恋が終わっただけ
もう終わったことじゃない。
でも気になってしまうの。
夏休み前。私はクラスの気になる男子に告白をし、振られた。
熱い風が私を慰めてくれたが、意味はない。
空っぽの心は風鈴の音も響かない。ずっと、彼のことが気がかりだった。
『お友達が投稿したよ!』
「インストの通知……」
七月の終わりの夜。SNSの通知は騒がしい。
海に行った。プールに行った。お祭り、楽しかった……。
私は友達の誘いも断り、家でゴロゴロしている。
汗ばんだ指はとある投稿で動きを止める。
『盆踊りダンス。俺、ダンスの才能ない(笑)』
――あ、彼だ。
十秒ほどの短い動画には彼が甚平姿で、ぎこちなく踊っている。
そして。動画には「リョータ、下手すぎー!」と女の声が混じっていた。
顔がこわばっているのが、自分でも分かる。背中は冷え、嫌な汗が流れる。
音声さえなければ、私はほんわかした気持ちで眺めていただろう。なのに、なのに。
「……リョータくん、その子は誰なの」
エアコンの冷たい風が私の言葉を受け止めた。部屋の外で親がのんきにテレビを見て笑っている。
「私も笑われていたのかな」
違うと誰も否定しない。誰も部屋にはいないのだから。
スマホを枕元に置くと、タオルケットを頭からくるまった。
じわりと熱い涙が流れ、枕に落ちる。だんだん枕が涙で染みて、頬を冷やす。
「……っ! 見なきゃ、よかった」
タオルケットを握りしめながら、私は嫌な考えが頭を支配する。
夏休み前。
リョータくんは多数の女の子たちから言い寄られ、休みに入ると、とっかえひっかえ女の子たちと遊んでいるんだ。私はその輪にはいない。地味で大人しい子は眼中にないから。遊んだってつまんないから。
それで今日は盆踊りの日。誰もが可愛いって噂のあの子とデート。
ぎこちない踊りに彼女は笑い、彼も楽しそう。さっきまで草履に砂が入ってヤダって言っていたのに、忘れちゃっているんだ。
踊ったあとは人気の少ないベンチに移動する。
そして屋台で買ったたこ焼きを半分こして分け合う。甘辛いソースとマヨネーズ。滑らかに踊る鰹節に、彼女が言うの。
「リョータと大違いじゃん」
その言葉に彼は彼女の頬をつついて、二人は笑う。
たこ焼きがなくなった頃、彼が彼女の口元を袖で拭く。
「ソース、ついてたから」
あああああ! それから、それから!
二人の距離は近づき、私とリョータくんは顔を見合わせるの。頬に手を置かれて、意を決して目をつぶりながら彼の呼吸と体温を感じながらキスをする。
あっ、違う!
なんで知らない女の子から途中で私に登場人物が入れ替わっちゃっているの?
これだから、小説はダメね。今どきは漫画がバズるのに、これを書いている人は変な人に違いないわ。
どう考えても、彼との恋愛に結びつけちゃう……。だから、インストもついつい見ちゃうんだ。
「私は、だから、振られちゃうんだよ……」
乾いた枕にため息をつき、眠りに落ちていく。夢の中でも、彼とデートしちゃうんだから、私はダメな子なんだ。
「おはよ――、あら目が腫れているわよ」
お母さんが私を見るなり、声をかける。
「おはよ。なんでもないから、ほっといて」
トーストをかじりながら、悟られないように目線を外す。
「……夏休みからこっち、アンタ、変よ」
牛乳を一気に喉に流し、お母さんの言葉にカッとなった。
「……体調悪いから、二度寝する!」
勢いよく扉を開け、乱暴に閉じる。イライラを物に当たるんじゃないと聞こえたが、もう知らない。
部屋に帰ると、ベッドに飛び込んだ。
朝からすっごく嫌な気分。リョータくんはデートしてるし、お母さんは相変わらずうるさいし。
それに枕元のスマホはインストのあの投稿のままだ。
嫌だな……。なんで、アプリを閉じずに寝ちゃったのかなぁ。
「あーあ。こんなんだから、振られちゃうんだよ」
ずっとこの結末に落ち着く。
ネガティブ思考の陰キャ女子。カースト下位の、取るに足らない子。
……変われるかな?
夏休みデビュー、ってやつ。
リョータくんに振り向いてもらえるように。みんなの目が変わるように。
まずは、私が変われば良いんじゃない?
私はおもむろに姿見に立つ。姿勢よく立ったつもりだけど、なんだか猫背でストレートネックってやつじゃん。気持ち悪いなぁ。なんかの怪物みたい。
「私ってよく見ると、姿勢悪いなぁ」
髪は肩で跳ねた髪が野暮ったく、高校生なのに垢抜けない感じ。
「艶のある黒髪なのは良いけど、なんかダサいかも?」
雑誌の子たちはもっと凝った髪型をしている。
胸は薄く、お腹が出てる。完全におばさんじゃん。
「腕が細いからお腹が目立つ? 地獄の餓鬼みたい……」
太ももも隙間がなくって、太って見える。
「……運動苦手なのも関係あるのかな」
ここからは早かった。
まずはイメチェンのために、美容室代をお父さんにねだり、暑い中美容室へ。
予約もしてないのに店員さんは嫌な顔せず、接してくれた。
思い切って手入れのしやすいショートカットにして、さっぱりした。切った直後はいつものように髪をかきあげたら、あるはずの髪がないのでちょっとさみしい。
宿題は終わらせている。
私は早朝に起き、準備にかかる。
それは私史上初の挑戦でもあった。
運動して、食生活も見直す。一歩だけ、前に進めよう。
そして数日後、鏡の私は姿勢もピンとしていて「なかなか頑張ってるじゃん」と言っている気がした。
「おお、変わって……る?」
少し顔もほっそりしている。それにお腹もちょっとへっこんで、太ももに少しだけ隙間が出来てる!
そろそろスクールメイクの研究もしてみようかな? 無理のない制服の着こなしとか、前の私じゃ出来なかったことじゃん。
化粧水と乳液で肌を整え、下地をのせる。コンシーラーでクマとニキビ跡を隠して。リキッドファンデを肌全体にのせると、顔が明るくなった。
「……ちょっと能面みたいかも」
のっぺりとした顔にシェーディングとハイライト、眉もナチュラルに書いて、先生にバレないようにする。
アイプチをして、パッチリ二重に。目が大きくなったけど、乾いて目が痛いかも。
アイシャドウは肌に近いものを。アイラインはパレットの締め色で書くと浮かないんだって。
だんだん、変わっていく私の顔。思わずニヤけてしまい、鏡をずっと眺めていた。
学校登校日。
私は自信満々で学校に行く。
みんなは少し日焼けして、夏を楽しんだみたいだった。
私は青白い顔を化粧で血色よくして、ナチュ盛れスクールメイク。
今日はなにかが変わる気がしていた。
扉を開けて、教室に入る。
クラスの注目は一瞬だけで、私は前と同じように背景になってしまった。
「近藤さん、おはよう」
友達の田中さんだ。
「……お化粧してる? 先生に見つからないように、今のうちに落としてきたら?」
えっ、似合ってないってことなのかな?
クラスの子の視線がチラチラとこちらに向かう。
「近藤さん、化粧してんだって。アイプチ、似合わねぇのな」
「近藤って誰? 知らないんだけど」
……失敗した。
当たり前だ。だって、カースト上位の子は化粧慣れしてるけど、私は始めて数日の付け焼き刃なのだから。
私はトイレに駆け込み、もしもの時のためのクレンジングシートで化粧を落とした。濡れた前髪がおでこにはっついて、オバケみたい。じわっと出た涙が余計にみじめったらしい。
「……うっ、うっ。なんでうまく――」
トイレの外から足音が聞こえる。
私は個室に逃げ込み、息を殺した。
「――てか、見た? 近藤さん」
「あーね。なんか頑張ってたよねー」
「めっちゃメイク浮いてたよねー」
「それ。地味子がウチらみたいになれるわけないのにね」
やっぱり、まだ早かったのかな……。
「アミ、言い過ぎ。可哀想じゃん! てか、リョータとはどうなったん?」
「あー、別れた」
リョータくん? 西井さんと付き合ってたの?
「えー、早すぎー。どしたん?」
「盆踊りで蛙化しちゃった」
あの投稿、西井さんが撮ってたんだ……。そして、別れたと。
「あれは無いよね。だって、ゾンビみたいだったもん」
「だよねー。マジ、無いわー」
彼女たちはトイレから去っていく。
私は個室から出て、田中さんに「体調悪いから、早退する」とだけメッセージを送り、学校を出ていった。
私の恋は何だったんだろう。
失恋して、一念発起が空回りして。友達に迷惑かけて。
夏の日差しは答えをくれない。おろしたてのローファーは歩きにくくってしかたない。もう、脱いでしまって裸足になりたい。
私ならゾンビダンスでも振ったりしないのに。
彼は彼女を選んだ。そして線香花火のような恋が終わったんだ。私は火もつけられなかったんだけど。
鼻に熱が集まり、目頭が熱くなる。
道行く人はボロボロの私を見てぎょっとする。でも、そんなの構ってられない。
恋が終わった。ただ、それだけなのだから。




