16.チャンスをひとつ
あの後は大変でした。
フェミィ様とコニー様のガードが固すぎて、なかなか旦那様とお話ができませんでした。
「伯爵に会う必要はないわよ」
「またけがしちゃう!」
すっかりと伯爵呼びになってしまいましたし、さすがにこのままではいけません。
「フェミィ様、コニー様。私を心配してくださって本当にありがとうございます。
でもですね、いつまでもお父様のことを爵位で呼び続けるのは可哀想というものですよ?」
「………違うわ。私の父ならば暴力を振るうはずはありません。アレはただの偽物です」
プイッとそっぽを向く姿が可愛過ぎます。
「人って完璧じゃないのですよ?頑張っても頑張っても完璧になんてできないんです。
だから色々失敗もするし、人を傷つけてしまうこともあります。でもね、そこでちゃんと反省して謝罪して、次は絶対に気を付けようと頑張れば、昔の自分よりは一歩前に進めるんです。
確かに旦那様はたくさん間違えました。でも、旦那様は今、ひとりぼっちです。ダイアナ様がいなくなって、ひとりぼっちで頑張っていたんですよ。
だから心がトゲトゲしちゃっていたんだと思います」
「心がトゲトゲ……」
フェミィ様達にも覚えのある感情だったのでしょう。
「今まで旦那様に叩かれたことはありますか?」
「ないわ」「ないよ」
「ダイアナ様は?」
「絶っっっ対にないわ。お父様にとってお母様は女神様だもの」
女神?意外です。そんなポエマーなことを語ってしまう人だったのですか。
「では、初めての失敗です。あのとき、旦那様は私を叩いてしまって凄く驚いていました」
「……自分でやったのに?」
「ね?人って不思議ですよね。思わずって言葉があるでしょう?思ってもいないのにやってしまうことがあるんですよ。とっても厄介ですけど」
「お馬鹿だわ」「おばかさんなの」
ああ、爵位どころかただのお馬鹿認定されてしまいました。
「一回だけチャンスをあげてくれませんか?」
「……許すの?」
「いいえ?殴ったことは一生許しません。痛かったですし、左手がしばらく使えなくてとっても不便です」
ええ。骨にヒビが入りましたからね?何をするにもすっごく不便だしお手伝いが必要で恥ずかしいし。
私はお風呂は一人で入りたかったです……
「でも、フェミィ様達のお父様でいるチャンスを与えてあげてほしいんです。
だって旦那様は色々駄目だけど、お仕事は一生懸命してくださっているわ。だからみんなが不自由なく暮らしていられるの。それって凄いことなのですよ?」
私の父は仕事が駄目で貧乏暮らしでしたから、本当に羨ましい限りですもの。
「それに、あなた達のために私と結婚だってしてしまったわ。やっていることはどこかズレているけれど、お二人を愛して大切にしていることは本当だと思うのです」
「……ズレてる?」
「はい、ズレてます。というか分かっていない?のかしら」
どう大切にしたらいいのか知らない子どものようですもの。
「ミッチェはお人好しだわ」
「そうでもないですよ?ただ、お二人が幸せであってほしいから、いつか後悔しないようにして欲しいなって思っているだけですわ」
「もう!そんなこと言われたら許すしかないじゃない!」
「コニー様は?」
「ミッチェがけがしないならいいよ」
「私のお願いを聞いてくださり、ありがとうございます。
では、旦那様とお話してみますね」
そうして。
今、地にめり込みそうなくらい落ち込んでいる旦那様から、思ってもいなかった暗くて重い過去を聞いてしまったところでございます。
ダイアナ様!こんなのは最後まで面倒見てくださらないと大変困るのですが?!




