった。」なんて陽気に言ってくるものだから呆れるほか無い。
まったく、こんな星バカのどこが好いんだか。
とは言え、理由も知っているし、正輝はいい奴なのも知っているからいいんだけどね。
「む、武藤君。おはよう。」
私達の会話が一区切りついたのを見計らったのか、香織がどもりながらも小さく正輝に挨拶をする。
まあ、でも、ちょっと遅いと思うんだ。挨拶するの。
そんな香織に苦笑しつつも、微笑ましさが湧く。
「おはよう星野さん!星野さんもちゃんと覚えてる?」
「う、うん。覚えてるよ。楽しみだね、しし座流星群。」
無邪気に笑いかける正輝は私に言ったのと同じことを香織にも問うてくる。
彼の笑顔に頬を少し染めながら律儀にも答える香織。
さっきやったやり取りなんだから忘れるわけないでしょ。
第一香織も星好きの天文部員なんだから聞かれなくても覚えてるって。
待ち遠しいのは分からなくもないけど、これじゃあ天文部員全員に聞きそうね。
「あぁ、早く夜にならないかなぁ。」
「そんな直ぐに夜になるわけないでしょ?」
待ちきれないかのように言う正輝に苦笑を漏らしながら言葉を返す。
でも、本当は私もこの夜が待ち遠しかった。
正輝や香織のようにそこまで星好きでも無かったし、天文部に入ったのだって香織に誘われたからだけど、皆で見るしし座流星群には興味があったから。
だからその事を考えると何だかワクワクした。
人のこと言えないけれど、早く夜にならないかなぁ。
きっとこの夜は、忘れられない素敵な夜になるはずだから。
***
何が切っ掛けだったのか。
何が貴女をそんなにも追いつめてしまったのか。
小さな頃からずっとあなたの一番傍にいると思ってた。
私が貴女の事を一番分かっていると、そう思っていたのに。
それが私の傲慢だった。
それは私の無知だった。
気付けばもう手遅れで、貴女に手が届かない。
「かお・・・・・・・」
「っ・・・・。」
視界に映るのは満天の星空。
そして、表情の見えない貴女。
重力に逆らえない私は、どんどんと遠ざかる彼女に向かって手を伸ばす。
どうしてこんな事に?
どうして突き飛ばすの?
どうして私を見ないの?
どうして嫌いなんて・・・・・
どうしてどうしてどうして!!!!!?????
どうして?
重力に逆らえず落下していく身体。
死ぬ間際に走馬燈が過ぎると言うけれど、私の頭の中は彼女がどんな表情をしていたのか必死に思い起こしている。表情の見えない不安と裏切られた絶望が、私を暗闇の底へと突き落としていく。
人間の身体というものはとても脆く儚い。
それは建物二階分くらいある石段の上から突き落とされてしまえば、人間の身体なんてポッキリ逝ってしまうくらいに。
ましてや頭から落ちた私なんて、助かろうはずも無く。
最後に眼にした記憶が一面の星空と突き落した親友だなんて、最高なのか最悪なのか。
きらりと流れ星が一つ流れた。
それを皮切りに沢山の星が落ちてくる。
あぁ、なんて最高で最悪な最期。
そして私の意識は、鈍い痛みと共に途切れた。
***
「っ・・・・。沙耶ちゃん・・・・これは不可抗力、不可抗力なの・・・・・・。」
石段の上に佇む少女は、ブツブツと呟きながら己の手を凝視している。
石段の下から鈍い音がしても、彼女はブツブツと呟き続けていた。
「ごめんなさい・・・・沙耶ちゃん・・・・。皆に優しい、私の一番の親友・・・・・。憎らしいほど大好きで殺したいほど大嫌い。あぁ、どうしてあの人は貴女を選んだの?貴女の傍にいると私・・・・狂ってしまいそうなの・・・・・。だから・・・・さようなら・・・・・・。」
暗く濁った眼を階下に居るであろう暗闇に向けて少女は呟いた。
その表情には歪に歪んだ笑みが張り付いていた。
「救急車、呼ばなくちゃ・・・・・。」
そう言って踵を返した少女の頬には、一滴の雫が流れ落ちていた。
***
こうして私は、星降る夜空の下であっけない死を迎えた。
改稿版もどうぞよろしくお願いします。