15.魔王の独白
私は醜い。それは子供の頃からずっとだ。
私には3つ年上の兄がいた。兄は私と違って、柔らかな金茶の髪に優しい新緑の瞳を持つ、笑顔の似合う人だった。
醜い私にもいつも優しく手を差しのべてくれる兄のことが大好きで、でも妬ましかった。
だって私は笑うと気持ちが悪いと言われた。だから笑うなと母上に叱られる。この顔が不快だからと、食堂にも入れてもらえなかった。
だからなるべく喋らず、笑わず、息を潜めて生きるしかなかった。
幸い本は好きだったから、いつでも図書室で本を読んでいた。その時だけが心穏やかでいられる時間だった。
でも兄様は、ずっと部屋に篭りっきりは駄目だと、度々私を外に連れ出す。
兄に遊んでもらえるのは嬉しい。つい、ニヨニヨと頬が緩んでしまう。それを見て、
「ほら、グレンは笑った方がずっとすてきだ!」
そう言って、キラキラした笑顔を見せてくれた。
私はとても幸せで───苦痛で。
兄が勉強部屋に向かうと母上に呼ばれる。
靴下を下げられ、何度も脹脛を鞭で打たれた。
なぜ兄に近付くのか。なぜ笑っているのか。なぜ言うことを聞かないのか。なぜ、なぜなの?
あの女と一緒で、また私の大切なものを奪う気か。
義母の言葉に、叩かれていないはずの胸までなぜか痛かった。
本当の母のことはあまり覚えていない。
私の容姿は母譲りらしい。母は黒髪の、とても陽気な女性だったと聞いた。
政略結婚で堅苦しい妻との生活に疲れていた父は、明るく気さくな母に恋をしてお前を授かったのだと、近所に住んでいた母の友人が教えてくれた。
でも、どこまで本当かはわからない。だって母は幼い頃に亡くなってしまったし、父は私を引き取ってはくれたけれど、私という存在を持て余している。
彼が愛したのは母であって私ではない。
醜い私に愛情の欠片をくれるのは兄だけで、でも、その愛情の欠片は私をひたすらに傷付けるのだ。
そんな兄も大きくなるにつれ、自分が構うとその分私が暴力を受けることに気が付いたのだろう。次第に私とは距離を取るようになった。
結局子どもは親には逆らえないのだ。
私が13歳になった頃、兄に婚約者ができた。
兄より1つ年下のダイアナ様は、まるで天使みたいに綺麗な女性だった。
月の光を束ねたみたいに輝くプラチナブロンドに、澄んだ湖のような美しい瞳。そんな美しい人が私に微笑みかけてくれた。
「はじめまして、グレン様。私のことは気軽にダイアナとお呼び下さい。どうか仲良くしてくださいませ」
醜い私に顔を顰めるでもなく、優しく話し掛けてくれる。頭の中は、天使?女神?妖精?と、あらゆる美の化身達がクルクルとしていたけれど、私の口からは、
「……私には構わないでください」
こんな言葉しか出てはこなかった。だって、私なんかに近付いたら、天使が汚れてしまう。それに、母にも嫌われるかもしれない。
彼女が私のせいで不幸になるのは嫌だった。
それでも、ダイアナ様が兄に会いに来るたびに、図書室の窓からこっそりと覗いていた。遠くから眺めるだけ。それくらいなら許してもらえるだろうか。
ドキドキしながら眺めていると、ふいにダイアナ様がこちらを見上げた。
嬉しそうに手を振ってくれるのを見て、慌ててしゃがみこむ。
幸せ過ぎてもう、このまま朽ち果ててしまいたいと思った。
そう。死ぬべきなのは私だったのに。
あとひと月で結婚するという頃に、兄が死んだ。
事故だった。雨続きのある日、川に落ちた子供を助けようとして亡くなった。優しい兄らしい最後だった。
久し振りに母上に叩かれた。なぜ、と。
なぜお前なんかが生きていて、あの子が死んでしまったの。返しなさい、あの子を返せ。
母にとって私は全ての不幸の象徴らしい。
思わず、そんな悪魔の様な自分を笑ってしまった。
それがいけなかったのだろう。
母は近くにあったガラスの置物で私の頭を殴り付けた。
目の前が真っ赤に染まり、ああ、これで兄が帰ってこられたらいいなと、ゆっくりと目を閉じた。
目を覚ますと、全てが終わっていた。
信じられないことに、1週間も眠っていたらしい。
私の事件は、息子を失った母が錯乱し、つい、止めに入った弟を攻撃してしまっただけの不幸な事故として片付けられた。
母は心を病んでいるということで、家から出て施設で静養しているらしい。
そして、私は次期当主としての教育が始まった。今まで私を無視して来た人達が、母がいなくなったということもあるけれど、何事もなかったかのように接してくるのが気持ち悪かった。
学習面は問題なかった。だが、人と話をしてこなかったため、会話に苦しんだ。
笑ってはいけないはずなのに笑顔で対応しろと言われ続けて、とうとう熱を出して倒れた。
そうして、何とか体調が戻ると、なぜかダイアナ様が私の婚約者になっていた。
ダイアナ様は修道院に入る予定だったらしい。なぜなら、純潔を兄に捧げてしまっていたから。
あと少しで結婚の予定だったのだ。ふしだらだとは言わないが、貴族としては致命的だった。兄を愛していたこともあり、修道院に行きたいと本人が希望していたようだ。
それなのに、会話が致命的な私を救ってやって欲しいと頼まれてしまったのだ。
愛する人の大切な弟のためなら。そのためだけに私と婚約を結んでくれた。
どこまで天使なのかと、そんな天使の羽根を奪ってしまう自分が本当に悍ましかった。
ダイアナ様は見た目と違って根気強かった。
最初は緊張して一言も話せなかった私を、辛抱強く待ってくれた。
貴方の顔なんか怖くないと笑ってくれた。
なかなか彼女に触れられない私を押し倒したのは彼女の方だった。
可愛い子供が欲しいのよ。ちゃんと協力しなさいと叱られた。
私は本当に嬉しくて、幸せで。
せめて、彼女が生活に困らないようにと一生懸命働いた。
仕事はいい。顔など関係ないし、頑張れば頑張っただけ成果が出る。お金があれば困ることはないだろうと、とにかく領地を潤し、伯爵家の評判を上げて、資産を増やすことに邁進した。
そんな私を、帰って来るのが遅過ぎる。子供に顔を忘れられちゃうわ。気を遣うところが間違っていると文句を言いつつも抱きしめてくれた。
そうやって、少しずつ、少しずつ、私を人に近づけたくせに。
結局は優しい笑顔の執事とともに家を出ていってしまった。
醜い私は、やはり捨てられたのだ。




