異世界帰還の記憶喪失《アムネシア》【短編版】
事前に言いたいことがあります。
この物語は最後に登場人物全員を救うので安心してください。
この言葉を信じて読み進めてください。
ただ、僕が大嫌いものが一つだけ存在して、僕はその存在のことを救いません。
僕は登場人物全員を救うと言いました。
本当にハッピーエンドです。
だけどある存在だけ絶対に救いません。
一つ言っておきます。
この物語は異世界転生を描いていますが、僕は異世界転生も異世界転移も、書くのが嫌いでした。
追記:今作は伏線張りまくったので見つけてみて下さい。(2025/9/10)
―――プロローグ―――
「何故僕が迫害されなくてはいけないんだ! 私は人々のために世界中を回ってこの世界を救うための魔法を広げた! それがうまくいかなくなったのは自分たちのせいなのに! 人々は全てを僕のせいにした! なんで……! なんで僕がこんな目に……!」
「あなたはこの世界から逃げて! 私は大丈夫だから! あなたに私は生きていて欲しいの! だからこの世界から逃げて! きっと幸せな世界が待っているはずだから! お願い!」
「僕にはこの世界を見捨てることは出来ない! 僕はどれだけ人が愛らしいか知っているんだ!」
「私はあなたを異世界に送り出す魔法を知ってる! 昨日思い付いたの! 反魂の魔法を応用すればあなたを救うことが出来る!」
「そんなことをして君が大丈夫だと思っているのか!? それは最大の禁忌だ!」
「あなたのためにだったらなんだってする! だからあなたは逃げて!」
「でも……」
「あなたがそれをしないなら私が今あなたを殺してやる! 私にそんなことをさせるつもりなの!?」
「そんなことを君にさせたくない! 私は君のことを愛している!」
「じゃあ異世界へ行って! あなたが救われる世界に! 私はいつだって待ち続けるから! あなたをいつまでも待ち続けるから! 私はあなたに幸せになって欲しい! だからこの世界から逃げて! 私はあなたのことをいつまでも愛している! 私自身よりも! ずっと! ずっと……! ずっと…………! ずっ……と………………! だから約束して! あなたが幸せになることを! そして、私をあなたの元で幸せにすることを………………!」
「でも……君と離れくな」
「さようなら!!!!!」
私は無理矢理反魂の魔法を使って彼を送り出した。
「……本当に」
俯きながらリリスは言葉を紡ぐ。
「さようなら……っ……っ! っ……!」
空を仰ぎながら彼女は慟哭した。
「ああああああ! ああああああああああ! ああああああ! ああああああ!!!!! 神よ! どうか! どうかあの人をお救い下さい! あの人は何も悪くありません! 悪いのは全て私です! 私を地獄へ落としてもいい! あの人だけは! あの人だけは! 永遠の楽園へお届けください! 私はあの人の為なら、どうなったっていいから!!!!!!!!」
―――リリス・ディ・ローゼンクロイツ と シモン・クロウリー―――
私は何不自由ない人生を過ごすはずだった。
私は資産家の家に生まれた。
父を早くして亡くし、母が病気がちだったので、母方の祖父母に引き取られて育てられた。
祖父母は私の才能を見抜き、私は祖父母の為に魔法の勉強を沢山した。
幸い私の頭は良かったから、ギフテッド教育を受けることが出来た。
私の名前はリリス・ディ・ローゼンクロイツ。誰よりも美しくて優秀で、礼儀正しい女。
18歳になるまで飛び級を重ねて、大学を卒業した。
大学の卒業式で、退屈だったから隣に座っている男に話し掛けた。
彼の名前はシモン・クロウリー。
その男の話は面白かった。
彼は家族は居らず、教会で育てられたが、孤児院の仲間が家族のようなもので、幸せな幼少期を過ごした。
自然の中で過ごすことが好きで、ある時偶然本棚の裏から見つけた書庫の魔導書を、勝手に持ち出して魔法の練習や研究をしていた。そういった背景があったせいで、精霊に好かれる素地があった。破格の魔力量を扱うことが出来るらしい。当時魔法の技術は貴族が独占していて、庶民はライターの火を手から灯す程度の魔法しか使うことが出来なかったのに、彼は10歳で水撃を飛ばして木を折る程度のことが出来た。また、魔法には、「数学、音楽、幾何、天文」の能力が必要になってくるから、並行してこれらの学問の知識も蓄えていったらしい。
シスターはそんなシモンの能力を見込んで大学に通ってみてはどうかと提案した。
私たちが通っていたのは、学寮制度のある教師主体のボローニア大学。
教養課程では、下級3学の「文法、修辞、論理」と、上級4学の「数学、音楽、幾何、天文」。専門課程では、「神学・医学・法学・魔法学」の4上級学部のいずれかを専攻する。
一般的には修道院や大学附属の文法学校あるいは都市・ギルドが作った学校で学び、金持ちは家庭教師についた。
彼は大学で教養を学んだ上で魔法学に進み、その天才的魔法能力によって5~7年かかる魔法学科の勉強を2年で終え、16歳で早々に魔法の研鑽の世界へと足を踏み入れた。そして大学の卒業式で、私に出逢った。
私は初めて恋をした。
―――神楽坂蒼空―――
アラームの音で目が覚める。
今日は琴葉の誕生日だ。
琴葉。僕の暗い性格を変えてくれた人。
僕は幸い優しい両親の元に生まれ、外見も良かったが、何故かいじめられて、友達の居ない人生を送っていた。
10歳の時に転校してきた琴葉に出会い、何故か気に入られたことで、少しずつ暗い性格が改善していき、今はこうして最高の幼馴染になっている。
琴葉に電話をかける。「そうだっけ?」と琴葉はとぼけていた。
僕は、琴葉が好きだ。
―――桜庭琴葉―――
私の名前は桜庭琴葉。
貧しい出自だったのに一代で成り上がった誰よりも資産家の父親と、誰よりも美人だと感じる母親との間に生まれてきた。
何一つ不自由ない生活を送っていたけれど、何故か両親からの愛を受けることが出来ていないと感じていて、それがコンプレックスのまま暮らしていた。
ちなみに外見は良かったわけではない。だけど旅行中に偶然目にした男の子を見て憧れて、外見に対して努力をするようになった結果、なんとか自信を持てるようになった。
小学校受験をして、子供の頃から友達は多かったけれど、何故か誰にも本当の心を開けないまま「日常生活」を送っていた。
10歳の時に普通の学校に転校したいという意思表示をして、両親は反対したけれど、もしそうなら縁を切るって言い放って、反対を押し切って、普通の学校に転校することが出来た。ただ、学力を考慮して一学年上のクラスに入れられた。
普通の学校に転校して、とても不安だったけれど、いつも一人でいる男の子が居て、私とは全然違うのに、何故か友達になれる気がして、何回も話し掛けた。
私たちはきっと、幼馴染になれた。
―――現世の僕の誕生日―――
その夢から目覚める度に、僕の涙腺は崩壊していた。
子供の頃から時々見る夢。
誰かが泣きながら、僕に話し掛ける夢。
誰だっただろう、覚えている筈なのに、どうしても思い出せない。
そのどうしようもないもどかしさが、僕の心の全てを支配する。
とても懐かしくて、とてつもなく切なくて。
「どうか……生きて──」
ああ、この人はなんて悲痛な顔をしているのだろう。
どうか、泣かないで欲しい。
僕は君のことを思い出せないけど……。
君は僕にとっての大切だった気がするから。
君から零れ落ちる涙が、僕の頬を伝っていく。
ああ、なんて冷たいんだ。
何故君は、そんなにも涙をこぼして──
☆ ★ ☆
(((ヴィーン ヴィーン)))
──突如として響き渡る振動音。
同時に流れ出す聞き覚えのあるメロディ。
そうだ。スマホの着信音だ。
スマホ……? そうだ、僕は……。
はっと気付いて目を開けると、ベッドの傍の机に置かれているスマホが音を立てながら振動している。
誰だろうと手に取ると、ロック画面には“琴葉”と表示されていた。
琴葉──僕の幼馴染。
昔から僕のことを何かと気に掛けてくる。
こんな僕にも明るく接してくれるような、少し抜けてて天然なところもあるけど、誰よりも優しい奴。
僕はスマホの応答ボタンを押し、電話に出た。
「もしもし琴葉? いきなりどうした」
『特に何もないかな! 強いて言うならモーニングコール?』
「お前って奴はいつもそういう荒唐無稽なことをするよな……」
カーテン越しの窓からは朝日が室内に差し込んできている。
時計を見ると、時計は午前7時を指していた。
マジもんのモーニングコールだなと思いながら溜め息を吐くと、ベッドから起き上がる。
ベッドに腰掛ける形で、会話を続けた。
『って言うのは嘘だよ!』
何故そんな無意味な嘘を吐くのか。特に吐かれて嫌な気はしないが。こいつがお調子者なのはいつものことだし。
『ほらほら、君、今日は何の日か覚えてない?』
「今日……?」
学習机の上に貼られたカレンダーを見つめる。
2017年4月15日。今日の日付だ。
言われて初めて、僕は今日が何の日か理解した。
「ああ、そういえばそうだったか」
『もー! なんで私が覚えていて君が覚えてないの?』
今日は僕の誕生日だ。
さて、何故僕がそんな比較的特別な日を意識しなくなったか。
元々うちの親は何かの記念の時にしか高価なものを買ってくれなかったので、誕生日はとても貴重な日だった。
でも祖父母からのお小遣いをある程度自分でストックする術を身に着けてからは、あまり何かを買うのには困らなくなったし、何かそういう記念日で欲しい特別な物、というのも無くなっていった。
高校生になった今、自らの誕生日を意識する必要が無くなったのだ。
『今日は日曜だし、出かけるのにちょうどいいかなと思って電話したの!』
「お前に計画性ってものは無いのか」
『無いよ!』
「堂々と言えることか!」
『どうせ今日も家でゴロゴロしてるつもりだったんでしょ? どっか出かける方が健康的だしきっと楽しいよ!』
本当にこいつと喋っていると頭が痛くなる。
別にこういう部分が嫌いというわけでもないんだが。
慣れてしまったのだろうか。もしそうなら自分の適応力が恐ろしい。
『じゃあ9時にいつものバス停で!』
なんとこちらが文句を言う前に一方的に電話を切られた。
「僕の自由意志をもう少し考えてくれ……」
もし提案を断って延々とバス停の前で待たれても困るし、それを想像して家で悶々とするのは僕の精神衛生上良くないので、僕は身支度をして琴葉と遊びに出かける覚悟を決めた。
☆ ★ ☆
「遅いよ君~!」
「なんでだよ約束の時間より前だろ」
「私が待ったから遅いの! こういう時女の子を待たせちゃいけないんだよ?」
「酷く自己中心的な主張だな……」
酷く面倒だと普段から思っているものの、長い付き合いなせいか嫌いになれないのが悔しい。
「それで今日のプランなんだけど!」
……こいつ今“プラン”って言葉使わなかったか?
「お前計画性皆無かと思ってたが実は結構前から計画してたろ?」
琴葉は目を逸らして口からヒューヒュー息を漏らした。
「口笛出せてないぞ」
「だって君引きこもりだから前もって教えておくと絶対約束の日までに断ってくるでしょ?」
上目遣いになり両手の人差し指をくっつけ合いながら本心を告げる。
「引きこもりとは人聞きが悪い。僕はインドア派なだけだ」
「違いが分かんないよ!」
何故ここまで違う人間なのに、これまで付き合ってこられたのか、時々分からなくなる。
でも一つ言えることは、なんだかんだで、お互いに違う部分を認め合いながら付き合うことが出来ていて、きっとそれは大切なことだろうということだ。
「とにかく! 君は私について来れば楽しい一日が待っているの!」
また「自分理論」だ。
明るくて人付き合いには明るい奴だが、他の人間にはあまりこういう一面は見せない。
それが自己中心的な態度や考え方であることを、実は理解しているからだ。
こういう一面を見せるのは自分の家族と僕に対してぐらいで、だからこそ僕は琴葉のこういうところを憎めずにいるのだ。
「自分が楽しみたいだけの気がするが……まぁいいや、今日一日付き合ってやるよ」
「やった!」
なんだかんだで本音をすぐに出す奴だが、こういう部分も嫌いになれない。
きっと僕はこの純粋さに、どこか惹かれているのだ。
「じゃあまずパンフレットを渡すね!」
無言で僕はそれを受け取る。ここまでのコミュニケーションで、琴葉がどれだけ今日を楽しみにしていたかを重々理解したからだ。
……何故僕がここまで琴葉に好かれているのか、自分ではよく分からない。
幼馴染という関係性のせいなのだろうか。
……まぁそれはおいおい聞き出すことに──
──突如として響き渡るクラクション。
琴葉の背後から急スピードで接近してくるプリウス。
危ない、そう思うよりも先に、僕は行動していた。
咄嗟に、琴葉を突き飛ばす。
直後、今まで見たことのない景色が広がった。
ジェットコースターでいきなり急降下するような不思議な感覚。
アドレナリンの分泌を肌で感じる。
体の痛みが無くなる。意識が遠のく。
これはもう助からないと認識した途端、走馬灯のようなものが脳内で繰り広げられた。
ああ、もうすぐ僕は死ぬんだな。
せめて最期は、君の姿を目に焼き付けたい。
僕は君の方に目線を向けた。
何か叫んでいる気がするが、今の僕の意識にその言葉は届かない。
「ごめ……んな……」
掠れた声が虚空に響く。
視界が黒に染まっていき、やがて世界は漆黒に包まれる。
死に肉薄して、僕は脳内で断末魔の叫びを遺した。
天国で待ってたら、もう一度お前に会えるかな?
お前はお前の幸せを掴んでくれ。
きっと、ずっとずっと見守っているから。
……またな。
僕は最期の最期にそう考えて、完全に意識を失った。
―――終わりからの始まり―――
目を覚まし、辺りを見渡す。ここは恐らく霊廟だろうと思った。
ゴシック様式の装飾が施された柱や屋根には、血管の様に青い光の筋が張り巡らされており、床のチェック柄では、青白く光るパネルと漆黒のパネルが美しいコントラストを醸し出している。周りには同じような棺が置かれており、光の差し込まない闇の中、静かな輝きを放って佇んでいる。よく見ると、自分の棺だけ明らかにサイズが大きく、装飾が丁寧だ。
辺りの様子には何故か見覚えがあった。
戸惑っていると、隣の棺桶から相当な美人が目を覚ました。
夢で見た光景を思い出し、夢で見たのはこの人だと気付いたが、それが何故なのか思い出すことが出来なかった。
彼女が言っていることはよくわからなかった。
僕は以前現世に送られたちょうど100年後に異世界であるここに復活したらしく、前世では世界一の魔法使いで、彼女と一緒に世界中を回って人々を魔法で救済していたらしい。
リリスは僕に暴漢から助けられたことがあるらしく、25年ごとに祈りを行って僕のことを待ち続けたと言った。
僕はリリスに事情を訊かれたので、僕は今までのことを全て打ち明けた。
リリスには、元の世界に戻る方法を探して世界を旅しようと提案された。
リリスの正体は魔法士で、どうやらそれは特別な資格が要るらしい。
奇跡を起こすことを唯一許された職業だと聞いたが、あまりピンと来ない。
この世界を案内すると言われて、僕は霊廟の外に導かれた。
―――「近くの町」―――
どこへ行けばいいかもわからない森をリリスの導きで歩き、近くの町を訪れた。
近くの町で宿屋を訪れ、隣同士の別の部屋で寝た。
何故かとても安心した。
―――この世界のこと―――
次の町に向かうまでの道中、リリスはこの世界のことを教えてくれた。
それぞれの国は都市国家の連合体のような形態をしている。
今は昔、世界の覇権を握っていた帝国は、異民族の侵入に対しての防衛費が嵩み、経済が低迷していく中、国民がその不満を外国人排斥運動へと向けた結果、内部分解して滅亡した。
現在、帝国へ侵入した異民族が立てた国家が多く残っており、一部生き残った帝国の残党の国家も同時に存在している。
帝国が滅亡してから世界は勢いを失い、混乱を鎮め、インフラを復興することに力を入れるようになった。
国同士の国力が拮抗していることもあり、戦争が起こるような風土はない。
リリスは魔法の仕組みについても教えてくれた。
魔法は精霊に依頼して動いてもらうことで引き起こす現象のことらしい。
それは単純なものから発展させていって、その論理的構造から高度な魔法を発明するに至った。
魔法を扱う際の魔法陣は精霊に上手く注文するための設計図のようなものであり、大魔術師は高度な魔法陣の描き方を完全に記憶している。
例えるなら、魔法陣は記述式の答案のようなもので、その場で組み立てて計算するのもいいし、そのまま記憶してもいい。
物に書く魔法陣は一つで完結するが、杖で空中に書く魔法陣は、魔法陣が消えて約3秒以内に次の魔法陣を書き始めることで、いくつかの複雑な魔法を組み合わせることが出来る。
例えば、焔の玉を相手に向かって射出する場合。
1.どのような現象を起こすのかのテンプレートのような模様を魔法陣として描く。
2.物理で行う計算の様に、相手の位置や焔の玉の速度を計算して魔法陣に組み込む。
3.次に化学で行う計算の様に、どれだけエネルギーが要るかを計算して魔法陣に組み込む。
これら全てが精霊への注文書のようなものとなり、最低限の魔力を消費して無駄の無い魔法攻撃を行うことが出来る。
計算を行わず、テンプレートだけを描き発動することもできるが、到達距離や威力にブレが生じるか、コンロの点火を失敗した時のように、上手く発動できないことが多い。魔力も無駄に使ってしまう。
しかしながら、魔法陣のテンプレートは定型的とはいえ複雑な形状をしており、誰かに直接授けてもらうか、本を通して学ぶ以外の方法で習得することは困難だ。
一方呪文は、「精霊語」を用いて、詩的な美しさや情熱的な台詞で妖精たちを奮い立たせるものであり、魔法には詩的なセンスも求められる。定型文が存在するが、大魔法師になると自ら呪文を作り出すことがあり、これを「破型詠唱」と呼んだ。
なお、古代の人々は霊的能力が高く、普段から自然に触れることで「精霊語」を自然と理解していた。「古代精霊語」は魔法学の中で最も難しいとされる学問であるが、古代の精霊は力が強いので、強力な魔法を使うためには習得が必須である。
100年前、生活手段として広く用いられていた古代の魔法はすっかり勢いを失い、強力な魔法は貴族だけが独占していたらしい。庶民には、指からろうそくの炎程度の火を出すことや、湧き水程度の水を出すことが出来る程度の魔法しか発動出来なかった。
それもそのはず、魔法を利用する際に魔力が少なく非効率的な体内魔力を利用する方法を用いており、それに比べると莫大な量を孕む自然界の魔力を利用する方法はほとんど知られていなかった。
また、自ら魔法を創り出すことは貴族にさえ出来ず、残されていたのはテンプレートの魔法陣を用いた魔法だけだった。
そこで主人公は、自分が創ることの出来る魔法を人々の役に立てようと、各地を旅して周ることにした。
―――コシュー―――
町を出て何時間も歩き、リリスに連れられて初めて訪れた町は、100万都市と名高い王都「コシュー」。セントラリスタンと呼ばれる三大古都の一つらしい。
ここで旅に必要なものを買い揃えると聞いた。
彼女と街を巡っていると、表通りを闊歩する煌びやかな服装をした市民とは打って変わって、路地に物乞いが多いことに気付いたが、市民は見向きもしなかった。
どうやら商業都市として発展する一方で、埋められないほどの格差が生まれてしまったらしかった。
コシューの中心部に行くと、かつてのコシューを貧困から救ったとされる人物の銅像がちらりと見えた。
僕はその姿に何故か親近感を覚えた。
ずきりと頭が痛む。
この町は冷害による不作に苦しめられていた気がする。
誰もが痩せこけた姿で、生きる為に農業を行っていた。
「その人」は土地に魔法をかけ、そのやり方を町長に伝授し、飢餓が無くなることを願った。
はっと我に返った僕は、リリスからこの町の話を聞いた。
どうやら一都市が王制にまで発展し、肥大化した人口により、商人を積極的に受け入れることで、現在のような大都市になったらしい。
肥沃な土地を買う為に必死で働いている人たちを見て、何故貧しい人たちに魔法が行き渡っていないのだろうと、僕は疑問に思った。
どんな不毛な土地でも開拓できる魔法があるのではないか?
それをリリスに伝えると、それに近い魔法があると言い、僕にそのやり方を教わった。
魔法の原理からどんな不毛な土地でも開拓できる魔法を開発することが出来た僕は、それを貧民に教えた。
貧民たちは大喚起し、神の再来だと崇め奉ったが、僕には実感が無かった。
その後、飲料水用の革袋を2つと、食料、火打ち石、ナイフ、鍋、外套とつば広の帽子、杖、長靴、とても堅い靴、雨除けの小天幕を買った。旅のための荷物は最小限が基本らしく、これでも多い方らしかった。
僕らは、次の町へと向かった。
―――水の町―――
次の町に着くと、町の中央には象徴となる水の神の石像が聳え立っていた。水の神の石像の頭上からは水が湧き出ており、それが町中を駆け巡って水の都と化していた。
ずきりと頭が痛む。
元々その町はとても小さい集落で、砂漠の不毛の土地であったが、水を湧き出させる魔法を伝授して、90日くらいでオアシスに様変わりした光景が見える。
その町にはかつて土着の神の信仰があり、最初は貴重な水を神聖視し、雨ごいの儀式を行って水を崇拝していた。
僕ははっと我に返った。
リリスによると、今では、宗教を捨て、ふんだんに湧いてくる水を浪費する人たちが増え始め、土着の宗教と対立が始まったらしい。かつては水が足りないせいで争いが起きていたが、現在では水がふんだんにあることが原因で争いが生まれてしまっているという事実にリリスは気落ちしていた。
水を大事にしない現地民の様子を見て思う所があった僕は、いっそのこと水を止めてしまえばいいのではないかと考え、それを土着の人たちに伝え、作戦を立てた。
ランドマークから溢れ出る水を止めて、町はパニックになった。
僕たちは水脈を発見する術を知っていると言い、水脈を発見する魔法を授け、住民は水のありがたさに対する信仰を取り戻していった。元々ある資源を大事にしながら、これから生きていこうと、町の住民たちは考え始めた。
僕らは次の町に向かった。
―――静かな町―――
村に着くと、驚くほど静かな光景が広がっていた。
敷地が異様に広く、家と家との間が異様に空いている。
リリスによると、実はそれはテレパシーで人の心を自然に読んでしまうという風土のせいらしい。
ずきりと頭が痛む。僕は、その町での出来事を思い出した。
かつて言語が入り乱れ過ぎて混乱している街に、テレパシーを伝授したことがあった。
リリスによると、テレパシーの魔法は便利だと町中に広がったが、誰もが人に見られたくない心まで見てしまうようになってしまった。心の中を嫌でも見られてしまう生活が始まり、最初こそパニックになったものの、最終的に今の状態に落ち着いたということだった。
それを思い出して、私は我に返った。
―――最後の町―――
次に辿り着いた町で、何の魔法も広がっていないのに平和に暮らしている光景を見た。
人々の言うところによると、元々は魔法がとても発展していたらしい。
しかし魔法が発展して便利になりすぎた結果、何も幸せを感じることが出来なくなってしまった。
その理由は、不幸を知ることが無くなったから。
僕は何故かそれで全ての記憶を取り戻し、現世へと戻る魔法を考案した。
マイナス召喚魔法。
私はリリスに全ての記憶を取り戻したことを打ち明けた。
彼女は手で顔を覆って涙を流して喜び、こう言った。
「本当に良かった! あなたに私だけを見て欲しかった! あなたと二人だけの世界を夢見ていた! そのために100年の時だって待ち続けたの! あなたをずっとずっと待っていて私はずっと苦しかったけど、あなたが戻ってくるのをずっと信じてた! 私はあなたが大好き! だからずっと一緒に居て! あなたの記憶が元に戻るのを、私はずっと待ってた!!!」
元の世界に戻るか、異世界に残るかで迷うことはなかった。
夢の中で見た、無理して笑いながら話し掛けようとして、最後には感極まって号泣していた女の子に、自分は救われていた気がしたから。
僕はリリスが寝ている間に、異世界へと帰還した。
――空を仰いだリリスの慟哭と全てに対する後悔と自殺――
「なんで……! どうして……! 私はあなたのためにならなんだってした! あなたの存在は私にとって神より大切だった! 何よりもあなたを大切にした! それなのにどうして! どうしてこんなことになってしまったの! 私はあなたが誰よりも大好きだった! そのために私はあなたを異世界へと送り出した! だからあなたは私を愛すべきだった! それなのにどうして私を選んでくれないの! 私はあなたのために反魂の魔法を自身に使って何度だってあなたを待った! あなたは私のことを思い出してくれなかった! 誰よりもあなたを大切にした! それなのにあなたは私を裏切った! あの女のところに行ってもあなたを求め続けているのに! どうしてあなたは私を裏切るの! 私は何も悪いことをしていない! ただあなたが好きだっただけなの! どうして……! どうして……! ああああああああああああああああああ!!!!!」
叫びながら海に身を投げ出しそうとしたリリスを庇おうとして、通りがかりの商人が手を伸ばしたが、勢いを抑えきれずに転落して、二人は死んでしまった。
―――再現世―――
僕は意識不明の状態から目を覚ました。
今までのことが全て夢だったのだと、我に返る。
「帰ってきてくれた……!」
琴葉は涙を流しながら喜び、僕を痛いほどに抱きしめて号泣した。
僕らは25歳の時に結婚し、子供を産んだ。
娘が生まれた時、顔を見てどこか懐かしい顔立ちだと思ったが、僕らには不釣り合いなほどの綺麗な子だった。
子供が3歳になった時、「お父さんと結婚する!」と言い出した。
「大人になったらな」と僕は受け流した。
琴葉は苦笑いしていた。
僕はその後の人生の中で、少しずつ、あのとてつもなく長く感じた夢のことを忘れていった。
25歳の時に娘は隣の家の幼馴染と結婚した。
結婚した娘の顔を間近で見て、僕は頭がずきりと痛んだ。
脳内に流れ始める存在しないはずの記憶。
僕は膝から崩れ落ちて、手を顔で覆いながら慟哭した。
「ありがとう、お父さん」
娘は見たこともないような最高の笑顔を向けてくれた。
「どうしたの? 大丈夫?」
僕は嗚咽が止まらなかった。
「あらあら、娘が結婚することがそんなの嬉しいの? それとも、相手に嫉妬しちゃった?」
琴葉は目じりを下げながら僕を見下ろして言った。
「大丈夫だよ、私、幸せになるからね」と、私の頭を抑えて自分の方を向かせてまで娘は感謝を伝えてくれた。
僕の涙は突然止まった。
「本当に、ありがとう。愛してるよ、お父さん」
娘は僕を抱きしめてくれた。
「ちょっと、私に対する言葉は無いの?」
琴葉が娘に文句を言っている。
「もちろんお母さんも大好きだよ。世界で3番目に好き」
「何よ、それ」
琴葉は苦笑いしていた。
異世界の記憶を取り戻したのに、何故かその結婚相手のことは、いくら記憶を辿っても思い出せなかった。
終
僕が唯一この作品で嫌いなのは、異世界の神です。