30.答え合わせをしましょう(2)
誰かの苦しみを、大したことないでしょうと笑うつもりはありません。
もし、他人から見たら大したことがないような出来事であっても、その人にとっては確かな痛みや苦しみを感じることがあるのだと理解できるから。
それに、旦那様の過去は本当に痛ましく、もしも子どもの頃の旦那様のところに行けるのであれば、私は全力で守ろうとしたでしょう。
でも、守ることが必要なのはいつまで?
「あなたが体罰を与えられていたのは十二歳頃まで。体が大きくなるにつれ、やり返されることを恐れたお母様は次第にあなたを無視する程度に留めた。そうですよね?」
「……なぜそれを」
「家令のホワイト様に教えていただきました。あなたが留守にしている間に、私は使用人達と仲良くなったのですよ」
ホワイト様はもっと怖い方かと思っていましたが、伯爵家を大切に思ってくださっている、とてもお優しいおじ様なだけでした。
意外と甘い物がお好きで、一緒にお菓子を食べたりして仲良くなったのです。
たぶん、あの方も、このままでは伯爵家のためにもよくないと思ってくださっていたのだと思います。
「そして、十六歳が最後です」
いくら体が大きくなっても、殺されそうになった記憶は、ずっとあなたを苦しめたことでしょう。
それでも。
「分かりますか?あなたを苦しめた年月よりも長い時間がすでに過ぎているのですよ。
十六歳以降、あなたを苦しめていたお母様は療養のためにこの家から出て行き、代わりにあなたが大好きだったダイアナ様が側にいてくださった。そうですわよね?」
「……ああ」
数字で示されて、初めて考えることができたのかしら。旦那様が少し顔色を悪くしています。
「ダイアナ様はあなたには寄り添ってくださったのですよね?それなのにどうして側にいようとしなかったのですか?」
「だって、ダイアナは本当は兄上のことが好きなんだ……それなのに、ただ可哀想だからと私なんかの妻になってくれた。せめて、不自由のない暮らしがしてほしくて、それで……」
「朝から晩まで仕事漬けの毎日を送っていたと?すっごい自己満足だわ。あなたはどこまでもご自分のことが大好きなのですね」
「なっ?!違う!私はダイアナのために!」
本当に呆れます。ためって……どの辺りが?
「ダイアナ様は、いつもあなたのお体を心配していたと聞きましたよ。何人もの使用人がそう言っていました。
もう少し早く帰って来てほしい。たまには休まないと病気になる。心配なのだと。
何度も優しく、時には諌めるようにあなたに伝えていた。使用人が知っていたのに、あなたがそのことを知らないはずはないでしょう?」
結婚したのに側にいない夫。それはとても寂しかったことでしょう。
でも、理由を聞けば妻のためだと答える。その妻は、夫の体を心配して止めていたのに。伯爵家はもともとそこまで頑張らなくても十分に裕福だったはずなのに。
「自己犠牲で愛する妻のためだと理由を付けて頑張ることは、さぞ快感だったでしょう。それに、会うたびにダイアナ様はあなたを心配してくれるのだもの。嬉しくて嬉しくて、どんどん止められなくなった。違いますか?」
そこに、ダイアナ様への愛は本当にあったというの?
「……違う、だって頑張って……そうしなければ」
「頑張るところが間違っている。そう何度も言われたのに?間違っていると言われても直せないのはなぜ?
貴方が自分の喜びを優先させたからでしょう」
「……違うんだ、私は……」
本当に執拗い。いえ、分かりたくないだけかな。間違っていた自分を自覚したくないのかも。でも、最後まで言わせていただきます。




