壱、死
前回の短編小説「旅立ちの日に」を連載小説版にしました。
前作をお読みになっていない方でも分かるような物語にしているつもりです。
前作のタイトル「旅立ちの日に」
私の側で、誰かが旅立つようなことがあれば。
私は彼の願いを一つかなえる。
彼女の願いを一つかなえる。
たった一つ。
唯一、かなえられないのは、『生きたい』、その願いだけ……。
また、彼女に振られた。
こういった経験はいやほど体験してきている。
これにはもう参った、と体をだらりと力なく下げて自宅のテーブルに突っ伏す青年。
フォトスタンドに入れていた、『元』彼女とのツーショット写真を抜き取り、名残惜しげに丸め、ゴミ箱へと投げる……が、入らずに弾かれ、窓の外へと放り出された。
深くため息を付き、クシャクシャになった写真を拾いに行く。
広々としたリビングは一人暮らしにしては広すぎるくらいで、冷蔵庫や洗濯機といった日常生活に必要な電化製品もおろか、コンポ、エアコンも完備されている快適な部屋である。
何度か同居もしたことがあるが、そのたびココロが冷めていく。別れを告げる決心がつかずに、そのため毎回降られてしまう側に居る。
職業は小説家で、最近デビューしたばかり。その処女作も売れ行きがあまり良くなく、安定した収入は得られていない。主に、バイトで生活費をまかなっているのだ。
だが、そんな日々も、じきに終わってしまうとは、彼は思っても見なかった。
今まで出逢ってきた『死人』は、ほとんどの人が『生きたい』と願う。
時には、自分の欲望を満たすために異性の体を求める人もいた。
私は、何でも願いを叶えられる。叶えてあげなければならない。『生きたい』という願い以外は。
だから、誰かを『殺したい』という願いも、叶えられる───。
彼はバイトの帰りにコンビニへ寄ると、軽く夜食を済ませられるようにおにぎりを数個購入した。
夜道、電灯は何度も点滅し、今にも消えそうになっている。
冷たい風が身にしみる季節、せめて誰かが側に居てくれればな、と今でも思っていることは未練がましいというのだろうか。
しかし、まだまだ人生は長い。そう思えるのも、この時で最後だった。
気付くと、そこは真っ白な世界───ではなく、真っ暗な世界だった。
起き上がってよく見てみると、そこは、いつもバイトの帰りに通る帰り道だった。
電灯は完全に消えたようだ。
どうして、倒れているのだろう。暖めてもらったおにぎりに触れてみると、随分冷えてしまっている。
今の一瞬、何があった?
ふと、気付く。ポケットに入れてあったはずの財布がない。
まさか、通り間に合ったしまったのか。それにしても、一瞬の間にそんなことが起きたのだろうか。
何処も痛む部分はない。ということは、殴られたり刺されたりといった暴力行為はされておらず、眠らされたのか?
不思議に思いながら立ち尽くしていると、ふと、目の前に何かが『現れた』。
短く切られた髪に、整った顔立ち。月にしか照らされていないが、それでも良く分かるほどに美しい肌。
服装は何処かの学園の制服だろうか。幼くもなく、大人っぽくもないその中間くらいに位置するであろう彼女は、静かに口を開いた。
「あなたの願いを叶えにきた」
何か、深い渦に飲み込まれるような感覚に陥ってしまうような口調、そしてその声。薄く淡いピンク色をした唇の動きは魅惑的で、その部分だけを見ているとまるで色気たっぷりの成人女性のようだ。
だが、そんなことを全て加えても、今の発せられた言葉は意味不明なものだった。
こんな夜中にこのような制服を身にまとった少女がいるワケがない。迷子と考えても、こんなに冷静な表情で『あなたの願いを叶えに来た』なんていわないだろう。
彼女がキチガイか、それとも、
「最近寝不足かな」
目を、コンビニ袋を持たない右手で軽く押さえると、再び目を開いて少女の姿を確認する。
いないハズ───。
「病院へ行こう」
少女の『幻影(?)』に背を向けると、一目散に走り出す。
今日の自分はどうかしている、そう思いながら走る。
だが、そこでおかしな点があることに気付く。
走れば、空気の抵抗を受ける、ということで顔に風が当たるハズ。なのに、何も感じない。そういえば、さっきから『寒い』といった感覚が全く無い。
これは、本当に病院へ行った方がよさそうだ。今度は本気で病院へ向かう彼だった。
「病院へ行っても手遅れ。だったあなた、もう既に死んでいるんですもの……」
冷たい声が聞こえたのは、その数秒後だった。