23.取り残された夜
それは突然の出来事でした。
「ダイアナが見つかった」
夜遅く、突然私の部屋を訪ねてきた旦那様がこちらを見ずにそう告げました。
ああ、やっぱり。貴方様はダイアナ様が一番大切で、子ども達のことなど──
「子ども達を一緒に連れていく」
「!」
……あの子達を忘れはしなかったのですね。それならば、私に言えることなどございません。
「承知いたしました。お気を付けていってらっしゃいませ」
快く送り出す以外に、どの様な道があるというのでしょう。こんな私を見たら、ノーランはまた怒るのでしょうか。
「……すまない」
謝るのですね。それは何に対して?
そもそも私が探すように進言したのです。いつかこんな日が来るだろうとずっとそう思って覚悟をしてきたつもりでした。
今は夜の十一時過ぎ。子ども達はすでに寝ています。そんな二人を旦那様と護衛騎士がそっと抱きかかえて馬車に向かいました。
馬車まで見送る途中でフェミィ様が目を覚ましてしまいました。
「……みっちぇ?」
「まだ夜ですわ。今から少しだけお出掛けです。まだ寝ていてくださいませ」
「……ん……またあした……」
「はい、また明日」
……きっと明日会うことはできないでしょう。
嘘を吐いてごめんなさい。あなた達に嘘偽りを言う日が来るとは思いませんでした。
「どちらまで?」
「……王都だ」
「では、おかえりは一週間以上先ですね。屋敷の者達にはその様に伝えておきます」
「ああ」
それきり、旦那様は何も語らず馬車に乗り込み、ガラガラと車輪の音を響かせながら走り去っていきました。
『誕生日パーティーするわよ』
『しろいクリームとチョコクリームどっちがすき?』
『ろうそくの火を吹き消すときにね、願いごとをするの』
『まだかなぁ、たのしみだね!』
「残念ながら、パーティーは無しですね」
だから期待してはいけなかったのに。
「コニー様はケーキが食べられなかったって文句を言うかしら」
ううん、大好きなお母様に会えるのですもの。その喜びのほうが勝るに決まっています。
「フェミィ様が気に病まないといいのですけど」
……私のことなど思い出さないかも。
だって一年ぶりの再会です。いえ、私が来てから何ヶ月たったかしら?その分がプラスですもの。
……もう、このまま帰ってこないとか?
「ミッシェル様っ!」
「ノーラン、どうしたの?」
「旦那様達はっ」
「ダイアナ様が王都で見つかったのですって」
「そんな!だって明後日は!」
「ふふ、仕方がないですよ。さ、もう戻って休みましょう。明日、起きれなくなってしまいます」
「……そんなふうに笑わないでください」
そんなふうってどんな?自分の顔など見ることができません。
「レディーの顔をそんなにも見つめるものではありませんよ」
「抱きしめてもいいですか」
「……駄目です」
「失礼します」
駄目だと言いましたのに。
ノーランが優しく抱きしめてきた。また不貞だと叱られてしまうわ。……ああ、そんなことは二度と起きないわね。
「明後日、お祝いしましょうね」
「……しないわ」
「バースデーソングを歌いましょう」
「いやよ」
「ケーキも食べましょう」
「……っ、なんで……」
「貴女が生まれてきてくれた感謝の日です」
「…、ぅっ……こんな……っ、こんなことならっ、ずっと……心を許さなければよかった!」
「大丈夫です。貴女は幸せになれます」
「…なれないっ、……なれないよっ!無理だったの、やっぱり無理なのっ!私は絶対に誰の一番にもなれないっ!」
私は何て醜いのでしょう。フェミィ様達の幸せを願うと言っておきながら、結局は自分のことばかり考えて、こうして嘆いているのです。
こんなだから、私は両親にも、誰にも……
「お二人を信じてあげてください。お嬢様達は寝ているところを無理やり連れていかれただけです。
目を覚ましたら絶対に激怒するはずですよ」
大丈夫、大丈夫ですよ。
ノーランが何度も何度も繰り返し囁く。そんなはずありませんのに。
だって、私は離婚して、この家を出て……またどこかの金持ちに売られるのでしょうか。
旦那様は、決められた期日まで資金援助はしてくれるのかしら?
もう、何が悲しいのかもよく分かりません。
何だかすべてが虚しくて、悲しくて。
でも、そんなささくれだった心が、ノーランの温もりと、優しい言葉に、ほんの少しだけ慰められた気がしました。