31.答え合わせをしましょう(3)
「旦那様は、ご自身が多くの人を傷付けた加害者だと理解しているかしら」
今日、1番の口撃かもしれません。
「……私が?…そ、んな、…、誰を」
もっと早くに本音で話せばよかったのかしらね。初めてお会いした時に、諦めずにちゃんと伝えていたら何かが変わったでしょうか。
「ダイアナ様、ブレイズ様、フェミィ様、コニー様。……それから私です」
「ダイアナはまだしも……君もなのか」
本当に失礼な人ですよね。妻だと騒いでいたくせに、ダイアナ様を見つけた途端、私を枠外に放ってしまうのですから。
「では、あなたの最愛のダイアナ様の話に戻りますか?それとも、ダイアナ様を先にすると、聞き終わったら他がどうでもよくなりそうだから、後回しにしますか?」
可能性は大ですよね。女神命ですもの。
「いや、勝手に割り込むが、時系列でいこう。
ミッシェル様は優しすぎるから俺が教えてやるよ。なぜ、俺とダイアナが駆け落ちしたのかを」
あら。ブレイズ様が我慢しきれなかったみたいです。気持ちは分かりますから一旦お譲りしましょうか。
「お前は本当に身勝手な男だった。俺は学生の頃からお前の兄から聞いていたからアイツの無念を晴らしてやりたくてこの家に来たんだ。
だから驚いたよ。小さい弟かと思ったら、俺よりデカイ男なんだから」
ブレイズ様はお兄様の同級生で友人だったそうです。ダイアナ様とも学生の頃から交流がお有りだったとか。
道理で使用人の態度ではありませんけど、長年勤めてそのままなのも如何なものか。
「さらには、ダイアナを勝手に崇めて遠くから眺めて悦に入ってる変態だ」
……凄いどストレートです。確かに、私の追及ではヌルいと感じたかもしれませんね。
「そのくせ、『貴方が死んだら私は後を追うから絶対に長生きして』とか、真顔でドン引きすることを言いやがる。そんなだから、ダイアナは本当に困った時にお前に相談できなかったんだっ!」
……後を追うだなんて重いです。本気ならハッキリ言ってすっごく迷惑です。なぜ旦那様の生命を背負わなくてはいけないのでしょうか。
「……最初は頭痛と倦怠感だった。少し疲れただけだって。でも、歩き方がおかしくなった。聞けば、足先が痛いのだと。医者を呼ぼうとしたら駄目だと言われたよ。お前が心配して荒れるのが困るからって。だからコッソリと町の医師を訪ねたんだ。
……ダイアナはマラナ病に罹っていた」
「マラナ病だと?!」
マラナ病は原因不明の病で、倦怠感や微熱から始まり、やがて手足の末端が壊死してしまう恐ろしい病気です。進行が早く、治療法もまだ見つかっていないため、対処療法しかないのです。
壊死が始まれば切断するしか手がない。ダイアナ様のように。
「なぜそんな大変な病に罹ったのに家を出たんだっ!ここで治療したらよかったじゃないかっ!!」
「お前のせいだろう!お前が自分の命を使って脅しをかけるからっ!!
ダイアナはお前を大切にしていたよ。でも、彼女はユーフェミア達の母親だ!そして伯爵夫人だ!
自分がここで死んだら、お前は本当に子ども達も領民も全て捨てて後を追っただろう!だから逃げるしかなかったんだっ!!」
知らない人が聞いたら馬鹿だと思うかもしれません。
ですが、旦那様はダイアナ様が亡くなったら、本当に後を追ったであろうと信じられる状況だったのかしら。
「お前に分かるか?自分が死ぬかもしれないと告げられたのに、彼女はまずはお前のことを考えなくてはいけなかった。
死の恐怖よりも、子ども達が路頭に迷わないようにしなくてはいけないという思いの方が強かった。
だって自分が死に、お前が自殺するかもしれない。そうなったら子ども達はどうなる?
だから子ども達にだけ別れを告げて、駆け落ちを装ったんだ。
ダイアナは言ったよ。お前はきっと、どこかで彼女が生きているならそれでいいからと、絶対に探さず、今まで通りにひたすら働き続けるからって。
ダイアナは薬で症状を抑えながら王都へ向かった。だが着いた頃には……足は切断するしかなかった。
だが、それでも死ぬ確率は50%だった。実際彼女は何度も死にかけた!」
……本当に大変な一年だったのでしょう。
片足を失い、家族すらも手放し、身体的にも精神的にも辛い日々だったと考えると、本当になんと言ったらよいのか……
「彼女の状態が安定したのは三ヶ月前だよ。それまでは本当に片時も目が離せず大変だった。
ようやく……ようやく日常が戻ってきて。
でも、俺の兄から手紙が届いた。父の病状が悪化したと。ダイアナは行かないと後悔するからと俺を送り出してくれた。本当なら連れて行きたかったが、馬車での移動はまだ心配だったんだ。
だから、近所の人達に手助けしてくれるように頼んで残していったのに……
父を看取って、葬儀を終わらせてようやく帰ったらもぬけの殻だ。
その時の恐怖がお前に分かるか?お前はっ!自分の欲求のために彼女を殺しかけたんだぞっ!」