⑤白と黒 2
僕は今、ピンチだ―。
非常にヤバい状況だと思っている。
絶対に、絶対に落ちるなよ!
僕!頑張れっ!!
だがユーリウスの願いは無情にも儚く消えた。掴まる細い枝からはビキビキと不穏な音が聞こえていた。
遡ること数日前。
無事に辺境伯率いる騎士団の入団式も済み、僕等2人は先日からお世話になっている宿『春の木の実亭』に向かった。
扉を開ければカランカランと客の来訪を告げる鐘に受付カウンターに座っていた男性が顔をあげる。
「おっ?今日も無事に帰ってきたか、お疲れさん2人共。帰ってきて早々で悪ぃが、食堂の方手伝ってくれねぇか?」
男性こと、木の実亭店主は今しがた騎士団から帰って来たばかりのユーリウスとヒューイにそう声をかけた。
「手伝ってくれたら、今日の食事は特大盛りにしておくからさ」
それを聞いて2人は顔を見合わせ、急いで3階の部屋に上がり制服を脱ぎ捨て店主の奥さんと、まだ小さな娘さんのいる食堂へと駆け足で向かった。
朝の駆け込みラッシュの様な回転率の人の波が終わり、食堂内が落ち着いた頃。店主の奥さんから人波も終わったから食事にしても良いとお許しをもらい、僕等は食堂の隅のテーブル席へと腰を下ろした。
「はぁ〜きっつぅ〜。騎士団の訓練よりキツイこれ」
ユーリウスはテーブルに突っ伏す様にダレた顔でヒューイに言った。
「全くだ、前に居た他の騎士団とは違っていて別の意味で疲れるが……良い勉強にはなる」
「ヒューイは真面目だな〜、夜の巡回が終わり朝の訓練、そんで宿の手伝いまでしてるのに何処にそんな体力があるの?」
ヒューイは涼しい顔でコップに注がれた水を飲んでいた。
「………自由奔放な誰かさんのおかげかな?」
「?、何それ〜?あっ、ご飯出来たみたい」
ダレでいたユーリウスは肉の焼ける良い匂いに釣られ、顔を上げる。店主が言っていたように、特大盛りになった肉がゆっくりとそれでいて時々よろけながらも2人の座るテーブルへと近づいてきた。
「おまたせしました〜とくだいもりです〜」
肉の乗った皿を受け取ると現れたのは、ここの宿の1人娘。名前をローズと言う。
「ありがとうローズちゃん」
ユーリウスは撫で撫でと頭を撫でた。
「えへへへ♪きょうはじょうずにできたでしょ?」
「うんうん♪重たいのに良く転ばずに運べて偉いね〜」
ユーリウスもローズの笑顔につられニコニコしながらこれでもかと頭を撫でくり回す。それを見兼ねたヒューイは。
「ユーリ、それ以上はやめてやれ」
「え?なんで〜?」
撫でくり回す手を止めローズを見るがせっかく綺麗にしていた髪がぐしゃぐしゃになっていた。
「ローズ、おいで」
ヒューイが言うとローズは大人しくそばに近づいた。ヒューイの手は手馴れた動きで乱れた髪を直していく。
「どんなに幼くても彼女は女性だ。女性には優しくだよユーリ」
はい出来たと、最後にヒューイは優しく微笑んだ。ローズはと言うと、幼いながらもそんなヒューイに目がハートになっている。
「………生粋のタラシの癖に……」
「何か言った?」
バイバイと手を振るローズに2人も振り返し、盛大に盛られた肉を前にした2人の腹は限界だと言わんばかりの音をたてていた。
「いただきます!」
「頂きます」
お腹の空き過ぎた2人は無言で特大盛りの肉を平らげた。まだまだ育ち盛り、食べ盛りの2人は足りない分の小腹を満たすため外で食べる事にした。
出掛ける旨を店主に伝え、ユーリウスが宿の扉に手を掛けるより早くその扉が開いた。
「あっ?リアンお帰り」
「……ただいま。お前たちは何処かに出掛けるのか?」
ユーリウス達と同じ騎士団の制服を纏った青年が扉を潜り宿に入ってきた。
―ブリリアント・ロックスター。
長いので僕達は彼の事をリアンと呼んでいる。歳の頃合いも僕達と同じで17歳、顎のラインで綺麗に切り揃えられた薄紫の髪に、髪と同じ色のつり目がちな目が僕達を交互にみていた。
「うん、ご飯食べたばっかりだけどまだ物足りなくて外で食べようかなって。リアンも行く?」
リアンは店奥の食堂に視線をやり、そして受付カウンターに置かれた時計を見る。時刻はそろそろ昼時に近い。
「………直ぐに着替えてくる」
リアンはカウンター席に座っている店主に声をかけ、上に続く階段を登っていった。そう、彼もこの宿に世話になっている騎士団の1人だ。
実はこの宿『春の木の実亭』は騎士団の寄宿舎の1つとして辺境伯管轄の宿なのだ。他にもマカベルには後3箇所同じ騎士団の寄宿舎兼宿屋として機能している場所がある。手紙にも4箇所、指定の宿屋が記されていてそのどれか自分の好きな宿を選ぶ様にと書かれていた。
今回の募集は約30人程、城に常駐している騎士団と遠征中の人数を合わせれば100名と少しだろうか。少ない様に感じるが少数精鋭が辺境伯率いる騎士団の特徴とも言える。そして今回、新たに募集された30人弱は4箇所から宿を選んだ。騎士団指定の宿が立つ場所は僕達の選んだ下町に近い街場、商業施設の盛んな商業地区、閑静な住宅地の並ぶ地区とわりかし城に近い場所に1つある。点在する場所にある宿屋に注目すれば自ずと分かるだろう。街場や商業地区にある宿には一般や下級貴族、閑静な住宅地つまりは貴族街なのだが…それに、城の近くの宿は上位貴族や金持ちの商人の子息達が滞在していた。そして、分けられた宿によって今後のチームメンバーも決まると言うシステムだ。上から能力差で決められるよりは、自分達の価値観で集まったメンバーの方がこの先やりやすい。僕の推測では、辺境伯の少数精鋭部隊はこうやって出来上がったのかもしれない。
タッタッタッタッと、軽快な足取りで階段を降りてくる足音にユーリウスは顔を上げた。降りて来るのは勿論、リアンだ。
「待たせたか?」
急いで降りて来たのだろう、少し髪が濡れている。
「大丈夫、それよりリアンはこれからご飯だよね?何食べる?僕等は一応もう食べちゃったから甘いものでも食べようか?って話してたんだけど……」
ユーリウスはチラリとリアンを伺う様に目線を向けた。
「甘いものか……問題ない」
「問題なくはないだろ、栄養バランスを考えた食事は今の俺達には必要な……何故そんな顔をする」
ヒューイは何故か スン とした顔をしたリアンを見て困惑した。何か変なことを言っていたか?
「あはは、リアン気にしないで。ヒューイはオカン属性なんだ。それよりこの間…」
笑いながらユーリウスはヒューイの前を通り過ぎ、扉を潜り外へ出る。
「……オカン属性。そうか……ヒューイはオカン属性か……」
ぶつぶつとそんな事を呟きながらリアンもヒューイの前を通り過ぎ、ユーリウスに続いて外に出る。
ヒューイはと言うと。さっさと歩き出していく2人の背中を視線で追いながら一言。
「……………オカン属性ってなんだよ」