ぽつり、水の音
夏祭りが終わると、辺りは静けさに包まれた。小さな村の小さな神社。そこが催しの場所だった。少し前まで多くの人が笑顔を見せていたが、今や境内にいるのは一人きり。中学生の少女が暗い顔で佇んでいるのみだ。
池の畔で膝を抱え、水面をぼんやりと眺めている。顔の左右に垂れる三つ編み。その端の近くには赤いリボン。いつもはそんな洒落っ気を見せないが、今日ばかりは違っていた。
柔らかな風が池を撫で、満月が微かに揺らされる。きらきらと反射する光に少女の視線が向いた。
どうしてこんなことになったのだろう。
幼さの残る顔が険しく歪んだ。
境内に人の姿が多くあった頃、少女は笑顔を浮かべていた。隣には同い年の少年。二人は夏祭りを謳歌していた。
誘ったのは少女の方。何週間も前からその気でいたが、声を掛けたのは昨日のことだ。張り裂けそうな胸を両手で押さえながら、なんとか言葉を紡いだ。相手は少し驚いていたが、程なくして応じてくれた。
神社の前で待ち合わせ、二人揃って階段を登る。少年が屋台の料理で腹を満たす中、少女の心は満たされていた。だから、なにも食べられなかった。
射的と金魚すくいに二人で興じ、少年からラムネの詰まった小さな箱と一匹の金魚を貰った。大した物ではなかったが、少女にとっては宝物だ。
このまま時が止まればいいのに。
そんな想いとは裏腹に、夢のような時間は足早に通りすぎる。祭りが終わりに迫る頃、少女は少年を木陰まで連れ出した。
少女の目に、二度の瞬きが映る。なんだか怪しまれているようだ。少年の唇が僅かに動いたので、少女は機先を制す。
「好きです」
溢れんばかりの想いを短く伝えた。少女は頬を赤らめ、俯いている。胸が苦しく、耳が熱い。
「・・・ごめん」
少女が意を決して放った言葉は、儚くも消えた。
水面の月が形を取り戻すと、少女は視線を外した。
ぽつり、水の音。
少女の想いが池に注がれた。