はらへった金魚
おいらは、祭りで売られている赤い和金魚だい。
ある日、ママに連れられてやってきた男の子がおいらをすくった。
「これからどこいくんだろー」
ドキドキしていると、
「さあ、これで金魚が家にやってくるわね、ゆうちゃん」
ママがとてもうれしそう。
おいらは、黒いでめきんと、おんなじ種類の一匹と、小さな赤い金魚と一緒にプラスチックのすいそうに入れられた。
「はあい、ごはんでちゅよー」
ママは金魚が好きらしい・・・。よかったよかったこれで大切に育てられるな。
しかし、仲間の黒いでめきんが、苦しそう・・・。
「ごはんがつまっておなかが苦しいよう」
今度は、小さな赤い和金が、
「ぼくも・・・」
二ひきは、ごはんの食べすぎて、あっけなくお空に飛んでいってしまった・・・。
その日からだった。
「今日は、これだけね、食べすぎるとしんじゃうみたいだから、がまんしてね」
ママからのごはんはたったの五つぶ。
おいらと、のこった同じ和金は、はらがへってへってもうふらふら・・・。おやつがわりの「も草」も食べつくし、頭がおかしくなりそうだ・・・。
目の前では、ママと、パパとゆうちゃんがおいしそうなごはんをぱくぱく食べているではないですか・・・。
「暗くなったら食べにいこうぜぃ」
おいらは仲間をさそった。
「ええっ、どうやっていくんですかい」
「おいらにまかせとけって」
みんなが寝静まり、暗くなった。
おいらは、ふわふわと水から出ると、すいそうのふたをそっと開けた。
「こいっ、今だぞ」
仲間の金魚をまず外に出すと、おいらもほいっと出た。
台所には、ゆうちゃんが食べ残したらしいごはんがすててあった。
おいらたちは何もいわずにかぶりついた。
「まんまんまん」
ふくれあがったおなかをかかえひと息ついたときだった。
「んがっ、ぐるじい・・・これがふんづまりかぁ」
ちょうど目の前のごみ箱に細長いつまようじが落ちていた。
おしりをつつくのにちょうどいい。
「お願いだよ、おいらのふんを出すの手伝っておくれよ・・・」
「ほいきた、次はぼくのをお願いするよ」
こうして黒いくて丸い大きなふんが二つ台所に並んだ。
「しょせん和金魚、されど和金。ふんづまりさえしなけりゃなんとかなるとはこのことだぁ。おいら金次郎、よろしくな」
「ぼくは銀次郎、お尻合いになったのも何かのごえん。よろしくね」
おいらたちはすっかり気をゆるす仲となり、水槽にもどりゆっくり休んだのだった。もちろん大切なつまようじは、水槽の下にかくしておいて。
「ギャーッ」
ママの甲高い声で目がさめた。
「ゆうちゃん、あんただねー」
金魚のすいそうから台所にかけて水がぽたぽたとこぼれおちていて、台所には金魚の大きなふんが二つ仲良く並んでいた。
「ママひどい!ぼくじゃないよ。ほら、この金魚きのうよりすごく大きくなっているよ」
ママは、すいそうをのぞいてから、首をかしげた。
「おかしいわねー。昨日までこんなに大きかったかしら? まさかまさか。そんなことあるわけないわよっ。ゆうちゃん金魚のせいにするんじゃないの!」
がっつーんと、ママのげんこつがとんだ。
「いってー、ママのばかー」
おいらたちは、こっそり話あった。
「ゆうちゃんがかわいそうだな。こんどは外に食べにいこうぜ」
「そうしよう」
おいらたちは、みんながねしずまると、そうっとすいそうからぬけだした。
ちょうど通り抜けられそうな郵便受けを見つけて、ひょいっと、外へと飛び出した!
「なんと、すばらしい世界だぁー」
とおいら。
「外の空気はおいしいなぁ」
銀次郎がうれしそうにいった。
「空気の味のわかる金魚なんぞ聞いたことねぇなぁ。あっはっはっ」
おいらたちははらをかかえて笑っていた。
夜空にはかぞえきれないたくさんの星がちかちかしていた。
ずっと向こうの町もたくさんの光でちかちかしていた。
「あっちにいってみようぜ、きっとごちそうがたんまりあるさ」
「金次郎、あまり遠くまでいくと干上がってしまうよ」
「だいじょうぶ! おいらにまかせておけって」
庭に長い木の板と大きな石があったので、おいらはシーソーを作った。
「銀次郎、さあさあのった!のった!」
いやがる銀次郎をシーソーにのせて、おいらもひょいっと飛びのると、シーソーのはしに大きな石をどすんと落とした。
「ロケット発射だぁぁぁ!」
おいらはとくいげにさけんだ。
銀次郎は、風がびゅんびゅん顔に当たるものだから、こわくなってふるえていた。
「銀次郎、大丈夫だって」
おいらが銀次郎の手をぎっちりにぎると銀次郎もだいぶ落ち着いてきたようだった。
「金次郎さん、星がとてもきれいですね。うっうっうっ」
「そうだなぁ、おいらたちも赤い流れ星ぜー、びゅーん!」
おいらたちは胸いっぱいになって、空を飛んだ。
どっすーん!
「あででで」
「いだいですー」
おいらはおしりをさすりながら、きょろきょろあたりをみわたした。
「まるでおひるのようですね」
銀次郎は目をぱちくりしていた。
「そうだなぁ、ここの町はみんなが起きてらー」
すぐそばに青いポリバケツがあった。
たくさんの食べ物がふたのあいだから顔をだしていた。
「うわー、なんじゃこりゃ」
「まだ温かいですよ。親切な町ですね。たくさんの食べ物をごみに入れておいてくれるなんて」
「そうだなー、みんないい人がたくさんいるんだ。えんりょなくいただこうぜ」
「いっただきまーす」
おいらたちは、きちんとそういってから、ありがたく食べさせてもらった。
「まんまんまん」
「まんまんまん」
「おいしいなぁ、ここのごちそうは。ゆうちゃんのママの作るごちそうよりおいしいなぁ」
「そうですね、きっとおいらたちのために特別にじゅんびしてくださったんですね」
おいらたちはあまりのおいしさに顔もほころびにやにやしながら食べていた。
とんとん。だれかがおいらの肩をたたいた。
「きんぎょさんの服なんて着て、あんたおもしろいかっこうおもいつきましたねー、はっはっはっ」
おいらは口にエビフライをくわえたまま、ふりかえると、メガネのよっぱらいの男が立っていた。
「ぎゃー!」
おいらがとっさにさけぶと、
むこうも、
「ぎゃー! 本物のきんぎょだぁ・・・でっかいきんぎょがごみくってらぞー」
と大きな声でさけんだのだった。
おいらは、銀次郎をよくみてみると、その男とそんなにかわらない大きさになっていた。
おいらはどうなってんだ・・・。
銀次郎がおいらを指さして
「お、大きくなってますよー」
とふるえる声でいった。
まわりにはメガネの男の声を聞いた人たちがどんどん集まってきたではないですか。
「こりゃ、大きな金魚だなぁ。ごみをくうなんてなぁ」
とざわざわうわさしていた。
「ここの人たち、親切な人たちではなさそうですね」
「おっかしいなー。おいらたちの食べ物でなかったのかな」
おいらは首をかしげた。
すると、今度はおなかがぎゅるぎゅるいいだした。
「いっけねぇ、ふんだしするの忘れてた。つまようじもってきたか、銀次郎ー」
「ああっ、わすれてきましたー。どこかにかわりのものないですかね」
おいらはじりじり近寄ってくる赤ら顔の男たちから、いますぐ逃げたくて、つまようじさがしよりも、
とっさにゴミのふたでシーソーづくりを思いついた。
「さあ、逃げよう、銀次郎! なんだか知らないけど、ここはおいらたちのいるところではないようだぜ」
おいらたちは空飛ぶごみのふたシーソーで肉のかたまりを落としてびょーんと飛んだ。
「さようならー、よっぱらいさんたち」
たくさんの人だかりがどんどん小さくなっていった。
でも体が大きくなりすぎて、思うように飛ぶことができない。
よろよろよ。
今にも落ちそうになった。
「思いっきり空気をすうと体が軽くなりますよ」
「さすが銀次郎、いいこと言ってくれるなぁ」
おいらたちはなんとかゆうちゃんの家の上まで飛び続けた。
ふんづまりで、ますますふくれあがるおなかをかかえて、
おいらたちは、ふわふわとゆうちゃんの家の前におりたった。
「わたしたち、まるでふうせんになったみたいですねー、ぽんぽんはずみますよ」
「ふうせんっていうより、銀次郎のかっこうふぐみたいだぜ」
「金次郎こそ、ふぐそのものですよ」
二人はおなかの痛いのも忘れて、はずみながら、ドアの前に立った。
「あれっ、ドアが開いてますね、どうしたんでしょう。まだ朝までだいぶありますよ」
「おっかしいなー。でも大きくなったおいらたちにとっちゃ、ここしか入れるところないからちょうどいいな」
「ガチャッ、ガラガラガラ」
真っ暗な中の方から音がした。
「おいっ、なんか変だぜ」
「そうですねー、だれかいるみたいですよ」
おいらたちは、開いているドアからそうっと入っていった。
二つの小さな光があちこちをてらして、ぐるぐるまわっていた。
「いったい、だれが何しているんでしょうね」
銀次郎は、金次郎にぴたりとみをよせた。
「銀次郎、そうっとつまようじ持ってきてくれないかい。おなかいたくてあるけないよ」
「いいですよ」
銀次郎は、大きなおなかがじゃまでなかなか暗い部屋の中を歩くことができません。
ごろっ、どっすーん。
銀次郎がつまづくと、銀次郎が二つの小さな光にてらされた・・・。
「金魚ばけものだぁ」
黄色のニット帽を深くかぶった男がさけんだ。
「金次郎さん、見つかってしまいましたー」
銀次郎はおろおろしていると、
「おーい。こっちだぞ」
と金次郎が声をだした。
すると今度は、金次郎が二つの光にてらされた。
「こっちにも金魚ばけものがいたぞー」
赤いニット帽の男がさけんだ。
「さあ、今のうちだ銀次郎」
おいらがいうと、銀次郎は大きい体をよいしょと、すいそうの方にのばすと、すいそうをどかして、つまようじをつかんだ。
「金次郎さん、はいっ」
銀次郎が金次郎の方につまようじをなげると、金次郎はそれをつかむとすぐにおしりにいれてみた。
「あれれっ、体が大きくなりすぎて、つまようじがふんまでとどかないよ」
そうするうちに、二人の男たちが金次郎をつかまえようと、囲んでしまった。
銀次郎は、つまようじよりも長いものをさがした。
その時だった。二階からゆうちゃんが、目をこすりながら台所におりてきた。
「のどかわいたなー」
ゆうちゃんは、光にてらされて、目をぱちくりさせていた。
二人の男たちが金次郎からはなれると、
「ぼっちゃん、家の人にはないしょだよ」
といいながら、ゆうちゃんにちかづいていったではないですか。
「銀次郎、ゆうちゃんを助けて」
とおいらはさけんだ。
銀次郎はすぐ近くに立っていたゆうちゃんに手をのばすと、自分の後にかくまった。
「ゆうちゃん、長いぼうがほしいんだけど」
銀次郎は、ゆうちゃんに早口でいった。
「うわっ、おっきな金魚だなあ、初めてみるやぁ」
銀次郎の大きな赤いうろこをさわった。
「はやくっ、ゆうちゃん」
「わりばしなんてどうかなぁ」
ゆうちゃんはわりばしを銀次郎の手にわたした。
銀次郎は長さを確かめると、うなずいて、金次郎にぽーんと投げた。
「ほいきたっ」
おいらはわりばしをうけとると、銀次郎にいった。
「おいらは、赤いニットぼうしの方にするぜ。銀次郎は黄色いニットぼうしの方をたのんだぜ」
銀次郎はゆうちゃんからもう一本わりばしをもらうと、
「まかせてくださいー」
とさけんだ。
「金魚のばけものこれから何する気だ?」
と黄色のニットぼうし。
「きっとおれたち変な夢でも見てるんだ。こんなおっきな金魚がいるわけがない。さあ、つかまえよう」
と赤いニットぼうし。
黄色の方は、銀次郎、赤い方は、金次郎をつかまえようと手に持っていたバットをふりながらむかってきた。
「さあ、今だぜ!」
「いいですよ、金次郎さん」
おいらたちはわりばしをおしりにいれると、
「ジュッバーーッ」
ものすごい量のふんがいっせいにおしりからふきだした。
銀次郎は黄色い方においらは赤い方に・・・。
二人の男たちはおいらたちのふんの中にうもれてしまった。
「すごいねー、金魚さんたち。どろぼうをつかまえちゃったよ」
ゆうちゃんがおいらたちにそんけいの目を向けた時、
おいらたちは、ふんが出ていくにしたがって、ずんずん小さく縮こまっていった。
「うわ、金魚さん、ちっちゃくなっちゃった」
「ゆうちゃん、無事でよかった、よかった」
おいらたちは小さくなっていく体で、ゆうちゃんに聞こえる最後の声で語りかけた。
「もうげんかいだぜ。うろこがからからだ。いそいで、すいそうの中に入ろう」
「ふんを出したらなんとかすいそうに入るぐらいにもどってよかったですね」
おいらたちは、ひょいっ、ぽちゃんっ。すいそうの中にもどっていた。
朝、目をさますと、ゆうちゃんと、ゆうちゃんのパパとママ、それにけいさつの人がいた。
黄色と赤のニットぼうしの男たちは、けいさつの人にホースで水をかけられて、ふんをおとされると、
てじょうをかけられてつれていかれた。
「ここのうちにはきんぎょのばけものがいるですよ。気をつけた方がいいですよ」
と二人の男たちがゆうちゃんのパパとママに言い残していってしまった。
パパとママはあきれた顔で、おいらたちの方を見た。
「この金魚たちが、ばけもののわけがないわねっ、パパ」
「そうだな、きっとゆめでもみてたんだろう。まったくおかしなどろぼうだな。はっはっはっはっ」
「ちがうよ、パパ、ママ。本当だよ。この金魚たちがどろぼうをやっつけたんだよ」
ゆうちゃんがひっしになってパパとママに見たことを説明した。
「ゆうちゃんまで何いってるの。ねぼけたこといってないで、さっさと顔あらってらっしゃい」
ママがゆうちゃんをごつんとたたいた。
「ゆうちゃんがかわいそうだな」
「そうですね。今度は、ゆうちゃんをはげましにいきましょうか」
「それがいい。そうしようぜ」
おいらたちは、こっそり話あった。