2.嫉妬する人
「あら、そうなのですか」
「……それだけなのか」
「え?」
グレン様が何とも言えない表情をしている。
どうして? グレン様のお兄様とダイアナ様のお友達。それ以上の情報もないのに、これ以上何を言えというのでしょうか。
「あ。もしかして、ここは私が不安そうにする場面でしたか?」
「……いや。君という人を見誤った私が悪かった」
まあ、失礼な。グレン様の説明が足りないことがいけないのだと思うのに。
「あのですね? そうおっしゃられても困ります。そもそも、社交界全体がほぼダイアナ様のお知り合いで構成されているではありませんか」
ダイアナ様は十年以上も伯爵夫人として社交界を渡り歩いてきたのだ。
あの美貌と話術ですもの。一体、どれほどの人を魅了してきたのか、想像に難しくありません。
私の言葉を聞いて、グレン様がわかりやすく顔色を悪くした。
どちらにしても、私はあの父親の娘というだけで敷居が高いのだから、いまさらダイアナ様の友人その一、その二が登場しても焦ったりいたしません。
「大丈夫、どんとこいですわ。だって、私一人で立ち向かうわけではないでしょう?」
さっきまでフェミィたちに愚痴を言っていたことは内緒です。
「……ミッシェル」
「あら、愛称で呼ばないと罰ゲームが待っていますよ?」
フェミィたちは本当に容赦がない。気をつけねば大変なことになる。
……彼女たちは、こちらに羞恥をもたらすことばかりをさせようとする、愛すべき小悪魔さんなのですから。
「……その、愛称を呼ぶ権利は嬉しかったのだが、ミッシェルという名前もとてもきれいだと思う」
──くっ! やられたわ。
最近のグレン様はちょいちょい甘い言葉を吐き出す危険な生き物になってしまった。
無口で無愛想なくまさんの中には、やたらと素直なわんこが隠れていたのだ。
「……甘い言葉は禁止させていただきます」
グレン様は私の言葉を理解できないのか、キョトンと目を瞬かせた。
「んんっ。とりあえず、どのような方なのか教えてくださいませ」
私が勝手に照れているだけなのがいたたまれない。気持ちを切り替え、ローランズ侯爵について尋ねた。
「侯爵は兄と同い年、私より三歳年上だが、爵位を継いだのは二年前になる」
ということは、三十三歳で侯爵になられたのね。
……ん? もしかして。
「グレン様は侯爵に意地悪でもされていましたか?」
彼の実情を知らなければ、兄の不慮の事故のおかげで、爵位と美しい妻、そして豊かな領地と資産。そのすべてを手に入れた果報者に見えるだろう。
実際は、彼が馬車馬のように働いて豊かにしたのだけど。
そんなグレン様に嫉妬しちゃったなんて子どもっぽいことは──
「……いや、私が至らないから、色々と心配してくださった親切な方だ」
ああ。思いっきりグレーですわね。それも、かなり黒寄りのグレーなのでは?
「グレン様? 私の嫌いなもの。ご存知ですのね?」
「……え? ……あ、いや……、別に嘘をついたわけではなく、……その、本当に色々と教えてくださって」
「あら、不思議ですわね? 私、『嘘』とは言ってませんよ?」
だって、嫌いなものは他にもあります。ミミズとか毛虫とかムカデとか。
……あ、想像したら寒気が。
グレン様が、わずかに目を泳がせてから、ちらりとこちらを見た。
なんだか、ぺたりと伏せた耳が見えるようだ。
いっそのこと、くぅ〜ん、と鳴いて見せてくれないかしら。
「……確かに、意地悪な口ぶりだったりはした。……だが、本当に困ったときには助けてくれて……」
「信じますよ? グレン様のお言葉をもとに作戦を立てるんですよ?」
あとでポーラにも聞かなきゃ。彼女なら侯爵家のことも知っているだろうし。
これからのことに考えを巡らせていると、何やらグレン様がもじもじしている。
コニーならおトイレ? と思うけど、まさか。
「グレン様?」
「……信じると言ってくれて、嬉しかった」
本当にもう、ちょろいんだから!
頭を撫でくりまわしたい気持ちをぐっと抑えた。
コニーが相手ならできるのに、立派な大人であるグレン様への対応に困ってしまう。
大人への愛情表現は、一体どうしたら──
……愛情? いえ、違うわね。傷ついた子どもが隠れている大人への対応。これだわ。
「では、グレン様が変わった姿を存分に見せてあげましょう」
「……見せるようなものは何もないが」
「あるでしょう? 素敵な父親の姿です」
グレン様の瞳が大きく見開かれた。
その反応に、少しムッとしてしまう。
「フェミィとコニーの大切な父親です。否定したら許しませんよ?」
「……君は、格好いいな」
グレン様の目元が少し緩んだ。
……うん。いつもそうして笑ってくれたらいいのに。
彼から自信を奪ってきた人たちすら、少しの好意で許し続けた優しい人。
「グレン様だって、とっても強いですわ」
人を憎んで生きるほうが楽だったろうに。
フェミィたちの優しさがどこから来たのかわかった気がした。
「パーティーの件、子どもたちには私から伝えていいですか?」
「ああ、頼んでもいいだろうか」
「もちろんです」
王都に向かう前にパーティーだなんて、子どもたちはきっと喜ぶでしょう。
グレン様の件は、とりあえずは保留かしら。
ポーラにも話を聞いて、ジョゼにドレスの相談をして。
……不思議ね。当たり前に伯爵夫人として動こうとしてる。
「さて、がんばりましょうか」




