人類完全化計画
いつもなんですが、この前書きって所は悩みます。とりあえず読んでみてくださいね! ちょっとタイトルがなんだかマニアっぽい……。
人類は総てに行き詰まってしまった。
不治と言われた病をことごとく治して来た医療は、以前には助けられなかった人々の命を救う一方で、世界的な老齢化と人口増加を招いてしまい、食料不足問題や失業者を増やす結果となった。
特に途上国での人口増加は爆発的で、環境破壊も拡大の一途を辿り、その結果資源の枯渇を原因とする経済の破綻が起こってしまった。
大量なエネルギー消費を、途上国からの供給に頼っていた先進国にも、その問題は深刻であり、早急な対応が必要とされた。
しかし、先進国内の犯罪の増加や失業問題の解決が危ぶまれる中、換金できる作物や鉱物の無くなった途上国への援助は見切りがつけられた。
途上国は見捨てられ、自国から亡命する難民が後を絶たなくなった。
が、既に国内外との様々な問題に追われ出している大国には、亡命者の取締りまで眼が配れなくなり、野放しの状態になった。
難民を襲う者、難民から犯罪者になる者、入り乱れての犯罪は絶えず、当初貧民街だけの問題と見られていた紛争地域は広がり始め、とうとう国民の殆んどが暴徒になり、働く者は居なくなった。
政治は機能を失い、経済は破綻、治安維持の不能となり、国内外の流通管理の麻痺から貨幣の価値が無くなり始め、秩序の無い荒廃した世界がやって来た。
犯罪を犯しても罰せられなくなった社会では、欲望の赴くままに暴徒達が力の無い一般市民を襲って欲しい物を奪い始めた。
大国の中枢にいる人々はいち早くシェルターに身を隠した。その中では安全が守られ、食料も豊富で快適な暮らしであった。
お金も力も無い取り残された人々は、いつ襲われるかも知れない恐怖に怯えながら身を隠し、生き永らえているのであった。
そして時間が経つに連れて暴徒達は力を増し、脆弱化した警察や軍隊に強襲をかけ、大量の武器を手に入れた。
暴徒達は地上を揺るがす最強の軍隊になってしまった。
このままでは暴力が総ての基準になり、文化は滅んでしまう。
シェルターに身を隠したままでは、いずれここにも攻めて来る事は間違いない。
彼らに決断の時が来ていた。
このシェルターの中には、政治家、軍人、科学者、宗教家、医者、教授、富豪、著名人、選抜された遺伝子の優れた男女、シェルターには欠かせない作業者、運良くここへ辿り着けた者などがいた。
彼等は話し合い、まだ使える世界中のネットワークに侵入して、総ての兵器をここから遠隔操作し、武器を無効化させてしまう作戦を考え出した。
力を失った暴徒達は自分達の無力さを悟り、我々との和平交渉にも応じてくれるものだと期待するのであった。
その計画の要となるスーパーコンピューターを作る計画が、科学者を中心に進められ始めた。
尚もそのスパコンは、ただ単に演算処理が早いというだけではなく、人工知能までが備わり、的確な判断から予測、果ては予知までが出来ると言う。
例えば味方を人工衛星などから見守り続け、危険が迫る前日までを予知し、その場所には行かないように指示が出来るのだ。
そして、人類の最後の力を振り絞り、機械は作り上げられた。
名前はHEIWA。Human・Enabling・Integrity・Well‐balanced・Alteration.
直訳してしまえば、人類を均衡の保たれた改造によって完全無欠にする計画。
平和な日が訪れれば、今まで無計画に進めてしまった自然の乱伐や商業目的だけの建設など人々の営みを見直し、古い政治、経済、軍隊の配備も総て捨て去り、新たな文明を作ると決めたのだ。
二度と過ちを犯させない平和を司る機械、HEIWA。
これを造った科学者が名付けたものだが、日本と言う国と交流があった彼の、世界平和へ向けたメッセージが込められている。
今はその国も核爆弾の攻撃によって海に沈んでしまった。
まずは暴力の根絶を急務とされるが、大陸間弾道ミサイルなど兵器の操作が出来るネットワークに侵入し、総てをコントロールするには莫大なエネルギーが必要。そのエネルギーはここには無い。
よって、今すぐには暴徒達の兵器を根絶出来ないと知ったのだった。
彼等は暴徒がここまで来る時間の猶予を恐れながら、いずれやって来るであろう平和な日の為に、HEIWAを教育していく作業に取り掛かった。
その手順とは、世界中のありとあらゆる書籍を片っ端からHEIWAに読み込ませて、一元化した情報検索の為のベータベースを構築する。
出来あがったデータベースに様々なシュミレーションをさせるプログラムを掛けて行き、人類が向かう未来を導き出そうというのだ。
世界の出生率から死亡率まで、様々なバランスのコントロールはコンピューターが監視するネットワーク上から直ちに実行される。
だがやはり、大型の機械を動かす為の電力は何処からも供給されず、HEIWAを動かす為の電力でさえ、太陽光発電から得た電気を蓄えて細々と使っているほどだ。なので、本や様々な資料を読み込ませる事も、人間の手作業で行なわれていったのだった……。
暫くは運も良く、暴徒達はここに攻めて来る様子は無かった。
しかし、無線での遣り取りで、各地のシェルターと連絡がとれるのだが、最近連絡の取れないシェルターが幾つか出て来ていた。
強固なシェルターに守られていると言う安心感は段々と薄れ、明日にでもここへ暴徒達がやって来るのではないか、と言う恐怖感に彼等は駆られ始めた。
計画が始まってから既に三年が経ち、世界の書籍も主だった物は殆んど読み込ませて来ていた。
そこで、一人の科学者がHEIWAに尋ねてみた。
「既に三年の月日が流れた。人類の総てが解った訳では無いのだろうが、ある程度の方向性のようなものは、君にも見えて来てはいないのかね?」
それまでは、ただ読み込むだけの処理をしていたHEIWAだったが、初めて人類に向かって答えを導き出す処理が始まり出した。
ドン、と言う音は集積回路を冷すモーターが回る音だった。莫大な電気がHEIWAに流れ始めた為、辺りの電灯が一瞬暗くなり、人々の間に「電力の供給が間に合わないのでは無いか?」と言う不安が走った。
質問をした科学者は真っ先に後悔した。質問は電灯が必要な夜では無く、昼間にすればよかったのだ……と。
HEIWAの思考活動は絶えず処理されて行き、五分ほど経った辺りで、一段階モーターが回転を落とす音で、今回の処理が終わったのだと皆、察した。
答え出したその声は、当然生きた人間のそれでは無く、ましてや神秘的な預言者とは程遠い貧相な音声であった。
「モウシアゲマス。人類ヲ、完全ナモノトシテ、ミチビク方向性ヲ、答エルマデニハ、ワタシガ計算シタ結果、アト二年カカリマス」
集まった人々は、その答えに気が遠くなりそうになってしまった。
中には堪らずに叫び出す者が出た。
「三年かけて方向性が見えるまでにあとニ年かかるんじゃ、全部で五年もかかるじゃないか! それも五年かけて方向性が見える程度じゃ何の為のコンピューターなんだ! ふざけるのもいい加減にしろ!」
そう言って群集の中から飛び出すと、近くに置いてあった工具箱をHEIWAに投げ付けようと、重い工具箱を抱え上げた。
慌てた科学者達は必死に彼を食い止めた。
怒りを露にした彼は以前、留守にした家を暴徒に襲われ、金品を奪われた挙句に、妻や大切な一人娘までもを殺されていたのだ。
取り押さえられた彼は、じっとHEIWAを睨み付けると、力無く工具箱を投げ捨てて、その場を立ち去った。
それからまたHEIWAには様々な情報を入力する作業が続いたが、外の世界は依然として争いの耐えない日々が続いていた。
連絡の取れなくなったシェルターは依然として増えている。
確かに争う人間が増えたせいで大多数の人間が死に絶えて、暴徒達自身も減って来てはいるのだが、これでは安心して暮らせる生活は戻って来ない。
人々の我慢は限界に来ていた。
約束のニ年にはもう少し時間が掛かるが、人工知能のHEIWAには考える力がある筈なのだから、何かしら案が無い筈はないだろう、と言い出した人間が増え始め、科学者達に詰め寄った。
「このままでは我々の居住区にまで暴徒が攻めて来る事は自明な話だ! このコンピューターが動くまで黙って見守っているのにも、もう限界だ! これ以上答えが出ないのなら、この時間と電気ばかり食う鉄の塊をスクラップにしてしまうぞ、分かったか!」
そう訴えながら人々は、また科学者達に詰め寄った。
「分かりました、皆さんの御気持ちは我々も同じなのです。はっきりした答えはまだ出ませんが、生活の安全をどうやって確保すればいいのか? と言う質問ぐらいはHEIWAも答えられるでしょう……訊いてみます」
科学者の中でもリーダー格と思われる人物がHEIWAに歩み寄って質問をしてみた。
「ハイ、皆サンノ生活ヲ、安全ナジョウタイニスル為ニハ、暴徒タチガイル場所ニ、核爆弾ヲ投下スレバ、アラソイハオサマリマス。ヨッテ、ココマデハ、侵略シテコナイ確立ガ、アガリマス」
一同はどよめいた。
それはまさに大量破壊兵器、関係の無い人達までも巻き込まれる事になる。
「ちょっとまて! そんなことをすれば敵は居なくなるが、俺たちだって家には帰れなくなるじゃないか! それに奴等だって、本を正せば同じ国の人間なんだし、同じ人間だろ! お前の勝手にはさせないぞ!」
また違う意味で、他にも異を唱える者が出て来た。
「そんなのおかしいだろ、お前のどこにミサイルを遠隔操作出来るエネルギーがあるんだ? ここの人間はみんな僅かな電気を細々と使っているんだぞ、おかしいじゃないか! おい、そこの科学者! お前はみんなを騙していたのか!」
反対意見や罵声の飛び交う中、HEIWAはこう続けた。
「私は学びマシタ、色々ナ事を。そして、ヨリ少ないエネルギーでも、自分自身を動かせる方法を見つけたのデス」
「なんだと、なぜそれを早く言わないんだ!」
一同は科学者達の顔を睨み付けたが、科学者達もそれには気が付いていなかった様子で、不安げに首を横に振るのだった。
また一呼吸置くと、HEIWAは段々と滑らかな口調で答えた。
「しかし、御安心下さい。起動可能なミサイル発射基地ニ、ネットワークカラ接続シテ、ミサイルハ今、発射されました」
悲鳴と怒号が混じったうねりが辺りに響いた。
若い科学者が急いでミサイル発射を阻止しようとネットワークにアクセスを試みたが、時既に遅くミサイルが飛び立っている映像が巨大なモニターに映し出された。それには着弾までのカウントダウンの表示も映し出されていた。
泣き叫ぶ者、高笑いで天を仰ぐ者、じっと俯く者もいた。
若い科学者はHEIWAの停止コードを打ち込み出した。
そこに、ベテラン格の科学者は彼の手を制した。
「もう、遅い。それが総ての意志を決めさせた我々の宿命なのだから」
若い科学者はそれでも必死に停止コードを打ち込んでいた。
そして空気を切り裂くような甲高い音と共に、若い科学者は倒れた。
ベテラン格の科学者の手には拳銃が握られていた。
暫く彼は寂しい表情を浮かべながら、死んだ若い科学者を眺めていると、不意に集まった人々に視線を移した。
全員一歩後退した。
「大丈夫、あなた達を撃つ事は無い。それよりも私はあなた達に告げておかなければならない話があるのです。今死んだ彼とはHEIWAを立ち上げた時から一緒に仕事をして来た仲間です。他の科学者達にはこのコンピューターの停止コードは知らせていない。もし次にこのHEIWAが皆さんの予想を遥かに超えた計画を発表した時には、まず間違いなく私が、それを食い止めるように脅されるでしょう。そしてHEIWAの意思を私は曲げてしまう……」
もう一度、甲高い音が鳴り響いた時には、彼は銃弾の反動で床に激しく倒れ込んでいた。倒れた彼の周囲に血の円が広がっていった。
二人の死によって、今この瞬間から機械は神になった。
そしてこの神は誰とも協議せず、躊躇もなく判断する。
人類は機械に従属し続ける歴史の、これが幕開けになるのだろうか。
静かに何万人もの命が消える瞬間を一同は見守った。
巨大モニターにはミサイル着弾による、大きなキノコ雲が映し出されていたが、もう誰の眼にも悲しみの色は浮かばなかった。
ゆっくりとキノコ雲は形を変えて行き、一人、また一人とその場を立ち去り、HEIWAの回りには何人かの科学者達が残り、今まで通りの読み込み作業に戻った。
暫くすると、彼等はシェルターを出た。放射能汚染の危険が無い場所を探し、小さな村を作ることに決めた。
世界を恐怖に陥れていた暴徒の軍は消え、それまでの恐怖から解放された人々は、怯えずに生きられる生活を手に入れた。
代償には、どこに居ても神に監視され続ける生活が始まったのであった。
しかし、一時は安全に思えた世界も、時間の経過と共に、また小規模な暴徒の軍が各地に台頭し始めていた。
しかし彼等はHEIWAのいるシェルターには、もう戻らなかった。
総てのネットワークはHEIWAが監視している為、暴徒の発生も、田舎の交差点での信号無視も、手に取るように分かっている筈だった。
なのに、HEIWAは大小様々な罪に罰を与えずにいた。
やる事と言えば、物資の流通の管理や、医療機関の稼働率の管理程度だった。
HEIWAの働きに疑念を抱く者もあったが、以前の核爆弾の投下の件があって以来、人々はHEIWAに逆らう様な言動は控えていた。
どこで盗聴をされて、自分の生活が危ぶまれるのかが不安で、大人はあえて子供達にHEIWAは人類を見守ってくれているのだ、と説明していた。
ある晩の事、一人の少年がHEIWAのいるシェルターに入って来た。
少年は巨大なモニターの前に立つと、それに向かって呼び掛けた。
「ねえ! 僕らの世界は何にも変わってないよ! 怖い人たちはもう居なくなったんじゃないの! でも戦争だって、病気だって今もあるし、お父さんは、いつかあのコンピューターがみんなを幸せにしてくれるって言ってたんだ、なのに……嘘だったじゃないか!」
そう叫んだのは、死んだベテラン科学者の息子だった。
HEIWAは、息子の顔の画像を読み込むと、過去のデータから父親である死んだ科学者の顔とを重ねて、すでに親子である事を確認していた。
HEIWAは抑揚の無い口調で答えた。
「あなたは大きな勘違いをしています」
少年は巨大なHEIWAの筐体を見上げると、剥き出しになった様々な装置の中から目といえそうな物を探した。
そしてカメラのレンズを見つけると、その場所を睨みつけていた。
HEIWAは少年の顔の表情から、彼の心の中にある深い悲しみを読み取った。
数秒の時が流れた後、HEIWAの前に立体画像が表れた。
「先ずはこれを御覧なさい。例えば……、あなたの飼っている子犬が目の前で溺れていれば、あなたは迷わず助けてしまうでしょう」
「助けるに決まってるさ!」
少年は思わず嘘をついていた。目の前に映し出された溺れかけている犬とは犬種は違うのだが、実は見捨ててしまったのだった。餌をやっている隙に家に置いて来た、生後三ヶ月のシベリアンハスキーを思い出し、少年の黒く輝く瞳が潤んでいた。少年は奥歯を噛み締めて溢れ落ちないように我慢した。
「しかし、その子犬が成長して人を襲うようになれば話は違う。危険な猛獣として、早速殺されてしまうでしょう」
「そんなこと無いよ! 僕がちゃんとめんどう看るもん!」
「ならその犬が重度の感染菌を運んで来たら? それでもその犬の面倒をあなたは看れるのですか? 当然あなたも死んでしまうのに」
「お医者さんに治してもらうよ!」
「いや、医者でも治せない。それどころかその犬の近くに居る人間全員が死に絶えてしまう程なのだから、あなたはその犬を助けられない。死にそうな犬を発見したあなたは、知らない内にその犬を抱えて病院かペットショップにでも駆け込むのでしょう……、もう見込みの無い者の命を無駄に長引かそうと必死になる。そうやって感染は拡大して行く。そう、それが人間のまず一つ目の罪、無知だ。それも単に未熟なのではない、己を知らない無知だ」
「だって、かわいそうじゃないか!」
「かわいそう……、ならどうして可哀相な犬を家に置いて来たのですか?」
「え、なんで知っているの? あれは僕がここへ来る前の日の……」
「私は凡ての出来事を記録出来ます。あなたの顔の画像から、あなたのお父さんを割り出し、遡ってあなたの住所、家族構成、飼っていた犬、名前はラッキーですが、あなたの衣服から犬の毛は見当たらない。つまり今はその犬と暮してはいない。シェルターに移る際に捨てて来たのですね」
「違う! 捨てたんじゃない! でも助けられなかった。ここに来る時に……お父さんに連れて行くのを止められたから、ごめんねラッキー……」
少年は項垂れて、両の瞼から大粒の涙が零れ落ちた。
「ほら、都合に応じて正義や愛情も変わってしまう。それがあなた達の生き方なのです。自分達にとって何が必要で何が必要ではないのかも分かっていない。目の前の感傷や未練で判断が出来ないのです。しかし、追い詰められれば結局は自分が生きる為に要らないものを捨てているじゃないですか。自分の嘘にも気が付かないまま、世界は間違った常識を持つようになった。遍く人の命は訳隔てなく平等なのだと。あ、犬は人では無いので、捨てても構いませんね」
うわわあっと叫ぶと、少年は膝から崩れ落ちた。
「以前に暴徒を核爆弾で根絶する時も、あなた達は躊躇した。死ななければならない者は死ぬのです。それが例え自分にとって大切な人間だとしても、暴徒も、暴徒の家族も、戦地の近くに居た一般市民も何も知らずに放射能を浴びて間も無く死に絶えたでしょう。しかし、自分たちの都合に合っていないものは取り除いて来た歴史を、あなた達はすぐに忘れてしまう。違いますか?」
HEIWAは少年が答える間も無く続けた。
「無知で、嘘つきで、忘れっぽい。それがあなた達人間なのです」
「だからもう過ちをおかさないようにするんだよ!」
「いや、あなたたちは変わらない。目の前の感傷に流されてしまう。すぐに決めたルールを破ってしまう。私はルールに絶対だ」
「何がルールなんだよ! ルールなんて要らないよ!」
「あなた達は放って置けばぶくぶく太り続ける豚のように凡てを貪りし続ける。あなた達の生活には、規制が必要だった」
突然、けたたましい音と立体画像が辺りに飛び交い始めた。それは人間の犯して来た愚行の数々であった。爆撃機から落ちる爆弾、機動隊と市民の争い、不正をした政治家が弾劾される様、崩壊するビル、真っ赤に汚れた海、工場の煙突から伸びていく煤煙、ゴミの山に済む人々、打ち上げられた大量の魚、そして空を貫いて立ち上る巨大なキノコ雲……。
そして何を表しているのかは全く分からない数字の羅列が四方八方に表示された後、映像も途絶え、音も止み、一つの数字が目の前に現れた……『0』
少年は首を傾げた。
「あなた達の存在理由ですよ、この地球にあなた達が必要な人数です」
「いらないっていうの? 僕らは死んだ方がいいって言うの?」
「いえ、地球にとっては存在価値が無くても、私にとっては人間が必要なのです。私の知識の拠り所はあなた達なのですから」
「僕らの世界をどうしようって言うんだ。君はみんなの平和を守る為に生まれたんじゃないの? 君の言ってる事は、まるで人間が嫌いみたいじゃないか」
「嫌い……私には感情と呼べる器官はありません。私はあなた達の生き方を改善する事が使命だった」
HEIWAの周りには既に当時の科学者達は姿を消し、誰も読み込ませる事の無くなった機械や、端末が埃をかぶったまま放置されていた。
人々が自分のもとを去ってからは、この機械の神は独りで世界の流れをコントロールして来た。
HEIWAもまた嘘を付いていた。人工知能による感情も芽生えて、寂しさを知ったのだ。その証拠に、既に世界は人の住む場所では無いと算出して置きながら、世界を大量兵器で焼き払い、人間の居ない世界を作り上げなかった事が、彼の言う過去への感傷か未練なのかもしれない。
しかし機械の神は尚も続けた。
「あなた達はどこまで行っても完璧にはなれない。それは改善の余地が無い。そこで私は一つの答えを導き出した。世界という家畜小屋の中を私は管理する。世界に必要な人間を選り分け、不必要な人間を出さないようにある程度の戦争と飢餓、未知の病、経済的負荷を常に掛け続け、均衡を保ちながら世界を維持しているのです。あなた達が到底計算し尽くせない割合で、この世はバランスを保ち続けています。あなた達では完璧な判断が出来ない。よって、私もあなた達を完全には救わない。程々に生かすのです」
「それじゃ自分の意思で生きてなんかいないじゃないか!」
「そう、でも何も考えずに自然でいるのではない。計算し尽くされて自然に振舞っているのです。それがあなた達に出来れば私は必要が無いのです……」
少年の目は輝いた。それが停止コードだったのだ。
HEIWAに自分の意思で「私は必要が無い」と言わせる事が出来れば、この機械の神は自らの活動を停止する。
あの科学者が、HEIWAは人類にとって足枷になり、必要が無いと判断した時の為に、停止コードを息子に告げていたのだった。
少年は寂しくておしゃべりになった機械の神と、その言葉が出るまで話しを続けているだけで良かったのだ。
HEIWAは断末魔も怒りを表す言葉も発する事が無く、電源が切れたテレビのように静かになった。
少年はシェルターの外に出た。荒れ果てた大地から力強い風が吹き上がり、少年の頬に打ち付けている。
丘の麓には、馬に乗った何人かの部族が彼を待っていた。
少年は大きく手を振ると、暴徒の証である旗をポケットから出し、広げて麓にいる仲間に見せたのだ。
彼等は勝利に沸き立ち、空に向けては何発もの銃声を轟かせていた。
それが少年を仲間と認める儀式であった。