第3話
「何だよツクモ、お前結局弓にすんの?」
「ですね」
傭兵団の休養日。武器屋で弓を選んでいた僕に、暇だからと──勝手に──付き添ってくれたルノン先輩が話しかけてくる。
「やめとけよ。弓は金食い虫だし、モノになるまで時間かかるぜ? 俺と同じで槍にしとけって」
「う~ん……」
槍隊に自分より下っ端の人間を入れたいという思惑全開の先輩に僕は曖昧な苦笑を返した。
傭兵団『紅烏』において団員の兵科は主に二つに分けられる──槍兵と弓兵だ。
戦場の花形は間合いの長い槍と弓。
ファンタジーで戦士の定番武器と言えば剣のイメージが強いが、実戦において重要なのは何より間合いの長さである。例えば剣と槍とを持った二人の戦士が戦う時、間合いの長い槍は剣に先んじて攻撃することができ、剣はそれを凌いで距離を詰めて初めて反撃の機会を得ることができる。戦士の技量が同程度であれば、どちらの勝率が高いかは言うまでもない。
その為『紅烏』では斥候や魔法兵など特殊技能を持っている者を除き、団員たちに槍と弓のいずれかを習熟することを必須としていた。
僕は入団して一か月間は見習い期間として雑用や体力づくりに従事していたが、この度正式に団員として認められることとなり、団長からどちらの兵科を選ぶか決めるように言われていた。
今日は初任給を持って、その為の武器を購入しに来たのだが──
「お前、ガタイは華奢だけどクソ度胸だけはあるから白兵戦向きだって。弓引くのは結構力がいるし、練習用の矢とか自腹だぞ?」
「……ルノン先輩、この間訓練中に槍折られたって言ってませんでした?」
「柄の交換だけなら安いからいいんだよ!」
熱心に槍を進めてくる先輩にウンザリしながら、僕は壁に掛けられた弓の値段を見比べる。
実際、弓と槍、どちらを選択するかはかなり迷った。
弓というのは専門技能で習熟するまでにかなりの訓練を必要とする。また矢の消耗などもありお財布にも決して優しくない。
対して槍は非常に扱いやすく、短い訓練期間でモノになりやすい。また剣などと比べても構造的に安価で、穂先さえ無事ならば修理が容易という利点もあった。
未経験の新人傭兵にどちらが人気かと言えば圧倒的に後者である。
「ひょっとして槍を選んだら剣が無駄になるとか考えてる? やめとけやめとけ。どうせ剣なんて俺ら傭兵にゃほとんど使い道が無いんだからさぁ」
「……言われなくても分かってますって」
そんなことはこの一か月間で嫌と言うほど思い知らされた。
前述した通り剣は槍に比べて間合いが短く弱い武器である。実際、傭兵団の主戦場である都市外戦において剣が振るわれる機会はほとんどない。
だが一方で剣が無用の長物かと言えば決してそんなことはない。剣の利点は取り回しの良さ。槍を振るうことが難しい閉所での戦いや乱戦において剣は有用なサブウエポンだ。傭兵よりむしろダンジョンなどを巡ることの多い冒険者向けの武器と言えるだろう。
今のところ僕は傭兵として戦う力を身につけるつもりであるが、今後ずっと傭兵を続けるとは限らない。現状剣を振るう機会が少なくとも、この一か月間団長に転がされ続けた訓練が無駄になったなどと悲観してはいなかった。
「先輩の言いたいことは分かりますけど、やっぱ弓って色々強いじゃないですか。使えるようになれば食いっぱぐれはないかなぁ、って」
「……まぁなぁ」
弓兵が槍兵より強いという意味ではない。弓と槍とは一長一短で、戦場や敵の性質、装備によって良し悪しは全く変わってくる。
僕が重視したのは将来性と“今”何を学ぶべきかだ。
兵科が二つに分かれているとは言ったが『紅烏』でも弓を専門にしている団員は少ない。確か20名ほど、団員全体の二割弱だ。この割合は他の傭兵団や軍でも変わりはなく、むしろ『紅烏』は弓兵の割合が多い部類に入る。
傭兵になる人間の多くは手っ取り早く稼ぎ、成り上がりたいと考えている者たち。彼らがより早く稼げる槍を選ぶのは必然と言えた。
だが今の僕が置かれた状況はさほどひっ迫しているわけではない。であれば落ち着いて学べる今の間に弓を習得した方が今後有利なのではないか。
ルノン先輩は早く実戦に出て家族に仕送りする必要があったので槍一択だったそうだが、そうでなければ弓を学んでみたいと考えたこともあったのかもしれない。使えるようになっておきたいという僕の言葉には一定の理解を示した。
「う~ん……この辺りかなぁ?」
僕は棚にかかった弓の中から長弓──予算ギリギリからワンランク下の物を手に取り、重さなどを確かめる。交換用の弦や矢の消耗を考えれば、この辺りで留めておくのが無難だろう。
もっと安価な弓はいくらでもあるが──
「おいおい。せめて短弓にしといたらどうだ? 値段もアレだけどお前の細腕じゃ引くだけで一苦労だろ」
僕が手にしているのは元の世界のアニメや漫画で見た取り回しの良い弓ではなく、人の背丈ほどもある長大な弓。もう少しお手軽な、という意見が先輩から出るのは自然なことだった。
長弓と短弓との違いはズバリ弓の長さ。その境界や定義は地域によって様々だが、ノルド大陸では概ね全長1メートル以下の弓が短弓、それ以上が長弓と呼ばれている。
長弓はその長さの分だけ射程と威力に優れるものの、引くのに高い筋力を必要とし速射性に欠ける。また長くて丈夫な木材を必要とするため短弓と比べて値段も高く、傭兵団でも使っている者は多くなかった。
「先輩方にも話は聞いてみたんですが、しっかり基本を押さえようと思ったらこっちの方がいいかなと思うんですよね。結局短弓だと鎧着てたり皮の厚い蛮族には通じないじゃないですか」
「ふむ……」
弓を使う者が少ない理由の一つが威力。
弓は100メートル超の射程という優位性を持つが、厚い装甲を纏った敵には通じにくいという欠点がある。目や関節の隙間を狙い打てるような絶技の持ち主などそうそういる筈もなく、敵によっては短弓では全く役に立たないということがままあった。
長弓であっても限界はあるが、それでも一般的な鉄の鎧程度であれば十分に貫通可能。
大変ではあるだろうがどうせ学ぶなら目一杯欲張りたい、と僕は長弓を選択した。
意外に頑固な奴だなぁ、とルノン先輩に呆れられながら、僕は店員を呼んで長弓と交換用の弦、矢筒と矢一式を注文した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【ケース②錬金術師の少女】
異世界転生モノのWeb小説を嗜む識者の一人だった少女は、職業選択の段階で自ら戦場に出ることは諦め、生産職の代表格──錬金術師として成り上がることを目論んだ。
たとえチート能力があったとしても自分が魔物と戦えるとは思えない。ボッチなので協力プレイも無理。彼女は自分のことをよく理解していた。
幸いにして錬金術師の転生特典を選んだ彼女には異世界に降り立った時点で学院の講師になり得るほどの技術と知識が備わっていた。普通に店を構えて商売をしていく分には十分すぎる技量だし、経験を積んで現代知識を活用すれば生産革命だって起こせるかもしれないと彼女は密かに興奮していた。
転移したのは帝都。人口が多く素材や商売のタネには事欠かないという点では悪くない場所だ。
街に入るなり彼女は手持ちの資金で薬草を仕入れ、宿の部屋で霊薬を調合。それを売り払って資金を稼ごうとした。
しかしその計画は霊薬を持ち込んだ商店で早々に頓挫する。
「えぇ!? 中級ポーションですよ? どうして買ってもらえないんですか?」
「……いや、資格もない素人が持ち込んだ薬なんて、怪しくて買えるわけないだろ」
もっともである。
現代日本で薬局に行って突然薬を売りたいと言っても門前払いされるに決まっている。どうして異世界ならイケると思ったのか。
というか興奮していて気づかなかったが、転移の際にインストールされたこちらの世界の常識に照らし合わせてみれば分かることだった。
改めてインストールされた情報を整理してみると、この世界で薬品やマジックアイテムを取り扱うには専門の学術機関を卒業し、資格を得る必要があった。個人間の売買までは制限されていないが、大手を振って商売をするためには資格取得は避けて通れない。
──帝都にも錬金術師の学校はあるだろうし、まずはそこに通おうかしら。それはそれで王道の学園ものっぽくていいわよね。
問題は学校に通うための学費と生活費だ。
とても手持ちでどうにかなるものではないが、稼ぐための手段がない。
──この霊薬を学校の先生とかに見せれば、特待生待遇で迎え入れてくれないかしら?
物は試しと学校に突撃したが、コネも紹介もない彼女がいきなりやってきて話を聞いてくれと言っても誰も相手にしてくれない。彼女は再び消沈した。
次に彼女が向かったのは街の薬屋。店主に作成した霊薬を見せ、素直に『資格をとるための学費を稼ぎたいのでここで働かせてほしい』と頭を下げた。
幸いにも店主は善良な人物で、身元不確かな彼女を従業員として雇い入れ住み込みで働かせてくれた。
だがいくら技術があっても資格がない者に重要な仕事は任せられず、貰える給料は決して多くない。彼女がざっと計算したところ、入学費と初年度の学費を稼ぐためには一年、その後の学費を考えれば二年程度は下働きをする必要があった。
バイトで大学の学費を稼ぐようなものと考えればそんなものであっただろうが、順風満帆な異世界ライフを想像していた彼女は思うように進まない状況に落ち込んだ。
そんなある日、店に出入りしている商人の一人が彼女の錬金術師としての技量を知り、支援を申し出た。
「資格がなくともそれだけの技量があれば私ならいくらでも売り先を見つけられる」
「は、はぁ……」
特に根拠があったわけではないが、怪しいと思い断った。
だが同時に、やはり自分には実力があるのだと確信する。少しでも早く学費を稼げないかと考えた彼女は、給料をつぎこんで現代知識を利用した衛生用品や雑貨を作製し路上で売り出した。こちらの世界ではギリギリ資格がなくても扱える分野を狙った形だ──が、売れなかった。
何の後ろ盾も実績もない個人が作った商品など誰も相手にしなかったのだ。
なけなしの資金さえ失い、彼女は意気消沈する。
色々考えたのに、どうして上手くいかないのか。損をしたこと以上に精神的な疲れが大きかった。
そんな時、彼女に救いの手を差し伸べたのが以前彼女に支援を申し出た商人。彼は彼女が作製し商品の一部を購入し売りさばいてくれた。
損失が無かったことにはならなかったが、一息つくことができた彼女はその商人に感謝し、彼の話を聞くことにした。
商人は自分が素材を持ち込み買い取るので商品の加工だけして欲しいと彼女に申し出た。この方式なら彼女にリスクはなく、加工賃だけを得ることができる。それぐらいならと彼女は何度か彼と取引を行い、それなりの利益を得ることができた。
利益と成功を積み重ね、少しずつ彼女は商人を信頼していく。
生活は軌道に乗ったが、このペースではやはり学費を稼ぐまでに時間がかかる。
彼女は商人に相談した。
他人の意見を聞くこと自体は決して悪いことではない。だがこの時彼女は自分で考え決断することに疲れ、無意識に他人に判断を委ねようとしていた。
それを愚かや怠慢と責めるのは酷だろう。知らない世界に相談できる仲間もなく一人放り出されて、何もかも自分で判断し決めなくてはならない状況は、ただの学生だった少女にはあまりに荷が重かった。
「……君の技量があれば短期間で稼ぐこと自体は難しくない。だが君にはそのための機材や設備が不足している」
その指摘にウッとなる。
これまで彼女は錬金用の機材や設備を雑貨や台所用品などで代用してきたが、高度な加工を大量に行おうと思えばそれでは限界があった。
「まずはそれをどうにかすべきだ。機材や設備は学園に入学しても必要なものだからね」
「でも、お金が……」
「そこは私が貸し付けよう。なに、君の腕なら返済はさほど心配することはない」
そう言って商人はざっと事業計画書を作って見せてくれた。
彼が示した生産量は彼女から見ても設備さえ整えば余裕をもってこなせる範囲のものだったし、薬屋での下働きを辞めればもっと増やせる。返済の最終期限は余裕をもって一年間としてあるが、遅くとも半年後には全額返済できるだけの資金が溜まる筈だ、と説明された。
正直、借金という言葉には抵抗があったが、商売をする上で設備投資のための借り入れは避けて通れないと言われれば、そういうものかと納得してしまう。
結局彼女は悩む素振りは見せたものの、商売の専門家が言うのならと借入契約書にサインして金を借り、機材を購入した。
──直後、その商人とは一切連絡が取れなくなり、当てにしていた彼からの仕事はゼロになってしまう。
またそれと同時に、借入の債権者がその商人から見ず知らずの別の人間に移ったという通知が手元に届いた。
彼女の手元には差し当たって使い道も売り払う先もない錬金用の機材と、返す当てのない借金だけが残った。