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⑧スノーフレーク 1

「……気分が悪いなら見なければ良いだろ?」

 全身真っ黒な彼―菊次郎は隣に座り込む異国人に言う。

「もう、気晴らしに見る場所がないんだしょうがないだろ……」

 そう答えるのは、金髪碧眼のユーリウス。

 ユーリウスが見つめる先は赤黒い染みの付いた地面。牢屋を移動した初日の夜に牢内の1人がその場所で変死した。腹を綺麗に割かれ、中身の内臓も綺麗に取り出されて男の傍らに並べられていたのだ。その姿を見て盛大に嘔吐していたのは記憶に新しい。今もまだ随分と顔色が悪い。

 その死体は朝方、牢の見回りにきた牢守(ろうもり)によって片付けられたが土に染み込んだ血はそのまま残っている。

「ウッ……」

 何度目かの吐き気に襲われ、ユーリウスは定位置になった場所に吐瀉物(としゃぶつ)を吐き出した。何度も吐いているせいで溜まった吐瀉物溜りからツーンと鼻を突く匂いと、カラカラに渇いた喉が痛い。

「ほらみろ……」

 菊次郎は呆れた、と何度目かの溜息をつく。ユーリウスは足で軽く砂をかけ、何度も拭ったせいでヨレヨレになった袖で口元を拭い格子を背に座り直した。

「そう言えば……あのお面、ありがとう。最初はなんでくれたのか分からなかったけど助かったよ」

 菊次郎と初めて会った日。訳も分からずにもらったお面はユーリウスの派手な顔を隠す為だったことを知ったのは、人混みに出た時だった。最初はすれ違う人達が殆ど黒髪だったから、金髪が珍しいのかな?なんて思っていたがそうでもないらしい事はすれ違う異国人を見ればすぐに気付く。

 それじゃ、一体何が僕をそんなに注目させているのか……。答えはすぐにわかった。僕を見る視線に気づいたユーリウスは「派手顔王子と凛とした王子」と、昔騎士団で言われた事を思い出した。勿論、ユーリウスとヒューイの2人のことだ。どっちがどっち?と聞かれたら勿論派手顔王子の方はユーリウスだ。キラキラと輝く金髪と、金色の睫毛で縁取りされた碧い瞳。何の混じり気の無い金髪碧眼はそれだけで目立つ。ユーリウスはそそくさと、狐の面を着けて探索を開始した。あの時のお面は汚れてしまったがまだ服の下に入っている。

「まだ持ってるけど……君に返した方が良い?」

 出来れば、元の世界に戻った時に皆に見せたいと思っているのでこのまま懐に入れておきたいのだが。

「いや、必要ない」

「本当?じゃあ、ありがたくもらっておくね」

 ユーリウスは内心ホッとしながら服の下のそれに手をおいた。それよりも気になる事がある、周りの囲いは木で出来ているとはいえ素手で折るには太過ぎる格子、吹き曝し(ふきさらし)の広場らしき場所に置かれたこの牢。隠れる場所もなく、常に誰かの視線のある檻に閉じ込められ動物の様に見せ物になった気分にさせられるこの場所で誰が彼を殺した?

 ユーリウスは考えるがサッパリ検討もつかない。周りには遮る物がないせいで冬の冷たい風が乾燥した土埃を巻き上げながら通り過ぎていく。

「――!!」

 風の寒さで縮こまっていたユーリウスの耳に、誰かの叫ぶ声が聞こえてきたのは太陽が折り返しにかかったころだった。

「―!!?―!」

 ユーリウスは何事かと声のする方に視線を向けた。目の前に広がる広場には牢番に引き摺られる様に連れて来られた男性が1人。仕切りに何かを叫んでいるが言葉の分からないユーリウスは()()()()()()隣の菊次郎に問いかけた。

「あの人、何か叫んでるけど?」

「あれは……東牢の奴だな……これから刑が執行されるから叫んでいるんだろ」

「東牢?」

 それは何?と視線を菊次郎に向ける。

「……こっちは西牢、あの真ん中の屋敷を挟んで向こう側にまた別の牢がある。それが、東牢だ。あっちはだいたい金のある奴が入る牢だな」

 余り説明する気の無さそうな菊次郎に、ユーリウスは「ふ〜ん」とだけ返す。つまりはこっちは貧乏人とか犯罪者とかが入る牢ってことかな?だが、視線はそのまま逸らさずに菊次郎をジッと見ている。菊次郎はと言うと、長い髪で覆われた顔の表情は分からない。けれど僕に見られているのは分かっている筈なのに涼しい顔で何処か遠くを眺めている。

(何故、この人の言葉は分かるんだろう?)


 ズズズッ…ゴゴゴゴゴォ……


 地面に直に尻を付け座っているせいか、地面の奥底で何かが蠢く気配が伝わってくる。

 次第に、それは地表を揺らしはじめた。

 木で組まれた牢はギシギシと揺れ、広場の周りに集まり出した人々の何人かが尻餅を着き何かを叫んでいる。

 揺れは直ぐに治り、辺りはザワザワとしたいつもの日常を取り戻す。

「……地震、多いね?」

「……そうだな」

「僕がいた所でも同じ様に最近は地震、多かったんだ」

「……へぇ〜」

 発展させる気のない会話はこれで終わった。せっかく、僕の言葉が分かる人に出会ったのに。少しだけユーリウスは頬を膨らませ、先程広場に連れて来られていた男性の行く末を見守った。

 腰にロープを巻き付けられた男は抵抗するも、牢守に引き摺られるようにそのまま地面へと押し倒される。しかも乾いた土の地面に勢いよくだ。

「うっわ〜、痛そう……」

 ユーリウスは痛そうに顔を背けるが薄目を開け成り行きを見守った。男の顔面は血だらけになり数人の牢守に囲まれた後、両手両足をロープで縛りそのまま木に括り付けられ案山子の様に広場中央へと放置された。最初のうちは集まった野次馬達が男に石や汚物などを投げていたがそれも日が落ちてくると誰も居なくなった。男も最初は言い返す体力もあったがそれも尽きたのだろう、今ではカラスが木の上からダランと項垂れた男の方に顔を向け鳴いている。

「………彼の罪状はなんて?」

「……さぁ、何だろな」

 欲しい答えが返ってくるとは思っていなかったが一応聞いてみた。案の定、菊次郎の口からは返ってこない。だが、男が広場に連れて来られたさいに牢守が外の柵の野次馬に何かを張り出していたのは遠目からでも見えていた。多分、彼の罪状か何かが張り出され人々はそれを見て石や汚物を投げたのだろう。


 少しずつ、辺りが暗くなっていく。

 また、夜が来る。


 結局、彼を殺したヤツは分からない。

 片付けた牢守達も最初はびっくりしていたが、最初だけで後は冷静だった。この中に犯人がいる筈だとは思うのだけれどそれも探そうともしない。

 牢の中では当たり前なのだろうか?

 そう言えば、ここの牢に入る時も持ち物の没収はされなかった。もしかして、ここにいる他の人達も?

 だったら服の中に武器を隠し持っていても分からないのかも知れない……。

 何となくそんな事を考えながらユーリウスは連日の疲れたからか少しずつ眠気に襲われはじめた。

(瞼が重い……)

 だが、気になる事がある。ユーリウスから見て右斜め向かいに座る男だ。

 昨日まで一緒の牢にいた僕に襲いかかってきたあの男、昨日の夜喧嘩していた相手が死んだから静かにしている。って、わけじゃなさそうだけど向こうの牢でも煩かったのに今は背中しか見えないけど異常に静かに座っている。

(それが、逆に怖いんだけどね……あぁ、今日も月が綺麗に見えるね〜)

 静かにしててくれるならそれで良い。ユーリウスは欠伸を噛み殺し、足の隙間に頭を埋めほんの束の間の眠りに落ちた。


 そして―。

 それは突然やってきた。


 地面を突き上げる様な一瞬の浮遊の後、座っているのも難しい程の揺れが彼らを襲う。

 眠りに落ちていたユーリウスは眠気まなこの中ぐいっと誰かに腕を引かれた。

「う?わっ……」

 引かれるのと同時に今まで背中を預けていた木の格子が一本大きな音を立てて倒れた。しかも、たった今ユーリウスが座っていた場所に。

「………ぁ、ぶなぁ〜」

 腕を引いて助けてくれたのは勿論、隣に座っていた菊次郎だ。

「ありがとう、良く倒れるっ……えっ?えっ?」

「礼はいい!来い!」

 菊次郎はたった今倒れた格子の隙間からユーリウスを蹴り出し、ついで自分も牢から飛びだした後おまけとでも言わんばかりに残った格子の一本に蹴りをお見舞いした。

 すると、その格子も難なく倒れ牢は煙を立てて崩れていく。

「また捕まりたくなければ急げ!」

「あ!待って!!」

 走り出す菊次郎の背をユーリウスも慌てて追いかける。一体何がなんだか頭の中はパニック状態ではあるけれど、身体は自分の意識とは関係なく勝手に走り出した。

 土煙が治る頃には『西牢が崩れたぞ!!』と牢守達が騒ぎ出すだろう。そして月の明るさだけの闇夜の中に2人は消えていった。



「ほら、水の代わりに食べとけ」

 菊次郎から渡されたのは黄色くて丸い物。匂いは甘酸っぱくて美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。

「オレンジ?この世界にもあるんだね。ありがとう……えーっと、きく、きく、キクジロウ!」

 ユーリウスは正面でパチパチと燃え盛る焚き火の向こう側に座る菊次郎にそう礼をした。

「おれんじ?あー、聞いた事があるな……。まぁ、その“おれんじ”とやらで口を潤しておけ。酸味が強いから食べ過ぎるなよ?」

 菊次郎は焚き火に小枝を投げ入れた後、棒に刺したオレンジをクルクルと回しながら炙っていく。

「ふふふ」

「……何だ、その気持ち悪い笑いは」

「食べ過ぎるなー何て久々に聞いた気がしてなんだが嬉しくって。僕の幼馴染でね、オカン属性の子がいるんだけどその子を思い出しちゃったんだ」

 オカン属性?言っている意味が分からないと言った顔で菊次郎は首を傾げた。この属性ネタが伝わらなかったのは残念だったが、ユーリウスは菊次郎のその行動について聞いてみた。

「それより、さっきから何してるの?もしかしてこのオレンジって焼いて食べるものだった?」

 菊次郎が焚き火の火にオレンジを炙っているのが不思議でたまらなかったのだ。

「これか?甘くさせてる」

 甘くさせてる?オレンジを火に炙ると甘くなるの?初めて聞いたんだけど!

「ずるい!僕も甘いのが良い!!」

 ユーリウスもキョロキョロと辺りを見回し、お手頃な棒を見つけると菊次郎の真似をしオレンジに刺して火で炙り出し始めたのを見て。


「……これで甘くなるかは分からないけどな」


 ボソリと一言、菊次郎は呟いた。

 まさかあんなに瞳を輝かせるとは思わなかったのでチクリと心が痛むのは許容しよう。




 2人は牢から脱出した後、灯りのない民家を抜けて森へと逃げこんだ。森の中は月明かりがあるとはいえ、慣れない山道に何度か足を取られながらも菊次郎の背を必死に追いかけながら歩いて行くこと数刻。ユーリウスの耳に川の音が聞こえ始め、丈のある草むらを抜けるとそこにはポッカリと岩に口を開けた闇が広がっていた。

 いや、洞窟が現れた。

「ここは?」

「……時々、俺が使ってた洞窟だ。少し待ってろ」

 菊次郎はそのまま闇色に染まった洞窟の中に入り、少しすると暗闇の奥から手招きでユーリウスを呼んだ。若干お化けみたいで怖いな、とは思いつつも洞窟へと近づく。

「お前、火は付けれるか?」

「火?」

 渡されたのは火打ち石。確か、サバイバルしてた時に魔力切れを想定して使った事があるので使い方は分かる。大きく頷くと、菊次郎は任せたと言って洞窟から外へと出ていった。

「一体こんな暗闇の中何処に行くんだろう?」

 そう思ったのは束の間でユーリウスがやっとの思いで焚き火に火をつけた頃。何やら森の奥から手に何かを持って菊次郎が戻ってきた。

「それは?」

 まだまだ小さな焚き火に細かい枝を投入しつつ、彼の腕の中にある物に視線をうつした。それは随分とゴツゴツしていて固そうに見える。

「さつまいもだ」

「さつまいも?」

「……知らないのか?確か米が少しあったな……今から作るから待ってろ」

 菊次郎は近くに置いてある鍋をユーリウスに渡し、外の川で水を汲んで来て欲しいと頼み自分はガサゴソと洞窟内の奥を探し始めた。

「ここにはまだ来て居ないのか?……それとも、あえて何もしてない?」

 洞窟内には菊次郎の茶屋には置けない私物が籠の中にいれており、その中から目星物を幾つか手に取り、洞窟入り口へと戻った。

 途中少し窪んだ壁面に細工をしながら戻ると、焚き火の前で先程よりもガタガタと震えているユーリウスがいた。鍋にはたっぷりの水が張ってあるのを見て無事に川に行けた事は確認出来たが何故か足元が濡れている。

「こんな寒空の下で川に入ったのか?死ぬぞ?まぁ、希望なら止めないがここではなくもっと下流の方で願うが」

 彼はこの寒空の下ずっと裸足だった事を今更ながら気づいた。着用している服は異国人が着ている服と良く似ていた、だが脱がせ方が分からなかったのだろう。ユーリウスを牢にぶち込んだ牢守は彼の靴だけ脱がせたに違いない。

 何せ彼の着ている服は金糸の刺繍がしてあり誰が見ても高価な一品だと分かる。その服に見合う靴となれば…。

「まさかっ!!ただ、自分の身体が臭くてついでに洗えないかと思って入ってみたけど寒すぎて無理だっただけだよ」

 そう言ってのけた彼の顔は随分と青くなっている。唇もだいぶ真っ青だ。ガチガチと歯まで鳴っている。

「……寒いならこれでも着てろ」

 この寒空の下で何をやっているんだとため息を吐きたくなるが、菊次郎は震えながら焚き火に当たっているユーリウスに、綿の入った半纏を投げ渡す。

「とっ!とっと……これは?」

 投げ渡された半纏を上手くキャッチしてユーリウスはそれを広げてみた。地味な色合いの縦のストライプ、手触りはモコモコで暖かそうだ。

「見ての通り、綿入りの半纏だ。何処かの世話焼きの爺さんが孫じゃなく俺にくれたんだ、まだ袖も通して居ない。寒いならそれでも着てな」

 菊次郎の方もちゃっかりとボロボロになっていた服を着替えている。着替えてはいるが薄着に薄着を重ねているだけにしか見えない(あんな薄そうな布で寒くないのか?)とユーリウスは思うが、手にした半纏と菊次郎を交互に見やるが別段寒そうにしていないのでありがたく羽織る。

 ふわりとした感触に嗅いだ事がない不思議だけど品のある香りが一瞬だけ鼻を掠めた。

「……暖かい」

 相当寒かったのだろう、心底暖かいと言った顔をしたユーリウスを見て菊次郎も口の端を少しあげる。

「そうか……じぃさんも喜んでるだろうよ」

 最後の方は呟くように囁き、手にした材料を焚き火の前に並べていく。

 菊次郎は手慣れた様子で平たい石の上に置いた食材を切り、それを鍋に豪快にぶち込んでいく。グツグツと材料が煮えてくると調味料を少し入れ蓋をした。

「このまま少し待つ、その間に少し整理でもしようか?」

 モクモクと暖かい湯気が鍋蓋の隙間から溢れ出して来る。空腹過ぎる腹は先程から香る美味しそうな匂いにつられ、準備万端だと騒いでいるがまだ我慢らしい。少しだけ残念そうな顔を見せながらユーリウスは視線を鍋から菊次郎へと移した。

「うん……そうだね。そうしてくれると僕もありがたいかも」


 そして2人は互いに、今置かれている状況を整理しだす。

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