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訪れ  作者: 夜音森 想
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 初投稿時より改行を増やして可読性を高めました。

 携帯の人にも読み易くなったと思いますが、その分タテ書き小説ネットからpdfをダウンロードすると少し不自然になるかと思います。


 加えてMacで作成したためか、タテ書き小説ネットでのpdfだと全角ダッシュ「—」が文字化けして「??」となっているためpdfを自作しました。


 以下のアドレスからブラウザで閲覧もしくはダウンロードできますので、パソコン環境の方はそちらからお読みください。

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=explorer&chrome=true&srcid=0B3WOgQ7C4QiWMjE2ZmQwMDEtNmNhOC00N2FjLTg0ODEtMGRhZmVlNmZkMDQ4&hl=ja&authkey=CN3JjKQB


 また、自作pdfには表紙と番外編の短編二編を付け、より文庫本っぽく仕上げました。一度読んでくださった方にもそちらで読んで頂けると幸いです。

 人の多い町から遠く離れた山あいに、小さな家が一軒ある。魔法使いの母親と息子が二人で静かに暮らしている。

 母親のシーナが作る薬はよく効くと、遠く離れた町から噂を聞き付けた人々が買いに来る。多くはないが、絶えず購入者が来るために暮らしには困らない。


 息子のハーヴェイはいつも奥の工房か、外へ出ているかであまり客の相手はしないが、たまに人前に出ると、皆その姿に溜め息を洩らした。

 絹糸を思わせる金色の髪、愁いを帯びた深い碧い瞳、長身ですらりとした四肢、男にしては細く長い指。そして何より整ったその顔立ちは、時に同性をも魅了するほど美しい青年だった。そのため言い寄る女が多かった。

 

 女本人は勿論、娘の婿にと母親からもよく口説かれた。しかし、彼はそれを積極的に受け入れようとはしなかった。それでも何人かに一人はしつこく食い下がり、熱烈に入れ込む女が出てくる。

 すると彼は家に女を一晩泊めて、夜半に灯りを暗くした部屋で、こう問うのだ。

「君は僕のこの顔に惹かれたんだろう? でもこれが魔法で作られた偽物で、本当は醜い姿だったらどうする?」


 大抵の女は信じない。愛を試されているのだと思い、自分の想いはそんなことでは変わらないと答える。

 それを聞いたハーヴェイは女の手を取り、自分の頬に当てる。そしてまた問うのだ。

「本当に……?」

 女がうっとりとして問いに答えるのが遅れると、彼の顔はみるみる崩れていき刹那の内に醜い姿に変わる。ゴツゴツとした隆起に満ち、皮膚は赤黒く変色し、瞼はただれたように下がり、口唇の隙間からは猛獣のような歯が覗く。想像だにしなかった姿になるのを見た女は突然の恐怖に震え出し、声が出ない。


 ハーヴェイが手を離すと女は後退り、こう叫ぶ。

「ば、化け物……!」

 それを聞くとハーヴェイはうなだれて静かに肩を震わせる。

「ははは、そうだよ。僕は本当は化け物なんだ。やっぱり君も口先だけなんだね」

 女はますます恐ろしくなり、脚をもつれさせながらドアへと駆け寄る。

「分かったらもう、出ていってくれ!」

 ハーヴェイがそう叫ぶと、真夜中にも関わらず女は慌てて逃げ出すのだった。


   *


 ハーヴェイは元々美しい顔で生まれ、彼自身それが自慢でもあった。

子供の頃は町ゆく大人にはいつも器量を褒められ、買い物に行けば他の子には内緒だよ、と言っておまけをしてもらえた。同世代の子供たちは彼の持つ気品に他の子供とは違う雰囲気を感じ、反感はないが距離を置いてしまうほどだった。


 ハーヴェイの父は優秀な魔法使いで、国家の公務に従事していた。しかし、身体を悪くしてからは公職を退き、シーナとともに薬屋を営み皆に慕われ暮らしていた。


 父は息子の才能を見抜き、早くから様々な魔法を教えた。ハーヴェイも魔法が使えるようになるのが面白くて、のめり込んだ。

 だがハーヴェイが九つの時に父親は他界した。ハーヴェイは尊敬していた父のように早く立派な魔法使いになりたいと一人でも熱心に本を読み、魔法を覚えた。


 そして十二の時に禁忌の魔法に手を出した。


 魔法使いとして、めきめきと成長をしていく彼は貪欲に魔法を求めていた。それが禁じられたものだと分かっていても、好奇心と自惚れに負けた。幼さ故に浅慮であった。


 しかし、禁じられているものには必ず理由が存在する。未熟な魔法使いが手に負えるものでないという戒めに、古の呪いによって醜い姿に変わってしまったのだった。


 息子のあまりの変わりように、シーナは絶叫した。禁忌の魔法の恐ろしい代償を初めて知った瞬間だった。

 シーナは呪いを解くために考え得る方法は全て試したが、解けるはずもなかった。元々シーナは薬を作る能力には長けていたが、魔法使いとしては平凡な才能しかなかったために、彼女の力量ではどうにもならなかった。


 ハーヴェイは己の変貌を周りに知られるのを恐れ、シーナに口止めをした。

 そして部屋から全く出なくなってしまったために、忖度したシーナは親子二人で静かに暮らそうと、故郷を捨て今の場所に移り住んだのだった。


 それからのハーヴェイは絶望と後悔に苦しみながらも、元の姿に戻るため専心した。自宅にあるあらゆる書物を読み、研究に没頭した。


 長い風霜を経て、なんとか魔法で昼の間は元の外見を保つことに成功した。

 これに光明を見出した彼は完全に呪いを解こうと更に努力を重ねたが、未だ実らず夜更けには醜い姿に変わってしまうのだった。


 そのため彼は青年へと成長した今でも尚、人との交流を恐れた。

 昼の間は笑顔で接してくる相手が本当は醜い姿だと知った途端に離れていくのではないかと感じたのだ。

 姿が変わっても中身は変わっていないということを、きちんと受け止めてくれる人間が一体どれほどいるのだろう、と。


 しかし、母と二人の生活だ。この先彼女が死んだら孤独に生き、老いていくしか道はないのか——。そう考えると不安になった。

 生涯を共にする伴侶を得たいし、子供も欲しい。老いた母の世話をしてくれるというのも大事だ。やはり結婚はしたいとハーヴェイは強く思った。


 ハーヴェイの美しい外見に惹かれ、言い寄ってくる女は多かったが、なかなか醜い姿を晒け出せずにいた。

 しかし、晩婚だったシーナは年々眼に見えて衰えがきている。いよいよ花嫁をと決心したハーヴェイは、好意を寄せてきている者の中から一番美しい女に交際を申し込んだ。


 勿論受け入れられた。

 その女は美しいものが好きで、きらびやかなアクセサリーや薔薇の花をこよなく愛し、またそれが似合っていた。

 ハーヴェイも美しいものが好きだったので、女を好ましく思った。

 周囲には美男美女でお似合いだとよく言われた。女は積極的に愛の言葉を囁き、将来は一緒になりたいと言うようになった。二人はうまくいっていた。


 彼女なら……。そう思ったハーヴェイは初めて他人に醜い姿を晒した。女は悲鳴を上げて逃げ出していった。


 その後も何人もの女が彼に求愛したが、美しい男が突然醜い顔に変わったが最後、皆恐怖に顔を歪め、悲鳴を上げて逃げ出すのだった。


 繰り返される逃走にハーヴェイの心には深い傷ができた。最近では美しい姿が偽物で、本物は醜い姿の化け物なのだと自虐的に言うようになっていた。


   *


 翌朝、朝食の席に息子しかいないことでシーナはまた女が逃げたことを知る。これで何人目だろうか。

「……あの子が外に出る前に、ちゃんと帰れるよう魔法をかけたろうね?」

「かけたよ」

 真夜中に山から町へ、女一人でも無事に帰れるよう取り計らう魔法だ。如何に傷つこうとも、そこは紳士であった。 


 シーナはミルクをカップに注ぐと、向かいに座るハーヴェイの前に置いた。

「お前、どうしても嫁が欲しいのかい?」

「……そうだね。醜い顔を晒しても、逃げない人がいればの話だけど」

 ハーヴェイはシーナと視線は合わさず、皿の上のベーコンをナイフで切りながら溜め息混じりに答えた。


「この前、ライザの町から来た奥さんと話し込んでね。もう二十四にもなるのに娘の嫁ぎ先がないと嘆くんでお前の事情のことも話したら、うちの娘は絶対に逃げ出さないから、よかったらもらってくれないかと言ってきたんだ」


 ハーヴェイのナイフを持つ手が止まった。視線をシーナに合わせる。

「絶対に逃げ出さない?」

「そう。絶対に」

「何故絶対だと言い切るの?」

「……それは、会えば分かるさ。会ってみるかい?」

 ハーヴェイは好奇心を刺激されたので、早速会いに行くことにした。



 ライザの町まで普通の馬では二時間はかかるが、馬に俊足の魔法をかけたので一時間足らずで着いた。ハーヴェイは外出の際は大概この魔法を使って移動する。


 ライザは田舎ではあるが、大きな港町だ。市場もあり、喧騒に溢れている。

 ハーヴェイは買い物などでよく外出はするが、異性と不用意に接触するのを避けるため極力大きな町には出向かない。ライザは初めて訪れる町だった。


「さて、と」

 その娘の名はエクレナと聞いた。

 ハーヴェイは馬を繋ぐと、手帳を開いて短い呪文を唱えた。すると紙には文字が浮き出した。人に尋ねずとも名前だけで家を探せるのだ。


 本の示した家を目指し歩き出すと、町の人々は次々と振り返った。女たちはひそひそと噂をしている。

「ねえ、あそこ! 物凄くいい男が歩いてる。どこから来たのかしら。ちょっと声掛けてきてよ」

「えっ、何で私なのよ」

「だって、あんないい男と目を合わせたら私、失神しちゃうもの!」

「私だって無理よ! ああ、行っちゃった……」


 ハーヴェイは手帳を見ながら一心にエクレナの家を目指していたので、喧騒に紛れたその声は耳に届かなかったが、届いたとしてもこの手の女たちのあしらい方は知悉していた。ただ、彼は接触しないで済むのならそうしたいのだ。


 エクレナの家を訪ねると、シーナより少し若いくらいの女がドアを開いた。エクレナの母親だろう。彼女はハーヴェイの顔を見るとかなり驚いたようだったが、すぐに事情を飲み込んで家に招き入れた。

「娘は今、庭に。あんたの事情は軽く一度話しただけだけど、あんたさえよければあの子はすぐにでも嫁ぐ意思はあると言っているんだ。面倒見がよくてよく働く子だし、すぐに打ち解けられるはずだよ」

 母親は愛想よく説明をすると、ハーヴェイを庭へ案内した。


 そんなに物分かりのよい娘が、どうして今まで結婚できなかったのだろうか?

 どうして醜い自分のところなんかに嫁がせたいのだろうか?

 もしかすると驚くほど酷い外見で、ずっと貰い手がいなかったのだろうか?

 だとすると、醜い外見同士でお似合いとでも言いたいのだろうか……。

 庭への道すがら、ハーヴェイは想像を巡らせた。


 庭に出ると若い女が一人、山羊の世話をしていた。赤毛で中肉中背の、地味だがごく普通の女に見えた。ハーヴェイは心なしかほっとした。母親は静かにドアを閉めると、部屋に戻っていった。


 ハーヴェイが近づくと山羊が先に彼に気付いて一度鳴いた。それを受けエクレナがハーヴェイの方を見た。

「突然伺ってすみません。ハーヴェイと言います」

 エクレナは少し驚くと、はっとしたように慌てて髪を整え、服の裾の汚れを払い、ハーヴェイに向き直った。しかし、眼は合わなかった。


「エクレナです。初めまして。と、言っても私は眼が見えないので、この挨拶が正しいのかどうか分からないのだけど……」

 エクレナは少し困ったように微笑んだ。


 なるほど、絶対に逃げ出さないというのはそういう訳か……。ハーヴェイは全てを理解した。

「エクレナ、君はどのくらい僕のことを聞いているの?」

「ええと、魔法で薬作りを生業としていること。ここから少し遠い西の山の方で、お母様と二人で暮らしていること。それからあなたの顔は昼間はとても美しいのに、夜中には恐ろしい姿に変わってしまうこと。それによって、とても深く傷ついていること。……このくらいかしら」

 深く傷ついている。この言葉にハーヴェイは反応した。何人もの女が逃げ出したことも承知らしい。


「君は眼が見えないから、僕を恐ろしくはないということだよね。でも、それだけの理由で嫁ぐつもりなの?」

 エクレナは寂そうに微笑んだ。

「……私はこんな眼だから、貰ってくれる人なんていなくて、すっかりいい歳になってしまったわ。妹は十八、弟は二十一で家庭をもったというのに……父も母も心配し通し」

 そこで言葉を区切ると、座りましょう、とエクレナはハーヴェイを促した。自宅だからなのか、見えていなくとも足取りは慣れたものだった。


「二度ほど結婚の話もあったんだけど、やっぱり相手のご両親が嫌がってね。見えなくても音とか感覚で結構分かるのよ。最初に色々教えてもらわないとならないけど」

 二人は山羊の小屋の前の簡素な椅子に腰掛けた。


「それでも子供が生まれたらどうするとか、色々不安が拭えないみたいで、結局破談になるの」

 エクレナは俯いたが、気が付いたように慌ててハーヴェイの方を向き、続けた。

「十五の時、馬車に轢かれそうになってね。避けた時に転んで頭を強く打ち付けてしまって……。打ち所が悪かったみたいで、それから視力を失ってしまったの。先天性のものではないから、子供に遺伝することはないのよ」

「——うん」

 ハーヴェイは最初黙って頷いたのだが、相手は見えないということを思い出して、すぐに声に出し直した。


「あなたとなら傷ついてきた者同士、分かり合える部分が多いんじゃないかなと感じたの」

 そう言うとエクレナは前方に向き直った。山羊はのんびりと草を()んでいる。

「それに、困った時は魔法でなんとかしてくれるんじゃないかなって」

 エクレナはいたずらっぽく笑った。

「そう……」

 彼女も自分と同じように本質を見てもらえることなく、不当な評価をされている。しかし、誰でもいいから縋りたいという訳ではなさそうだ。


 ハーヴェイは警戒心を解いてエクレナを見つめた。するとエクレナもハーヴェイの方を向いた。彼女の眼は一見すると普通に感じる。しかし、よく見ると瞳がやや白く、鮮明でないのが分かる。本当に見えていないのだとハーヴェイは改めて認識した。


「魔法もね、万能じゃないんだ。薬を作るのが家業になってはいるけれど、君の視力を元に戻したりは……」

「違うの、分かってる。魔法でなんとかっていうのは、冗談だから気にしないで」

 エクレナは慌てて手を振って笑った。

「ねえ、あなたのこと、もっと聞かせて」

 言われてハーヴェイは、醜い姿になった経緯からぽつぽつと話し始めた。


 エクレナは相槌を打つ以外は、何も言わずに熱心に聞いていた。視力を失ってからは人の話を聞くのが彼女の楽しみの一つであった。弟妹が実家を出てしまってからは、話し相手が減ってしまい寂しく思っていたので、ハーヴェイの訪問は有り難かった。


 そんなエクレナを見て、ハーヴェイは新鮮な感情を抱いた。言い寄ってくる女たちは皆自己主張が強く、話を聞くより聞かせたいという者ばかりだったからだ。

 しかし、それを心地よさと呼ぶことに彼が気付くのは、もう少し後のことだ。


 見えていなくともエクレナは途中途中、相手の顔の方を向きながら話を聞く。

 それ故、相手は時折眼が合うように感じる。エクレナの瞳に映る自分の顔を見ながら、ハーヴェイは彼女の中では今、どんな自分が描かれているのだろうと、ふと思った。

 けれどもそれは意味をなさないことだとすぐに思い直した。ハーヴェイは初めて外見に囚われぬ相手と話をしていると感じた。


 それから二人は、お互いの生い立ちや好きなことなど、他愛のないことも含め色々な話をした。

 ハーヴェイはエクレナをしっかりとした芯の強い女性だと感じた。エクレナは、ハーヴェイを少し子供っぽいが心根は優しい青年だという印象を持った。


「ごめん、長居したね。仕事を中断させてしまっていたし、今日は帰るよ」

 山羊がひと鳴きしたのを聞いて、ハーヴェイは立ち上がった。

「また話せる?」

 エクレナは座ったまま、少し寂しげな表情で問い掛けた。

「うん、また来るよ。いつだと都合がいいかな」

 ハーヴェイは片膝を着いてエクレナの正面に座ると、手を握った。エクレナの鼻先に花のような優美な香りが漂った。ハーヴェイは香水をつけていた。

 エクレナはいきなり手を握られたことに心臓がどきりとしたが、紳士的な態度の表れだとすぐに気付き、少し自分を恥じた。


「ええと、明日は妹の家に行かなくちゃならないから、それ以外ならいつでも……」

「分かった。じゃあ明後日の昼過ぎに、また来るよ」

 ハーヴェイはそう言ってエクレナに別れを告げて、庭を後にした。


 エクレナはハーヴェイがまた来ると言ったことが嬉しかった。想像していたよりずっと話し易く、もっと彼のことを知りたいと思ったのだ。


 ハーヴェイは家に入ると、帰宅の旨を伝えるため食卓に座っていた母親に声を掛けた。

 すると落ち着かない様子だった母親は、驚いて立ち上がった。

「あ……あの子は眼が見えなくなってからずっと周りに気を遣ってきていてね。明るく振る舞ってはいるけど、本当は寂しいんだ。独りのあの子を見ていると不憫でね。もしあんたに結婚の意志がなくても、時々は魔法で違う世界を感じさせてあげたりはできないかい」

 母親はハーヴェイの腕を縋るように掴んだ。


 ハーヴェイは少し困ったように微笑んで、

「明後日、また来ます」

 と、だけ言うとエクレナの家を後にした。

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