第99話:それでも、ただいまと言えたなら
「……ただいま」
玄関に立つと、つい口からこぼれていた。
東京へ向かった玲奈が戻ってくるまで、あと数日。
だが、彼女がいないだけで、部屋の空気はまるで違っていた。
「うーす、勝手に上がったぞ~」
美桜が当然のように靴を脱いで入ってくる。手にはコンビニの袋。
「なに、飯も作らずにションボリしてるんだか。玲奈、留守だぞ?」
「……いや、別にションボリはしてない」
「じゃあ、なんで“ただいま”って言ったの?」
「……いや、それは」
言いかけて黙る。
どんなに否定しても、この家で玲奈がいないのは、ぽっかりと穴が空いたようだった。
「ま、分かるけどな。あの子、帰ってくるか不安だったんだろ?」
「……違う」
そう答えたが、嘘だった。
玲奈は――あの日、自分の足で東京へ行くと決めた。
けれど、その決意の裏に、ほんの少しの不安があることも、見抜けていた。
「……あいつ、強くなったよな」
「ふーん? それを言うなら悠真の方じゃない?」
「え?」
「玲奈がいない間に、ちゃんと“迎える準備”してるじゃん。ほら、ゴミも捨ててあるし」
「……当たり前だろ」
照れ隠しにそう言ったが、確かに今日はいつもより少しだけ掃除を頑張っていた。
――玲奈が、帰ってくるその時のために。
「ところで、玲奈の部屋って……まだあるの?」
「あるけど」
「じゃあ、帰ってきたらまた、ここで暮らすの?」
その言葉に、答えが詰まった。
「……どうかな。玲奈が、どう思ってるか次第じゃないか」
「ふーん……だったら、わたしが言っておくよ」
美桜は笑いながら言った。
「“おかえり”って。悠真のかわりにね」
「……ああ。でも」
俺は、拳を握る。
今度こそ――。
「次は、ちゃんと自分の口で言うよ。“おかえり”って」
遠く、夕日が差し込む。
そして、窓の外に、一台のタクシーが止まる音がした。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
互いに離れても、どこかでつながっていた二人。
そして、再び動き出す時間。
これまでの積み重ねが、ついに「今」に返ってくる。
次回、最終話――「ポンコツでも、好きでいてくれますか?」




