王の話をするとしよう〜王の話カードバトル〜
氷の宰相と呼ばれる、ディルヴィオ・ヴァレンティスト様とのお見合いが決まった。
宰相閣下はまだ二十五歳と大層お若いのにとても優秀で、すでに王の右腕として毎日お忙しくしているらしい。見た目も優れていて、社交界では未婚の令嬢たちが「涼しげな銀髪に、淡い青い瞳が氷のよう。クールで素敵」と、パーティーなどで群がっているとか。性格だって、国王陛下の言うには役職柄、少々口うるさいこともあるが、決して頭の硬いタイプではなく、真面目で誠実なのだとか。
それなのに、なぜかこれまでお見合いがことごとくうまくいかなくて……。そうしてとうとう、少し歳の離れた十六歳の私にまで、話が回ってきたのだった。
お見合いは、王宮の奥にある私的な応接室で行われるそうだ。今回は、いつまで経っても婚約まで進まない宰相閣下を心配して、国王陛下直々に組んだお見合いなので、当然とも言える。
私は、王と同じ色の金髪と青紫の瞳に合わせて、スミレのような紫色に金の刺繍が入ったドレスに、金の髪飾りとネックレスをつけて、ほんのりと薄化粧をしてその日に挑んだ。宰相閣下の年齢に見合うよう、少しでも大人っぽく見せようと、デザインは可愛らしさよりもシンプルで品のあるものにした。
私が女官に案内されて応接室に入ると、宰相閣下はすでに室内で着座して待機していた。私を見て、すぐに椅子から立ち上がる。礼儀作法良し。
私は優雅に見えるように、ことさらゆっくりとカーテシーをした。
「ラヴィエール伯爵家が長女、アルシェリア・ラヴィエールと申します。このたびは、国王陛下のお声がけで参りました」
「ディルヴィオ・ヴァレンティストと申します。宰相を務めております」
お互いに礼をすると、侍従が椅子を引いてくれたので着座する。テーブルの上には、すでに王宮ならではの、細やかで手の込んだお茶菓子が並べられていた。
私たちが着座したのを見計らって、部屋の壁際に並んでいた侍女たちが、給仕に寄って来る。目の前に金の縁のついた白磁のカップが置かれて、そこへ香り高い紅茶が注がれた。
お見合いというのは、何を話せば良いのかしら。そう思っていると、宰相閣下が少し目を据わらせて、思い切るように息を吸った。
「まず、最初に言っておかねばなりません」
キリッとした表情で、宰相閣下が口を開く。とても心地の良いテノールで、お顔だけでなく、声まで良いのだなと、少し感心した。
「私は、宰相としてまず王を最優先します。それは、結婚しても変えられません」
「左様でございますか。まあ、宰相閣下ともなれば当然でございますね。新婚だからと言って、新妻に溺れられては困ります」
当たり前のことを言われて、思わず力が抜ける。何か、特殊な性癖でも告白されるのかと思っていたのだ。それこそ、お見合いが毎回失敗してもおかしくないような。
「私は若輩ながらも国王陛下の右腕を自認しておりますので、王宮にいる時間がとても長いです。事案によっては泊まり込むことも多々あります。それに、国王陛下に必要とされた時には、いつでも声をかけられる距離にいたいと考えています。ですから、婚約しても、結婚しても、会える時間は限られます」
「そうでしょうとも。それでこそ、陛下の右腕でしょう」
私が深く納得をして頷くと、宰相閣下は少し意外そうに私を見つめた。そして、ようやくと言った具合に私をじっくり観察する気配がした。
「……国王陛下と、同じ色合いなのですね。御髪の色も、瞳の色も」
眩しげに目を細めて言う。私は、嬉しくなって思わず微笑んだ。
「私の自慢ですの。伯母上——王太后様にも、よく似ていると言われておりますわ。王太后様は、私の母の歳の離れた姉君ですので」
「では、国王陛下の……」
「従姉妹、ということになりますわね」
私が胸を張って言うと、宰相閣下は少し羨ましげな表情を浮かべたように見えた。
「宰相閣下は、お兄……国王陛下とは、学生時代からのお付き合いと伺っていますわ。生徒会の時から、ずっと陛下を支えて下さっていたとか」
私は弁えているので、今度は宰相閣下が自慢できることを言うターンを作って差し上げる。私が水を向けると、宰相閣下は、我が意を得たりというように頷いて話し出した。
「ええ、私が入学した時、すでに陛下——当時は王太子殿下でしたが、陛下は生徒会長として学園をよく采配なさっておられました。私はどうも見た目が冷たく見えるようで、他の者たちから氷の令息などと呼ばれていましたが、陛下は私のことを「よく図書館でクラスメイトたちに勉強を教えているところを見かける。見た目こそクールだが、実際はとても情に厚い、真面目で信頼できる人間だ」と、そう仰ってくれて……それ以来、私はあの方の右腕となるべく、研鑽を積んでまいりました」
「分かります。陛下は決して人の見た目だけで判断されませんし、他の者たちをよく見ていらっしゃいますよね!」
いかにも我が王の言いそうなことを宰相閣下が言うので、私は思わず合いの手を入れる。宰相閣下は頷いて、さらに熱っぽく語り出した。
「誰に対しても公平で驕ることもなく、他者の才能を認め、褒めることに頓着がない。上に立つに相応しい、器の大きなお方です。政務でも、周りの者たちを困らせないよう、常に心配りを忘れない。——でも、そんな方が私には時々無茶振りをなさる。それが私には、この上なく誇らしいのです」
おっと、公平で正大な陛下が、自分にだけ無茶振りをするという……心を許されているという自慢だ。これは私も負けてはいられない。
「私などは、王にオムツを変えていただいたことがありますわ!」
これまで、誰にも負けたことのない鉄板の自慢をぶち上げる。仲の良い姉妹の元で生まれた、歳の離れた従姉妹だからこその特権である。
「オムツを?」
宰相閣下は目を瞬かせた。あら、そんな驚いた表情もなさるのね。全然、氷ではなくなりますわ。
「ええ、私が生まれた時に、ぜひ見たいと我が家にお越しになりましたの。それからずっと、歳の離れた妹のように可愛がっていただいているのですわ」
微笑んで告げる。うっかり外では口にしないように気をつけているけれど、二人で会う時には『お兄様』と呼ばせていただいているのだ。今年だって、もしもまだ婚約者がいないようならば、デビュタントで最初に踊ってくださると約束してもらっていた。
「さすがに私も陛下のプライベート全ては存じ上げませんでしたが、あなたはとても陛下に近しい方だったのですね。ラヴィエール伯爵家は確かに王家派の重鎮ですし、王太后様の妹君が嫁いだのは存じ上げていますが、まさかそこまでの関係とは……」
「我が家は全員、陛下の忠実な僕ですわ。なんと言っても、あの方は太陽のような方ですもの。御出でになるだけで、その場が明るくなりますし、鬱々とした気持ちであっても浄化されますわ」
「それだけではありません。気落ちした時には、無理に励ますこともせずに、ただ寄り添ってくださる。そんな静かな優しさもお持ちです」
「分かりますわ。それに、ご自分も弱みを見せることを厭わないのですわ。臣下に見栄を張られない。心を許してくださっていると知れると、グッと胸を掴まれたようになりますわよね」
お見合いなんて何を話せば良いのか分からなくて不安だったけれど、王の話ならいくらでも湧いてくる。だって、私は陛下のことが大好きですもの。宰相閣下もますます熱が入ったように話が続く。
「仕事中に気に入っていた万年筆が壊れて内心でしょげていたら、さりげなく新品を贈ってくださって……今も私の宝物です」
「私は、父にねだっても買ってくれなかった大人っぽいアクセサリーを、誕生日にいただきましたの」
「誕生日と言えば、仕事で帰れなかった誕生日に、こっそり厨房に言いつけて小さなケーキを差し入れていただいて……」
「ケーキと言えば、王宮で出す特別なケーキを気に入っていましたら、王宮に来た帰りにホールで持たせてくださったのですわ」
どうしよう。止まらない。こんなに楽しい時間は初めてかもしれません。私は、夢中になって話をした。途中、給仕の侍女たちが耐えきれないように俯いて部屋を出て、何度か入れ替わっていたけれど、何かあったのかしら?
そして、あっという間に時間は過ぎて、笑顔で別れて帰宅。
「失敗しましたわ……。お見合いだというのに、王の話しかしていませんでした……」
私は、部屋のソファに座り込んで、深く項垂れた。せっかく陛下から直々に頼まれたお見合いだったというのに、私と来たら目先の楽しさに我を忘れてしまった。こんなところが、まだ両親から子供だと言われてしまうところなのだ、きっと。
「でも、なんでこれまでのお見合いに失敗されていたのかしら。あんなに表情も豊かで、お話も楽しい方なのに」
最初は何か特殊な性癖でもあるのかと身構えていたが、そんなところは全くなく、陛下に対しての敬愛も充分で、とても素晴らしい方に見えた。さすが、若くして宰相に昇り詰めただけはある。
「今度、お兄様には謝らないといけませんわね」
直々に頼まれた見合いが失敗に終わったのだ。従姉妹とはいえ、ここは臣下としてきちんとした謝罪が必要だろう。
ううん、と首を振って、それきり私は今日の失態を忘れることにした。気持ちの切り替えが早いところも、私の密かな自慢なのだ。この後、家族と夕食を食べて、寝たらもう忘れてしまおう。
「でかした! アルシェリア。さすが我が従姉妹だ」
翌日。王宮に呼び出された私は、敬愛するヴァレニア王国国王・リオネルス二世陛下に笑顔で褒められた。きょとんとしている私に、陛下が機嫌良く話しかけてくる。
「ディルヴィオが、君との婚約を進めたいと言ってきた。これまで十人以上と見合いして、ことごとく性格の不一致だと言って断っていたあの男が、君となら上手くやっていけると言ったぞ」
「え? 私、あの方とはお兄様の話しかしていないのに?」
「私の?」
思わず二人で見つめ合う。うーん、やっぱり素敵。黄金のような金髪も、すみれのような紫の瞳も、最高にゴージャスです。
「よく分からないが、君とはとても話が合うと言っていた。その先は、二人で話してくれ。いや、本当にめでたいな。私の大好きな二人が結ばれるなんて」
「まあ、お兄様ったら」
太陽のような笑顔でそう言われて、私も嬉しくなってしまう。この人を喜ばせることができた自分が誇らしい。
このまま執務室に行って、会って帰るといいと言われて、私は頷いた。女官に案内されて、宰相閣下の執務室に向かう。扉をノックすると、すぐに返事が返る。こちらが開けるより早く、内側から扉が開いた。
「アルシェリア嬢」
宰相閣下が、少し驚いた表情で立っていた。本当に、こんなに表情豊かなのに、どこが氷の宰相様なんだか。
「宰相閣下が婚約を進めたいと仰っていたと聞いて、確認しにまいりましたの」
私がそう言うと、宰相閣下は納得した様子で室内に迎え入れてくださった。広い室内は侍従や文官が行き来しているけれど、奥の宰相閣下の机の周りは静かだった。
「確認したいこととは?」
「なぜ、私なら大丈夫と思われたのか不思議で……」
私がそう言うと、宰相閣下は僅かに首を傾げてこちらを眺めた。
「あなたは昨日、見合いの席で、私に「自分を一番にしてくれ」とは言いませんでしたよね」
「ええ、それが?」
何を当然のことを言うのだろう。宰相たる者、国王陛下が一番でなくてどうすると言うのだ。
「それだけでも私にとっては充分な理由なのですが、それだけではありません。あなたは、私とたくさん王の話をしてくださった」
「ええと、それは……ちょっとすみませんでした。お見合いの席だと言うのに、私ったら楽しくなってしまって、つい」
昨日、一応反省したので、そこはきちんと謝る。好きなことに夢中になる、子供のようで恥ずかしい。
「いいえ。謝る必要はありません。私も、とても楽しかったのです。だから、あなたとなら上手くやっていけると思いました」
宰相閣下は、そう言って柔らかく微笑んだ。その笑顔を見たら、誰も氷の宰相などと呼ばなくなるような、暖かい笑顔だった。
本当に氷の宰相だなんて、いったい誰が言い出したのかしら?
タイトルは、花の魔術師の宝具セリフから。
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また、次の作品でお会いできますように。




