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④白と黒

 充満する芳香な香りを肺に満たす様に、ユーリウスは大きく息を吸った。

「スゥーー…………プッハーー」

 それを数度繰り返し満足したのか、両手両足を短く刈りそろえられた芝生へと投げ出した。

「おい、汚れれるぞ」

 芝生を転がるユーリウスを上から覗き込むのは―ヒューイ・グレゴリー。

 褐色の肌に金の瞳、少し特徴的なクルクルとした癖のある黒髪は後ろで適当に括られている。

「大丈夫!今日は普段着だしもし汚れても黒だから目立たないよ」

 そう言ってゴロゴロと芝生を転がっていく。

「……まぁ、久しぶりの地面だしな気持ちは分からなくもないが……あっ!ユーリ前!前見っ!!?」

 前を見て、ヒューイが言い終わる前にユーリウスは眼前に立つ樹に激突した。結構な大きさの衝突音と共にそのまま動かない彼を心配して近づく。

「……大丈夫か?ユーリ」

 腹を抱え縮こまったままのユーリウスの顔を覗き込んだ。

「だい、大丈夫だよッ!このくらいっ!」

 目尻に涙を浮かべながら悪い顔をしたユーリウスは、ヒューイの差し出された手を握り引っ張る。

「うわっ!!何すん……!」

 ヒューイは引っ張られそのままユーリウスの横に倒れ込んだ。

「やっと、……やっと帰って来れたんだ。少しくらいはしゃいでも罰はあたらないだろ?」

 さっきまで子供の様にはしゃいでいたのが嘘の様に、ユーリウスは真剣な表情で空に拳を突き上げる。

 彼の金色の髪に、見上げる空と同じスカイブルーの瞳は何かを決意した力強い光を宿していた。

「それに……長い船旅で、僕は地面の素晴らしさを身体中で感じたいんだっ!!」

「…………」

 ヒューイは半眼でユーリウスを見るが、その意見には同意だ。長い事船に乗っていたせいで平行感覚が少しおかしい。



 ユーリウスとヒューイ。

 2人は小さな島が点在する場所から半月をかけてこの大陸―ウェブステリアナ大陸に上陸した。

 いや…上陸した、と言う言い方はおかしいかもしれない。彼らは元々はこの大陸の人間なのだからユーリウスの言う様に帰って来たと言った方が良いかもしれない。




 ウェブステリアナ大陸に上陸し数日。

 2人は港から街道をひたすら歩き、歩き続けてそろそろ「やっぱり馬車にしない?」と、言い出しそうな雰囲気を出し始めていたユーリウスが突然登り坂を走り出した。

 一体何事?とも思わなくはないがユーリウスの事だ、何か見つけたのだろう。

 ヒューイは気にせずゆっくりと、疲れた足を踏み出し進む。

「ヒューイ!見えたよ!!マカベルの街だ」

 登り切った先でユーリウスは手を振りそう叫んでいた。

「……やっとか」

 船を降りた港街からマカベルまで馬車は出ていた、それに乗れば2、3日で目的地であるこの場所まで辿り着いたはずなのだが。

 チラッと坂を見上げる、そこには太陽の光に照らされキラキラと輝くユーリウスの姿が目に映る。

『よし!せっかくだから歩いてマカベルまで行こう!』

『はっ?』

 こいつは何を言っているんだ?歩いてマカベルまで行こう?馬鹿なのか?いや、昔からそうだから馬鹿なんだ。そう、俺はコイツが馬鹿なのを知っている。

『ヒューイ何してるの?置いていくよー?』

 マカベルまで歩き……一週間くらいか?

『はぁ〜』

 大きな溜め息を吐き、ヒューイは自分の荷物を背負う。そして、我儘で強引で頑固な事も知っている。周りからみたらそんな人間(やつ)見限ってしまえば?と思うかもしれないが、俺はそのマイナスまみれのイメージの中に彼なりの強い芯があるのも知っていた。だから何があったとしてもコイツとは友達でいたいと幼い頃に誓ったのは秘密だ。

「……でもやっぱ、ずっと船に乗ってたから地面を楽しみたいとか馬鹿だろ?」

 ヒューイ・グレゴリー。彼はユーリウスと同じ年齢ではあるが一緒にいると何故か兄扱いされる事としばしば。何故か?彼の顔には長年の苦労が滲み出ていたからかもしれない。またはそう、ただの老け顔なのかもしれない。

 早く早くと急かすユーリウスの元に辿り着くと、眼下には高い石壁で囲まれた街が見えた。この何もない草原の真ん中に街まで続く道が1本。この道を辿れば街はすぐだ。

 背後からカラカラカラと荷車が走る音が聞こえて来る。街まで続くこの道の道幅は荷車2台分の幅があるが2人は少し端に寄り、後方から走ってくる荷車の邪魔にならない様に並んで歩く。カラカラとゆっくりとした音を奏でながら2人の横を追い越し少し先で荷車は止まった。麦わら帽子を被った年配の男性が振り向き声を掛けてくる。

「街はすぐそこだが……乗ってくかい?」

 荷台には人が座れるスペースが丁度2人分空いていた。2人は顔を合わせ、男性に答える。

「せっかくここまで歩いて来たから歩いて行きます!」

 ユーリウスは元気にそう答えた。男性は手をあげ荷車を引く馬に合図を出しカラカラとまたゆっくりとした音を奏でながら去っていった。



 それから数十分後。街の門兵に街に滞在する為の許可証を発行してもらい、そのまま2人はマカベルのある場所へと向かう。

 下町らしき界隈のある店の前まで来た2人は店先に吊るされた看板を確認し、なんの変哲もない普通の木材で出来た扉を開ければカランカランと来客を知らせる鐘が鳴る。店内は正面にカウンター、左奥にはテーブルと椅子。食欲をそそる様な良い匂いがするので食堂だろう。鐘の音を聞き奥から現れたのは先程声を掛けてきてくれた麦わら帽子の男性。

「いらっしゃい、さっきの子達だね。ここいらの子じゃないみたいだしもしかして騎士団に?」

 男性は2人の顔を見てそう尋ねた。

「はい、次の月からここマカベル。辺境伯率いる騎士団への所属になりましたユーリウスと申します!」

「同じく、ヒューイと申します」

 2人は姿勢を正し、上官に挨拶する時の礼をとった。

「まぁまぁ、2人共。こんな宿屋の店主にそんな事する必要はないよ。2人はどっから歩いて来たんだい?」

 この店の店主だと名乗る男性は、そんな事をされたら困るとでも言う様に苦笑した。

「僕達は港からここまで歩いて来ました」

 店主からここに名前を書いてとペンとノートを渡されユーリウスは自分の名前を書き込む。

「えっ?港から歩いて来たの?それはそれは……随分と遠かったでしよ?それなら先に食事にする?それとも疲れているだろうから風呂に案内した方が良いかな?」

 ユーリウスからペンとノートを渡され、ヒューイも自分の名前を書き込んだ。ノートには自分達の他にも数人が既に滞在中らしい。

「はい鍵ね。2階と3階が部屋で、風呂と食堂は1階だから準備が出来たら降りて来てくれるかな?案内するよ」

 2人は渡された鍵を持ってカウンター横の階段を登って3階へと向かう。ちなみに隣同士の個室の部屋だった。

 扉を開け室内に入る。中は至って普通の1人部屋、簡素なベッドにサイドテーブル、中央に小さな丸テーブルと椅子が一脚あり縦にスライドするタイプの硝子窓がひとつ。ユーリウスは背負っていた荷物を床に下ろし、フカフカのベッドへとダイブした。

「ああ〜幸せ〜」

 長い船旅と野宿をし疲れた体にこのフカフカベッドは危険だ。ついつい瞼が下がりそうになるがユーリウスは断腸の思いでベッドから起き上がり、部屋の窓を開けた。

 開けた瞬間、新しい空気とマカベルの街の人達の生活音が聞こえてくる、馬車の音、客の呼び込みをする売り子の声、元気に走り回る子供達の声や鳥のさえずり。

 耳を澄ませば、なんでもない日常がこの窓の下にはあった。

 ユーリウスは荷物の中から1枚の封筒を取り出した。宛名には自分の名前、裏には辺境伯の印が押されている。その手紙には、辺境伯率いる騎士団の配属が決まった事と配属までにマカベルの街に着き指定の宿に滞在するように。と、言った事が書かれていおり指定の宿は幾つかあってその中で僕達は城の近くではなく下町に近い方の宿を配属までの間の滞在先へと選んだ。

 のんびりと流れる時間に身を任せたいのはやまやまだが、扉の外から叩く音がするのでユーリウスはタオルと変えの服を持って部屋を出る。

「鍵はちゃんと閉めろよ」

 扉を叩いていたのは勿論ヒューイだ。彼も同じようにタオルと服を持って扉の外で待っていた。

「そのくらい僕だって分かってるよ」

 ポケットから鍵を取り出し鍵を掛ける。

「個室なんて久しぶりだろ?鍵の存在忘れてるかと思ってな」

「いくら僕でもそこまで……あれ?石鹸忘れた!!アレ?扉が開かない!押す?引く?どっちだっけ?」

 開かない扉を押したり引いたりするユーリウスを横目にヒューイは盛大に溜め息をついた。

「お前は鳥頭なのか?」


 その後、風呂に入り久々のまともな食事に舌鼓を打った2人は布団に入るやいなやあっと言う間に深い眠りへと落ちていった。

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