20.夢と現実
旦那様と子ども達の距離がずいぶんと近付きました。
こうやって、少しずつ少しずつ親子らしくなれるといいですわね。
「ミッチェ!もうすぐ誕生日って本当?!」
誕生日?ああ、そういえば。
「本当ですね。今月の終わり頃なので、2週間後みたいです」
「……まさか忘れてたの?」
「ん~、特に何をするわけでもありませんし、あまり気にしておりませんでした」
でも、もしかしたらデイルからバースデーカードが届くかもしれません。少しだけ楽しみにしておこうかしら。でも、勉強が忙しいでしょうし──
「ありえない!」
「え?」
「私達がミッチェの誕生日を祝わないはずないでしょう?!あなたは私達がそんなにも思いやりのない子だと思っているの?!」
……失敗しました。そんなふうに考えるとは思いませんでしたわ。
「申し訳ありません。今まで誕生日を祝ってもらったことがなかったので、お教えしないことが失礼なことだとは思い至りませんでした」
「ミッチェ、たんじょうびのおいわいしないの?」
「そうですね。弟のデイルにはおめでとうと言ってもらって、その日のおやつを私にくれたりはしていましたけど、それだけでした。
ですから、フェミィ様達を馬鹿にしたわけではなくて……」
デイルの誕生日は祝っても、私の誕生日は祝わないのが当たり前でしたから、自分の誕生日なんて意識していませんでした。
駄目ですね、少し考えたら分かることでしたのに、フェミィ様達を傷付けてしまい本当に申し訳ないです。
「……ごめんなさい、決めつけて怒鳴ってしまって」
「とんでもありません。謝ってくださりありがとうございます。これは私の不手際ですので」
「違うわ。よく考えたら、自分から誕生日を祝ってっておねだりする方がはしたないわよね?
私が大切な人の誕生日を前もって聞かなかったことが失敗だったの。だってミッチェは私達の誕生日、知ってるでしょう?」
フェミィ様は最近、情緒面の成長が著しい気がします。女の子の方が成長が早いというのは本当かもしれませんね。
「ぼくね、まだまだなの。ゆきがふってからだよ!」
「はい、そうですね。先にフェミィ様のお誕生日が来ますね」
「ミッチェの誕生日パーティーをするから!楽しみにしていてねっ」
「わーい!姉さま、さくせんかいぎしよっ」
「そうね。ミッチェはノーランと遊んでて」
……作戦会議は分かりますが、どうしてノーラン?また、不貞を疑われると嫌なのですけど。
「だってお父様が言っていたわ。ミッチェが何か困っていたらノーランに相談しなさいって。ノーランはミッチェを絶対に守るからって」
旦那様。合っていますが誤解を招く言い方ですね?
「今は何も困っていませんよ?」
「私達がいないと寂しくて困るでしょ。だからノーランと遊んでて」
……成人した男女が共に遊ぶというのは違う意味に聞こえてしまいます。でも、そんなこと説明できません!
「……私はお二人の内緒話を離れた所から眺めて楽しんでいますからお気になさらず」
「ミッチェ、だめだめよ?さくせんかいぎよ?ないしょなの!」
「えー、眺めるのも駄目ですか」
「「だめっ!」」
「では、本でも読んで」
「そうやって盗み聞きしようとしてもダメよ!パティ、ノーランを呼んできてちょうだい」
酷いです。盗み聞きなどしませんのに。ただ、お二人の作戦会議は可愛いだろうなぁと少しだけ見ていたかっただけですわ。
「フェミィ様、酷いです」
「ふふん、誕生日を楽しみにしていなさい」
王女っぷりが板についた七歳児とは如何なものでしょう。教育を間違えたかもしれません。
ああ、王女というのは不敬になるからやめなくてはいけませんね。お嬢様っぷりでいいのかしら。
◇◇◇
「ノーラン、ごめんなさい。お仕事は大丈夫かしら」
「平気ですよ。そもそもお嬢様にミッシェル様の誕生日をお教えしたのは私ですから」
「……裏切り者がここにっ」
まさかノーランに密告されるとは思いませんでしたわ。
「私に教えてくださればよかったのに」
「そうですね。少し悩んだのですが、お嬢様に叱られたほうがいいと思ったんです」
「え、ひどい。私、あなたに何かしましたか?」
まさかお嬢様に叱られるように仕向けただなんて、少しショックです。
「ミッシェル様は子ども達のことばかり大切にして、ご自分のことはぞんざいに扱いがちですから。
それに、お嬢様達も与えられるばかりでなく、ご自分から動くことを考えるいい機会かと思ったのです」
「自分から動く、ですか」
「あれ、自分をぞんざいにの方はスルーですか?本当にもう、そういうところですよ」
「あ。いえ、でも」
「はいはい。子ども達のことが一番に聞きたいのですよね。
ぼっちゃまはともかく、お嬢様はもうすぐ八歳です。いつまでも守られるのではなく、ご自分で動けるようになっていかねばなりません。
いずれは旦那様を諌めたりするのもお嬢様のお仕事になっていくはずですから」
「そんな、まだ子どもですよ?」
「この家に夫人はいませんから仕方がありません」
……それは、私が夫人の役割ができないから?
「これはミッシェル様のせいではありません。旦那様がそう望まれてしまっているからです。
主にそう命令されたら、使用人は従わなくてはなりません。納得がいかないのであれば辞めるしか手はないのです。
ですが、ご家族であるお嬢様達は唯一反論の許されるお立場です。帳簿などは家令のホワイト様が纏めておりますが、家を守る夫人の役割はどうしても必要でしょう」
「……ノーランは厳しいです」
「でも、ミッシェル様は夫人の座を得たいとは思わないのですよね?」
私が夫人の座を……?
「ありえません」
「はい。そうなると、夫人の役割はいずれお嬢様が担うことになるのですよ」
「もしかして、最近旦那様が屋敷にずっといらっしゃるのは」
「たぶん、ミッシェル様が侮られないように。だと思います。ミッシェル様は夫人であって夫人ではない。統制が取れないことを分かっていらっしゃるのでしょう」
「……そこまで分かっていて……本当に馬鹿な人ですね、旦那様は」
それならば本当に役に立つ妻を娶ればよかったのに。
そうして、私がただのお世話係だったら何も問題はなかったわ。
……いえ、それはないわね。そうしたら今頃は違う金持ちに売られただけでしょう。
「……楽しいだけでは生きていけませんね」
「現実を突き付けて申し訳ありません」
「ううん……覚悟してきたはずなのに、子ども達と過ごすのがとっても楽しくて……現実を忘れていました」
「今後、どうするおつもりだったのですか?」
本当にノーランは現実を突きつける。
「いずれ離婚すると思っています。だいたい三年くらいかしら。そう考えていました」




