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7.秘密事

伯爵家にやって来てそろそろひと月が経とうとしています。


「ミッチェはお父様が嫌いなの?」


まさかこのような質問をされるとは思いませんでした。


「フェミィ様達のお父様ですもの。嫌ってなどいませんよ?」

「でも好きじゃないわよね?」

「そうですわね。雇用主に対して好きなどという感情を持つわけがありません。いわゆる対象外というものです」


ごっこ遊びの後からノーランに何か吹き込まれたのでしょう。旦那様はフェミィ様達の周りをウロチョロし始めました。

最初の頃は子供達に警戒対象として扱われていましたが、毎日おはようだのと挨拶をするだけで去って行くので、ただそれだけの人として認識されたようです。

そう思っておりましたのに。


「じゃあ、ミッチェにとって父様はどんな人?」


どのような人、ですか。


「正直に申し上げてもよろしいのでしょうか」

「正直以外はいらないわね」


もう。まだ7歳でいらっしゃるのに、フェミィ様は生粋のお嬢様です。


「では、はっきり申し上げます。私にとって旦那様は残念なお方ですわ」

「……残念……」

「はい」


正直過ぎましたかしら。でも、それ以外の表現が見つかりません。


「だって、せっかくフェミィ様達のように可愛らしいお子様達がいらっしゃるのに、遠くから愛でているだけだなんて残念としか言いようがないと思いませんか?」


赤の他人の私に任せて満足している意味が分かりません。もっとお話ししたり遊んだりなさればいいのに。


「……ミッチェは私達のことが好きね」

「はい、大好きです」


なぜ先程のような質問をされたのかは分かりませんが、ご機嫌が良くなったので特に問題はないのでしょう。


「ミッチェはいつまでこの家にいるの?」

「そうですね。フェミィ様達が必要としてくださる限りですわ」

「……本当?」

「はい」

「ずっと側にいてって言ったら?私が大人になってもよ?」

「その頃には私も本当にオバサンになってしまいますが、それでもよければお側におりますよ」

「結婚したくなったらどうするの。ミッチェのお父様にお嫁に行けと言われたら?」

「ふふ、形だけならば私は人妻なので、それはありませんわ。結婚詐欺になってしまいますもの」

「……え?」


あら?これは言わないほうがよかったでしょうか。でも、そろそろ本当のことをお伝えしないといけないなと思っていたのですよね。

だってフェミィ様はとても賢いのですもの。適当な嘘はすぐにバレてしまいます。


「コニー様と一緒に私のお話を聞いてくださいますか?」


それから、美味しいお菓子と飲み物を用意して三人でお話をしました。


「まず、今の私の本当の名前はミッシェル・ミューアです。お二人のお父様であるグレン・ミューア伯爵の妻役としてこの家に来ました」

「……妻と妻役の違いは何」

「本当の奥様であるダイアナ様が家を出てしまいましたよね?お二人のお母様のことです」


そういえば家出の理由を聞いていませんね。必要無いと思っていましたが、社交の際に困るのでしょうか。


「お母様を知っているの?」

「肖像画を見ましたのでお顔だけ。お二人にとても良く似ていらっしゃいました。大変な美人さんですね」

「……そうよ。とっても綺麗だし優しいの」


よかった。子供達との仲はよかったのですね。緩く波打つプラチナブロンドにアクアマリンの瞳の美女でした。


「母さまはね、おかしつくるの!すっごくおいしいの!」

「まあ、羨ましいです。優しいお母様なのですね」


貴族としては褒められないのかもしれませんが、私はとても素敵なお母様だと思います。


「……ミッチェはお母様を悪く言わないのね」

「残念ながらお会いしたことがございませんもの。でも、お二人の自慢のお母様なのだと知ることができました。そんな素敵な方を悪くなど言えません」

「うん!お母さまだいしゅき!」


こんなにも子供達に愛されているのに、なぜ出て行ってしまわれたのかしら。


「ですが、残念ながら今この屋敷にはいらっしゃいません。そして、いつ戻って来られるのかもわからないのですよね?」


こう聞いてしまうのは可哀想だとはわかっています。それでも、たぶんお二人は理解していらっしゃる。それを無視して話を進めることはできません。


「……お母様がごめんなさいって。私達が大好きだから側にいられないって言ってたの」

「それは旦那様に伝えましたか?」

「ううん。内緒だもの。私とお母様とコンラッドだけの秘密なのよ」

「母さま泣いちゃったの。だからばいばいしたよ?」

「……そう。お二人は本当に優しいわね。お母様のために我慢したのね?」


二人をギュッと抱きしめました。


「優しい子達ね、大好きよ。私を仲間に入れてくれてありがとう」

「ミッチェしゅき」

「……私も。ミッチェは信じる。……私達に嘘つかないから」


それからしばらく私達は抱きしめ合いました。たぶん、私達にしかこの気持ちはわからないのです。母親に置いていかれたこの寂しさも。嫌いになれない切なさも。


やっと気持ちが落ち着いてきたので、続きを話しました。


「旦那様は伯爵です。ですから、どうしても奥様が必要なのです」

「お仕事のため?」

「はい。いつまでも奥様に逃げられた伯爵では格好悪いでしょう?お二人にも母親が必要だと周りからも言われていたのでしょう」

「……格好悪いという問題なのかしら」

「たぶん?男の方は見栄っ張りなのですよ」

「ぼくもおとこのこよ?」

「あら、そうね。素敵な勇者様」

「えへっ」


半端な妻を用意するくらいなら、いつまでも妻を待ち続ける健気な夫を演じきればいいのに、とは思ってしまいますけど。


「ですから私が妻役に選ばれました」

「どうしてミッチェなの?知り合い?」

「いいえ。ただ、私の母も家を出ていってしまったので仲間意識なのでしょうか?ある日突然父から結婚が決まったと言われました」

「……けっこん……」

「すみません、形だけは結婚になってしまいました。でも、本当に形だけなんですよ?年に何回かどうしても行かなくてはいけないパーティーとかに妻役として出席するくらいです。それ以外はただの同居人ですから」


なんせまだそんなパーティーはないので、妻役は一度として(こな)しておりませんし。


「……ねえ、ミッチェは本当にいいの?好きな人はいなかったの?」

「我が家はとっても貧乏でしたから、いつかはお金のためにお金持ちのおじ様とかの後妻とか愛人として売られるかな?と思っていましたので、この契約に不満はありません。

だって、おかげでお二人と仲良くなれてとっても幸せですもの。旦那様に興味は全くありませんが感謝だけはしております」


これは嘘偽りなく本当の気持ちです。愛してもいないのに体を捧げる必要もなく、天使に囲まれる毎日は大変素敵です。

世の中に完璧などありません。少しの寂しさや虚しさなど気にしてはいけないのです。


「ですから二人にお願いがあります。お屋敷の外に出た時だけ私と家族ごっこをしてくださいませんか?」

「かぞくごっこ?」

「そうです。お外に出た時だけ、私にお二人のお母様役を演じさせて欲しいのです。お二人にも私をお母様だと思ってお芝居してほしい。駄目でしょうか?」


正直に話し過ぎたかしら。二人を傷付けた?

でも、私はあなた達が子供だからと騙すことはしたくなかったのです。


「おそとだけ?」

「はい。お外だけのごっこ遊びです」

「おそとだけのお母さま?」

「はい、そうです」

「じゃあ、ミッチェ母さま!」

「そうね。私達にとってお母様と呼ぶのは一人だけだから、あなたにはミッチェ母様という役名をあげるわ」

「……ありがとう。では、お外でだけあなた達をフェミィ、コニーと呼んでもいいかしら」

「いいわ」「いいよ!」

「ありがとうございます」


こうして、私達三人の秘密事ができました。








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