⑥白と黒 3
春先でも、まだ夜は寒い。
篝火の近くで冷たくなった身体をユーリウスは温めた。
「はいよ、眠気覚ましのコーヒーで良いか?」
スッと目の前に差し出されたカップからは暖かそうに湯気が立ち昇っている。カップを受け取り熱々のコーヒーを口に含む。冷えた身体の内側を暖かい液体が胃に流れていくのを感じながら。
「ありがとうございます先輩」
ユーリウスは隣で同じ様にコーヒーを飲む先輩騎士に礼を言った。
「春なのに、今日は随分と冷え込んだからな。それに俺との当番の時に風邪なんて引かしてでもさしてみろ?お前んとこの口煩いオカンに睨まれる」
口煩いオカン……。ヒューイの周りからの印象は既にそう定着してしまった。「お前のせいだからな」と声が聞こえてきそうなところだが、そのオカンことヒューイはと言うとリアンと一緒に反対側の城壁の巡回警備をしている。
「で?探し物とやらは見つかったのか?」
「えっ?あぁ。全然です。都市伝説的な代物なので実際にあるのかも分からないのが現状ですね」
ユーリウスはほんの少しの嘘を混ぜつつ当たり障りの無い会話を続けた。前回、この先輩騎士と一緒になった時に「危険の伴うこの地に何故来たのか」と聞かれた事があった。騎士団への入団は大体が自分の住む土地の団に入ることが多い。例外があるならば、中央の騎士団は推薦だ。ユーリウス達も元々は大陸の外、もっと南の方の土地の騎士団に所属していた。だが事情が変わり、この大陸ウェブステリアナのマカベル地方にユーリウスの探している物があると、風が吹けば簡単に切れそうな糸のような情報を頼りにこの土地まで足を運んだのだが真実を語る事はない。だから「トレジャーハンターに憧れていて、都市伝説的な何かがこの土地に眠っているらしいと聞き騎士団に志願した」と、言ってある。
嘘か本当か分からない志願希望の理由に、深く踏み込んでくることはなく「志望理由は人それぞれだからな」とまで言ってくれたのを覚えている。
「そりゃそうだ。なんてったって都市伝説級だもんな?そんな直ぐに見つかるようじゃ伝説でもなんでもないし、冒険心が満たされない!」
この先輩騎士、多分僕と同じ宿か商業地区の宿出身なんだろうな〜なんて考えていたらいつの間にか交代の時間になっていた。
城壁の上へと続く石階段を、騎士団の制服を着た数人が登ってくるのが遠目からでも分かる。僕達は異常がない事を告げ、次の当番の騎士達に引き継ぎをし今日も何事もなく宿に帰る。
だが、探し物とは突然見つかることが多い。ユーリウスも例に漏れず突然現れた好機を手にした。
―都市伝説的な代物。
ユーリウスが探しているのは世間ではそう言われている物である。
それは、特別な力を持つ『魔術書』
この世界で魔法は特別ではない。だから魔術書も少し変わった魔法を使う為の魔術の類いが書かれた本なのだ。と、思われていた。
ただ、ユーリウスが探している魔術書は特別で王家縁の地に眠っていると記された本が、ある国の地下深くに眠っていた。その本は王または継承権を持つ者にしか伝えられていなかった。
そんな限られた本の内容を知るユーリウスは今はもう名前すら残っていないある国の―亡国の元第二王子。
そして、眉唾物だと思われていた都市伝説的な代物は偶然か必然かユーリウスの手元へと飛び込んで来た。
「ユーリ、これが例の本か?」
ヒューイは訝しげな目でユーリウスの手元にある唯の本を見ている。
「そう、だね。ほら表紙に僕の国の紋章が彫られてる……それに」
ユーリウスは首に掛けられているそれを服の下から引き摺り出し手の平に乗せてヒューイに見せた。
「代々伝わる魔法石が反応してるんだ」
その石は普段、道端に転がっている石の様な灰色で無骨な形をした石だと言う事は幼馴染であるヒューイも知っていた。その石が今は不思議な色合いでグルグルと色々な色を放っている。
「………熱っ!!」
ヒューイはその石に触ろうと手を伸ばしたが、尋常ではない熱と何かで阻まれた。
「ヒューイ!大丈夫?!」
「ああ、少し火傷したくらいだ……それより早くここを出ようっ!!」
ヒューイは魔法で指先に光を灯し辺りを見回し、そして自分達が落ちて来た穴を見上げた。
「ここからは無理だな……地面もまだ少し揺れてるしここもいつ崩れるか分からない!急いでっ……ユーリウスッ!!」
振り向いたヒューイが見たのは光の渦に絡められるようなユーリウスの姿。石から光が飛び出しユーリウスを光の鎖で繋いでいく、鎖は徐々に彼を巻いていき次第にユーリウスの姿が光の鎖で見えなくなると、突如足元に見慣れない魔法陣が現れた。
「……ッ!転送魔法?!」
そう思った瞬間、頭よりも先に身体が動いたが僅かに間にあわず伸ばした手は空を切った。
「くっ、そ……間に合わなかったっ!!」
ヒューイは今し方、ユーリウスが座っていた場所を一瞥し舌打ちをした後走り出す。
いつの間にか地面の揺れは収まり、暗く冷たい石壁だけがその場に残された。
そして―。
やばいやばいやばい!!
手がもうっ……げん、か……いっ!!
掴んでいた手は握力の限界を超え、無情にもユーリウスは派手に枝の折れる音と共に落下していった。
「痛てててて……」
落ちた拍子に臀部を強打したのかジンジンと痛む尻をさすり、誰かの視線を感じてユーリウスは顔を上げた。
「ここは?一体僕は何処に飛ばされたんだ?」
先程までいた場所と同じく薄暗い中周りをキョロキョロと見回した。ただ、さっきまでと違うのは肌に感じる空気と気温、嗅いだことの無い不思議な匂いが鼻腔の奥を刺激する。
すると、正面に誰かが座り込んだ。
「えっ?あ?何?」
薄暗闇とその誰かの背後に燃える炎でシルエットしか見えなかった姿が少し見えた。
(あっ、男の人?)
乱れた髪に、はだけた服の隙間から見えるのは暗闇でも分かるくらいの真っ白な肌に平たい胸板。
その懐に手を入れ、おもむろに差し出されたのは何かの動物の絵が描かれたお面。
「えっ?くれるの?僕に?」
その男性はコクリと頷く。
「ありがとう。でも、良いのかな?見ず知らずの人に貰っちゃっても……」
ぽんぽんとユーリウスの肩を叩き、その男性は頭の上で両手で丸を作った。
何故か何も喋らないけどその◯の意味は“貰っても良い”とユーリウスは解釈した。
「………あはっ、君面白いね。僕の名前はユーリウスって言っても僕の言葉分かるかな?ちょっと人を探していてね、色んな人が集まる場所に行きたいんだけど……」
見た感じ、僕が知っている人種ではないみたいだけど……どこの国?もしかして別の大陸にまで飛ばされた?言葉も通じているかも分からないし……。チラッと男性を見れば指先で何かを示してくれていた。多分、男性が指差す方に行けば何か手掛かりがあるのだろう。
「こっちに行けって?分かったありがとう……えーと、また何処で会えたら名前教えてね」
受け取ったお面を大事に小脇に挟み、ユーリウスは指された方角へと走っていった。
(このお面、後でヒューイ達にも見せてあげよう)
大事に持ち帰ろうと思っていた矢先に、先程の男性が何故自分にこのお面を渡したのかを後程理解した。
「成る程……僕は目立ち過ぎるのか……」