俺が見つけた姫君は
『シリル、わたくしの天使!』
それは母の口癖であった。
親譲りの金髪碧眼に生まれついた俺は小さいころ、たいそう可愛らしかったらしい。
末っ子の三男として、母によって過度に猫可愛がりされたものだ。
母にも事情があった。
待望の第一子である長男は、後継ぎの教育を疎かに出来ないからと祖母に取りあげられてしまった。
次こそはと期待した次男は、健康過ぎて体力が有り余り、すぐに母が面倒を見切れなくなった。
そこへ生まれた比較的大人しい末っ子が俺だ。
上二人を思うように出来なかった母は、好きなように俺をいじくった。
母が選んだ、男子にしてはヒラヒラの多い可愛い服も、よく似合ったそうである。
飾り立てられ、世話を焼かれ、少なくとも愛情という面では不足の無い幼少時代を送った。
やがて、母に連れられて屋敷の外に出るようになった時、俺は騎士という存在と出会うことになる。
母が寝る前に読んでくれたおとぎ話の中でも騎士は正義の味方だ。
なんとなく憧れていた存在が目の前に現れた時、俺は天啓を受けた。
我がラフォン子爵家の騎士は、勇猛かつ統率の取れていることで有名なリヴィエール伯爵家騎士団の引退者である。
引退者と言うと聞こえが悪いかもしれないが、伯爵家騎士団の定年は三十五歳。
決まりは決まりなので引退しなければならないのだが、まだまだ働ける者は多い。
それで伯爵家の寄り子の貴族家から要望があれば、そこに再就職をするのである。
リヴィエール伯爵家は羽振りが良く、騎士たちは退職金をたんまりもらっている。
だから伯爵家では斡旋する引退騎士の給料を一律化し、迎え入れる貴族家に無理がないよう配慮してくれていた。
騎士のほうも、故郷に近い場所など希望を出すことが出来る。
お互い納得して初めて再就職が成るのだ。
そんな立派な騎士が、ちょっと外出する時にもビシッと馬車に付いてきてくれる。
窓に張り付いて騎士を凝視し、何度母に窘められたことか。
やがて、いろいろ学び始めた俺は、三男の身で生き延びるには婿に行くか職を得て働くかだということを理解した。
『お母様、僕は騎士になります!』
そう宣言して剣を学び始めた俺を、母は止めようとしていた。
しかし、どんどん背が伸び、剣ダコだらけの手になった俺を見て、やがて諦めた。
騎士になるには生活力も必要だ。
野営もあるし、入団したばかりの者は先輩の世話をさせられることもあるらしい。一通りの家事は覚えておいて損はない。
執事やら家政婦長やらに頼み、使用人たちにいろいろ教わった。
当然、彼等の仕事の邪魔になったはずだが、父がその分の手当てを上乗せしてくれていたのを後から知った。
父親としての愛情もあるだろうが、実のところ、その頃の父はやっと母をかまえるようになったのだ。
父の母、俺にとっては祖母が、とうとう隠居し、領地の隅の別邸に引っ込んだのである。
祖父が早くに亡くなったため、祖母は息子である父にも厳しかった。
一人っ子だった父は若い頃から領地経営に忙殺されてきたのだ。
だが、長兄が執務を手伝うようになり、少し手が空いたのと、厳しく目を光らせていた祖母の引退により、やっと母をかまえるようになったのである。
若干引くようないちゃつきぶりで、なんと祖母引退の翌年には妹が生まれた。
両親はすっかり新しい末っ子に夢中になり、三男などほったらかしになった。
十五歳になると、俺は領地から王都へ出て、王立学園に入った。
これも修行と寮暮らしを選び、学園生活が始まった。
もちろん騎士科に進み、着々と実力をつけて行った。
学園の方針は合理的で、将来騎士になる者ならば騎士道精神を鍛えよとばかり、行事があれば駆り出され、力仕事を任される。
タダ働きではあるが、これを笑顔でこなせば内申点がググっと上がる。
騎士科の内申点は、国の最高峰である王立騎士団への推薦に不可欠なものであった。
リヴィエール伯爵家の騎士団に入るなら内申点は重要ではないが、できればそこは避けたい。
なんでかと言うと、次兄が有り余る体力とあり得ない才能で伯爵家騎士団で頭角を現しているからだ。
副団長に手が届きそうな勢いである。
団長および副団長になれば定年は無く、伯爵様から言い渡されるか、本人が引退すべきと悟るかの二択である。
となれば俺がそこに入れたとしても、身内だからと脳筋兄貴にこき使われてしまう。
さて、俺も同級生共々、顔の筋肉まで鍛えつつ、無事二年生になった。
秋のよく晴れた日。その日は、入学式だった。
俺は式の準備担当で、仕事を終えた後、同級生のアンリと一緒に売店に向かっていた。
アンリ・マイヤールとは、ずっと寮の同室。剣の腕も似たようなものだったので、入学以来の相棒で腐れ縁の友人だ。
いつものごとく、たいして意味も無い話をしながら歩いていると、突然、目の前にいた女子が転びかけた。
彼女はスケッチブックを開いたまま、ブツブツ独り言を言いながら歩いていたのである。
俺は咄嗟に彼女を支えた。
「ちゃんと周りを見ないと危ないぞ」
「あ、ありがとうございました?」
「疑問形?」
「いえ、その、助けていただいて大変に感謝しております」
と言いながら、俺の腕の中の彼女は遠慮も無しに、俺の腕や胸に触れた。
「は?」
「……あ、どうも重ね重ね申し訳ございません。
あまりにも、いい身体しているなと思って、ついつい」
俺は彼女を立たせると、一歩下がった。
「君は……」
「誓って痴女ではありません!」
「若い女子が、そんな言葉を……」
「でも、あなたも、そう疑われたのでしょう?」
「それはそうだが」
なにぶん人生経験が浅く、男の身体にベタベタ触る女性の呼称を他に知らない。
「実は、わたし、こういうことをしておりまして」
彼女はスケッチブックの中身を見せてくれた。
「服の、デザイン?」
そこには、たいして服に興味が無い俺でも、なかなか見事だと思うようなドレスのイラストが描かれていた。
「今後は男性の服もデザインしたいと思っているのですが、身近にいいモデルがいなくて……」
そう言いながら、彼女は俺の身体を隅々まで舐めるように見ていた。
「うん、素晴らしいです。
よろしかったら、わたしのデッサンモデルになっていただけませんか?」
「デッサン……ヌードは嫌だ」
「ヌードでなければいいんですね? じゃあ決まり!」
「勝手に決めるな」
「わたしの見たところ、あなたは騎士科の生徒さんですね。
でしたら、鍛錬の様子などちょこっと覗かせていただければ十分ですので」
「ことわ……」
「もし、あなたに断られたら、わたしは身体の良さそうな男子生徒を何とかして触りまくり、モデルを見つけなくてはなりません」
そう言いつつ、俺の隣にいるアンリに視線をやる彼女。
ノリのいいヤツは『イヤン』と胸を庇うような仕草をする。
アンリの演技力はどうでもよいが、問題は信じられない発言をした女生徒である。
例え彼女がこの後、痴女と呼ばれるのも構わず驀進したとしても、俺にはひと欠片の責任も無い。
しかし、知り合ってしまった以上、これを見過ごしては目覚めが悪いという、あまり得にならなそうな騎士道精神が発動した。
「……わかった。昼休みにいつも素振りをするから、その時なら近くに居てもかまわない」
「ありがとうございます!」
「ところで、気になっていたんだが、新入生はまだ入学式の最中ではないのか?」
「えへっ。だって、新入生の中には、めぼしい男子がいなかったんです!」
可愛い顔で開き直る彼女の襟には、新入生歓迎のリボンが飾られている。
「……式はともかく、その後、各クラスで説明があるだろう。
それには参加しないと。送ろう」
「助かります!」
ついつい、なんでか彼女の手を引く。
女の子と手を繋いだのは初めてじゃないのに、その小さな手にドキリとした。
大事なもののような気がして、力を込めないように気を付ける。
そしてとりあえず、翌日からデッサンを始めた彼女の名はオレリア。
詳しく聞いてみれば、俺でも名に覚えがある大商家ブルトン男爵家の娘だった。
仕事には報酬を出すのが当たり前という考え方のようで、礼金を出すと言う。
だが、俺にしてみれば、常の鍛錬に過ぎない素振りを見せるだけで金銭をもらうのは気が引ける。
礼金を断ると、彼女はデッサンする日の弁当を用意してくれた。
「わたしの手作りではないので、安心してください!」
なぜか胸を張る彼女。
そりゃそうだろうなと思う。
だいたい、ささっと敷布を広げ、食事の用意をしてくれたのは彼女についているメイドである。
昼食時や放課後に限り、学園内に使用人を伴うことが許されている。
ただし、それには莫大な寄付金が必要なのだ。さすが、大商家の娘。
余談だが、俺の相棒アンリは、素振りもせずにメイドとの距離をさりげなく縮めることに尽力していた。
ちなみに、メイドは推定年齢が俺たちよりプラス三歳くらいの、かなりなメリハリボディの美女である。ヤツの好みど真ん中だ。
アンリはいそいそとメイドの仕事を手伝っていたが、彼女のほうは遠慮していない。
「恐れ入ります」と一応謝意を示しているが、どこか手伝ってもらい慣れているように感じる。
もしかすると相当、いろいろ手玉に取っているのではないか?
だが、その塩加減がよろしいらしく、アンリは機嫌よく動き回っている。
本人が幸せなら、いいか。
弁当はたっぷりあるので、メイドはヤツにも取り分けてやっていた。
弁当の味は確かで、身体を使う俺を考えてくれたらしいボリューム。
大変美味なサービス満点のランチを何度もご馳走になれば、何かしら情がわき始める。
彼女は俺にとって庇護すべき令嬢として認識され始めたのである。
さて、季節は進み秋も深まった。
すっかり寒くなったため、デッサンは一旦休みとなり、オレリア嬢は自習用個室(使用は高額寄付者優先)を借りてデザイン画制作に余念がない。
俺とアンリは毎日、食堂で普通に昼食を取り、その後、外に出られる天気であれば走ったり、木剣を振ったりしていた。
アンリは時々、メイドに会いに行っておやつをもらい、ついでにオレリア嬢の様子を聞いてくる。
重なる授業も無ければ、すれ違う隙も無く、なんだか寂しい季節をヤツの話で慰められていた。
そして、冬休みの前、オレリア嬢から突然に呼び出しを受けた。
「冬休みのご予定は?」
予定がある、とは言いづらい勢いで訊かれる。
「校内の雪かきをして、内申点を上げるくらいだ」
「内申点を諦めて、うちの王都屋敷にいらっしゃいませんか?」
デザイン画に基づいて縫製された服を、実際に着て欲しいとのこと。
着心地の感想などを聞くため、冬休みいっぱい滞在してくれという。
雪かきで上がる内申点など微々たるもの。
ありがたくお邪魔させていただくことにした。
ブルトン家の王都屋敷は、さすが大商家だけあって、俺の実家の子爵家よりよほど立派だ。
食客の体なので客間など用意されたらどうしようと思っていたが、敷地内の使用人寮の一部屋に案内された。
食事は食堂で好きなだけ食べてよいと言われるし、部屋の掃除などはやってもらえる。
至れり尽くせりだ。
「お嬢様のことはお任せしますが、間違いのないように!」
と、ビシッと俺に言い渡した巨乳メイドの傍らにはなぜか、俺の相棒であったはずのアンリがいた。
バイトに雇われたそうだ。
学園の冬休み期間と被るように、男爵夫妻は商談で出かけているので、この機会にブルトン家の王都本邸は大掃除をすることになったのだ。
結局、オレリア嬢もその影響で寮の一部屋を使っており、時々はデッサン後の昼休みと変わらぬメンツで食事をすることもあった。
「こういうの、若い女性には受けると思うんです」
今回、用意された試着用の服のテーマは『お嬢様と護衛』。
お嬢様側はオレリア嬢が、護衛側はもちろん俺が着る。
ちなみに衣装を縫ったのは商会のお針子見習いだそうで、ただし、出来上がりはきちんとプロの先輩方の目で確認されているそうだ。
「着心地はいかがですか?」
「とてもいいと思う」
鏡の前に立つ俺の隣に、自然に彼女が並ぶと、不思議としっくりくるような感じがする。
これは、どういう感情なのだろう?
試作品であるから外出には向かない服だ。
それで、お揃いコーデのまま、服飾店内を歩き回ることになった。
最初は緊張したが、少し慣れてくると護衛っぽく動いてみることも心掛ける。
ちょっとした段差でエスコートの手を差し出し、ことさら丁寧に、まるで壊れものを扱うように主人を気遣う護衛を演じる。
「ご覧になりましたか?」
食い入るように俺たちを見ていたお客をやり過ごした後、オレリア嬢がいたずらっぽく笑う。
試着用に作った服だけではすぐにネタ切れなので、やがて店内の服も組み合わせてコーディネートの研究が始まった。
着せ替え人形に徹した俺は、彼女が納得したところで店内を歩かされる。
珍しい経験は楽しい思い出になった。
アンリはアンリで、件のメイド、マノンさんに付き従い、めちゃくちゃ働いたようだ。
「掃除なんて別に楽しくもなんともないのに、マノンさんに命じられると不思議と身体が素直に動くんだ」
それは良かったな、と言ってやればいいのか悪いのか、判断に悩むところだ。
学園に戻り、やがて暖かい季節が来て、たまにデッサン&豪華弁当の昼があり、そして学年末がやってきた。
進級試験が終わると、学園では夏休み前のちょっとした発表会が行われる。
三年生は卒業直前なので、この際、恥はかき捨てとばかりに演劇を披露したり、歌や踊りを披露したりするのだ。
オレリア嬢は一年生にもかかわらず、この機を逃さず、小さなファッションショーを企画した。
友人のご令嬢たちに声をかけると、学園の催しものならばとモデルを引き受けてもらえたようだ。
今回はのんびりと見物させてもらおうと思っていた俺に、真顔のオレリア嬢が迫ってきた。
「ファッションショーのラストは、ウエディングで締めくくるものなのですよ!」
「え?」
「ですから、最後はわたしが花嫁役、シリル様が花婿役で出ます。
いいですね?」
「……はい」
オレリア嬢は服のこととなると勢いが違って、嫌とは言えない雰囲気を出す。
はいと言ってしまった後で見せられたデザイン画によれば、色はもちろん白一色の騎士服をベースにした、キリリとした二着。
「シリル様に着てもらうのだから、なるべく喜んでもらえるようにと考えたんですが……」
「うん、ありがとう。これは、俺も着てみたいと思う」
「そうですか! よかった~」
ほんのり頬を染めた笑顔が可愛い。
やがて訪れた発表会当日。
無事に一年を終えた安心感も手伝って、学園はお祭り騒ぎとなっていた。
講堂ではオレリア嬢の順番が回ってきて、少し緊張気味のモデル役のご令嬢方がステージを歩き回る。
巧さよりも楽しさの勝つ歌や踊りで緩んだところに、本格的な衣装を見せつけるファッションショー。
父兄観覧でやってきていたご婦人方が、身を乗り出す気配がする。
そして最後の衣装の出番だ。
目にも眩しい真っ白な騎士服の俺にエスコートされるのは、上着とブーツをお揃いにしたウエディングドレスのオレリア嬢。
踊るように歩けば、可憐に揺れるフレアスカート。
会場はざわめき、やがてため息が漏れる。
ショーの最後にはサプライズで、他の出演者の令嬢からオレリア嬢に花束が贈られた。
そんな盛り上がりの中、ドタドタと品の無い足音が近づいてくる。
「何をすかしやがってるんだよ!
学園で着飾って、何様のつもりだ!?」
制服を着崩した、まるでならず者のような男子生徒たち。
先頭の男はあろうことか、手にしていたワインのボトルをステージ中央にいたオレリア嬢めがけて投げようとしていた。
カッとなった俺はステージを飛び降りると、先頭の男に回し蹴りを決める。
そいつが後ろに倒れた巻き添えで、他の奴らも全員床に転がった。
宙を舞ったボトルは無事、アンリが受け止めてくれた。
「サンキュ、アンリ」
「おう! けど、派手にやったな」
「言い訳のしようがないな」
だが、後悔はない。
ステージに目をやれば、オレリア嬢の指が蠢いていたので笑った。
きっと、今の回し蹴りをスケッチしたい衝動にかられているのだ。
なんとなくわかる。
翌日、騎士科の主任教諭から、内申点をゼロにすると言い渡された。
あのならず者たちは三年生の卒業試験で赤点を取り、補習に補習を重ね、やっと解放された奴らだった。
持っていたワインは、憂さ晴らしに飲んだらしい。
三年生のほとんどは飲酒可能年齢だが、学園内での飲酒はもちろんご法度。
卒業取り消しを免れるために、彼らの実家の面々が学園長室で粘っていると聞いた。
「全面的に悪いのは向こうだが、騎士科の生徒としては過剰防衛も甚だしい。
……だが、私個人としては、よくやった、と言っておく」
内申点がなければ王立騎士団への推薦はもらえない。
王立騎士団は人気があり、国内各地から入団試験にやってくる者がいる。
平均的な成績の俺では、推薦が受けられなければ土俵にも立てないのだ。
幸い、卒業まで一年あるし、地道に就職活動を頑張るしかない。
正直なところ、推薦があっても受かる可能性は五分五分ぐらいだったのだし。
学園は夏の長期休暇に入った。
内申点を気にしなくてよくなった俺は寮に居残って、ひたすら鍛錬に打ち込む予定だった。
相棒アンリはバイトを入れたので不在だ。
なんとブルトン家の下働きに行っているのである。
「実は俺、マノンさんの口添えでブルトン家に就職の内定をもらったんだよね。
騎士科を卒業すれば、護衛もできるとみなされて給料アップだそうだし」
「え?」
「別に騎士になるのが人生の最終目標じゃないし、それだけが自分の幸福ってわけじゃないだろう?」
まあ、確かに。
俺だって幼少の頃の憧れから騎士を目指していただけで、物心ついてからよく考えてみたわけでもないのだ。
「お前のほうが俺より大人だな」
俺がそう言うと、アンリは笑う。
ヤツは余裕ありげで、少しばかり悔しかった。
それからは鍛錬と並行して、騎士科の居残り下級生の指導をしたり、図書室で職業について調べてみたりして過ごした。
俺にしては、珍しくまじめにいろいろ考えを巡らせた夏だ。
夏休みもあと残り一週間となったころ、避暑地から帰ってきたオレリア嬢が訪ねてきた。
「シリル様、先日は助けていただいてありがとうございました。
あの後、バタバタしていてお礼も言えず申し訳ありませんでした」
「いや、俺が勝手にしたことだし気にしないでくれ」
「それと、王立騎士団の推薦が駄目になった件ですが」
それを知っているとは……アンリから漏れたのか?
「あれは俺の不手際だ。君のせいじゃない」
「はい。わたし、それについては謝りません。
ただ、就職口にあてがあるので、一度話を聞きに、うちにいらっしゃいませんか?」
ブルトン家でのディナー&宿泊に招待してくれたのは、当主のブルトン男爵。
オレリア嬢の父上、大商会の会頭だ。
迎えの馬車に乗り屋敷に着くと、上客用らしき応接室に通された。
「いや、聞きましたよ。
学園の発表会で、うちの娘を守ってくださったそうじゃないですか。
しかも、そのせいで王立騎士団への推薦を棒に振ったとか」
「それは、後悔していませんから。お気になさらず」
「気持ちのいい方だ。
もし、進路にお困りであれば、うちでは歓迎しますよ。
おかげさまで儲かっておりまして、常に人手不足です」
「友人が、内定をいただいたとか」
「ああ、メイドのマノンの彼氏ですね。
彼女も一見、男を手玉に取りそうな雰囲気ですけど、本質は一途でしてね。
心を許せる男性が見つかって良かったですよ」
「そうなんですね」
「人は皆、見た目通りではないし、一つの振る舞いで全てが察せるわけもないですからね。
もし、ご友人を心配なさっていたのなら、大丈夫です。
私が保証しましょう」
「ありがとうございます。
しかし、彼はいいとして、こちらで私にできる仕事はあるでしょうか?」
「オレリアの護衛なんか適任だと思いますね。
あの娘は思いついたら、どこへ飛んでいくかわからない時があって、それでもついて行ってくれるなら助かりますよ
あれでも大商会の娘だから、誘拐されたら厄介だし」
「それは確かに」
出来れば、他の人間にはやらせたくない仕事だ。
「ただひとつ、重大な問題がありまして」
「なんでしょうか?」
「娘に何人も護衛を付けるわけにはいかないので、貴方と二人きりの旅になることもあるでしょう」
「はい」
「若い男女が二人きりというのは、なかなか問題がありますからね。
ついでに、あの子と婚約してもらえば話が早いですな」
「はい?」
ついでで婚約可能なのか?
俺としてはオレリア嬢と婚約するのは……問題ないけれども。
いやしかし。
「お父様ったら、勝手なことを!」
その時、オレリア嬢が部屋に入ってきた。
父親に反論するのかと思えば、俺に向かって話を始める。
「わたしは卒業後、実家の服飾部門で見習いデザイナーから始めるんです」
「ああ」
「下っ端で忙しいので、婚姻しても旦那様のお世話は出来ません」
「料理も不得手だしな」
「そうなんです」
「俺、実はわりと料理できるんだけど。家事全般も一通りはやれる」
「え?」
「二人で補い合えば、なんとかなるんじゃないか?」
「えーと?」
「つまり、俺は君のそばにいたいんだ」
オレリア嬢は目を真ん丸にした。可愛い。
「……シリル様は騎士で紳士で素敵な方で、おまけに身体は超タイプだけど、あなたの伴侶には、もっと相応しい方が……」
珍しくもじもじしている彼女を見ていたい気もするが、ここはもう一押しするべきだろう。
「ちなみに婚姻すれば、ヌードデッサンも可、だ」
「よろしくお願いします!」
ヌードデッサンの一言で、ガシッと両手で腕をつかまれ即答される。
オレリア嬢の目はキラキラ輝いていた。
小さい頃に父に訊ねたことがある。
『お父様は、お母様を愛していらっしゃるのですか?』
何か意図があったわけではない。
物心つく前の、子供の発した質問だった。
『愛していると一言で言えるようなものではないが……』
父は真剣に応えてくれたのだと思う。
『生涯、守らねばと思っている』
祖母が屋敷で幅を利かせている間は、母が目を付けられないよう、愛情表現を抑えていた父。
父の愛は庇護欲。俺は父の愛の形を受け継いだかもしれない。
彼女のそばにいて、彼女が喜ぶ顔が見たいと心から思う。
ヌードデッサンで噴き出したブルトン氏だが、俺たちに気を使って部屋を出て行った。
しかし、もちろん二人きりになったわけではない。
「二人旅などさせませんよ。
どこへでも、このマノンがお供いたしますから」
専属メイドが付き従っている。
「マノン、ありがとう!」
「だけど、下っ端の従業員にメイドを付けるのは難しいのでは?」
素朴な疑問をマノンにぶつけてみる。
「私を誰だと?
幼いころよりお世話になってきたブルトン家については、表も裏も知り尽くしております。
重要なポストにいらっしゃる方のちょっとした弱味など、いくらでも知っておりますからどうとでも」
「いや、首になったり消されたりしないかな?」
「大丈夫。俺が付いてる」
実はひっそりとマノンの隣にいたアンリが請け負った。
そういえば、騎士を目指さないことを決めてから、アンリは隠密系の補講を受けていたな。
……ヤツを敵に回すことは、やめたほうがよさそうだ。
それから一年後、一足先に卒業した俺はブルトン家に入った。
身分はオレリアの婚約者だが、仕事は彼女の護衛。
学園の送り迎えと、外出時には彼女につきっきりだ。
まるでデートじゃないかと見る向きもあるが、そうならないために逆に緊張するのだ。
と言っても、相変わらず彼女はデザインの勉強に夢中で、俺のことをモデルとして見ていることも多い。
だから距離感が近すぎて困ることがあるのだ。
時々は近すぎたことに気づいて真っ赤に熟れるオレリア。
そうなれば余計に可愛くて、けれども手は出せなくて。
婚姻までの悩ましき日々を、俺は一心に耐えているのである。




