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⑨スノーフレーク 2

 鍋が出来上がる、ほんの束の間に分かった事が幾つかある。

 それはお互いの名前と、これから何処に向かうべきなのかと言うこと。


 それと、疑問が1つある。何故2人は言葉が通じているのか、だ。



「僕もそれは疑問に思っていたけど、考えても分からないんだよ。君以外の他人にも話かけてみたけど全然通じないんだ。それに通じないどころか、何を言っているのかも聞き取れないしここが異国の国なのは理解出来たかな?でも、言葉が通じないとなると僕の目的である人探しも難しそうだ」

 どうしよう、と。呟きながらしょんぼり肩を落とすユーリウスとは逆に、話を聴きながら淡々と手元で何か作業をしている菊次郎の視線は鍋に注がれている。

「それなら、一度大阪に行けば良い」

「オオサカ?それはもしかして街の名前かなんかかな?」

 ユーリウスは自分の足を抱え込んだままの体勢で小首を傾げた。

「ユーリみたいな異国人が多くいる街なら交易が盛んな大阪まで行けば、もしかしたら……」

 トンっと、菊次郎は小さなナイフをまな板代わりの木の板の上に突き刺した。そして細かく刻んだネギを一掴み鍋の中にサッと放り込む。

「僕の言葉が通じる人がいるかもしれないって事だね!そのオオサカって街はここから近いのかな?」

「あっちの方角だ」

 菊次郎は洞窟入り口の闇夜の森を指差す。今は名古屋の辺り、歩いて行くならば4日、5日程だろう。

「……………ちょっと、それじゃ〜分からないんだけど」

 目指すべき街が決まり、瞳をキラキラとさせていたユーリウスの目は一瞬にして困惑気味に苦笑した。

「そうか、それは残念だ」

「えっ?道案内してくれないの?」

「……して欲しいのか?」

 そんな問答をしていると、鍋の蓋がカタカタと動き出す。隙間から登る湯気と腹の奥まで届きそうな良い匂いにユーリウスの腹が盛大になった。

「……………」

「……………」

 菊次郎はお玉を持ち、鍋蓋を凝視していた。シュンシュンとなる鍋同様。ユーリウスの顔も次第に赤くなっていく。

「………何か言ってよ!!恥ずかしいじゃん!!」

 恥ずかしさで我慢出来ずに噛みついたのに、帰って来たのは。

「………飯が出来たぞー」

 だった。ユーリウスは頬を膨らまして。

「!!? もうっ!」

 と、言ってみるがお腹の虫には敵わない。


 2人は芋と山菜の汁を啜り、久方ぶりに体の芯まで温まっていくのを感じる。連日の疲れと緊張もあったせいか、食べてすぐにコックリコックリと頭が船を漕ぎ始め急な睡魔に襲われる。

「僕、こっちの世界に来てから寝てばっかりな気が、する」

 重くなる瞼と戦っていたユーリウスだが、次第に睡魔と言う強敵に負け眠りについた。

「スースー……」

 座ったままの体勢で眠ってしまったユーリウスをそっと横に倒す。布団などはないので座っていたゴザを軽く手で払い寒くない様に掛けてやる。焚き火に充分な枝をくべると菊次郎はそっと洞窟を出た。

 外はまだ暗い。

 ザッザッザッと、近くの川沿いに沿って歩いて行くと途中窪地になった場所で菊次郎は立ち止まり、着ていた着物を脱ぎ岩の上に放り投げた。


 ザブンッ。


 闇夜の中、派手な水音と舞い上がる水飛沫が月の光に照らされてキラキラと輝いている。

 一見、真冬の川に飛び込むなんて自殺行為にも等しいが“身体を清める”と言う目的で菊次郎は季節関係なく川に入ることが多い。一度、頭まで浸かり汚れを洗い流す。真っ白な息が闇空に消えていく、菊次郎はそのまま水の中を漂い月を見上げた。

 復讐を終えたその先に一体何があるのだろう?達成した実感はまだない、自分の手で最後まで仕留めきれなかったからだろうか?それとも、復讐なんてこんなもんなのだろうか?

 菊次郎は冷たい水の中から、腕を月に向かって伸ばし明るい月明かりを隠す様に手を広げた。

 そして、手の平を内側に握りこむ様にして―撃つ。


「――」


 あの時の感覚がまだ手の平に残っている。撃った衝撃と反動で肩が外れるかと思った、一瞬だけ驚いたがアレは確実に撃ち抜いたはずだ。

 撃った瞬間、自分の目の前には赤い花弁が視界を覆った。左目を押さえ崩れ落ちるあの男の姿は実に滑稽な姿だった。

 あの日を思い出す度に滑稽過ぎて思わず笑みが溢れそうになるのを我慢し、握り拳にグッと力を入れ水面から菊次郎は立ち上がる。

 寒い夜空の下、ポタポタと頭から水滴を垂らしその均整の取れた身体には無数の噛み跡と小さな赤い花びらが、全身を舞っているかのごとく菊次郎の真っ白な肌の上を覆い尽くしていた。

 ただ、月明かりの下。彼の背中に彫られた菊の花と龍の模様が長い髪の隙間から覗き、それは彼の妖しい色香に凄みを増していた。

「確認は必要、か……」

 彼が確実に死んだのかどうかの確認。それが知りたいからわざと捕まったけれど、何も情報がない。

 人々の噂にも上がらずにいる事が少しだけ不安を煽る。川から上がると岩の上に無造作に置かれた着物を羽織り歩き出す。

 ユーリを大阪まで送る前に一度街に出て情報を探るか?もし、死んでいるならば時期を見ての公表かもしれない、彼は一応“成瀬”の名を持つのだから。



 パチパチと時々爆ぜる焚き火の音に深い眠りに落ちていたユーリウスが目を覚ますと、知らない美人が焚き火を挟んで向こう側に座っていた。

「目が覚めたか。湯を沸かしたからこれで身体を拭くと良い」

 渡された清潔そうな手縫いと鍋に張られた水からは暖かそうな湯気が立ち昇る。

「どうした?まだ寝てるのか?」

 反応のないユーリウスに疑問を感じた菊次郎は、焚き火に小枝をくべる手を止め口を開け間抜けな顔をしているユーリウスに顔を向けた。

「キクジロウの声がする……」

 菊次郎の声はする。けど、この向かいに座る美人は誰?何?綺麗サッパリ汚れが落ちるとこんな美人が現れるとか?驚きなんだけど???

「…………何言ってるんだ?当たり前だろ?本人なんだから」

「……初めて、ちゃんと顔みたからビックリしてるところ」

 さっきまで全身黒づくめか?って程汚れていた2人だ。洞窟に逃げ込み、服も着替え軽く汚れは落としていたとしても蓄積された垢による黒ずみまでは落とせずにいた。たが、一皮剥けるとこんなにも変わるのか?

「初めて?最初の時もそうだろ?」

 あの祭りの日、ほんの少し会話しただけのあの夜のことをお互い覚えていた。

「あの時は暗かったし、逆光で良く分からなかったし……今はキクジロウが美人過ぎて驚き過ぎて腰が抜けてる」

「腰が?………プッ、何だそりゃ!良いから早く拭きなよ湯が冷めちまう」

 “美人だ”と言われ慣れている菊次郎だが、表裏のない素直過ぎる感想に思わず笑ってしまった。

「うん……ありがとう?」

 何か変なことでも言ったかな?と、思いつつ目の前に置かれた湯をありがたく使わせてもらう。欲を言えば後は石鹸があれば文句なしだ。


 まだ、太陽は山向こうで眠っている。

 あれから2人は体力温存のため少し仮眠した。焚き火の火が小さくなり始めた頃、洞窟から顔を出したユーリウスはブルリと身体を振るわせ、ハラハラと薄闇の空から降る白い雪をその青い瞳に映していた。

「……降ってきたか、なるべく急いで町まで降りよう」

 隣で同じ様に空を眺めているのは勿論、菊次郎だ。既に簡単な旅支度はすんでいるのか厚手の衣を着て並び立っている。

「ああ、そうだ。コレを懐に入れた方が良い」

 そう言って渡されたのは、小さな革袋。さっき菊次郎が焚き火の中からいくつか石を拾い上げ、中に入れていた。

「あったかい……コレは?」

懐炉(カイロ)だ。温まる」

「分かった。ありがとう」

 受け取った懐炉を懐にしまい、2人は先程よりも強く降り出した雪から逃げる様に下山していく。ほんの少し辺りが明るくなり始めた頃、菊次郎が手で止まれと合図し木陰に隠れた。ユーリウスもそれに習い身を低くして菊次郎の側に隠れる。

 騎士団の訓練でも同じ様に隠れて行動する事はあるので、ユーリウスの体は考えるよりも早く刷り込まれた動きをした。だが、ピリッとした緊張感に思わず口を開こうとし菊次郎の指でスッと塞がれた。

「誰か、登ってくる」

 菊次郎によるとこの山は個人の所有地らしい。お節介な知り合いのお爺さんが所有していたけど、少し前に餞別として貰ったのだと聞いた。

 その時ユーリウスは慣れた気配を一瞬感じ、ゆっくりとキョロキョロと周りを見回す。

(……あれ?今、魔力の気配を感じたんだけど………消えた?でも)

 一瞬感じた魔力の気配、この世界では魔力が感じられないつまりは魔法が使えないのは実証済みなので普段なら気にならない微細な魔力にも敏感に反応した。その糸の様な魔力をユーリウスは辿っていく。

「おい!そこのお前!ここは私有地だ。誰だか知らないが姿を現せ」

 先程からコソコソと山道で誰かが隠れながら歩いている事に気づいた菊次郎が、木陰から見えない誰かに呼びかけた。それを横目にユーリウスは何処から魔力が湧き出ているのかを突き止めた。

「僕の……魔石から?」

 服の上から首から下げている魔石のネックレスを掴む。微かだけど魔石から魔力が溢れ出している様だ。だがその瞬間、草むらから毛むくじゃらの腕が伸びてきてユーリウスを草むらへと引き摺り込んだ。



 その頃、菊次郎の方では。

「………お前は、お面屋の」

「ひぃ!!すみません!!すみません!!お偉い方のお山とは知らずに!!ですが……へっ?」

 木陰から出て来たのはいつぞやの祭りの時に出会ったお面屋の親父。額を雪の積もり始めた冷たい地面に擦り付けながら土下座していた。が、自分を知っている誰かに“お面屋”と呼ばれ顔をあげる。

「……何故こんな場所にいる?」

 面屋の親父の前には怪訝そうな顔のいつぞやの別嬪さん。

「あっ、あんたあの時の兄ちゃん?!生きてたのかい?」

 その言葉に菊次郎の瞳がピクリと反応した。

「それはどう言う意味だ?」

「……兄ちゃん、成瀬の旦那に一体何したんだい?旦那の私兵達が昨日から兄ちゃんを血眼で探しているんだ、ほら手配書も回ってきて」

 そう言って差し出した粗末な紙には菊次郎の似顔絵が描かれていた。よくよく見れば面屋も疲れている様だ、呼吸も荒くこの寒空の下にも関わらず額に汗が浮かんでいる。ぐっと握り拳に力を込めお面屋から更に情報を求める。

「それで、本人はどうしたか知ってるか?」

「本人?ああ、旦那のことかい?話によれば旦那は怪我で何日か生死を彷徨う程の重症だったらしい。昨日の朝、目を覚ました旦那は誰かの名前を叫びながら怒り狂ったかの様に暴れ出した後、私兵を引き連れて兄ちゃんのいた茶屋に乗り込んで来た。がオレが聞いた話だ」

 茶屋に……。一瞬、自分に優しかった隣人を思い出す。彼は体調が優れず部屋で休んでいたはずだ、自分が居ない間は他の陰間に頼んでおいたが無事だっただろうか?腕を組み思案顔のまま菊次郎は続きを促す。

「それで?」

「そん時、その場にいた他の奴等の話じゃ旦那は顔の半分を包帯でぐるぐる巻きにしていたそうだ。その後はオレもその場にいたんだけどよ、客がいるのもお構いなしに店中ひっくり返す勢いであんたを探してた。それでよ、店にあんたが居ないと分かるとそのまま店に火を付けやがった!!」

「なんだって!火を?!」

 陰間茶屋とは言え、花街の一角。そこに火を放っただと?この乾燥した時期に火を放つだなんて街を火の海にでもする気か?

「それで店は?」

 面屋の親父は首を振る。

「分からねー、その後成瀬の旦那は刀を抜いて店にいた客や野次馬達を笑いながら斬り伏せ始めて……オレも巻き添えくわねぇー様に逃げて来たんだ」

 その時の事を思い出しているのだろう。面屋は自分の体を抱きブルブルと震えている。


 あの時の男は、やはり……。


 座敷牢から外の見せ物小屋の様な牢に居た菊次郎とユーリウスの2人。と、その他。その中でも無害そうな何人かの内の1人、細身で細目の男を思い出す。

 あの男が牢守に連れてこられたあの時、一瞬だったが俺を見た。直ぐに視線は外されたが()()()を目で確認する事もせずにさっさと牢の端に座りさり気なくこちらを監視していた。

 そして、あの夜。あの男が―殺した。

 深夜、誰にも気付かれずに殺せたのはその日の食事のせいだろう。

 彼らを連れてきた牢守が扉を閉める直前に言葉を交わしているのを菊次郎は見ていた。わざわざ扉が閉めにくい場所に座ったのも、合図を出す為、牢守と言葉を交わすのに不自然ではない場所にあえて座った。その日出された食事に薬でも盛っていなければあんな変態じみた殺し方は出来ないはずだ。皆が眠る中、あの男は能面の様な顔を楽しそうに歪めて笑いながら腹を裂いていたのを俺は見ていた。

 この殺しがある事で、外への合図になり俺がここに居る事をあの男に伝わるのは時間の問題だった。ただ、目を覚ましたあの男には伝わらずにあの男は茶屋に向かったのだろう。

 運が良い事にその後、地震によって牢から脱出出来た。あの細目も追いかけて来そうだっのでついでに牢を壊しておいて正解だったな。

 あの男が粘着質な気質だったと、隣人から聞いていなければ気付けなかった。

「なぁ、お面屋」

「……な、何だい兄ちゃん」

 グッと笑顔で近づく菊次郎にお面屋の親父は引き攣った笑いで対応した。



 その頃、ユーリウスはと言うと。

 獣に襲われていた。

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