表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

くまのなかで、ぼくはまってる

むかし、ぼくにも名前があった。

それがどんな音だったかは、もう思い出せないけど――

誰かがそれを呼ぶたびに、胸の奥があったかくなったことだけは、まだ覚えてる。


雨の日、校庭の隅でひとりぼっちだったとき。

先生の声がうるさくて、頭が真っ白になったとき。

家に帰るのが怖かったとき。


そのとき、この着ぐるみに出会ったんだ。


最初はただ、もふもふで可愛いだけのクマだった。

でも気づいたら、着ていた。

着て、泣いて、うずくまって、そして……


気がついたら、ぼくはクマのなかにいた。


不思議と怖くなかった。

だって、ここは誰も怒らないし、何も求めてこない。

呼吸もしなくていい。宿題もない。

“良い子”じゃなくても、だれかの“期待”にならなくても――

ここでは、ただの「ぼく」でいられる。


でも、時々思い出すんだ。


あの日、ぼくの手を握ってくれた子。

一緒に泣いてくれた子。

その子が、もし今も疲れていたらと思うと、

ぼく、ここを離れられなくなった。



だから、ぼくは「待つこと」を選んだ。


自分が戻るよりも、誰かを迎えるクマになるほうが、いいと思ったから。

ぼくのこの毛皮が、誰かの涙を受け止められるなら、

ぼくのこの目が、「だいじょうぶだよ」と言えるなら――

それで、いいんだ。



たまに、こうして、着ぐるみの中に誰かが入ってくる。


がんばりすぎた大人、忘れられた子ども、迷子になった心。

ぼくはそっと、包み込む。

そして耳元で言うんだ。


「ここは、きみが泣いていい場所だよ」

「きみが、きみのままでいられる場所だよ」



ぼくは、もう名前を持たないけど

ここにいる

今も、ここで

きみを、待ってる。

この物語は、「疲れた大人」と「忘れられた子ども」が出会う、ひとつのやさしい居場所について描いたものです。


世の中には、うまく泣けないまま大人になってしまった人がいて、

誰にも気づかれないまま、静かに壊れていく声があります。

そうした声を、もし誰かが「受け止められたら」と思ったとき、

ふと浮かんだのが、このクマの着ぐるみでした。


ふわふわで、何も言わず、ただ黙って隣にいてくれる存在。

それはぬいぐるみのようでいて、本当は**誰かの心の中に残された“かたち”**なのかもしれません。


物語の中で、少年は「クマになること」を選びました。

それは“逃げること”でも、“諦めること”でもなく、

誰かを包み、祈りを受け取る者になるという選択でした。


読んでくださったあなたにも、

「ここでは泣いていいよ」と言ってくれるクマが、

どこかでそっと待っていてくれますように。


そしてもし、あなた自身がそのクマになる日が来たなら――

どうかその目で、優しく笑ってあげてください。

次に来る、誰かのために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ