21.かりそめの楽園
「ほら、そういうところですよ」
「はい?」
「なぜ、ミッシェル様自身が幸せになるために頑張ろうとしないのですか?」
──私が幸せに?
「……なってます。今、幸せですもの」
「こんなにも不安定な立場なのにですか」
「だって、仕方がないのです。そういう契約なのですよ?」
「嫌だと言ってみましたか?」
「……何を」
「そんな都合のいい女は嫌だって、一度でも旦那様に訴えたことはありますか?ないですよね?」
「なっ……!そんな、だって私はっ」
「旦那様とミッシェル様のお父上が勝手に決めてしまったのでしょう?一度くらい文句を言ってもいいと思いますよ。こんなことを平気でする旦那様ははっきり言って人でなしの鬼畜野郎です。いっそ殴り飛ばせばいい」
「ちょっ、そんなこと誰かに聞かれたら!」
「私の雇用主はミッシェル様ですから。貴女を傷付ける人を罵っても何も問題はございません」
問題だらけだと思いますけど。
「……あんなに大きい旦那様を殴ったら、また私の腕が折れそうだから嫌です」
「ふっ、確かに。ミッシェル様が弾き飛ばされそうですね」
「イヤね、もう何なの?ふふっ、絶対に私が倒れている未来しか見えないじゃないっ!」
それから二人で大笑いしてしまいました。
「……私は怒ってもよかったの?」
「当たり前ですよ。だって貴女の人生をまったく考えていないのですよ?酷過ぎます」
「そう……そうね。私くらいちゃんと怒らないと駄目だったのね」
「だから言ったでしょう?貴女はご自分をぞんざいに扱いすぎだと」
だって、それが当たり前だと思っていたの。
大切にされないのが当たり前で。
でも、私くらいは私のことを大切にしてあげなくてはいけなかったのだわ。
「誕生日。楽しみですね」
「……初めて楽しみだと思えます。ありがとうございます、ノーラン。私のために怒ってくれて」
「大切なご主人様ですから当然ですよ」
主人になる前から怒ってくれていたくせに。
「ああ、作戦会議が終わったみたいですよ」
「ミッチェ、お待たせ!」
「おまたせ~、さびしかった?」
「そうですね、でも、とっても楽しみだから平気ですよ」
ノーランはそのまま軽くお辞儀をして離れていきました。
何だか不思議です。何も解決していないのに、胸の奥がぽかぽかしている気がします。
「ミッチェうれしそう」
「あら、誕生日が楽しみになった?」
「はい、とっても。楽しみにしていますね」
こんなにもお二人に大切にされている。そんな私を誇っていいのだわ。
何だかもうプレゼントを貰った気分です。
◇◇◇
「どう?似合ってる?」
「ぼくも!かっこいい?」
「はい!お二人ともとっても素敵ですわ」
本日、以前注文した衣装が届きました。正装したお二人は本当にすてきで、ちょっと大人っぽく感じます。
「ミッチェもすっごく綺麗よ」
「おひめさまみたい!」
「ありがとうございます。こんなに綺麗なドレスは初めてだから嬉しいです」
フェミィ様が選んでくださったドレスに、コニー様が選んでくださった髪飾り。みんなでお揃いのカラーを取り入れて、我ながらそこそこ綺麗なのでは?と浮かれてしまいます。
そこに、まさかの旦那様がいらっしゃいました。
「ワイラーがここに向かうようにと……は?」
ドレスアップした私達を見て、旦那様が固まってしまいました。
「父さま、ぼくかっこいい?」
さすがはコニー様です。旦那様の反応をものともせずに褒め言葉を求めています。
「あ、ああ。かっこいいな」
「私は?綺麗?可愛い?どっちかしら」
フェミィ様も流石です。二択ということはそれ以外の言葉は許さないと言うことですね?
「ユーフェミアは綺麗で可愛いな」
オウムですか。でも、言えただけマシなのでしょう。
「ミッチェもとっても綺麗でしょう?」
やはりその流れですか!いくらオウムな旦那様でもそれは、
「ああ、ミッシェルも綺麗だ」
……………………え。
「でしょ?ミッチェようせいさんみたい!」
「……ようせいさん……ああ、妖精。うん、そうだな」
……だれ。偽物かしら。
地味って言ってませんでしたっけ。私のこと。
なぜでしょうか。何となくイラッとしました。
「父さまもね、おそろいなの!」
コニー様がカフスとブローチを見せています。そういえば、お揃いコーデにしたことを伝えていませんでしたね。
「……私に?」
「そうよ。今回はね、ミッチェのイメージでペールグリーンで揃えたの。すてきでしょ?」
「お揃い……」
「そうよ。だって仲良しだもの。嬉しい?」
凄いです。フェミィ様のトーク力がすごい。力技で嬉しいと言わせようとしています。
「……ああ。とても嬉しい。ありがとう、ユーフェミア。コンラッドも。………ミッシェル、本当に感謝する」
──感謝?旦那様が?
なぜかしら。大声で叫びたい気分。
今ならこの人を怒鳴り散らしても許される?
「父さまうれし?よかった!」
「ブローチはね、私が選んだのよ」
……駄目よ。落ち着いて。
ノーランの馬鹿。貴方があんなことを言うから。
今までずっと平気だったのに。
私の居場所なんて本当はないのに、弁えているつもりだったのに、ここはとても居心地がよくて。
どうしましょう。ここを離れるときに泣いてしまうかもしれません。




