お姉ちゃんギルドへようこそ!
畳でいうなら8畳ほど。
あまり広くないスペースには壁際に棚が2つとショーケース兼レジの置いてあるガラスケース。
レジと言っても商品コードを読み込んで値段を自動計算してくれて、さらにはレシートまで発行してくれるあんな便利な物じゃない。
ただの小銭入れみたいなものだ。でもちゃんと防犯機能がついているし、やろうと思えばレシートも発行できる。やらないけど。
レジから見て左の棚には日用雑貨。
手編みの籠やちょっとした農耕具に木の食器、その他諸々たっくさん。
右の棚は左に比べてちょっと小さく簡単な武器や防具が並んでいる。
右の棚が小さいのは隣にボードが設置してあるから。
そこには今日の朝私が張ったばかりの依頼が張りだされている。
====
けんめい:しょうひんだなをぴかぴかに!
ないよう:しょうひんのならんだたなを、ぴかぴかにみがきあげよう!
ほうしゅう:はなまる2つ
====
まだ難しい文字が読めないあの子達のために簡単な文字で書いてあるこの紙は依頼だ。
私からあの子たちへの依頼。
でも依頼は1つだけではない。
あの子達には選ぶ自由というものがある。
他の依頼はこんな感じ。
====
けんめい:ふりーださんのにわのくさむしり!
ないよう:ふりーださんのにわのくさをむしってきれいにしよう!
ほうしゅう:はなまる3つ
====
近所のフリーダさんの庭で大分伸びてしまった草をむしるお仕事だ。
くさむしりといってもそれほどの量でないのですぐ終わるけれど、近所とはいえ他人様の庭なので報酬もちょっとだけ多い。
その報酬だけど、花丸はポイント代わり。
花丸を集めて私お手製のアイテムと交換という素敵なシステムだ。
本物のお金を渡すよりもこっちの案を採用したのはお金があっても私達が住むこの開拓村にはお店が1件――つまりはこの雑貨屋さんしかないからだ。
村の人達同士なら基本は物々交換。
でも月に1,2回は行商人も来るのでその時だけはお小遣いをあげて買い物の練習をさせている。
「お姉ちゃん、おはようございます」
「おねーちゃん、おはよぉ~!」
「おね~、おは~」
「はい、おはようございます。レン、ミン、リン」
最初の礼儀正しい挨拶の子がレン。
赤い髪は短くこざっぱりとしてとてもまじめな見た目なんだけど、実は気がちょっと弱い。
でも3人の中で唯一の男の子だから大事な時にはしっかり2人を守ろうとする頑張り屋さん。
2番目の元気のいい子はミン。
肩の下辺りまで伸びた茶髪を2つに分けてツインテールにしている元気印で挨拶の時も片手をピン、と伸ばしていたくらいだ。
3人の中ではムードメーカーで2人をぐいぐい引っ張っていく。
でもちょっぴりドジっ娘なのが玉に瑕。
3番目ののんびりな挨拶の子がリン。
肩でそろえた新緑色の髪にいつも眠そうにしている半眼が特徴ののんびり屋さん。
でも実は3人の中で1番優秀な子でもある。
のんびりとしているように見えて、実は2人の事をいつもさりげなくフォローしている縁の下の力持ちさん。
挨拶をしたらすぐにボードの前に3人が揃って並ぶ。
まだ8歳になったばかりの背の小さい3人でも見やすいように設置されているボードを一生懸命眺めて今日の依頼を吟味している。
この開拓村には残念ながら子供は彼ら以外いない。
でもこの世界では子供も立派な労働力らしく、たぶん子供がいても遊ぶということはあまりないかもしれない。
現に今うんうん、言いながら依頼を吟味している3人も立派に働いている。
私が8歳の頃は小学校に通いながらも遊んでばかりだったけどなー。
世界が違うとこんなにも違う。改めて痛感させられることだ。
「お姉ちゃん、コレお願いします」
「はい、受理しました。期限は今日の夕方までです。がんばってね」
「はい」「はぁ~い」「ほい~」
まじめなレンと、片手を上げて元気なミンと、マイペースにのんびりなミン。
3人がそれぞれに返事をするのに私も微笑みを返す。
「じゃあ朝ご飯にしましょうか。みんな手伝ってくれる?」
「もちろん!」「ふかふかのパン!」「ゆでたまご~」
今日も朝から賑やかなこのお店はリッジロンド王国最西端開拓村――ローイ村唯一のお店の小さな雑貨屋さん。
私がこの世界に来てから3年と半分。
やっと手に入れた私達の家だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私の視界には今現在3人を見下ろす形の映像がウィンドウの中に映っている。
このウィンドウの映像は使い魔の視界を介したリアルタイム映像で、遠隔地を偵察したりするのが本来の使い方だ。
でも私はいつも私の大事な弟子達3人の監視と護衛のために使っている。
もちろん私の大事な弟子3人はレン、ミン、リンの3人だ。
彼らが今日一生懸命選んだ依頼はデミゴブリン退治。報酬は花丸6つ。
デミゴブリンはあの緑の皮膚に腰みのオンリーで棍棒を振り回す繁殖力旺盛な魔物の親戚で、皮膚が茶色で腰みのオンリーだけれど、棍棒ではなくどこかから拾ってきた武器を使う。
ゴブリンと比べると武器の性能差の分と頭がちょっとマシな分が加わって手強い。
開拓村は魔物のテリトリーとなる森を開拓することを目的とした村だ。
当然魔物のテリトリーを侵すわけだから魔物は反撃をしてくる。
そういった魔物は基本的に長期で雇われている冒険者によって退治されているが、全部が全部そうではない。
魔の森から出てくる魔物はそれなりにいて今回のデミゴブリンもその類だ。
開拓村に実害が及ぶ段階にならないと冒険者は動かない。
なぜなら彼らが守るのは開拓中の村人だけだからだ。それ以外は給料の外だ。
開拓村の外周には私が作った魔除けの柵があるので被害が出ることは滅多にない。
そのおかげというか、せいというか魔物が開拓村に近寄ってきても平気になってしまっているのがちょっと問題だ。
近寄れても入ってはこれない魔物は結局のところ害とはなりえない。
開拓に出かけるときに襲い掛かってきたら冒険者がなんとかするし、それ以外では行商人や役人が来たときくらいしか門は開かれないし。
どちらも護衛の冒険者は必ず連れているので問題にはあまりならない。
でもやっぱり自分達が住む場所の近くに魔物が闊歩しているのはどうかと思うのと、弟子達の修行という一石二鳥なアイディアで依頼となっていたりする。
デミゴブリンはゴブリンより手強い。
集団戦となると長期で雇われている屈強な冒険者達でも苦戦するときがたまにある。
今回のデミゴブリンの数は13体。十分集団だ。
そんな集団を3人の弟子達は今日の相手として選んだ。
そしてそれに許可を出したのは私だ。依頼を受理するということは弟子達の力量に見合っていると太鼓判を押すのと同義。
というか依頼を張り出しているのも私だし、力量に合っていなかったらそもそもそんな依頼は存在すらできない。
冒険者が苦戦する時もあるような相手を8歳になったばかりの弟子3人で倒せるのか? というと……。
使い魔の視覚ウィンドウにはすでに大きな木の陰に隠れてタイミングを計っている3人が戦闘を開始しようとしているのが見える。
茶色の集団と3人との間にはまだ大分距離がある。
でも残念。その距離はもうすでに3人の射程内です。
レンが詠唱を完了し、右手をデミゴブリンの集団に向けて構える。
ミンは自分の背丈ほどもある長剣を斜め下に構えて今にも走り出しそう。
リンはデミゴブリンの集団よりも若干上を狙い、構えた弓を引き絞り切っている。
「炎の矢!」
レンが発動句を発すると彼の構えた右手から5本の炎の矢が直線的にデミゴブリンの集団に殺到し、1矢の漏らしもなく突き刺さる。
それを合図にミンが1人飛び出し、姿勢を低く保ちながら疾駆する。
ミンが疾走するのに合わせて引き絞られた弓から4本の矢が弓なりの軌道を描いてデミゴブリンに降り注ぐ。
突然の攻撃に晒され、浮き足立っているデミゴブリン達は次々と倒れ伏していく。
レンの炎の矢により、絶命したのは3体。残りは大きなダメージを受けたもののなんとか一命は取り留めている。
そこへ降り注いだリンの矢により追加で数体が倒れ、生き残ったデミゴブリンにミンの長剣が閃いていく。
その速度はとても8歳の子供が出せる剣速ではない。
小さな体を旋回させて大きな遠心力を活かした一撃により、同じくらいの背丈があるデミゴブリン達が胴体を分断される。
しかし旋回して遠心力を稼ぐ必要があるミンの攻撃は威力は高いが隙を作り易い。
その隙に群がろうとするデミゴブリンの先頭には容赦なくリンの矢が直線軌道で突き刺さる。精密さが必要な眼球への狙いすました一撃だ。
数が多いデミゴブリンは小さなミンを狙うために広がるか列を作るしかない。
ミンの近くにいないデミゴブリンの多くはレンの炎の矢の第2射を浴びてバタバタと倒れていく。
レンの魔法により大きく数を減らし、ミンが前衛として接近を防ぐ。ミンのフォローをリンが行い被弾を一切許さない。
半分以上が後衛の3人の必勝パターンだ。
戦闘開始からほんの数分でデミゴブリンの集団は壊滅した。
冒険者が苦戦する時もあるほどの相手を意に介さず、あっさりと壊滅させる程度の戦力が私の弟子達にはある。
出なければたった3人でデミゴブリン退治などさせたりしない。
もちろんそれでも心配だから使い魔を介してしっかり監視しているわけだけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日の依頼は夕方までが期限だけど、期限よりも早く終わらせるのはいつもの事だ。
ぎりぎりで終わらせるよりも余裕を持って終わらせる事をしっかり教え込んでいるおかげかな?
彼らの力量でならデミゴブリン退治は大したことでもないのもあるかもしれない。
だがどんな事にもアクシデントは付きまとう。
彼らには安全マージンを大きく取るように口を酸っぱくして言っている。
死んでしまったらそこで終わりなのだから。私のように2度目の人生があるなんて事は非常に稀な出来事なのだ。
3人が意気揚々と帰ってくるのを使い魔の視界から眺めながらも私はレジの後ろにおいてある椅子に座って静かに店番だ。
ここは開拓村にある唯一のお店。
小さな小さな雑貨屋さん。
でも1つだけ普通の雑貨屋さんと違う事がある。
この雑貨屋さんに住んでいる3人の私の小さな弟子達は毎日依頼をこなしている。
私はそんな彼らに依頼を発行しているお姉ちゃん的存在。
ここはリッジロンド王国最西端開拓村――ローイ村にある小さな雑貨屋。
またの名をお姉ちゃんギルド。
3人の可愛い弟子達のお姉ちゃんが管理する小さな小さな冒険者ギルドなのです。
プロローグみたいだね!
でも短編だよ!