⑩スノーフレーク 3
菊次郎が草むらから出て来た人物と対峙したと同時に、ユーリウスは草むらへと引きずり込まれた。
「っ!!」
そして、吐く息は生臭く目が血走った獣に地面に引きずり倒され喉を掴まれた。
「はぁ、はぁ、……やっと捕まえた」
獣はニヤリと笑い舌舐めずりしながらユーリウスの顔を興奮した様子で眺めている。
(こいつっ!!)
その顔は牢で一緒だったあの男。ずっとユーリウスの事を物欲しそうな顔で見ていたアイツだ。
(追いかてくるとか……どんだけ僕の事が好き、何だよっ!!)
空いた右手で男の顔面を殴る、が。
「ハッ!効かねえーなー」
男は笑って、ついで僕の顔に平手をお見舞いした。自分の頬と男を殴った拳が痛い。
「良いね〜その眼」
こんな時に言っちゃなんだけど、僕は体力と魔力には自信があるけど基本的な力は余りない。いくら筋トレをしたところで全くと言って良い程、筋肉が付かなかった。
(ならっこうだ!!)
右手で男の顎を下から狙い拳を振り抜く。が、それは呆気なくかわされた。
「へぇ、急所狙いか……」
男がスッと目を細め、僕の首を掴む反対の拳をぐっと引いた瞬間。
けたたましい鳴き声と共に森の鳥達が一斉に飛び立った。
「!!?」
バサバサと羽ばたく音はまるで慌てて逃げているようだ。
「……へっ、鳥かよ脅かしやがって」
男が仕切り直しだともう一度拳を引くが。ユーリウスの身体は別の気配の感覚にゾクゾクと背中に悪寒が走る。
(これは、まさか……)
ズズズと地面の下で何かが動く音と気配、それはもうここ最近では馴染みになりつつある感覚だ。そして。
(今っ!!)
大きな揺れと同時にユーリウスは男の手からすり抜ける。そのままコロコロと転がり、何かにぶつかり頭を上げた。
「………観てたなら助けてくれても良かったんじゃない?」
すり抜けたユーリウスの側には、菊次郎が立っていた。不思議そうな顔で首をかしげる。
「助けて欲しそうには見えなかったが?」
ユーリウスは菊次郎の顔を見て、ヘラッと笑った。
「まぁ…お姫様を助けるのはナイトの役目だからね♪僕はお姫様じゃなく騎士志望だから!」
そんな事を言っていると、ワナワナと怒りを露わにした男がユーリウスに殴りかかってきた。
「わぁっ!!……ととっ。もう!せっかちだな〜」
ユーリウスは男の拳を交わしながら菊次郎から離れて行く。その様子はどう見ても余裕そうである。それがまた相手をイラつかせている事を分かってやっているならなおさらだ。
「姫は分かるけど……ないと?」
騎士とは?なんて呑気に考えていた菊次郎だが、遠く蹄の音が近づいて来ているのを耳が拾う。
(気付かれたか……)
あの場に細目の男以外にも誰か居たのだろう。
「ユーリ!俺は用事が出来た!大阪には1人で行ってくれ!!」
菊次郎は今来た道を戻る為、身体を翻す。蹄の音は確実に、先程までいた山道を駆け上がって来ているはずだ。
「えっ?何ぃー?」
男の拳を上手く交わしながらユーリウスは聞き返す。相手の男の息はだいぶあがっているがユーリウスは普通だ。なんだか相手が哀れに見えてくる。だが、そんな事はどうでも良い。今は自分を目掛けてやってきている敵を相手にしなければならないのだから。ユーリウスともコレが最後になるかもしれない。
ほんの少しだけ“名残惜しい”気持ちが沸いたがそうも言ってられない。縁があるのならまた会えるだろう。二度目があるなら三度目もきっとあるはずだ。
「だからっ……!!」
異変は突然だった。
気配を感じやすい菊次郎とユーリウスさえ気付かない程、それは突然現れた。
「なん、だ……コレは!?」
足元から何かの気配を感じた瞬間、優しさと黒い何かが菊次郎の身体の中を突き抜けていく。
「なん……今のは……??それに、コレは季節外れの蛍?」
足元からは緑色に光る小さな球がポツポツと湧き上がり、空に向かってゆっくりと登っていく。
こんな時ではなければ、空から降る雪と大地から昇る蛍の光の幻想的な光景に目を奪われただろう。
「あっ……、魔法陣?」
それの正体に気づいたのは勿論ユーリウスだ。緑色の淡い光が天に向かって立ち昇る中その光はユーリウスを中心に徐々に輝きを増していく。次第に姿が見えなくなる程の光に包まれそれは天を貫く様に天上へと光を伸ばし、大地には地を這うような円環と文字を描き出した。
何かの紋様が完成した瞬間、天上に伸びた光は光の範囲を広げて行く。
「ユーリ!何だそれは!」
迫りくる謎の光から逃げるように菊次郎は後ろに下がる。光の中心に居るのがユーリウスなのだから、きっとコレが何か知ってるいるに違いない。そう思って彼を見やるが彼は虚ろな瞳で天上を見上げていてこちらに気づく様子がない。だが。
「ちっ……後ろも……」
前からは訳の分からない光が範囲を広げながらジリジリと迫り、背後からは先程よりも近くに迫り来る蹄の音。
「何って……魔法……あれ?もしかして……」
虚ろな瞳だったが、菊次郎の声に反応したユーリウス。そして何かに気づきそのまま沈黙の姿勢を取る。今度は何かぶつぶつと囁いているユーリウスを横目に謎の光は徐々に菊次郎の行き場を無くしていた。
「これは、一体なんなんだっ……」
光に足を竦ませていると、背後から数頭の馬がこちらに走りこんできた。馬は鼻息荒くヒヒーンと嘶きその馬上の上には“成瀬久慈郎”がやっと見つけたと言う顔で菊次郎を見下ろしていた。
「くそっ……」
「お前に付けられたこの傷が、菊次郎。お前を見ると甘く疼くわっ!!」
その顔は以前と違い包帯で顔半分を覆っている。それは先日、菊次郎が付けた物に他ならない。
「やはり……生きていたか」
「クックッ……当たり前だろ?」
「頭を撃ち抜いたと思ったんだがな……残念」
菊次郎はニヤリと笑いながらも内心は焦っていた。あの時、殺した手ごたえはあったはずだ。殺せていなくても、頭を撃ち抜いたのだから頭の中が死んでいてもおかしくはないはずだった……。
なのに、コイツは。
「不死身か?」
その呟きを拾い、今度は久慈郎がニヤリと笑った。
「ああ、閻魔と取り引きしてきたさ。お前を私の物にする代わりに……」
馬上から伸びてくる久慈郎の手が菊次郎に触れる瞬間。
「ねぇー!!キクジロウっ!!君に大切な人は居る?」
この状況の中、ユーリウスのヘラッとした顔と声が菊次郎の耳に届いた。
大切な人?急になにを言っているんだアイツは。
「ねぇ、キクジロウ。僕のところに来ないかい?」
「………来ないかって」
ユーリウスは光の中、菊次郎に向かって手を差し伸べている。
「誰だアレは?金色の髪に青い瞳……異国人?何故こんな場所に……もしや一緒に逃げたのはアレか?」
久慈郎のそんな言葉を聞きながら菊次郎はギリっと唇を噛み締める。今は時間がない!ユーリウスの質問も良く分からないが、捕まるくらいなら……っ!
「くっ!!」
一度、久慈郎の顔を睨みつけ菊次郎は意を決して光の中心へと走り出した。
「大切な者は、もう居ないっ!!」
そう、大切な者はもう居ない。久慈郎に殺された。
差し出された手を掴む。ユーリウスは一瞬だけ驚いた顔をした後、いつものようにヘラッとした顔で笑った。
「僕と同じだね」
ユーリウスは掴まれた手に力を入れる。服の下に隠してあった魔石は溢れ出る魔力のせいで先程からピシッピシッとひび割れ始めていた。反対の手でその魔石に力を込める。
ありったけの僕の魔力と
僕の願いを込めて―。
力を込めた魔石は一際輝きを増し、地上に広がった魔法陣も同時に強い光を放つ。
「ようこそ、僕の世界へ」




