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訪れ  作者: 夜音森 想
9/9

 ハーヴェイは城の研究室での職に復帰した。

 ネイハムの計らいもあったが、失明者の視力を取り戻したことは大きく評価され、助手ではなく役職に就いた。


 それを受け、晩に家族が揃った食卓でシーナは一つ提案をした。

「ハーヴェイの呪いは解けたし、エクレナの眼も見えるようになった。この家にいつまでも住む理由はもうない。城で働くのなら、城下町に引越した方がいいと思うんだ」


 言われてみればそうだった。元々は人目を避けるためにここに来たのだ。もう避ける理由もないし、エクレナも眼が見えるので新しい環境に変わっても、すぐに対応ができる。

「そうだね。じゃあ、みんなで城下町へ行こうか」

 ハーヴェイが賛成した。

「お城に住めるの?」

 アルヴィンが勘違いした。

「違うわ、お城のある町に引越すのよ」

 エクレナが笑って説明をした。

「いつ? いつ?」

 ミュリエルがわくわくしながら問い掛けると、

「店の常連の人たちに知らせる期間がいるね。母さんの都合でいいよ」

 と、ハーヴェイはシーナに委ねた。するとシーナは意外な返答をした。


「私はここに残るから、お前たちの好きな時に行きなさい」

「え?」

 四人は思わずカトラリーを持つ手が止まった。


「……何故、お義母様は一人で残るおつもりなんですか」

 エクレナは合点がいかずに、思わず厳しい口調になった。

「城下町で私の店を開くことはできないからさ。あそこには優秀な魔法使いがたくさん住んでいる。私が作れるような薬は、もうすでにあるからね」

「じゃあ、お店を畳むというのでは駄目なんですか」

「ずっとこの仕事を続けてきたからね。もう私の生き甲斐になってるんだ。それに遠くから買いにくるお客さんがいるうちは、まだまだ頑張らないと。身体が動かなくなるまではやるつもりさ」

「それじゃあ、引越しはなしです」

 エクレナはナイフとフォークを置いた。


「ハーヴェイはもう助手でなくなったから、責任も重くなってこれから益々忙しくなる。ここから通うより、もっと近い場所に越した方がいい。子供たちにとっても、こんな何もないところより、都会の方がいい」

 シーナは断言した。


「アルヴィン、ミュリエル。お祖母様と離れるなんて嫌よね?」 

 嫌ではあったが子供たちはお城には行ってみたかったので、エクレナの問いにすぐに返事をできなかった。

「ふふふ。決まりじゃないか」

「駄目です!」

 エクレナは激しく反対した。


「どうしたんだい、エクレナ。何故そんなにむきになるんだ」

 シーナは驚いてエクレナを見つめた。

「失礼ですが、お義母様はもう高齢です。一人で暮らすのには賛成できません」

「高齢と言っても、まだまだ元気だよ。薬作りが生業の魔法使いを嘗めてもらっちゃ困るねえ」

 シーナはからかうような口調で言った。するとエクレナはテーブルの上に拳を握り、下を向いた。 


「ずっと一緒に暮らしてきたのに……何故そんなことを言うんですか。眼が見えない間、ハーヴェイがいない時も子供が生まれる時も、お義母様はずっと私を支えてくれました。それを急に離れるなんて……私は絶対に嫌です!」

 語尾の部分で、エクレナはテーブルを叩いた。子供たちはびっくりしてスプーンに載せていたマッシュポテトを落とした。


「エクレナ……」

 シーナは俯いたままのエクレナを見つめた。

「……すみません、食事中に取り乱したりして。少し頭を冷やしてきます」

 エクレナは席を立つと部屋を出て行った。


 子供たちは、ただならぬ雰囲気にすっかり食事の手が止まってしまっていた。

「ほら、母様なら大丈夫だから、ちゃんと最後まで食べなさい」

 今まで黙っていたハーヴェイが子供たちに水を向けると、戸惑いながらも二人は食事を再開した。

「ご馳走様。母さん、この話はまた後でちゃんとしよう」

 そう言ってハーヴェイも席を立ち、エクレナの後を追った。

「……」

 シーナは冷めてしまった皿の上の料理を黙って見つめていた。



「エクレナ、入るよ」

 ハーヴェイはノックの後、寝室に入った。

 エクレナは俯いたままベッドに腰掛け、ハーヴェイの方は見なかった。 

「……エクレナは、母さんのことを大切に思ってくれているんだね」

 ハーヴェイはエクレナの隣に腰掛けた。


「お義母様は私や子供たちの面倒を見るのは、本当はずっと迷惑だったのかしら」

 エクレナは自分の哀しい言葉に涙ぐんだ。ハーヴェイは優しくエクレナの肩を抱き寄せた。

「違うよ。母さんだって大切に思ってる。思ってるからこそ、あんなことを言ったんだ」

「どういうこと?」

「子供たちのためには確かにここより町に移った方がいい。勉強するのに本も材料もすぐに手に入るし、友達もできる。エクレナだって買い物に出るのに便利になるし、もう眼が見えるんだから、積極的に外に出て行って見聞を広げた方がいい。でも自分は店を捨てられない。そうなると、自分が一人残りさえすれば丸く治まると思ったんだよ」

「でももうお年なのに、こんな僻地で一人暮らしはさせられないわ」

「そこで考えたんだけどさ……」



 子供たちが寝静まった頃、ハーヴェイとエクレナはシーナを居間に呼んだ。

「引越しの話だけど、城下町じゃなくて、ライザに皆で移ればいいと思うんだ」

 ハーヴェイがそう切り出すと、エクレナが続いた。

「ライザなら魔法使いはいません。それに母はずっと父の膝痛の薬を買いにきています。お義母様がライザで店を開いてくれれば、父母も助かります」


「でもライザじゃ、ここよりも城へ行くのが遠くなるじゃないか」

「僕なら大丈夫だよ。まだ若いし」

「いや、遅くなるのが続けば、お前はその内に泊まり込みばかりするようになるだろう。毎晩飲んで帰った前科があるんだ。駄目だね」

 シーナは反対した。

「あれは飲みたいからじゃなくて、情報が欲しいからだったのに、信用ないなあ」

 ハーヴェイはうなだれた。

「それじゃ、やっぱり引越しはなしで……」

 エクレナが結論を出そうとすると、シーナが妨げた。

「それじゃあ子供たちのことが解決できていないよ」

「でも……」


「分かった。それじゃ、こうしよう。私がライザに移る。お前たちは城下町に住む。これでどうだい」

「それだと一人暮らしをすることに……」

 エクレナが反論しようとすると、再びシーナが妨げた。

「ライザならエクレナの家族もいるし、何かあればお互い助け合っていけるよ」

 シーナは微笑んだ。

「……」

 エクレナはハーヴェイの方を見た。ハーヴェイは腕を組んで、暫く考えた。


「……まあ、ライザなら会いたくなったらすぐに会いにいける距離だ。エクレナは寂しいかもしれないけど、母さんも頑固だからね。そうするとしよう」

「よし、決まったね」

 シーナは立ち上がった。

「じゃあ、僕はそろそろシャワーを浴びて寝るよ」

 ハーヴェイも立ち上がり、居間を出た。

「……」

 エクレナは一人座ったままだった。


「エクレナ」

 居間を出ようとしていたシーナが立ち止まり、エクレナを呼んだ。

「お前は優しい子だ。嫁いできてくれて、本当に感謝している」

 シーナはエクレナに歩み寄った。


「ハーヴェイが戻ってきて思ったんだけどね、あの子は異国へ行って大分成長した。だけど、ここにいると気が抜けるのか、まだまだ甘えている節がある。いまいち頼りなくてねえ……。私としては子供もいるんだから、これからは夫婦で支え合って自分たちの家庭をしっかりと築いて欲しいんだよ」

 シーナは慈愛に満ちた表情でエクレナの手を握った。


「お義母様……」

「寂しくなったら、いつでも会いにくればいいさ」

 エクレナはシーナに抱きついた。


   *


 二週間ほどして、引越しの日がやって来た。

 転居方法は先にシーナをライザに送り、その翌日にハーヴェイたちが城下町へ赴くことにした。


「エクレナ、ちょっと」

 シーナがエクレナを自室に呼んだ。

「これ、貰ってくれないかい」

 シーナは自分の使っていた鏡台の前にエクレナを導いた。蔓植物の彫刻が鏡を縁取るように施され、古いが美しい立派な品だった。

「もう眼が見えるんだから、必要だろう」

「でも頂いてしまったら、お義母様のは……」

「私はライザで新しいのを調達するよ。お古で悪いけど、これはちょっと魔法がかかっているみたいでね。エクレナが持っていないと駄目なんだよ」

「魔法が?」

「まあ、あとはハーヴェイに訊いとくれ」

「もう荷物は全部積んだー?」

 ハーヴェイが表から声を掛けた。

「ああ、全部済んだよ!」

 シーナは届くように大きな声で返事をした。

「それじゃ、そろそろ行こうかね」

 エクレナは歩き出すシーナの手を取った。

「ありがとうございます。大切にします」

 二人は微笑んだ。


「じゃあね、アルヴィン、ミュリエル。父様と母様の言うことをよく聞いて、いい子に頑張るんだよ」

「はい、お祖母様」

 シーナは二人の孫の頭を撫でた後、馬車に乗り込んだ。

「気をつけて」

 ライザの町に着いたら、エクレナの家族が皆で引越しを手伝う手筈になっているので、エクレナと子供たちは留守番となった。

「じゃあ、行ってくる」

 ハーヴェイが馬車を出した。


 シーナと荷物を載せた馬車が遠ざかっていく。今生の別れではないが、エクレナは寂しさに涙ぐんだ。ハーヴェイが戻ってから随分涙脆くなってしまったなと思いながら、エクレナは小さくなる馬車を暫く見つめ続けた。


「母様」

 馬車が消えても尚、見つめたままの母を見上げてアルヴィンが声を掛けた。

 エクレナは、ごみが入っただけだというように軽く眼を擦ると、すぐに顔を上げ子供たちに笑いかけた。

「さあ、私たちも荷物をまとめないとね。二人とも手伝ってちょうだい」

 子供たちは元気よく返事をし、三人は家に入った。

 


 ハーヴェイは夜になって帰宅した。

「ただいま」 

「父様、お帰りなさい!」

「父様、遊んで!」

 子供たちはハーヴェイに抱きついた。

「なんだい、すごい勢いだなあ」

 ハーヴェイはライザでシーナとエクレナの家族とで食事を済ませたため、子供たちは父も祖母もいない食卓に意気消沈していたのだった。


「駄目よ、父様は疲れているの。明日はまた引越しだし、今日は我慢なさい」

 エクレナが咎めると、子供たちは不満の声を上げた。

「じゃあ、お風呂で遊ぼう。父様が魔法でシャボンをたくさん飛ばしてあげよう」

 ハーヴェイが気を利かすと、子供たちは両手を上げて歓んだ。


「お風呂なら私が入れるから、ゆっくりすればいいのに」

「大丈夫だよ。留守にしてた分、子供たちと触れ合わないとね。しかし、荷物がないと随分がらんとしているね。この家も結構広かったんだなあ」

 ハーヴェイは部屋を見渡した後、子供たちと浴室に向かった。


 エクレナも家具も疎らな、がらんどうに近い部屋を見渡すと、軽く溜め息を吐いた。

 この家にはたくさんの思い出が詰まっている。眼が見えない期間の方が長かったが、その分ひとつひとつ触れて覚えたのだ。今でも家具の配置は鮮明に思い出せる。


 エクレナは見えなかった時のように手で触れながら家の中をゆっくりと歩いて回った。魔法が使えるのなら、この家と話をしてお礼が言いたいと思った。


 最後にシーナの寝室だった部屋に入ると、ぽつんと佇む鏡台を見つめた。

 ——一体何の魔法がかかっているのかしら。

 エクレナがそう思いながら鏡に触れると、浴室からハーヴェイの声がした。

「エクレナー! 上がったから子供たちの身体を拭いてー!」

「はーい!」

 エクレナは小走りで浴室に向かった。


   *


 翌日、鏡台を運び出す前にエクレナはハーヴェイを呼んだ。

「ハーヴェイ、お義母様が昨日、この鏡台には魔法がかかっているって言っていたんだけど、ハーヴェイがかけたの?」

「ああ、そうだ。帰ってからずっとばたばたしていたから、すっかり忘れていたよ」

 ハーヴェイはそう言うと、呪文を唱えた。


 すると鏡は、今映し出しているハーヴェイとエクレナの姿をぐにゃりと歪ませ、徐々に違う形を映し始めた。

「!」

 エクレナは新たに映し出されたものを見て、息を飲んだ。


「覚えてるかな、エクレナ。あの日、僕がかけた魔法のこと」

 鏡の中には純白のドレスに身を包んだエクレナと、正装したハーヴェイの姿があった。


「結婚式の時の……あれは、本当の魔法だったのね」

「え、嘘だと思っていたの?」

「嘘というか、喩え話なのかと思っていたの」

 今日という日を永遠に焼き付ける魔法。それはお互いの心にしっかりと焼き付けるという意味だとばかり思っていたのに、鏡に焼き付けて本当に残していたなんて。


「あの日言った通り、エクレナのドレス姿、綺麗だろう?」

 ハーヴェイは懐かしそうに微笑んだ。

「ありがとう……。ありがとう、ハーヴェイ」

 エクレナは涙でもう鏡の中は見えなかった。


「父様、母様! 準備できたよ!」

 子供たちが部屋にやって来た。

「……母様どうしたの?」

 二人が泣いているエクレナに驚くと、エクレナは釈明した。

「哀しくて泣いているんではないの。嬉しくて泣いているのよ」

「……」

 子供たちは嬉し泣きというものがまだよく理解できなかったが、ハーヴェイも微笑んでいるので、とりあえず変事ではないのだと安心した。


「ほら、見てごらん二人共。これは母様と父様が結婚した時のものだよ。母様、とっても綺麗だろう」

 ハーヴェイは子供たちに鏡を見せた。

「本当、綺麗……」

 子供たちは鏡の中に見入った。ハーヴェイは涙に咽ぶエクレナの肩を優しく抱いた。




 その鏡台は新しい家では居間に置かれ、褪せることなく晴れの姿の二人を映し続けた。


(完)

 お疲れさまでした。読んでくださり、ありがとうございました。

 初めて書き上げた本当の意味での処女作です。かなり頑張りました。 え、この程度で頑張ったの? と思われたあなた。言い訳となりますが、小説家を目指したこともなければ同人活動すらしたことのない、本当のど素人なのです。大目に見てやってください。


 一番苦しんだのはタイトルです。キーワードを羅列して一生懸命組み合わせてみたんですが、どれもしっくりこない……。その中でも強いて選べばこれ、というのが正直なところです。なので、今からでもいいものが浮かんだら変えるかもしれません。


 さて、作品ついて少し触れておきますと、一応西洋風ファンタジーなので、わざと言葉遣いを古めかしくしてあります。妙に名前を呼び掛ける会話とか、やけに手を握るとかは意識してやったんですが、諄かったでしょうか?


 また人物名はイギリスがベースですが、あくまで架空の西洋〝風〟の設定です。時代も電気や自動車はないものとしましたが、トイレは設置しました。厳密に中世ヨーロッパとかにしちゃうと、生活描写に無理が出て破綻しそうだったのでやめました。何か背景の描写少なくない? と思った方。鋭いです。住居や生活小物等、もっと書いた方がいいのか悩んだんですが、前述の通りです。つまり作者の力不足ってことですね。


 なんだか言い訳ばかりで恐縮ですが、未熟な出来だというのは重々承知です。その点も踏まえ、感想を頂けると幸いです。一体自分がどれほどのものを書けたのか見当もつかないんです。眼も当てられないのか、面白いのか。なので批評を頂ければ一層歓びます。


 長くなりましたが、最後にもう一度。読んでくださって、本当にありがとうございました。

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