2.前途多難
翌朝、本当に朝早くに追い出されてしまいました。
まだ朝ごはんすら食べておりませんのに。
おかしいわね。もしかしてお父様は実の父親ではなかったのでしょうか。そんなことを考えてしまいたくなるような扱いで、さすがに唖然としてしまいました。
困ったことにお腹がくぅっと鳴ってしまいます。
「お嬢様、よければこちらをお召し上がりください」
「まあ、朝食を準備してくれたの?」
伯爵家までの旅仲間であるメイドのドナがワックスペーパーに包んだパンを渡してくれました。
「簡単な物で申し訳ありませんが」
「とんでもないわ。まあ、ハムとチーズが挟まっているのね。こちらは卵も。とっても美味しそう!ありがたく頂くわね」
それからは二人で朝食を頂き、嫁ぎ先の情報を教えてもらいました。
「ミューア伯爵が離縁されたのは昨年のことです。離縁というか、奥様が家出してしまったんです。
旦那様がとても怒っていらっしゃったのを覚えていませんか?これだから愚かな女はっ!と怒鳴り散らしていたアレですよ」
思い出しました!確かにお父様は大変お怒りで、女性とは清貧、貞淑、従順であるべきだと言い出し、なぜか私は丸一日食事を食べることが許されませんでした。
その理不尽さと空腹加減で少し殺意が湧きましたもの。やはり妻に逃げられた同盟だったようです。
「駆け落ちの理由は何だったのかしら。我が家のようにお金に困ってるわけではないでしょう?」
「どうでしょうか。私も昨日聞いたばかりでして」
「そうよね。お相手のお名前が分かっただけでも十分よ。でも、あなたまで巻き込んで本当に申し訳なかったわ」
「とんでもありません!お嬢様を一人で行かせるなどできませんよ!ですが……」
「大丈夫。到着したらあなたはすぐに戻りなさい。ドナの雇い主はお父様なのですから」
本当に残念ですけれど、こればかりはどうしようもありません。
「でもね、これからあの家はどうなるか分からないわ。もしよかったらこの紹介状を使って?サインも印章も本物だから大丈夫よ」
ドナは私に親切にしてくれたメイドだもの。お父様が紹介状無しで辞めさせるかもしれないのです。
なぜあそこまで私に意地悪がしたいのか……幼い男の子が女の子を虐めたくなるあれでしょうか?あれも本当に謎ですけれど。
「いつの間にこのような物を……」
「お父様は私が回した書類はほとんど見ずにサインしてしまうの。他の書類に混ぜて渡したら、何も気付かずにサインしてくださったわ」
「……お嬢様、ありがとうございますっ!」
あの家で私を気に掛けてくれた使用人はあなただけだったもの。これくらいの恩返しはさせてほしい。
「でも、あなたの分しか用意できていないの。他の人に見つからないように気をつけてね?」
「分かりました。ぼっちゃまが無事に王都に向かうのを見届けたらすぐに他所に行こうと思います」
お父様に領地運営の才は無い。私も何とかできないかと頑張ってはみましたが、子どもにできることなどたかが知れています。それでも少しは改善されたものの、私が出て行ったあとはどうなってしまうのでしょうか。
どうか、デイルが卒業するまでは私の支度金でなんとか持ち堪えてほしいものです。
◇◇◇
こんなにも長く馬車に乗るのは初めてでしたわ。何よりも領地を出るのも初めて。旅行とはこのように心が浮き立つものなのですね。
「お嬢様、見えてきました。あちらが伯爵様のお屋敷では?」
ドナの言うほうを見ると、何とも立派なお屋敷が目に入ります。
やっぱり我が家とは大違いね。随分とご立派ですこと。
感想といえばその程度です。だってどれほど立派でも、お父様のお仲間の構える屋敷ですもの。気を抜いては大変なことになるでしょう。
門の前で馬車が止まると、門番に身元を確認されました。
「旦那様が結婚?そんな話は聞いていないが」
……どうやら前途多難なようです。
思わず、窓を開けて声を掛けてしまいました。
「ご主人様からお子様達の面倒を見る者が来るとは聞いていませんか?」
「は?……ああ!申し訳ありません、1週間後くらいと聞いていたものですから!」
なるほど。やはり私は使用人扱いであり、さらには到着期日すら違っていたのですか。