それはとても小さな変化
「沙耶ちゃん。武藤君と何を話していたの?」
彼が同じ天文部に入部してきて接点が出来てからと言うもの、彼と話をすることが多くなった。
別に嫌いなわけではなかったので香織の次によく話す相手だったと思う。
ただ、それを切っ掛けに香織があの様な言葉を言うことが多くなった。
小さな嫉妬。
そんな可愛らしいものだと思っていた。
でも、その頃からかもしれない。
香織の表情に不安を覚えることがあったのは。
瞬きにもみたないつかの間の一瞬。
気のせいだと思っていた。
気付かないフリをしていた。
触れてしまえばきっと、終わると思ってしまったから。
それが何なのか、最期まで解りはしなかったけれど。
***
私の周りを楽しそうに飛び回っていた青い鳥を暫くの間ぼんやりと見つめていると扉をノックする音が聞こえてきた。
その音に私が返事をした直後に勢い良く扉は開かれていた。
「エリーゼ!!」
扉を押し開けるように入って来たのは母のアンジェリーナだった。母はヘイザを押しのけるように部屋へと入って来たかと思ったら私(と言うよりも精霊の小鳥を見ているような気がするが)を見て固まった。
「お母様?」
あれ?
もしかして見えるの?
精霊を凝視するように固まっている母に疑問を持った私は心の中で小鳥に問いかけた。
その問いに精霊である小鳥はさも当然だとばかりにあっさりと肯定してきた。
見エルヨ。
精霊って他の人には見えないんじゃなかったの?
普通ハ見エナイヨ。
ワタシ達ノマナハ、普段安定シテイナイ塊。
ソノマナヲ見ルコトガ出来ルノハ、エルゼリーゼノヨウナ一部。
デモ、契約精霊ハ違ウ。
契約者ノ魔力デ、安定スル。
ダカラ、見エナイ人間ニモ見エル。
そうなの。
小鳥の話を聞いて、本当に母が小鳥の事が見えているのだと言うことが分かった。
それと共にあまりにも微動だにしない母に少し不安になる。
「あの、お母様?」
そう母に手を伸ばすと、母はビクリと肩を揺らす。
その表情が一瞬歪んで慌てて平静を保とうとしていることに気が付いてしまった。
そう、分かってしまった。
彼女が私に怯えていることに。
精霊と契約してしまった私に恐怖していることに。
その事に気が付いてしまった私は母をこれ以上見ることが出来ず、自然と俯いてしまう。伸ばした手を引っ込めてギュッとシーツを握りしめる。
仕方がないのよ。
精霊は魔王と同じくらい恐怖の対象で、お母様の反応は普通の事なんだから。
ダリル先生みたいな人が極一部だってことも知ってたことじゃない。
私を溺愛していたお母様なら精霊のこともきっといつか分かってくれる。
だから、今は仕方がない事なのよ。
そう心の中で自分に言い聞かせていると、シーツを握りしめる掌に被さるように何かが触れてきた。
いつの間にかギュッと目を瞑っていた私は、その暖かさにハッとして私の掌を覆うそのもう一つの小さな手を見つめた。
「エル。無事でよかった。」
子供特有の甲高い、それでいて彼独特の感情のあまり見えない淡々とした声が目の前から聞こえて顔を上げる。見上げた先に目に映ったのは、何時も通り無表情のエリオットの顔。それでも彼のその瞳は真摯に私を心配していることが分かった。その怯えを含まない瞳に安堵すると共に、やっと彼が此処に居ることに気が付く。
先程まで母に気を取られて気が付いていなかったが、母と共に私を心配して来たのだろう。そう言えばヘイザがエリオットにも知らせると言っていたことを思い出す。
「エリオット・・・・あ――」
私は彼にお礼を言おうとした。が、その言葉は彼が視界からフェードアウトすると共に勢いよく誰かに抱きしめられたことで言うことは出来なかった。
吃驚して暫くされるがままになっていたが、思い切り抱きしめられているので流石に息苦しくなりその相手の腕を弱々しく叩いた。
相手は思いっ切り抱きしめていたことに気が付いて慌てて離してくれた。
「けほっ・・・・・・ふぅ。」
「ご、ごめんなさい。大丈夫?」
「大丈夫です、お母様。」
「よかったわ。」
息を整えて母へ向き直ると、母は安堵した表情で私を見ていた。
先程の怯えが消え何時もの母に私も少しホッとする。
すると母は真剣な表情になると、私の右手を慎重な手つきで包み込む。
「エリーゼ、先程はごめんなさい。貴女が精霊と契約していようと、私にとって貴女は愛しい娘に変わりは無いわ。今までも、これからも。だから・・・・・」
嫌いにならないで。
消えてしまった言葉がそう続く気がして、私は自然と母の手を握り返した。
「私も、お母様のこと大好きですよ。今までも、これからも。」
「エリーゼ・・・・・。貴女が気絶したって聞いて、この屋敷の誰よりも一番貴方の事を心配したのよ。」
「お母様。」
母の瞳には偽っている様には見えなくて、私は母に愛されていることを実感した。
私が母と手を握り合っていると、反対の手を握り返してくるぬくもりに気が付く。
誰だろうとその温もりを見やるとエリオットが母とは反対の手を握り返していた。
「俺の方が心配した。」
「エリオット。」
感情のあまり読み取れない、それでも私のことを心配してくれる彼に感激しようとして、出来なかった。
「俺の方がですって?私の方が誰よりもエリーゼの事を心配しましたのよ!!」
「俺。」
「私よ!!」
「俺。」
「私!!」
エリオットと母は私の手を片方ずつ両側から握り、私を間に挟んで俺がいやいや私がなどと言い合っている。しかも、両者から火花が散っているようにも見える。
私はただ茫然と彼らの言い合いを見つめていた。
ん?
何だこの状況?
「あ、あの・・・・・・」
いがみ合う二人に戸惑いがちに声を掛かる頃には、二人の言い争う内容があさっての方向へと逸れていた。ただし私に関することは変わらずその上、いかに私の愛に健気に答えてくれているか(母)や毎日どのように構い倒してくるのか(エリオット)などと言う内容にまで発展していた。
もう本当居た堪れなくて遮るように声を掛けたのだが、バチバチと火花を散らして睨み合っていた二人は睨んだ顔のまま(ただしエリオットは無表情なので威圧感が半端無かった)此方を見て来たので正直ビビった。
「「何(ですの!?)」」
「あ、いえ・・・・・何でも無いです。」
その後は二人の言い合いが終わるまで途方に暮れることとなった。
因みにその喧嘩を終わらせたのはヘイザさんです。
静かにどす黒いオーラを纏う彼女に流石の二人も喧嘩を止めましたよ。
病人の傍ではしたないとか何とかで、二人は強制退場。私は強制的にベッドへインです。
ええ、もちろん逆らいませんでしたよ。
逆らおうとも思いませんでした。
この時思ったことは、
やっぱりヘイザは最強
この一言だけ。
*補足的おまけ*
エリオットは無口無表情と言う設定な為、この時の言い争いも短い言葉(むしろ単語足りないよね!?)で言い争ってました。
その後、ある日のティータイム。
「そう言えば、お母様は普段エリオットに対して言葉数が少なすぎて何言ってるか分からないとよく仰ってましたよね?」
「ん?そうね。」
「あの時はよくエリオットの言っていることが分かりましたね。」
「?私は今でもアレの言っていることは分からなくてよ?」
「・・・・・・。」
否、二人して言い合いしてたよね!?
あの時ちゃんと理解してたでしょ!!
何であの時だけ理解できてんの!?
訳分からないんですけど!!??
誤字脱字・感想等ありましたら遠慮なく言ってくれるとありがたいです。
一部修正しました。